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冠のない曇天

サラの無重力を耐えたカイ。完全に授業だということは忘れていたようで、ベルトランもいつ勝負を止めるか考えていた。


この生徒たちには見えていないほどの気配をキューテスト達は感じている。一つ一つの繊細な動きにいくつもの折り重なった鍛錬があると言えるだろう。


---


一方で政府、彼らは自身の皇帝をも目の敵としており、政治的な反発を企てている。


“金色の太陽”を所持しているキューテストも当然敵視。


かろうじて利害関係で結ばれていたラウルスとも決別をしている。


つまり政府にとって、全方向の者が敵なのである。それに全て対処ができるであろう実力を秘めた人物がただ1人。


いつの時代でも世界を動かす運命にあったと言っても過言ではない者達が存在した。


農民から天下を統一するに至った豊臣秀吉。マケドニアの知将、アレキサンダー大王。本物の天賦を持って生まれた者達、同じくの才を持った人物がまたここに1人いたのだ。


「レイナ・ムツキ大佐はいらしているのか!?」


「いいえ、まだ来られていません。」


「あの者は、実力は十分なのにこれほどまでに時間にだらしない。」


やがてオークの重い扉を手で押し開けて、


長い桃色の髪と爽やかな春の香りを揺らしながら彼女はやってくる。


黒のジャケットは腕を通さずに羽織って、頭に黒のサングラスを乗せている。


「ムツキ!私もこれでいくつかの予定を押すことになったんだぞ!」


「やあ長官。私もそこそこに忙しいんだよ?」


彼女は2人の屈強そうなSPを引き連れてきおており、扉から少し入ったところに佇むのだった。


彼女はハイヒールを鳴らしながら長官のもとへ近づく。顔と顔の距離がいっそう近くなったところで、長官も思わず目を見開いて赤面を浮かべた。


「それに、皇帝だけじゃなくキューテスト、ラウルスまで敵になっちゃったよ...どうなの?“金色の太陽”は奪えた?」


「いいや、まだだ。皇帝の組んだケルベロスとやらがキューテストの周りに漂ってやがる、時間がかかるんだよ。」


長官はこのレイナ・ムツキの娘であるサラが関わっていることを知っている。情に流されることを危惧して本件に彼女を関わらせないことにしていた。


三田奈学園にはキューテストのほかに漂在ひょうざいした皇帝の部下であるユメアがいる。ゆえに長官が送り込んだ暗殺部隊は動かすのがやや難しい。


さらにラウルスたちの行方も掴めないのだから、駒を進めるのに手を焼いていた。


レイナ・ムツキは顔を長官に近づけたまま続ける。


「この前言われた通り、私なりに鮮鋭を組んでみた。ちょうど1人を連れてきたから、紹介しようと思って。」


彼女の背後にいる2人のspに表情で合図を送ると、彼らは扉を開けるのであった。


正面窓に映る曇天の空。その前に立っている彼はウエスタンの帽子と上裸に黒のコートを羽織っていて、短パンと黒いサンダル。


30代くらいに見えるか、無精髭の伸びた男であった。彼は短パンのポケットに手をつっこんだまま、一歩ずつゆっくりと部屋の中に歩いていった。


政府の要人に顔を出すにはあまりに奇抜な格好である。まるで1人だけ真夏のビーチに海水浴をしに来たかのようであった。


「なんなんだ、こいつは。」


「はあ、こいつが長官殿。わたくしラビ・ブルックスと申します。」


声色だけは丁寧であるものの、そのよくわからない身なりのみが彼の本質を邪魔しているように見えた。


「ラビ?聞いたことがないな。」


レイナ・ムツキはニヤッと口角を曲げて言う。


「実績はない。私が捕まえただけ、貧民街の飲んだくれの”野良“だよ。」


「意味がわからんな。このような場に似合う人物には到底思えんが。」


「そうだなここへ彼を連れてきたのはただ、私の勘だよ。でも彼は指示通りに動けば、キューテストどころか皇帝まで葬れるだろう。」


ため息を吐いて、長官は襟を正しながら再び問う。


「何ゆえの自信だ、ムツキ。お前のことだから何かあるんだろう?」


「...いったろ長官、勘だって。」

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