テテンの天啓
テテンは、その白い手をツイハの額に当てる。冷たい触り心地で餅のようであった。
するとそれを中心に表面の血管が白く光出して、やがてテテンに吸収された。
「オマエの寿命を代償に、能力をアップグレードした。」
「ゲームみたいな感じか。それで、どんな能力なんだ?」
「その前にオマエにボクの実体を明かしておく、ボクの正式名称は <波の天啓>。光や音など波にまつわる性質をある司ることができる。」
「なんとなく知ってた。」
「ついでに言っておくと単体の生物としてオマエのことは嫌いだ。ちっぽけな正義で自分の行動を盲信するところ...。まあいい、続ける。
これまでは大雑把な“波”のみを感知することができた。殺意であったり、あからさま音波であったり。」
ツイハは真顔でただ頷いていて、テテンは説明を続ける。
「オマエが代償を払って新しく得た能力は、特定の人物の視界を覗けるというものだ。その者の血を一滴でも渡してくれたなら、学校内どこにいてもその者の視界を見せることができる。」
「ふんだんの寿命を代償にそれだけか。」
「...脳波という繊細な波を読み取るのに必要なんだ。さらに魔王であろうと感知できないように精度を上げているので、仕方がないと言える。
もっと言えば、1人の視界が覗けるだけで関係者まで芋づる式で特定できるので、オマエの欲望を満たすのに十分な材料だろう。」
ツイハは不信な表情を見せながら、不機嫌そうにいう。
「でも犯人たちを特定できたところで、それまでじゃねえか?復讐に足りる戦力が必要、そこまでを期待していたんだけど。」
「たかが凡人であるオマエの寿命だけでそこまでは補えない。そもそもその発想、戦闘向きの能力は多くのグランを喰らう必要があるという前提を全く無視している。
しかし補填はしておこう、外部委託という形で私が勝手に“協力者”を探しておく。2日あれば必ず探し出すさ。」
「了解。血に関して良いアイデアがある。」
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午後の授業は体術であった。ベルトラン先生に生徒が2人呼ばれるのであった。
「ツイハ・ハヤザキ、シャルテ・センリ!」
柔道場の柔らかなマットの上で行われるもの、容疑をかけているシャルテとの一騎打ち。
勝つ以上にしなければならないことがある。
「始め!」
胴着のままツイハは姿勢と低くして走り出す。シャルテもそれには驚いた表情を見せた。
ツイハは猪突猛進のまま拳を振りかざして、距離がほぼゼロになったところで全力を。そのまま打ち込もうとするもシャルテの肘で受けられてしまう。
彼女の右腕はツイハの左腕を強く掴む。まるで握りつぶされるかのような怪力を見せつけられるが、目標は達成直前。
ツイハは右手の爪を立てて、自身を掴んでいるシャルテの腕を掻き切る。
シャルテは違和感を覚えつつもそのまま掴んだ腕を地面に叩きつけて、ツイハは争う術もなく伏して敗北する。
ツイハの浮かべる不気味な笑顔に気づくのはシャルテただ1人。実に妙な手応え、相手自身から負けにくるような試合であった。
シャルテは腕を持ち上げて傷の具合を確認する。
シャルテの腕に残る3本の爪痕は激しく流血していて、その一部はツイハの手にも付着。
「センリさん、ごめん爪があたっちゃった!」
ツイハは起き上がって座ったまま謝罪する。
「いえ、大丈夫だけど...。」
周りの生徒たちもシャルテの腕の具合に気づいて、駆け寄った。
「シャルテちゃん、腕どうしたの?まさかハヤザキが?」
「いや、別に。」
シャルテはツイハの無垢な表情を冷たく見下ろした。とくに軽蔑が含まれるわけでもない、ただ不信だったのだ。
そのままツイハは水道へと向かい、顔を洗っていた。
その表情は実に歪んでいて、テテンの気配を察知するとポケットの中からシャルテの血が染み込んだティッシュを差し出す。
「オマエもかなり歪んでいるな。」
そう言うと、テテンの小さな手は血を吸収した。
「手で目を覆えば、オマエに女子生徒の視界が共有される。離れすぎると効果が薄れるので注意を。」
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その日の授業は全て終わり、レイ・リン先生の終礼の後各々が帰路へとついた。
ツイハもおとなしく支度を済ませてから、1人で教室を出るのだった。
誰もいなくなった廊下を歩いている途中。ふと立ち止まり、右手で片目を覆う。
ふっと笑みが溢れてつぶやいた。
「もうやってるじゃん。」
ツイハが目撃したのは確信とも呼べる、ある死闘であった。




