雪消しき
夏終わりの冬景色。雪が散り、霞んだ空気の先より橙色の瞳が光る。
「カイ。ご苦労さま。」
教員のスーツに身を包んだ彼女は無音の空気を歩いた。
「問題ないです。」
タコ型生物は放心して全く動けずにいた。それでも歩いてくる女の、人ならざる気配には目を向けざるを得なかった。
足元を完全に凍らされたタコ型生物の体を、オレンジ色に光るチェーンが縛り付ける。
「第二の災厄...で合ってるよね?」
「いかにも。」
タコ型生物は素直に応答した。レイ・リンは淡白な口調で続ける。
「ああそう、カイ。氷漬けにして。」
「了解です、ボス。」
生物の身体のあちこちに氷の結晶が生える。数秒のうちに体の自由は奪われ意識は深い海の底に沈んでゆく。
うちに出来上がった巨大な氷塊をレイ・リンは軽く撫でるのだった。
そのまま彼女は旧校庭にしゃがみ込んだカイに、なんとも言えないような声色を送る。
「ねえカイ。私たちはこの異星人を《《飼い慣らせ》》たりしないかな?」
「はい。」
...
...
「え?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
鱧男とシャルテの戦闘後、三田奈学園の学級は一時閉鎖となった。
残された血痕や砕け散ったガラスの破片が転がる悲惨な現場となっていたわけだが、何者かの隠蔽が働いたのだろう。
それもガス漏れによる点検という名義で、その翌々日には普段通りの登校日となる。
一連を追っていたツイハは能力・テテンとの契約によって得たチカラでその始終を目撃していた。
「テテン、やはり他人の視界を覗けるのは便利だな。カドモトさんを殺ったのはカイ...アイツらで間違いない。」
ツイハは学園からの帰路に着いていた。寂れた住宅街を渡る彼と、その横をふよふよと飛ぶテテン。
テテンは相変わらずのデカールで貼り付けられたような笑顔で答える。
「シャルテ、ロラ、そしてカイ。確認した行動とミナの発言からこの3人はグルで間違いないとボクも思う。
しかしいいのか、彼らが政府と関わっていたということも確認した。お前のような弱小の個人が関わるべきでもなさそうだが。」
「それはテテン、お前が協力者を探し出すと言っただろう。あれから2日...どうなんだよ。」
数秒の沈黙が場を作った。テテンの首は捻じ曲げられたかのようにツイハの方に向く。
「ああ。その前に言い忘れていた、追跡者がいるぞ。」
その言葉にツイハが慌てて振り向くと、そこにはブラウンのスーツに身を包んだ初老の男性。
すでに振り翳された拳は、勢いよくツイハの右頬を叩きつける。
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「一体なんなのですか!」
グレーの車の中は道脇に止められ、後部座席の中央に手錠をかけられ縛られたツイハ。
「...関わるのはやめろ。」
この男はアンの殺人を担当していた刑事だということがわかった。彼は運転席で静かに重い煙のタバコに火をつける。
「なぜ刑事が!...あなたは殺人を黙認しているんだ!」
バックミラーに映る彼の眉は一寸も動かない。
「坊主...この件はお前が想像できないほどの大きな力が関わっている。」
「司法はそれを許すのか。」
「お前が相手にしようとしているのは、その司法とやらを取り巻いている存在だ。」
「はあ。それはそれは、たいそうご立派なものだ。あなたはそれにシッポ振って“ワン”と吠えるだけなのか?」
「その解釈で間違いない。幼稚なお前の首輪が締まらないうちに辞めておけ。」
「......あぁ。」
言い返す言葉も見つからず、ツイハは相手の言葉を飲んだ。
乱暴に手錠が外され、車から蹴下ろされる。
出血した唇を手で拭い、走りゆく車にひたすらに睨みを送った。
「なぜ先に追跡を知らせなかった...テテン。」
「洗礼だ。これでも続けるのか?」
「当然、やめるとでも思ったか?」
それを聞いたテテンの顔は日に陰る。
「そうか、愚かな人間よ。それなら明日、協力者に合わせてやろう。」
嫌味に溢れた不吉な笑顔を見せつけるのだった。




