【第六話】時には禊の時間も
「ねぇハス。Fウイングって何があるの?研究等にしては研究室とか見当たらないけど……」
まっすぐ続く廊下をひたすら歩いていく。周りには研究室のようなものはなく、代わりにいくつかのちっちゃな武器庫があった。
「あぁ、それね。それについてなんだけど、ここでは兵器の性能検査を行っているといったじゃん」
「そうだね」
廊下の突き当りにたどり着いた僕は、向こう側に出るドアに細工されてないかどうかを確認する。
「それで性能検査をするには実射をしないといけないんだけどね」
「うん」
細工がないことを確認した僕は銃を構えてドアを勢いよく開ける。その時、ハスの一言が僕の耳に入ってきた。
「それでその屋外射撃場がその扉の外にあるんだよね」
「は?」
ブォォォォ!!!
開いたドアの隙間からー40℃にもなるシベリアの極寒の風が吹き込んでくる。体が凍り付きそうなほどの冷風が体にぶち当たってくる。急いでドアを閉めた僕は肩を上下させて呼吸する。
「そ、それを早く言ってよ!」
「言ったじゃん。でも仁は話を聞かずにドアをいじっていたじゃん」
「先にドアの先が屋外ってことを言ってくれよ」
一回気持ちを落ち着かせて再度ドアノブに手をかける。ドアを勢いよく開けた僕は、そのまま外に飛び出した。事前に打ち合わせなどはしてないが、自然に僕は左へ、ハスは右へと流れて行った。
「周囲を警戒して!」
「イエッサー!」
オーロラに照らされた白銀の射撃場を素早く、かつ丁寧にクリアリングしていく。足元からはザクザクと雪を踏む音が鳴り、鼓動の音と重なっていく。
「レフトサイドクリア」
「こっちもライトサイドクリアしたよ」
ひとまずクリアリングを終わらせた僕らは、この極寒の風から身を隠せる場所に移動して、この後のルートを確認する。
「こことかどうかな?遮蔽が風を防いでいるからちょうどよさそう」
「いいんじゃない?」
大きなトタン板の遮蔽に寄りかかって座る。天を見上げると雪によって見にくいが、大きな月が見えていた。
「この先はどうする?爆心地の真正面から入っても勝機はないと思うが?」
マップを取り出してハスに質問を投げる。今ここから爆心地までは数百メートルほど。僕らはすでに敵の懐に入っていたのである。
「まぁ十中八九そうだろうね。こっちが超重武装だったらまだしも、そうでもないと。正面戦闘だと負けるはずさ」
「んじゃあ、どうする?」
「仁は逆にどうする?」
ハスが何かを企んでいるときの腹黒い顔をこちらに向けてくる。彼とは結構長い付き合いだが、未だにこの顔はうざく感じてしまう。
「奇襲。爆心地は天井が爆発で開いているみたいだから、そこから入る。まぁ、僕らの侵入はばれてるから奇襲とは言えないけど」
「それじゃあ決定」
「え?」
何が決定だ?本当に僕のアイデアを参考にしたかっただけか?
「仁は言ったとおりに天井に上がって攻撃して。自分は敵の注意がそっちに向いた際に弾幕貼るから」
前言撤回。やっぱりこいつは何かを企んでいた。まさか僕一人を先に行かせるなんて……こんなか弱い狼を……
『と言えるわけねぇだろ。前に演習で敵役の機動部隊を全滅させてただろ』
「ぐぬぬ……」
確かにその時の演習は、僕一人で財団トップレベルの機動部隊を奇襲で全滅させたことがある。それで考えたら僕一人で奇襲に行くのは妥当だ。ただこいつには任務が終わったら北極海で禊をしてほしい。こんなヤバいことを考えている奴にはそれぐらいが妥当だ。
「てことで、施設内に戻ることからだね。確か屋上に向かう階段があるからそこから行けばいいね」
ハスが荷物をまとめて、Fウイングの次の区域であるGウイング【サイト中枢区域】に向かうドアに進んでいった。
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Gウイング【サイト中枢区域】。シベリア研究所の中枢神経に値する区域。ここでは施設全体の管理を行っており、その他の最重要データも収納されている。そして今回の爆破テロの発生場所でもある。
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足早と白銀の射撃場を抜けて、Gウイングに向かうドアの前に立つ。すでにハスはドアノブに手をかけて開けようとしていたが、僕はすぐに制止させた。
「待って。この先から人の声が聞こえる」
吹雪の音で聞こえにくいが、奥から数人の声が聞こえてくる。他にもガラス同士がぶつかる音やガスバーナーの音が聞こえてくる。何をやっているのかはわからないが、危ないことをやっているってことは予想がつきそうだ。
「どうする?正面切って戦闘することになるが?」
決まり切った回答が存在する質問をハスに投げかける。彼はすでにフラッシュバンを構えていた。
「当たり前でしょ。殲滅する。それだけだよ」
「まぁ、それが僕たちの部隊の対応任務だからね。ただ重武装はいないでくれ」
ドアを少し開けて隙間を作る。そこにハスがフラッシュバンを投げ込んだ。炸裂音が鳴った瞬間が突入のタイミング。敵に慈悲はいらない。
「Ready to fight. Ready to kill.」
パァァァァンン!!
フラッシュバンの炸裂音が鳴った瞬間にドアを思いっきり開けて、敵の殲滅体制に入る。中には8人が武装しており、右手側には実験室のようなものがあった。
「Enemy attack!!」
敵もなかなかのやり手。フラッシュにやられても僕らを撃破することは忘れておらず、目をやられていなかったものはすぐに発砲してきた。
「伏せて!」
赤いドットを敵の頭に合わせて素早くトリガーを引く。二発の.300BLK弾がちっちゃな炸裂音を鳴らして敵の頭を貫く。赤い鮮血が吹きあがったのを確認し、素早く次のターゲットにロックオン。横を見るとハスが閉所戦闘に対応するため、ハンドガンで敵と攻防戦を繰り広げていた。
「ダブルキル」
もう一人を倒した後、近くにいた別の敵の首をナイフで切り裂いて、もう一人の首に突き刺す。確殺のためにホルスターからハンドガンを取り出し、頭に一発撃ちこむ。ハスの方でも決着がついたらしく、彼の装備品には敵の返り血が付いていた。残りは3人。
「Push back!!」
敵が放った弾丸が胸に二発、足にも二発が被弾した。
「グハッ!」
鎮痛が切れていたのに気づかず任務を遂行したため、被弾の痛みが全身に襲い掛かる。バランスを崩して倒れた僕は身を守るために敵の死体を遮蔽にした。
「まだもう一人いるんだよ!弾丸を使ってあの世で禊でもしておけ!」
ハスが機銃を構えて、敵に向かって無慈悲の射撃を行う。慈悲はいらないといったけど、そこまで無慈悲じゃなくてもいいだろと思ってしまった。
「ヒャッハー!!弾幕はパワーだZE☆」
ハスの無慈悲な弾幕が残った敵を跡かたなくズタズタに消し飛ばしていく。あたりの壁には大量の血痕がべったりとくっついていた。
「仁!ちょっと待ってて」
敵を殲滅したハスは、すぐさま僕の止血を行った。
「どうも……ふぅ、いくらたっても止血の痛みは慣れないもんだ」
足から出てきた血をふき取って呟く。その間ハスは、隣の研究室内への侵入を行っていた。ドアは閉じていてよく聞こえないが、中ではハスが誰かとしゃべっているようだった。
「よいしょっと」
鎮痛剤を飲んで、研究室の中に入っていく。ハスが入って銃声が鳴っていなかったから安全だろう。そんなことを考えてドアを開けたとき
ガン!
「ッ――――!!!」
どうやらハスは僕を連れて来ようとしたらしく、そのせいでハスのヘルメットに頭を思いっきりぶつけてしまった。
「仁!大丈夫か!」
「うぅ……」
△△△
「それでこの人たちは何?」
頭の痛みを振り払って、部屋の中にいた数名の研究員を見る。彼らは首にガスマスクをぶら下げており、壁には防護服らしきものもあった。
「彼らはここの研究員の人たち。彼らによると、テロが発生した際に拉致られたそうだ」
「彼らに心当たりは?」
「若干あるって。ここにいるのは化学物質を扱うエキスパートだから、薬品開発でおさわになったことがある。そのせいじゃないかな」
なるほど。いわれてみれば入った時に部屋から薬品のにおいがしたし、机の上にはガスバーナーや試験管などの実験器具が置いてある。ただ僕はそれらではなく、横に置いてあるボトルに興味があった。
「そのボトルは何?」
研究員の人たちに聞く。そのボトルには直方体の装置が黄色いテープで留められており、カルト教団のマークが印刷されていた。
「私たちにも詳しく分かりません……一つ言えることがあるとすれば」
一人の研究員が机に置いてあったファイルを開けて、こちらに差し出す。そこには多くの箇所が黒塗りにされていたが、一か所だけ塗りつぶされていなかった。そこには‘‘種類:化学兵器‘‘とだけ書かれていた。
「これは史上最恐の化学兵器になる可能性があります」
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化学兵器。その名の通り、化学物質を兵器として扱うもの。第一次大戦で使われたマスタードガスが有名であり、その後戦争での使用が禁止された。
でも禁止されたのは国家間での戦争だけで、テロや紛争ではいまだに使われることもある。
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「あのマスタードガスを超えるレベルのが?」
「えぇ、確証はないですけどそんな感じがします」
「自信は?」
「80%」
「ジョークだと僕は信じたい」
「現実です」
僕はボトルに手を伸ばそうとしたが、正体不明のガスが入ったものを触るのはあれだと思ってひっこめた。
「ところで彼らはどうする?お前が最初いた場所に連れ戻すのも大変だと思うが?」
「彼ら自身の行ってもらう……とか」
結構やばそうなアイデアだが、実はそうでもない。僕たち財団職員は基本的に軍や警察から来ており、それなりの戦闘能力は有している。おそらくここにいる研究員も銃ぐらいはまともに使えるだろう。
「君たちは行けるの?駐車場のBフロアに」
「道はわかるので行けますね」
これなら話は早い。僕らは倒して敵の装備品を彼らに渡して、足早に爆心地へと向かっていった。もちろん毒ガスのボトルは彼らに渡してある。それが一体何なのか調べる必要があるからね。
△△△
カン……カン……カン……カン……
ゆっくりと外階段を上って屋上に上がっていく。背中からは真っ白の吹雪が襲い掛かってくるが気にしない。屋上には見渡す限りの雪と換気システムのパイプ、それとヘリポートがあった。屋上の周囲にはコンクリの塀といくつかの土嚢。それと固定機銃が設置されていた。
「敵はいなさそうだな」
吹き付ける極寒の風のせいで動きが若干鈍くなっているが、気のせいとして振り払う。階段を上り切った僕は足早と屋根が崩落した区域に走っていった。雪に覆われてよく見えなかったが、固定機銃のところにはカルトに殺されたと思われる兵士が数名いた。
『なぁ仁』
爆心地の上に向かっている最中。ダストが低い声で僕を読んだ。
「何」
『視線を感じないか?』
ダストの発言に頭が一瞬固まる。‘‘視線‘‘それは一般の人にとっては大きく気に掛けることではないが、僕にとっては死の一秒前と言っても過言ではないものだ。
『伏せろ!』
ダストの声に合わせて地面に伏せる。その瞬間にさっきまで頭があった場所に弾丸が飛んできた。もし反応が少しでも遅れていたら、今頃頭のない姿になっていたはずだ。
「スナイパー!」
素早く横にある換気システムの室外機の陰に隠れて射線を遮断する。弾が飛んできたタイミングと、音が聞こえたタイミングが同じぐらいだからそこまでは距離はなさそうだ。
「こんなことがあるとわかっていればショートスコープ乗っけるべきだった!」
『いや遅い』
発砲音が小さめだったからサプレッサーをつけているはず。一発だけ撃って、そのあとに立て続けに撃っていないからおそらくボルトアクションライフル。平たく言えばスナイパーライフルを使ってそうだ。
「絶対狙われているな」
ロックされていたらむやみに顔を出せない。下手すると意識が追いつく前に葬られるからな。
「さてどうしようか」
いろんな嫌な結末を頭から振り払って一息をつく。敵の位置は銃声で大まかに判断したし、移動した足音も聞こえない。ひとまずは射線が通る心配はないだろう。
「問題は敵が見えなかったことだ」
『お前のことだから一瞬で見つけたかと思ったよ』
「多分冬迷彩を身にまとっている奴を一瞬で見分けれると思うか?」
真っ白な雪原に何も見えなかったから、相手は冬迷彩(真っ白の迷彩)を身にまとっていると思われる。こうなってしまっては狙って撃つことはほぼ不可能に近いだろう。こうなったら手段は一つ。
「さて、禊の時間だ」
決心した僕は一つのグレネードを握りしめた。安全ピンにオーロラの光が反射していた。
現在時刻 00:48