激流に抗う必要はない
身の回りの全ての音が消えた気がした。真冬の森の中ほどの静寂。
だけどそこに混じる異音、背後からであった。
サラは背後を目掛けて腕を後ろに振る。腕にのしかかる衝撃を感じて、カイの拳はサラの腕に抑えられていた。
2人の目は合う。そしてカイは殴打のために握った拳をすぐに広げ、サラの腕を掴む。
サラはそれを待っていたかのようにカイに腕を鷲掴みされた腕を高くあげ、そのまま体を捻る。
それと同時、突然床が抜け落ちたかの如く体勢を落とした。
カイは自分の力を受け流されて、それは川の急流に抗えないような無力感を感じざるを得なかった。
背負われて、妙な浮遊感が体に纏わりつく。
しかしカイは激流であれとも、その先が何と繋がっているかが気になってしまう性である。
このまま合気に抗うことなどできない。力がサラの背を辿るように流れているのだから。
でもこのルール、膝をついたら負けとのことだったら...。
投げ飛ばされる身体は遠心力があるから、足が伸びて非常に無力に地面に叩きつけられるのだ。
ならばと思い宙に浮く最中、足を畳んで丸まったような姿勢になった。できるだけの遠心力を抑える。
身がひっくり返るのを覚え、地面に叩きつけられるところ。
その勢いを殺すが如く、カイは両足で着地をした。常人ならば膝を破るような衝撃をカイは耐え抜いた。
「あいつ!十字靭帯をぶち壊すつもりか!?」
「無重力人間に耐えた!」
女子生徒たちの歓声と、男子生徒たちの熱気にあふれた声が体育館を埋め尽くした。ベルトランもカイの強靭さに打たれるのであった。
力んだのも束の間、カイはくるりと回って姿勢を戻す。サラの緩んだ手からも脱出することができた。
カイとサラは見合って、一歩ずつ足を後ろに引く。彼らは次の動きを互いに見つめていた。
開始と同時にカイが突然消えたように見えたのは、素早く姿勢を落としたから。この目の前の男は衝撃に耐えうる肉体と素早さを兼ね備えている。
能力を一切使わない素の強さが彼の気配から滲み出ている。そしてカイの目は明らかに隙があれば相手を殺してしまう。
環境が彼をそうしたのか一切不明。だが、自身をスパイだと疑った時のように世界にただ1人自分のみしかいないと言わんばかりの視線が鋭く降りかかる。
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ピーピー
ユメアはしゃがんでサラたちの攻防を見ていた。耳元についた銀色に光る、小さい蜘蛛型のピアスを軽く指で叩く。
“ユメア、聞こえます?”
そこから囁かれる声に静かに返答する。
「うん聞こえるよ。」
“キューテストたちで間違い無いのですね?”
「うん。」
“どうしますか?ロイたちは彼らに殺されたそうだし、早めに処理して構わないかも。”
「皇帝は知らないけど、私はあの人たちが好きだよ。」
“...様子見でいいんですね?隊員を寄越したい時は、ケルベロス第二隊のダイアルを使ってください。“
「うん、ありがとうシーレン。」
“いえ...では。”
ユメアの瞳は、金色に揺れていた。




