第7話 出発
翌日、サグジントはリムトーグに向かう大陸鉄道に乗り、客車でグランスから渡された資料を読んでいた。
〝蝙蝠〟――本名、年令不明。男性。『風』の後継者。
ノーグ連邦の軍諜報部に所属し、共和国への破壊工作に従事。国境戦争に入ってからは『風』の機動力を生かし、多数の作戦で重要な役割を果たす。妨害工作のみならず将校の暗殺も多数実行。共和国の犠牲者の中には、後継者も二名含まれる。
近接戦では俺より強いかもな、とサグジントは思った。能力の性質上、多数の一般兵士を相手取る場面が多い『火』に対し、『風』は隠密活動に伴う接近戦も少なくない。特に後継者を倒していることが厄介だ。
一般に、後継者同士を戦わせることは愚策とされる。双方の能力が封じられ、単純な接近戦になるからだ。確保が極めて困難な後継者を賭けに使うより、一般兵士相手の確実な任務に投入した方が危険は低く、成果も上がる。
“蝙蝠”が後継者暗殺任務に投入されたということは、その戦闘能力の高さを証明している。不確定な接近戦でも、“蝙蝠”なら必ず殺せるとノーグ連邦軍が判断した、ということだ。
それほど貴重な能力を持つ“蝙蝠”を、ノーグ連邦は秘密裏に共和国の地方都市――リムトーグへ送りこんだ。
何故だ?
サグジントは首を捻った。
単純に考えれば、ノーグ連邦は新たな『崩壊』の後継者がリムトーグにいると、共和国に先んじて確信したことになる。
だが、そんなことが有りうるだろうか?
前述の通り後継者の確保は極めて困難だ。ゆえに、共和国の学校では定期的に後継者に関する授業を行うし、軍が用意する待遇もかなり具体的に示す。生活費はすべて保証され、進路も自由。勤務先も軍が準備する。
戦乱の時代の王侯貴族とまではいかないが、少なくとも平民が夢見る生活のほとんどは実現される。
『崩壊』の後継者はそんな生活を捨てて、ノーグ連邦に自らの存在を伝えた、ということか? しかし“蝙蝠”がリムトーグに留まっている以上、彼は『崩壊』を発見できていないことになる。
どういうことだ?
サグジントは首を振った。どれも、調査を進めないと判らないことばかりだ。ここで考えられるのは限界だろう。
列車が鉄橋に差し掛かった。車窓に目を向けると、眼下が青く光っている。大陸北部を横切り、東海に抜けるロンギット川が横たわっていた。大陸北部と中部を分ける境界線となる川で、戦乱の時代には、数多の戦いでこの川は血に染まったという。倒れた戦士たちの骸は、今も川底に眠っている。
サグジントは窓を開け、資料を掴んだ手を突きだした。風にさらされた紙の束がはためく。サグジントの眼光と共に資料は燃え上がり、手を放すと、火の残る墨屑が中空に散った。サグジントはコンパートメントの椅子に寄り掛かり、目を閉じた。




