あなたの恋は叶うでしょう
寝る前にサクッと読める短編。可愛い恋物語を目指しました。
薬屋を営むかたわら、占いをやっています。
占いといっても本格的なものではなく、カードを使ったかなり自己流の占いです。当たる確率はまあまあといったところ。
それでも皆さん喜んで下さいます。薬を買ったついでにちょっと気になることを占ってもらう、といった気軽さが良いのかもしれません。
……あ、もちろんお金を受け取ったりはしませんよ。残念ながらお金を取れるほどには当たらないので。
当たらないとは言いましたが、実は年に数回ほど異常に勘の冴える日というのが存在します。
理屈では説明がつきません。ただもう、そんな日の占いは怖いくらいに当たるのです。
それが正に今日。
さあ、今日占いを頼んでくるお客さんはいるでしょうか? なんだかドキドキしちゃいますね。
* * * * *
勝手にドキドキしていた私ですが、今日は占いを頼んで来るお客さんはいませんでした。
残念です。
もうすぐ店じまいの時間。今日占えば当たるのに、なんとも惜しい……なんてことを考えていたせいでしょうか。私の思いが何か引き寄せたのか、実にタイミングよくお客さんが訪れました。
「こんにちは」
そう言って店に入って来たのは、黒髪の素敵な男性でした。
──エヴァンズさんです!
「いらっしゃいませ」
笑顔で挨拶を返しながら、私は心の中で大はしゃぎでした。なぜなら、彼は私がこっそり片想いしているお相手だからです。
近くの菓子店にお勤めの彼は、いつもこの店を贔屓にして下さる常連さんです。そして『店の売れ残りで悪いけど』などと言って、ちょっとした差し入れを下さいます。
今日もご家族に頼まれたという薬を購入された後、
「あ、そうだ。良かったらどうぞ」
と、小瓶に入った色とりどりのキャンディを下さいました。
「わあ、可愛いですね!」
「うん。この間、天気を占って貰ったお礼。君に言われた通りの日に出かけて正解だったよ」
私は占いにお金は受け取らない主義ですが、たまに気の利いたお客さんがいて、こうしてちょっとした贈り物を下さいます。
その筆頭がエヴァンズさんです。こういったさり気ない心遣いができる方って素敵ですよね。
嬉しくてにこにこしていると、エヴァンズさんは少し表情を改めて言いました。
「実は、またちょっと占って欲しいことがあるんだけど。大丈夫かな」
「まあ!」
私は声を上げました。
占い! 望むところです。
なんて良い日に来て下さったんでしょうか。
きっと今日の占いは当たるでしょう。エヴァンズさんを占って喜んで貰えるのなら、こんなに嬉しいことはありません。
「もちろんいいですよ。エヴァンズさんはついてますね」
「ついてる?」
「はい。ここだけの話ですが……今日の占いはとっても当たる確率が高いです」
私はちょっと控え目に言いました。正直に言うのなら、10のうち10が当たる気がしますが『確実です』なんて言って、万一はずれた時にガッカリしてほしくありません。
「珍しいね。君がそんなことを言うなんて」
確かにいつもの私なら『はずれることも多いので、あんまりあてにしないで下さいね』と言うところでしょう。ですが、今日の私はいつもの私とは違います。
「本当にたまになんですが、勘の冴える日があるんです。そういう日の占いは、すごく良く当たるんですよ」
「へえ、そうなんだね」
「あ、でも他の人には内緒ですよ。悪用されたら困るので」
私がそう言うと、エヴァンズさんは少し驚いたような顔をした後、どこか嬉しそうに笑いました。
「そうか。じゃあ、僕は君に信用されているのかな」
あ、これはいけません。
うっかり口をすべらせた私は、ちょっと慌ててしまいました。
私の気持ち、ばれましたか? ばれてませんね?
……ばれてない、ということにしておきましょう。そうでないと、恥ずかしくてこのまま店の裏に引っ込みたくなってしまいます。
「それで、今日はどんなことを占いましょうか?」
「当たると聞いた後では、少し怖いな」
「エヴァンズさんなら大丈夫ですよ。日頃の行いが良いですもの」
私がそう言い切ると、彼は面食らったようにぱちぱちと瞬きをした後、
「面と向かってそんなふうに言われると照れてしまうよ」
と、はにかむように笑いました。ああ、そんな表情も素敵です。
「でも、ありがとう。君にそう言われて勇気が出たよ。……実は」
彼はほんの少し迷う素振りを見せましたが、すぐ思い切ったように言いました。
「恋占いをしてもらいたいんだ」
* * * * *
恋。
思いがけない彼の言葉に、私の時が止まりました。
恋占いって言いましたか今。恋占いっていいましたね今。
「あ。もしかして、君はそういう占いは得意じゃないのかな」
私の沈黙をどう受け取ったのか、エヴァンズさんが声を掛けてきます。
「い、いえ、大丈夫です!」
何が大丈夫なんでしょうか。心はすでに瀕死です。
「恋占いですね! わかりました、おまかせ下さい」
そんな返事をした私はとんだ大馬鹿者かもしれません。不得意だとでも言っておけば、好きな人の恋を占うなんて苦行からは逃れられたことでしょう。
それでも『まかせろ』と言ってしまった手前、私は使い慣れたカードを手に取りました。
そうですよね。エヴァンズさんにだって好きな人くらいいますよね。
ああでもわざわざ占うってことは、まだ恋人ではないのでしょうか。もし悪い結果が出たなら、私にも望みはあるでしょうか。
そんなことをぐるぐると考えながら、私は店先のカウンターの上にカードを並べて行きました。
「……」
ああ、人生は無常です。悪いカードがただの1つもありません。
どう見ても相思相愛。告白すれば見事に成就しそうです。
彼の未来は間違いなく明るいでしょう。私の目の前は真っ暗ですが。
「……悪い結果が出たのかな」
なかなか声を発さない私に、エヴァンズさんが心配そうに尋ねてきました。
悪い結果! ああ、その手がありましたね。いっそ嘘をついてしまいましょうか。
『お相手にその気はないです。告白すれば酷い振られかたをするかもしれません』
そんなふうに告げたなら、彼は告白するのを止めるでしょうか。
……こんなことを考える私は、本当に醜いです。自分で自分が嫌になります。
私はひとつ深呼吸をし、どうにか自分の心をなだめると無理やり笑顔を作りました。
「相思相愛です。きっとうまくいきます」
私がそう告げたとたん、エヴァンズさんの顔がパッと明るくなりました。
いつもであれば彼の喜ぶ姿を見るのは嬉しいですが、今は非常に辛いです。正直もう泣きそうです。
……いや駄目です。あなたの恋はうまくいくと告げたとたん、いきなり泣き出す女は怖すぎます。失恋するのは仕方ないにしても、不気味な女としてエヴァンズさんの記憶に残りたくありません。
私はそれはもう頑張って、祝福の言葉を述べました。
「おめでとうございます、エヴァンズさん。あなたの恋は叶うでしょう」
「えっ」
* * * * *
えっ、ってなんでしょうか。
良い結果を告げたのに、なぜかエヴァンズさんは驚いた顔で絶句してしまいました。
私、変なこと言いましたか? 言ってませんね? 心の中以外では。
予想外に驚かれたことで、私も驚いてしまいます。貰い泣きならぬ、貰いびっくりです。
「……」
「……」
そう広くもない店内に、沈黙が落ちました。
大変に困ります。彼が何に驚いているのか不明なので、どう声を掛けて良いのかわかりません。
私が困り果てていると、私の反応を窺うようにエヴァンズさんが問いかけてきました。
「……相思相愛ってことは、相手の方も僕のことを好きなんですよね?」
「はい」
「なのに、あなたは『おめでとう』って言うんですか」
「え」
「僕の恋が叶うと知って、あなたは『おめでとう』って言うんですか」
「それは──」
どういう意味ですか。と言う前に、私は口を閉じました。
さすがの私も、彼の様子に感じるものがあったのです。
まさか。
彼の恋の相手というのは──。
己惚れてはいけないと自分を諫めるものの、私の頬は勝手に熱くなりました。
どうしましょう。
私が赤くなったこと、エヴァンズさんに気づかれましたか? 気づかれましたね? だってほら、真剣だった彼の目が優し気に細まります。
「改めてあなたに訊きます。……僕の恋は叶いますか?」
よく見ると、エヴァンズさんも少し赤くなっているようです。
ああ、あなたの恋は。
さっき絶望的な気持ちで告げたのと同じ言葉を、私は再び口にしました。
「……あなたの恋は叶うでしょう」
どうしましょう。幸せ過ぎて泣きそうです。
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