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「後継者」戦線――炎の後継者  作者: 相楽一生
第一章 百五十年後
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第1話 炎の後継者

 機関銃の銃口がこちらを向いた。

 全身が総毛立つ。

 死ぬ、そう意識するよりも早く、ヨシュア巡査長の身体は先に動いていた。

 地を蹴り、近くの路地に向かって走る。

 同時に、機関銃が低い唸りを上げた。


 ヨシュアの後方で、石畳のタイルが粉砕された。

 猛然と連射される銃弾の雨が、走った軌跡を追って高速で近づいてくる。

 恐怖で硬直しそうな全身を遮二無二動かし、ヨシュアは建物の陰に飛び込んだ。

 つま先をかすめんばかりに弾着が通り過ぎ、銃弾を浴びたショーウィンドウが粉々に砕け散った。


「くそっ!」

 恐怖と疲労に息を荒げ、ヨシュアは悪態をついた。

 渋い深緑の制服が、埃と砂にまみれて白く汚れている。

 手に握られているのは警察用拳銃、オートマチックの十連発だ。敵の武器は一斉射で数十発のライフル弾を叩きこむ軍用機関銃で、火力差は比べるのも馬鹿らしい。

「どうする⁉」

 路地から走ってきた同僚が聞いた。ヨシュアは首を振った。

「駄目だ、俺たちの銃じゃ相手にならん。増援を待つしかない」

「あいつら、あんな武器をどこから手に入れたんだ」

「ノーグ連邦だ」


 彼らがいるアルトラース共和国は、ノーグ大陸の約五分の一を占める。

 ノーグ連邦が占めるのは、残りの全てである。

 国力ではノーグ連邦がアルトラース共和国を大きく上回っており、何よりも、連邦と共和国は二年前まで戦争状態にあった。休戦条約が締結されて国交は正常化しているが、両国間の憎悪は今だ消えていない。

「闇市場に軍の武器が流出したということになってるが、裏で糸を引いているのは連邦の過激派だ。こちらの犯罪者に武器を渡し、政情不安を煽る嫌がらせだよ」

「馬鹿な。バレたら抗議じゃ済まんぞ」

「それも含めて奴らの狙いなんだ。連邦と共和国の仲が悪くなるほど、連中の主張に賛同する奴が増える、という目論見なのさ。情報部からの受け売りだが」

「何て奴らだ」

 同僚は吐き捨てた。


 アルトラース共和国、首都タインドクス――休日は買い物客で賑わう二番街の広場は、戦場と化していた。限られた火力で応戦する巡査たちと、強盗団の機関銃の唸りは、嫌でも二年前の戦争を想起させた。

 広場は南側で道路に面し、残りの三方を買い物客向けの店舗で囲まれている。

 三十分前、武装した強盗団は北側の銀行に押し入り、銃を乱射して店内を制圧した。タインドクス警察本部へ通報があったのはその五分後、運よく逃げ出せた銀行の利用客からで、行員と客の大半が行内に残されていた。

 警邏中で最も早く到着したのがヨシュアたちだ。銀行を包囲しつつ中の状況を確認しようとしたところ、強盗に機関銃の斉射を見舞われたのだった。


 他の警官は広場の避難誘導を終え、道路封鎖を行っている。ヨシュアは時計を見ながら、言った。

「奴らが銀行に入ってから三十分か。政治的要求は無いんだな」

「本部に確認した。新聞社やラジオ局へのメッセージは無い」

「とすると、まずいな……そろそろ出てくるぞ。増援の武装警官隊はまだなのか」

 一般警官では手に負えない犯罪者への対処を専門とする武装警官隊は、軍と遜色ない装備と練度を誇り、首都内の各所に拠点を持つ。

 凶悪犯罪への対処の遅れを責められた警察幹部が「通報から三十分あれば必ず到着します」と答弁したことがあり、「出前と勘違いしているのか」と新聞で揶揄されたが、事実に近かった。犯罪者側も武装警官隊との遭遇を恐れ、三十分前後で逃走を図る事例が多い。


 このままでは、現場の警官だけで重武装の強盗団とやり合う羽目になる。ヨシュア達は間違いなく撃ち殺されるだろうし、逃走ルートに居合わせた市民たちも惨事は免れない。

「それが……」

 同僚は口ごもった。

「『特別対応官を一人送る』と言ってきた」


「は?」

 ヨシュアは聞き返した。

「何だそれは。連中の人数と武器は伝えたんだろうな」

「当り前だ。俺も武装警官隊が来ると思ったんだが、最寄りの部隊が別の現場に出動していて、今回は違うらしい。すぐに到着するから、そいつの指示に従えってよ」

「馬鹿か⁉」

 ヨシュアは怒鳴った。

「相手は機関銃を持った武装集団だぞ! 武装警官の二個小隊でも足りんくらいだ」

「俺が決めたんじゃねえよ!」

 同僚は怒鳴り返した。

「本部がそう言っているなら従うのが俺たちの仕事だろ。それにな、俺はもう武装警官隊の後始末はうんざりなんだ」

「それは……」

 同僚に反論しようとして、ヨシュアの言葉は途切れた。同感だったからだ。


 武装警官隊の戦闘能力は高い。だが民間人を救出するためのノウハウが確立されておらず、犯人との熾烈な銃撃戦の結果、犯人・人質ともに犠牲者多数という事例も頻発していた。

 人命を歯牙にもかけない犯罪者を相手にしているとはいえ、亡くなった人質の家族たちに訃報を伝えるのは地区担当の彼らであり、たまったものではなかった。

「ともかく、本部は特別対応官とやらで対応できると判断したわけだ。そいつはいつ到着するんだ?」

 同僚が答えようとした時、静まり返った広場に、自動車のエンジンの爆音が響いた。ミッドブルーに塗られた警察のセダンが広場に突っ込み、タイヤを軋ませて停車する。

 ドアが開き、一人の男が降りてきた。


 標準的な大陸人と同じ、黒目黒髪の男だった。背はやや高い。三.五リーグ(≒百七十五センチ)を超えるくらいだろうか。上下を黒いジャケットとパンツで包んだ細面だが、滑らかな挙措は入念な鍛錬を伺わせる。

 印象的なのは、まだ二十代半ばであろう、幼さすら感じる若い容貌に似合わない、奇妙なまでの冷静さを湛えた目つきだった。

 男は、ヨシュアに身分証を示しながら言った。

「特別対応官のサグジントです。状況を教えて下さい」

「ヨシュア巡査部長だ。こちらも聞きたい。君一人でどうするつもりなんだ」

 言いながら、ヨシュアは気づいた。男の名前が脳裏で閃く。

 サグジント?


「まさか、君は――『炎の後継者』か」


 同僚の表情が強張った。

 『火』の()()()でありながら、それを上回る「炎」の綽名を冠する後継者。二年前、ノーグ連邦との戦いで、後継者としては最大の戦果を挙げた男だ。

 言い方を変えれば、最も多くの人命を奪った男、でもある。

 サグジントは淡々と聞いた。

「俺を知っているんですか」

「戦争中、俺は第一師団にいたんだ。君は知らなかっただろうが、同じ作戦に参加したこともある。君なら一人でも増援には十分だが、どうして警察に」

 ヨシュアの質問は、サグジントの静かな視線に遮られた。

「すまん。仕事に戻ろう」


 ヨシュアは銀行内の見取り図を広げた。

「犯人グループは全員が銃で武装している上、機関銃まで持っている。俺たちをけん制するために使っているのがテラスに一丁。逃げ出した客によると、銀行内にもう一丁ある」

「機関銃が二丁ですね」

 ウェイターが注文を取るかのように、サグジントは事も無げに頷いた。普通なら真面目に聞いているのかと疑うところだが、相手は後継者である。

「銀行の名簿と逃げ出した客の証言から、行員は約三十名、客は約二十名程度が残っている。犯人は八名、これは複数の目撃証言から確実だ。人質は一階のロビーに集められている。俺たち警官隊は君の指揮下に入る。どう攻める?」

 サグジントはしばらく行内の見取り図を見つめ、言った。

「俺一人で行きます」


「しかし」

 サグジントは見取り図の一点を指さした。

「この侵入路が使えれば問題ありません。皆さんは建物周辺を固め、犯人と人質が逃げ出した際の対処をお願いします」

 ヨシュアは異論を言いかけて、口を噤んだ。サグジントの佇まいには過信も気負いもない。『炎の後継者』として挙げた戦績が、それを裏打ちしている。

「わかった。それと、一つ頼みがある」

「何です?」

「人質のことだ。後継者の力で助けるのは難しいかもしれないが、何とか無事に帰してやってくれないか」

 後継者の力で助けるのは難しいかもしれないが。

 サグジントの目が鋭くなった。

 ヨシュアは失言に気づいた。彼の持つ異常な力を意識し過ぎたのだ。

 サグジントが低い声で言った。

「俺の能力では、人質もまとめて殺してしまうと言ってるんですか」

「いや、俺の言い方が悪かった」

 サグジントは抑制した口調で言った。

「俺は人を殺すためじゃなく、助けるために雇われているんです。強盗はともかく、人質は必ず無事に助け出します」

 サグジントは踵を返した。銀行に向かって歩き、ヨシュアに背を向けたままで言った。

「すぐに突入します」


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