カタルシス↓↓
「冷房のようなマヌケの能力だ。」
「まじか。」
自身の攻撃の対処法を獲得したかのようだ。驚いたカイはすぐに窓の方へと走り出した。
「先に殺す、憤りを収める必要がある。」
もはや“金色の太陽”のことを気にすることなく、タコ型生物もこちらへと走ってくる。
カイは身を屈めて窓ガラスに飛び込む。3Fの空は高く、風を割いて落下していく。
元々この研究施設は学校として使われていて、落下地点に広がるのは旧校庭。
単純で獰猛な獣となったタコ型生物もカイを追いかける。
同様に窓を呼び出し、すでに地を走って逃げているカイを確認。
生物は雷のようなスピードで触手を放ち、カイの脚に巻き付いた。脚に巻き付いた触手を凍てつかせ叩き割るもタコ型生物はもうすでに背後にいたのだ。
「減転!」
カイは新たに左手に氷の剣を生成する、その色は深い藍色。
ーー右目機能停止
ーー右肺機能停止
ーー右腕機能停止
一時的な3つの代償。生成した欲望のエネルギーは剣に集まり、その性能を向上させる。
タコ型生物は硬化させた触手をまたもや単調に振り回す、今度は驚くほど簡単に触手が切断されていくのだ。
片目の機能を失っても真正面で愚直に攻撃を仕掛けてくるタコ型生物は、カイにとって敵ですらないとも感じた。
だがそれ以上に、生物の進化/変化は尋常でなかったのだ。
紅色の触手を2、3本斬ったところでカイは違和感を感じとる。
またもや真正面から4本目が来たにも関わらず、それには切り傷すらつけることができなかった。
生物は、完全に氷の剣に適応したのだった。
続く5本目は氷の剣をプラスチックのようにへし折って、カイの胸部をそのまま殴打した。
受け身を取り抉られるような威力に見舞われたカイは後方に吹き飛ぶ。
彼は後方に転がるように受け身をとり、両脚と腕を地面につけて着地。身に響いた重い一撃はもうすでに肋骨をいくつか粉砕している。
垂れる汗と共に荒い息を何度か、カイはタコ型生物に目を向けた。
優位な状況にいるタコ型生物は疑問を口にする。
「お前には二つのグランが備わっているな。なのに氷ばかりを使うのはなぜだ。」
「わかるのか...まあ、生まれつきの能力は機能していなかった。」
「元々グランとは我々由来の臓器だろう、その数くらいはわかる。」
「そうだったな。」
軋む体を無理やり立たせて、カイはまた笑みを浮かべる。
「その虚勢に塗れた笑顔がいちいち鼻につく!」
ーー「感情的で盲目的...助かるよ。」
そう言うとカイは左腕を前に出し、ひょいと下を指差した。
タコ型生物が下に向けるといくつかの触手と自身の足を氷が包み込んでいた。
「またこれかよ....んっ?!」
タコ型生物の脚を包んだ氷を崩すことができなかった。あらゆる氷の技に適応したのにも関わらず、動くことすらできなかった。
カイは下を指差したまま呟いた。
「<カタルシス↓↓>、俺の体力が尽きかけると物体から一つばかり性質を奪うことができる...壊れる性質のない氷、なんていかが...。」
タコ型生物の複数の目は顔をぎょろぎょろと回り、あからさまな混乱の様子だ。
「物理法則に干渉する能力など、存在して良いはずがない...原初の魔王は一時の杞憂ではなかったと言うのか!」
「...なんの話だか分からないが、とりあえず。」
続けてカイは自信ありげに上空を指差すのであった。
見上げたタコ型生物は、絶句。
空を覆うほど巨大な氷の球体が真上より落下する。
おそらく自身もろともを圧死させるような圧倒的質量、夕陽をも遮ってその下には夜が訪れた。
「ヒトは、ここまでグランを...。」
迫る氷塊をただ眺めることしかできない...。
ーー閃光が走った。
氷塊の中心を縦に、眩いオレンジ色の光が貫く。
その光は一本の線を描くと、氷塊が中から爆発するように砕け散った。
小さな雪の粒となり、カイとタコ型生物にやさしく降り注いだ。
タコ型生物は魂を吸い込まれるほどにその景色に見入り、カイはいい加減立ち続けることができなくて膝をついた。
カイは首も上げられず、か細い息を吐くように呟く。
「レイ・リン...さんか。」




