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「あにき?どうした?」


ゼンは兄の絶望に満ちた顔を目の当たりにした。


なんという表情であろう。全てか失ったかのように暗い。予報が外れた雨に濡れて、唇をどれだけ噛み締めたのか。血が滲み出ていた。


雷雨という二文字の単語は今のツイハを表現するのに充分である。


---


皇帝とキューテストの会談当日。4-Aの空席は増えたが、微塵の噂もない。


いつも通りの日であった。


昼休み、ツイハは1人でノートに印をつけていた。ひたすら自身の能力で得たシャルテ、ロラ、そしてカイの行動パターンを記入していた。


シャーペンを何度叩いたか、バッグの中を弄る動作の数と特徴まで性格に記録。その姿はまさに病的であった。


記録した行動パターンが導き出す者も大したことではなく、彼は行き詰まっていた。追跡も危うく全てが水の泡となるほど攻めた者であって、むしろ自傷行為に近い様子。


ーー証拠が一つでもあればな...。行動を隠す彼らに決定打が必要だ。


今もふわふわと自身の前を能力のテテンが浮いていた。しかし不自然なのは普段は円を描くように自分の周りを飛ぶのに対して、今日は自分の目の前で不規則に飛んでいるという点。


さらに視界を遮ることもあるので半ば鬱陶しく感じる。ツイハはテテンを手で払いのける、それでも磁力に引っ張られるように顔の前に現れるので思わずひっぱたたく。


平手を打ち込んだツイハは少し止まってから、反省したように小さく言葉を漏らす。


「あ...ごめん。」


自身のぬいぐるみを思わず殴ったかのような罪悪感である。悪意と自我がないものに八つ当たりをするのは聡明な行為ではないと思うのであった。


「ツイハ・ハヤザキ。協力して欲しい。」


響いたのはマスコットのような不気味と可愛らしさが混同したような声。声はこれまで喋ったことの一切ないテテンから発せらせていた。


顔文字が印刷されたかのようなチープの笑顔はこちらへと向けられていて、ツイハは能力の秘められた機能に愕然とする。


「テテン、喋れるのか。」


貼り付けられた笑顔は形を崩すことなく声を発し続けた。


「いや。正確には喋れるのようになった、だ。オマエから絶え間なく浴びせ続けられた怨望と失望がボクの形を変えたのさ、つまりはグランの故障。」


「故障って、どういうことなんだ。」


「安心しろ、故障といっても本質は変異に近いものだ。オマエの意思に問わず自由に動き回れるようになった。」


...


それを聞くツイハは黙ってただテテンの顔を眺めていた。


「敵意はない、むしろオマエの望むモノを差し出そうと言うのだ。」


「それは?」


「ミナ・カドモトを殺害した人物への報復だろう。ボクなら可能にできる。」


「どう信じれば良い。ぽっと出のお前を...。」


「これでもボクはオマエの臓器(グラン)のままだ、自律的な意思はあれど同調性を失ったつもりはない。」


「騙すつもりならもっと甘い口調だろうし...乗るよ。それで、何をすれば良い」


「担保としてオマエの寿命が存分に必要だ。」


テテンは大きな代償を示したにもかかわらず、ツイハの表情は逆に和らいだ。まるでオークションで予想以上に安く品を競り落とせたかのようであった。


「悪魔との契約ってわけか、わかりやすくて助かる。いくらでも差し出すよ。」


「...個人として興味があるのだが、数日のみの関係だったカドモトにそこまで情が湧く理由がわからぬ。」


「人間は一度心を縛り付けられたらそんなもんだ...。」


「“そんなもん”か。興味深いな。」

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