ほんのりと涙の味
「死体のはずのサクララ・シュタイナーに引き続き、他にも何かを連れてきた申すのか。レイ・リンよ。」
「うん。我々の研究施設では、ある波長を観測したんだよ。それは花の周りを羽ばたくような蝶の形。」
「”ボッチ蝶波長“か...二つ目の災厄時に観測されたものと同じわけか。」
「そう、宇宙生命体どもの宇宙船が発する波長とあれは一致してるね。それを観測したのが“金色の太陽”。」
サラには皇帝とレイ・リンの会話がほとんど理解できなかった。二つ目の災厄と同じものが観測されたということまではなんとなくわかるものの、その詳細は禁忌とされてきたので理解に難い。
「待ってくださいゾラ様、レイ・リン。ついていけてないよ。」
サラは難しそうな顔をしながら彼らに訴えた。
「まあ、とにかく二つ目の厄災がこちらに近づいてきているってワケ...ところで皇帝は信じるの?」
「嘘でも本当でも、我のやることは変わらぬ。」
「私たちに協力を求めるのね...。でも皇帝が望む世界の先に、私たちはいない。都合が良すぎない?」
「そんなことはわかっている、
ある程度の譲歩をすればより効率よく動けるということも。しかし我らの信念に曇りあらば、この薄氷のような肩書きも脆く砕ける。
中等教育で体術が必須科目、街を外れれば浮浪者が溢れかえるような最低の治安には、権威主義体制が必要不可欠。」
「ジャマモノの全てを排除して残るのは、なんなの?」
「絶対的な秩序。あえて俗っぽく表現するなら、夢の世界だ。“金色の太陽”が手に入れば汝らの尊い犠牲のあと、星空のように美しい国を目にすることができる。」
「その視線は私らに共有する気は全くないの。」
「汝らの視線など、夢と比べれば蟻埃の一粒よりも小さきもの。それに、汝らの素性にその世界は似合わぬと思うが。」
「なるほどね、反論はできない、でも整合性は取れないよ。私たちがそれを受け入れる性ではないと知っていたのでは...?」
「いいや、整合性は取れている。我の提案はレイ・リン、そちの魂の救済そのものであるからな。」
「何を言い出す。」
「それがそちの望みだ。全てを諦めて無名のまま墓に入ることが、せめてもの罪滅ぼしなのではないか?」
「身に覚えがないな、その考えには。」
「今は、レイ・リンではなくキューテストを代弁しているつもりだろう、それが正解だと自分に言い聞かせている。しかしそれが虚像だと我は気づいている。ゆえにこのサラを我に託しにきたとすら思えるが。」
「...違う。」
「その割には気配は弱まっているな。第三の災厄、なにより妹のルナ・リンに向き合いたいのだろう?」
「違う!サラをここに連れてきたのは、現世に希望があることをお前に示すためだ。部下のユメアからも聞いているはずだ、彼女はすごい。
果てしない夢に簡単に命を預けられる、そのような人物がいることをお前に突きつけたかった。」
声を荒らげたレイ・リンを見たのは初めて。キューテストに君臨する王としての落ち着いた彼女とも違うように見えた気がする。
しかし形容し難いものの、彼女を包んでいたふわふわとした気配が取り払われたような素性を見た。
「...ああそうだ。私は正直お前の提案が子守唄のように心地が良いと思っている。だが、ゾラ。大きなものを背負って、自身の気持ちを封じ込めているのはお前だって変わらない。」
「埒が明かぬな。何がそこまで自分を否定させているのか。このサラには余計な思い入れがあるのだろうが...いっそこの合理に身を預けることが楽だと思うな。」
「とにかく皇帝。キミとは組めない。キューテストとして...いや私自身が、望む世界に這ってでも向かう。」
「承知した。」
皇帝・ゾラはそれ以上何も言うことはなかった。説得を断念したようにも見えたし、同時にただレイ・リンの意思を尊重するようにも見えた。
レイ・リンはなんともいえない表情で席を立って、駆けるように扉から出て行った。
一方でサラはゾラのほうをじっと見つめてから、ナイフとフォークを丁寧に机に置いて立ち上がる。
その後レイ・リンのほとんど手をつけていない料理に視線を映すも、特に何も言わずにゾラに背を向けて歩いていく。
皇帝の元から遠のいてゆくサラは、背に一つの視線を感じた。彼女は大きく開いた扉の前で一度だけ振り返り、最後に皇帝に告げる。
「料理、美味しかった...でもあなた自身が作ったのなら、それを言うべきだったと思います。」
サラの黄金に輝く目は、哀しげであった。




