脱色世界
ーー今日は放課後、カドモトさんとの海に行く計画が立てられる。そういえば連絡先もらってなかったな。
ツイハにとって学校はオアシスのように癒やされて楽しめるものとなった。
追跡はこれきりだ、そもそもアマチュアの俺が関わるのが間違いなのだ。追跡がバレたことも杞憂だろう、そうでなくても話せばわかる。
今の俺には底抜けの自信があった。どんな辛いようなことも彼女との思い出以下となった。
「あにき、今日は元気そうだね、いつも朝はふやけたワカメのゾンビみたいなのに。」
「ふやけたワカメのゾンビってなんだよ、まあな!ちょっと昨日からの俺は一味違うんだぜ!」
いつもの憂鬱な寝起きも、今日はキリストの復活のように慈悲で満ち溢れている。青いカーテンの隙間から澄んだ光が指す。
ツイハはいつも、共に暮らしている妹のゼンに叩き起こされているのだが本日は自ら目覚めたのだ。彼女にとってこれ以上に珍しいことはない。
妹は自身の弁当の用意を済ませており、すぐに出発できそうな身なりであった。
13畳ほどのアパートに敷かれた布団で目覚めた彼は、赤い瞳を輝かせて笑みを浮かべる。
その企んだような表情を見た妹は、まさかと思い問い詰める。
「まさか、あにきに彼女が!?!?」
ツイハはしたり顔を妹に向ける。
「そんな驚くことじゃあないんじゃないか、ゼン君。俺にだってできる時はできるさ。」
「ドンクサあにきに出来るわけないよ、何らかの勘違いなんじゃないの?
ほら、小学校の時もミツキちゃんだっけ?あにきは一方的に彼女だと思ってたアレ。」
「まだ覚えてるのかよ、ちくしょう。今度は本当だ。」
「へえ。信じられないね、あにきがつ連れてくれば信じるよ。」
「当然、兄上に釣り合うような美人だ。せいぜい期待すると良い。」
「ふうん。じゃあ行ってくるね。」
弁当の紐を結んでカバンに詰め、忙しそうに妹のゼンは玄関を出る。
スチールの扉はキーキーとサビ目の音を立てながら閉まった。ツイハは布団から這い出る前に呟く。
「楽しみ。」
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がやがやと騒ぐ校舎、下駄箱で自分の靴の場所へと向かっているツイハは肩に一つの衝撃を覚える。
「あ、ごめん。」
サラに肩がぶつかったのだ。サラは特に気にする様子でもなくて、ツイハの顔を見ると軽く頷くだけであった。
ーームツキさんか...。
クラスメイトの顔を見たので、途端に心地の悪くないような緊張が身に走った。
ーーもうカドモトさんとのことが、ウワサになってたりして...。
木製の階段を上がって、やや長いような廊下を渡り、強まる鼓動と共に教室の階にたどり着く。
少し、なんというか気まずさがあったのだ。
勇気を出して教室に踏み入った。カドモトの机は空いていた。荷物も全て持ち帰るような女性であったため、彼女のいた痕跡がまるでなかった。
ーーあれ、カドモトさん。風邪かな。
それ以上の心配には至らなかった。彼女にしては珍しいかもしれないが、遅刻の可能性だってあった。
彼女の机を一度見てから、ツイハはいつものように自分の席に腰を下ろした。
しかし、その後も彼女が来ることはなく。その日は終わる。
帰り際、廊下から顔を覗かせる男性の教頭、イシザキに手招きをされた。
何のことだろうと疑問を持ちつつ。のこのこと職員室について行く自身の身体は、どこか重いように感じた。
教頭は窓際の一番大きいデスクに座って、一度ため息をついてから話し始める。
「昨日の晩から、A組のカドモトが帰宅していないんだ。保護者の方から連絡があってね。彼女と仲がいい生徒が君と帰るのを見ていたらしく、それから行方が...。」
それ以上の言葉は耳からすり抜けて、全く理解することができなかった。さらに感情も一切感じることができず、ただ肌の表面を覆うような冷たさだけがそこにあった。
この時からだろう、世界に色がついて見えなくなったのは。




