番犬と猛犬
曇った空、静かな空気。感情のない瓦礫。青年はこの雰囲気を一枚一枚その空間を切り抜くように写した。
戦前のカメラは手触りが心地よく、無機質な空間に情緒をもたらしてくれる。
「クローガ様 召集です、こちらを。」
白い仮面の男が見えぬ角度から現れた。青年クローガに一通の封筒を手渡す。
「仕事か...めんどうだなあ...。」
クローガは手紙を受け取って息を吐く。
「では、これで。」
再び仮面の男は風と化した。
足元には黒い毛玉のような犬が尻尾を揺らしてクローガを見つめている。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
レインはまた情報を伝えると言い、サラを自宅に送り届けた。
サラが降りて。車を出す直前、最後にレインは言う。
「あなたなら大丈夫だよ。」
サラは彼女の言葉に軽く微笑んだ。
目の前には自宅。角ばったデザインのこの建築様式は、戦前でモダンと呼ばれていたらしい。
「よし、作戦開始。」
サラは邸宅の扉をそーっと開く。扉は運良く軋まずに開くことに成功した。これならバレない。
自分は空気だと言い聞かせて、そろそろと自室に向かって歩む。この調子だと気づかれないと一喜一憂した。
3歩進んだところで扉の角の人物と目が合う。
サラは硬直する。その人物は数秒黙ってからいう。
「サラ。どこに行かれていたのですか??」
言葉には燃え盛る怒りが内包されていることは分かった。実に高圧的なトーン。
彼女はサラ宅のメイド兼警備員、サラの武術は彼女から伝授したものだ。
「あ...ニーナ。いや、遊びに...。」
「遊び??襲撃があったんですよね..?そのあとアズキさんから連絡をいただきました。
1人で襲撃犯を目掛けて走って行ったと...。どういうことでしょうか??」
不気味なほどの笑みを見せつけて、訊く。
キューテストを殺害してその後拉致されたなどと、口が裂けても言えない。
「まあ、転んで...。」
続いてニーナは呆れた表情になる。
「それだけで制服がボロボロになるのですか?
...まあレイナ様にはしっかりと報告をさせていただきます。それから理由が不透明な外出は当分の間禁止します。」
サラは焦った表情をする。
ーー私と兄が戦っても、1度だって膝を地につかせたことはない。彼女を突破するのは相当な鬼門になりそう...レインさんたすけて...。
サラはニーナが用意した食事を軽く食べてから自室に戻る。若干狭くも心地よい部屋だ。
なんとなく布団にダイブした。柔らかいバニラムスクの匂いが、鼻をそっと撫でる。
にしても傷はどうやってあの短時間で...。
やはり胸の傷口を指で触れても古傷のようになっており、あの信じられない痛みも幻のようだった。
そのうち疲れがどっと押し寄せて沈み込むように眠ってしまう。
...どのくらい時間が経っただろうか、外でカラスがうるさく鳴いている。ほどよい光が窓から射す。
朝か...着替えずにそのまま寝てしまっていた。
ドアが3度ノックされ、ドア越しに聞こえるのはニーナの声。
「サラ、お客様がお迎えに来ておられます。。」
サラは眠たげな声で聞く。
「んんー...誰?」
「クローガと申していました。何者ですか?」
「...すぐに行くね。」
サラはまさか家に直接来るとは思ってもいなかった。あのレインに“獣”と言われていた張本人が家に訪れるのだから恐ろしい。
さらに問題は外出。キューテストと共に外出が許されるはずがない。ニーナが気付けば大問題だ。
サラはカジュアルな服に着替えて、そのほかの支度をし終える。
玄関までやや焦りつつもたどり着く。
玄関に立っていたのはラフな黒髪の青年。なんとも言えない表情をしており、黒い重めのコートを着ていた。その瞳からは生気が感じられず。
彼が...獣?
ニーナは明らかにこの男を警戒している様子だった。彼からは目を離さない。
「サラ、このお方は何者です?昨日言った通り不透明な外出は許しませんよ...。」
それを聞いたクローガは、なんとなく状況を察したのかニーナの疑問に答える。
「あぁ、俺はキューt...サラの知人です。」
ーー何を言い出すつもりだった...?危うく、とてつもないことに発展するところだったのでは??
「キュ...?知人?あなたのことは聞いたことないですね、これから何をしに行くのですか。きちんと教えてください。」
クローガは実に高圧的な問いに眉を下げて言う。
「デートです。」