抱えきれないモノ
「本当に、誰もみていないと?ただ通りかかったときにクラスメイトの遺体があったのか。」
アンの遺体を見つけたツイハは事情聴取を受けていた。そろそろ変えたほうの良さそうなチカチカとした蛍光灯に頭痛がする。
一名の初老の刑事がブラウンのスーツに身を包んでおり、腕を雑に振るたびに甘ったるいアンバーのパフュームの香りがこちらに飛んでくる。
ツイハはパイプ椅子に腰を痛めつけられていながら、小動物のように縮こまって質問に答えていた。
「いえ...本当に見ていません。」
「死亡推定と同刻に君がやってきているんだ、残念ながら君が疑われるのは仕方ないということは承知してくれ。」
目の光をツイハの顔一点に集中させてから、ゆっくりとした口調で問う。
「ところで、グランの摂食痕が見つかっている、まさか君が喰らったわけじゃないな?」
それを聞いたツイハは額の汗をかいて、迫り来る刑事の影に怯えたように答える。
「僕は非覚醒者です!し...診断書だってありますよ。」
それを聞き終えた刑事は呆れるような表情をわざとらしく見せてから、机に広げた両手を置いて身体を持ち上げる。
やがて長いため息の後に口を開く。
「わかったよ、帰りなさい。」
こちらに目も向けずに刑事は事情聴取室を後にした。
そのうちやってきた女性の職員に案内されて、ボロい警察署の裏口から外に出る。夜空に涼しい風が差していても、またもやツイハは悔しさを胸に抱いた。
ーーちくしょう、警察はダメだ。訴え続けたら俺の能力がバレる。アンを殺した犯人は自分自身で探さないと。
彼の手のひらの上では白い羽がくるくると回転していた。
星がいつもよりも輝いているように見えた夜空の下。治安の悪い街をびくびくとしながら抜けて、住宅街にやってくると一つ何かを思い出す。
ーー晩飯食ってねえ。
立ち止まって、これから夕飯を作らなければならないというメランコリーを感じていると、ネオンに妖しく光る建物が目に入る。
「コンビニか...。」
最近流行のコンビニエンスストア、通称コンビニ。女子の間であれやこれやが買えるとのことから人気だ。
弁当もさながら売っていると聞いていたので、初めてのコンビニに少し恥ずかしさを覚えながら向かった。
入り口を潜るとぴこぴこと入店音が鳴り響いた。
ーーへえ、面白い。
本当になんでも揃っているようであった。この”コンビニ“は戦前に普及していたものを現代に復刻したものらしいが、予想に反して未来的な様子で感嘆を覚える。
右には虹色ともとれるような、様々な色の清涼飲料水が並んだ棚が見える。ツイハが好んでいるチェリー味のものがあって、ここの仕入れはよく分かっているなと心を躍らせるのだった。
その500mlのドリンクを手に取ってから、少し奥の方へと進むと弁当が並べられた棚。
10種類以上のラインナップから唐揚げ弁当が袋詰めされたマヨネーズを付けて売られているのを見つけ出す。まさしく大好物だ。
ーーげっ、642円...。
食堂の約2倍の値段に震えるものの、いまは食欲でそれどころではない。お気に入りのドリンクと唐揚げ弁当というベストマッチに心を躍らせた。
その組み合わせが口の中のハーモニーを奏でることを想像してから、入り口付近のレジで今月最後の千円札を財布から取り出した。
レジ袋に温めてもらった弁当を入れて、人生初のコンビニという経験を満足そうに終えるのであった。
コンビニから自宅の方へ数歩歩いたくらいのところで、突然声をかけられた。
「ハヤザキくん?」
その声の方に目をやると、制服の女性が笑顔でこちらに手を軽く振っていた。
「あれ、カドモトさん?」
その声の主はクラスメイトの女子生徒、カドモトさんであった。クラスの中でも柔らかい雰囲気と優しさを備えた人物。
学校の班で同じだったのでカドモトさんとは少し話したことのある程度だったが、ここに来て日常と遭遇したことに若干の安心を覚えた。
「やほ。ハヤザキくんも“コンビニ”なんて来るんだね。」
「お腹が空いてなんとなく立ち寄ってみたんだ。カドモトさんは何してたの?」
「部活帰りだよ。今日学校の近くで何か事件があったみたいで心配だったけど、知ってる人に会えてちょっと嬉しいよ。」
「うん...なにかあったらしいね。」
2人は並んで同じ方向へと歩んでいた。少し考えたあと、ツイハは願望を含んだ甘えた気持ちで口を開く。
1人では抱えきれないことを悟っていて、それをここで吐露することとなった。
「カドモトさん、聞いてほしいことがあるんだ。」
...
...
ツイハは自分の能力のことからアンのことまで、全てを話した。
全てを目撃してもなお案外淡々と話せたことに驚きを覚えたが、それよりも話を聞いている際の彼女の涼しい顔が印象的。
そして、この判断はツイハにとって大きな後悔を持ってくるものとなる。彼女は数日後、死んだのだ。




