女王
戦闘が終わり、沈んだ日と共に2人は別々の道を辿った。
その場所に共鳴する、追跡者もいた。
彼女らのクラスメイトである「ツイハ」という男の能力は殺人の香りに過敏だ。
パールのようなやや光沢を帯びた羽はツイハの手のひらでコンパスのように、ある方角を示している。
ツイハ自体はこの出来事になるべく関わりたくない。しかし自らに止められる殺人があるというなら、行くしかないのだ。
街路樹は青い葉を揺らしていた。人気のいない昔の商店街の角を右に曲がると路地に出る。
煉瓦造りの建物は半壊していて、目の前の光景に絶句した。
ーー俺は、遅かった。
少女は静かに目を閉じている。
「キミ...!たしか同じクラスの...アン!」
ツイハはアンに駆け寄ってしゃがみ込み、すぐに自分のバッグを置く。
それから砕けた壁に横を向いて倒れているアンの肩を掴んで仰向けに直し、力の一切抜けた左手首に2本の指を当てる。
しかし、命の脈動はすでに尽きていた。
「遅かった、死んでしまっている...。」
とくにツイハとアンに面識があったわけでもない、ただ何かができたであろう自分の無力さに落胆した。
直感的に、羽が示していた“カイ”という男が殺人犯だと疑う。
近いうちに殺人事件を起こすものを指し示していた先でクラスメイトが死んでいるのだから。
辻褄が合うので、至極当然である。
彼の赤い目はどことない悔しさを内包して、寂しい遺体に涙を浮かべた。
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20時、政府には一つ報告が届いていた。派遣した隊員、アンの訃報。
アンをイチから訓練したスキンヘッドの教官は、サイヨウは政府の高官に呼び出されていた。
夜の薄暗い会議室には教官と高官であるシェパード、そしてその秘書ヤマムラがいた。
ヤマムラはその一つの椅子に足と腕を組んで座っており、私的にも見える不機嫌さを教官に向けている。
サイヨウの迷彩はシワ一つついていなく、彼の表情にブレはない。
「サイヨウ、お前の訓練した野犬がやられたようだな。
おまけにケルベロスの1人、ユメアにも我々の行動がバレてしまった。どうしてくれるんだ。」
「シェパード長官の提案に背いてアンを送り出した私めの責任であります。」
それを聞いた高官シェパードは人差し指を鋭くサイヨウの額に突きつけて、怯えた犬のような歪んだ表情となる。
「お前の拾ってきた野犬どもは一切信用ができぬ。ムツキの娘すら殺せずにな...お前自身の手で全員殺せ。」
その命令を聞いたヨウサイハ直立して、眉一つ動かさずにいた。
「ねえシェパード。私の娘が何か?」
狭い会議室の隅から一つの声がした、サラの母親であるレイナ・ムツキが柔らかい笑みを浮かべながら窓際に腰をかけているのだ。
「ムツキ!?なんの真似だ!」
手元の銀色に輝くデザートイーグルは振り向くシェパードの眉間を指していた。
幽霊のようにどこから現れたかもわからないレイナにシェパードは恐怖を覚えた。
「ヤマムラくん、資料を頂戴。」
秘書のヤマムラの目は空、まるで死後3日の死体のような風貌。彼は何も言わずに立ち上がり、手元の紙の資料をレイナに渡すのであった。
それを受け取って銃口はシェパードを向けたまま。チラチラとめくって、レイナは自身の興味を引くような内容を見つけた。
「へえ、サラはキューテストにいたのね。面白い娘じゃないか。」
笑みを釣り上げて上目でシェパードの方を見る。
恐る恐るシェパードは問う。
「能力を使ってここまで来たのか?わざわざ脅しに...。」
「タネは言わない、こんな面白いこと隠してたことには怒っているよシェパードくん。
あでも私は能力の非覚醒者だよ。」
それを聞いたシェパードは顔から血の気が抜ける。血管を何か冷たいものが通うような気分であった。
「お前、まさか...ムツキではなく死んだはずのサクララ・シュタイナーなのか?」
彼女は非覚醒者、サクララ。
「正解。」
彼女は笑みを浮かべたまま引き金を引き、高官であるシェパードは額に穴を開けて闇夜に沈むのであった。
全くの無能である彼女はあることを信じていた。能力は力に値せず、その全ては判断に依存すると。
実際に彼女が葬ってきた魔王の数は、“6”。滅ぼした国家は20を上回っている。




