彼が存在、世の常にあらず
ぼやけた暗さ、灰色の壁と神殿のような支柱。
荘厳な装飾は皇帝の存在を投射しているかのようだった。
部屋の真ん中には直径3メートルほどの円卓があり、正面にいるのはおそらく皇帝。
空の2席は我々への歓迎を示しているのだろう。
黒いベールが顔を隠している。そして光が乱反射しているのか、モヤがかかったように見える。
想像していたような魔王らしい大きなシルエットではなく、どちらかと言うと姫若子と呼べるような上品で繊細な気配。
「参れ、キューテスト。」
国の長に向ける作法などを心得ておらず。なんとなく縮こまるように、サラは会釈をするのだった。
「久しぶり、相変わらず顔は見せてくれないんだね。」
「我に顔など要らぬ。」
「そっか。」
レイ・リンの友人に話しかけるような柔らかい言葉にサラは心が落ち着いた。それと同時にキューテストの存在がどれほど大きいものなのかを直感で理解する。
レイ・リンから歩み出し、席へと向かう。それサラは何も言わずに追いかけた。
木製の教会に置かれているかのような背もたれが立派な椅子を引いて、彼女たちは席につく。
「レイ・リン先生とでも呼ぶべきか?」
レイ・リンの教師姿を見た皇帝は冗談めかして言う。
「ほら母校の先生だよ。」
笑みを浮かべながらレイ・リンも返答した。今度は皇帝がサラの方に顔を向けて話し出す。
「その者がサラ。ムツキの娘であるな。」
サラは恥ずかしそうに頷いた。
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黒に包まれた召使は、サラの前に骨付きの肉料理を運ぶのだった。
この芳醇とも呼べる肉の香りは間違いなくラム、サラの大好物である。
「儀式的な前菜は要らぬとレイ・リンが申していた。そちの好物であろう?レイ・リンにも食はす。我にも同じきものを。」
ワインの染み込んだ甘味と旨みを視覚で感じられるような見た目は揺らしただけでもとろけそうだ。それを引き立てるのはローストされたかのような骨部分。
一体どこからこのような情報を手にしたかはわからないが、この厚意には感謝すべきだと思った。
「ゾラ様...ありがとうございます。」
レイ・リンと皇帝・ゾラにも同様のものが運ばれた。
「レイ・リン、我との関係はまさなきものだが。こうして折々、食を囲むのも悪くない。」
「...さっさと本題に入りましょ。」
「承知した...我が臣ユメアより、様々なことを聞き及んだ。そちが“金色の太陽”の所有者なることも。」
サラはまっすぐ皇帝の方をみて、一息で答えた。
「はい。」
「ところで、サクララ・シュタイナーと称する将をそちは知るか?」
「サクララ...15年前、三つ目の災厄に乗じて周辺国の魔王や国家を打倒したという伝説の。」
「いかにも。世の辺りをことごとく焼きし無能力者。そのゆゑに、この国の他に目立った魔王は存せず。」
レイ・リンはナイフで肉を器用に切り分けながら、サラに問いかける。
「どういう風に死んだか知ってる?」
サラは少しだけ考え込んでから口を開く。
「確か...そのまま三つ目の災厄に感染し、命を落としたとか。」
「否、我みづから手を下した。これぞ事実。」
なんとも着地点が見当たらない発言と、いくつかと生じた矛盾。頭の中での整理がうまくいかずにサラは本質を問う。
「ゾラ様、何が言いたいのです?」
「学園に送り込まれた使者たち、我々をも陥れようとしたアン、ミナ・カドモトといった者たち。そやつらを差し向けたのがサクララ・シュタイナーだったのだ。」
「しかし皇帝。先ほど...。」
皇帝・ゾラはナイフとフォークの所作をぴたりと止めて、言葉を絞り出した。
「あぁ。我が手を下したと言ったな。されどいかなる理にや、黄泉から這い出でたか如く彼女は帰ってきた。」
厄介ごとに面した親のように一つため息をついてから皇帝は続ける。
「我が予想するところ、そちの“金色の太陽”がこれに関はるのではと踏んでおる。」
レイ・リンは皇帝の心情をその底から理解して、皇帝に向かって囁く。
「皇帝、“金色の太陽”はさらにもう一つ面白いものを連れてきたよ...。」




