【第二話】落ちた先には前哨基地
「えっと…アーマープレートは大丈夫。ヘッドセットも大丈夫。銃も大丈夫」
身に着けている装備品をすべて外して検査する。なぜこんなことをしているのかというと、ついさっき命からがら崩落から逃げてきた。その間に装備品が破損しているかどうか確認する暇もなかったし、破損していたら代用品を探したり、それ抜きで仕事を続けるための方法を考えないといけないからね。
『今のところ問題はないか?』
「いや。しっかり問題はあった」
装備品や銃には全く問題はないが、唯一、無線機に問題があった。どうやら警備室での戦闘で、最後の敵が放った弾丸が無線機を貫いていたのである。
「こんな奇跡があるんだ。……最悪」
これでは本部と連絡を取ることができない。替えの無線機を見つけるまで、しばらくの間は無線なしで行動するか。
「よいしょっと……」
傍らに置いていた背負ってきたアサルトバックを寄せて、中から水筒を取り出す。仕事を始めてから結構時間がたったはずだ。そろそろ喉も乾いてくるころ合い。水筒のキャップを外して、水を喉に流し込む。
「プハッ!そろそろ進むか」
『まずは地上に出ないとな』
「うん。階段を探さないと」
僕は今地下一階のBウイング【倉庫】にいる。前情報によると、爆発が起こった場所は地上にあるという。そのため、そこに向かう第一歩として地上に上がらないといけないのだ。
「よいしょっと……行こうか」
装備品をすべて着なおしてバックを背負う。愛銃のF46Tを構えてフラッシュライトを点灯させる。薄暗かった周りが、目が痛くなるほど明るくなる。
カンカンカンカン……
金属板を踏む音が廊下に響き渡っていく。僕は周りを警戒しながら先へと進んでいった。
△△△
ゲートを抜けてまっすぐ進んで10分ぐらいたったごろだろうか。上に続く階段をようやく見つけた。他の階段というと、崩落していたり上がった先のドアの向こう側が崩落しているなど、全く使えないものしかなかった。
「敵は……いないか」
階段を上がりながら、上の階の踊り場に銃口を向ける。敵がいたら銃弾をお見舞いしてやろうと思ったが、全くする必要がなかった。
ギィィィ……
少しだけドアを開けて、扉の向こう側の様子を見る。人影はなく、いくつかのドアと‘‘C‘‘と書かれた看板が見えた。
「よし」
ドアをフルオープンして、潜り抜ける。右下、右上、左上、左下と慎重にクリアリングを行っていく。
「クリア。どうやら敵はいないようだな」
『あくまで暫定だけどな』
これだから複雑な施設の戦闘は好きじゃない。一度クリアリングした場所でも、別ルートから敵が来る可能性があり、一つの区画をくまなくクリアリングしないと気を休めることはできない。
「はいはい、分かってますよ~」
ダストの言葉を適当に受け流しつつ、このCウイング【職員寮】の探索を行っていく。
~Cウイング【職員寮】~
「ここにも死体が……南無阿弥陀仏」
『その人が仏教徒の根拠は?』
「ない。思いついたのがこれだけだ」
死体を踏まないように気を付けつつ、周りへ気を配る。ここではいつ敵が出てきてもおかしくない空間だ。常に気を付けてないと、いつ頭を撃ち抜かれてもおかしくない。ゆっくりとあたりを見回していたそのとき、僕の耳がピクリと反応した。
「敵だ」
詳しい位置や敵の配置はわからないが、おそらくこの先の十字路の向こう側にいると思われる。このままいけば正面戦闘になってしまうはずだ。
「どこかに隠れて奇襲はできないか?」
あたりを見まわすと、ここで働いている職員の部屋がいくつかあるのがわかる。
『あるじゃん。隠れる場所』
「本気か?他人のプライベートを覗くのは良くないと思うけど?」
『気にすんな。多分死んでいるはずだし』
ダストはこういうところがよくない。人の命を軽く見てしまうし、人権という概念が彼の頭にはない。一回道徳の教科書を与えて読んで欲しいもんだ。
「ん......」
敵の足音が近づいてくる。敵はおおよそ十人だ。フラッシュライトを消して誰のかもわからない職員の部屋に忍び込む。仕方がない。こうでもしないと正面戦闘になってしまうからな。
「ふぅ......」
敵が目の前を通っていく。およそ五人だろうか?どうやら彼らは5:5に分かれて行動しているみたいだ。
「これなら好都合」
前の部隊が離れていって、次の部隊が近づいてくる。僕は左手にナイフ、右手にハンドガンを握りしめてタイミングを見計らっていた。
「まだだ」
敵の足音が近づいてくるたびに心臓の鼓動がどんどん高鳴っていく。うまくいけば敵を全滅できる。でも一歩間違えたら……
「そんなことはどうでもいいや」
最悪の未来を頭を振ってかき消す。そんなことを考えていたら、不安によって動きが鈍る。
「さていきますか」
ドアに手をかけて勢いよく開ける。
「これがジャンプスケアってやつだ!」
反応に追い付いていない先頭の敵の側頭部を吹き飛ばす。すかさずその後ろのもう一人をナイフで切り裂く。
「Fight back!!」
遮蔽がなく、避けれそうにもないから倒した敵を盾にして、銃弾を防ぐ。これが死体の有効活用ってやつだ。
「フラッシュ!」
ハンドガンをホルスターに、ナイフを懐にしまい、空いた左手に炎の玉を作り出す。それを敵に向かって投げて破裂させる。
パァァァァン!
「My eyes!!」
「もらったぁ!」
盾にしていた死体を横に捨て、F46Tを敵に向ける。愛銃は小さな破裂音を響かせて、目をやられた敵の頭を吹き飛ばす。奴はヘルメットにバイザーをつけていたがそんなのは関係ない。.300BLKの前では紙切れ同然のものだ。
『グッドショット』
「ウグッ!」
『前言撤回』
倒して敵の後ろにいた奴に反応できず、発射された弾丸が腹部に突き刺さる。激しい痛みが体を襲うが、そんなのを気にしている暇はなかった。相手が前線を押し上げている。続けざまに飛んでくる敵の弾丸を華麗に避けて、懐に飛び込む。
「まずは腹部のお返しだ」
ナイフを抜き出し、敵の首に突き刺す。援護に来た敵はハンドガンで足止めをし、ダブルタップで頭を吹き飛ばす。
『オーバーキルだな』
「敵に慈悲を与えるわけはないでしょ?敵も分かっているはずだ。これは殺し合いだ。生き残った者にしか発言権はない」
息絶える前の敵に声を投げかけて通路の曲がり角に隠れる。こんなにも暴れまわったんだ。そろそろ先に進んだ部隊が戻ってきてるはずだ。
「っとその前に」
ささっと倒した敵からグレネードを回収する。これがあるとないのとでは、戦闘のしやすさが桁違いすぎる。
『ところでさっきはなぜナイフを使ったんだ?ハンドガンで十分だろ』
「分かってないね~。ハンドガンはリボルバーと一部以外だと人体に押し付けると撃てなくなるんだ。スライドが下がってしまうんだよね。さっきの敵はバイザーをつけてたから頭は狙えない。だからナイフで首を狙ったんだ」
『そして次の敵はバイザーをつけてないからそのまま射撃と……意外と考えているんだな』
「当たり前だよ」
「What happened?」
ふと戻ってきた別部隊が困惑した声を出しているのが聞こえてきた。それもそのはず、味方の銃声は聞こえるのに敵のは聞こえない。僕が敵だったら今頃頭がショートしているはずさ。
「Oh... how tragic」
「まったくそのとおり!」
敵が死体を見ている間にリーンして二発の銃弾を食らわせる。サイレンサーの先からは煙がかすかに出てきて、火薬のにおいが鼻に突き刺さる。死体を見ていたものは悲鳴も上げずにあの世へ旅立った。
「Watch out!」
敵の味方からの反撃が来て、銃弾がほほをかすめる。あと一歩で死んでいたという恐ろしい結末が僕の鼓動を早くする。一回深呼吸をして落ち着き、敵から拝借したグレネードを握りしめる。
「レッツラゴー」
安全ピンを抜き取り、壁に隠れながら敵に向かって投げる。グレネードに注意が向いた敵を狩る。もし逃げれば背中を撃たれて死ぬ。反撃すればグレネードで爆殺される。こんなのは簡単な話だよ。
「Grenade!」
「もらったぁ⤴!」
敵がグレネードに対して回避運動を行う。作戦が的中したという嬉しさのあまり、声が裏返ってしまった。
タァァン!
小さな破裂音を轟かしながら銃弾は敵のヘルメットを貫き、頭を魂とともに吹き飛ばす。
「ゴ、ゴホン……ダストは何も聞かなかった。いいね?(圧)」
壁に隠れて咳ばらいをし、声の調子を元に戻す。ついでにダストに圧をかける。
『勝手にどうぞ』
ダストはまったく興味がなかったのか僕の圧には何の反応も示さなかった。
「グワァァァ……」
投げたグレネードが炸裂して、一人の断末魔が廊下に響き渡る。これであと二人だけだ。
『おそらく残りにはグレが刺さっている可能性がある。今のうちに殺れ』
音だけでもわかる。一人はおそらく足が負傷。もう一人は上半身を負傷したと思う。なぜならずっとせき込んでいるからね。肺に問題が生じたとしか考えられない。
「今すぐ楽にしてやるよ」
二発の弾丸を放ち、残りを仲間の元に送り届ける。これでオールクリアだ。今回は奇襲からの角での打ち合いだったから勝てたものの、正面戦闘だったら敵の人数に押されて負けていただろう。周りの環境を最大限に生かして戦う。これが僕の鉄則の一つだ。
「一回休憩しようか……ふぅ」
周りを確認して、本当に敵がいなくなったことを確認した僕は壁に寄りかかって座る。施設内に入ってからどれぐらいたったのだろうか。あまりの戦闘の多さに、時間がわからなくなってきた。
『弱音か?』
「人間でも獣でも休憩は必要なの!お前と違って肉体があるから、疲れが存在しているんだよ……まったく」
バックから水筒と軽食として持ってきたチョコバーを取り出す。本当は乾パンとかを持ってきた方が長持ちするけど、今回はそこまで長期任務じゃないと判断し、大好きなチョコバーを持ってきた。
「この後はどこに向おうか……ハム」
むしゃむしゃ
「ん……おいし」
『知っているか?イヌ科っていうのはな、糖分をとりすぎると毛が抜けるんだって』
「知ってる。余計なお世話だよ」
ダストの余計なお世話を聞き流しながら、僕はちょっとした平和を楽しんでいた。
△△△
「ここは……所長室かな?」
星印の書かれた扉を見てダストに聞く。休憩を終えた僕は荷物をまとめて、Cウイングの探索を始めた。僕の目の前にある所長室は名前の通り施設の所長の部屋だが、ドアには世界真理教(以降はカルトとする)の教団マークが血で描かれてあった。
『ドアについている看板は血塗られて、よく見えないけどそうだろう』
「うわぁぁ……関わっちゃいけないタイプの儀式だ……」
ドアを開けると部屋の床には、目をモチーフにしたと思われる血で描かれた魔法陣。その周りにはたくさんの火が付いたろうそくが置かれており、魔法陣の中心には何かの生き物の頭蓋骨が置かれていた。
『これが俺らのような悪魔を呼ぶための儀式か……初めて見たわ』
「お前は召喚されたことないの?」
『ある。だが断った』
「おぅ……」
魔法陣以外で特段注目するべきものがなかった僕は、この気味悪い部屋から出ることにした。
「‘‘所長室→魔法陣部屋になっている 世界真理教が占拠している‘‘っと……メモメモ」
部屋から出てきた僕は、BウイングからCウイングまでのことをメモ帳にメモした。
『急にどうした?お前はメモを取るような人じゃないと思うが?』
「無線がないから今の状況を本部に連絡できない。そしたら戻ってから連絡すると思うけど、覚え間違いがあったらいやだからメモしている」
一通り書き終わった僕はメモ帳をユーティリティーポーチに戻す。
「さて、そろそろ先に進むか」
銃を構えなおした僕はすべての角に注意を払って、施設の奥へと目指していった……
△△△
カン
「グレネ――――ド!」
バァァァァンン!!
が、‘‘そんな簡単に物事は進まない‘‘と命をもって教えられた。今僕がいるのは同じウイング内の食堂の厨房。大量のプロパンガスが置いてあり、一歩間違えると爆発が起こる危険区域だ。広さは学校の教室一個分、敵とは真ん中のコンロや作業場を挟んで対峙していた。ちなみにプロパンガスは僕から見て左側の壁に置かれている。
「なんでこんなにタイミングよくかちあたるんだよ!」
『無駄口言ってる暇あるなら反撃しろ!敵は四人だ!』
「いわれなくてもわかっている!」
銃を物陰から出すブラインドファイヤで牽制する。誤ってプロパンガスを撃たないようにする。ひとまずは作戦を練れそうだと思った矢先
カチッ
「ノーアモー!!!」
ボルトがストップし、弾切れになった。
「リロード!」
残弾ゼロのマガジンとすっ飛ばして、スピードリロードを行う。急いでボルトリリースボタンを押して、弾をチャンバー内に送り込んだ。
「リロード完了!」
リロード完了と同時に敵が視界内に入ってきた。相手の銃口がこっちを向いていないからこれは僕が有利。銃を突き出してドットサイトのドットを敵の頭に合わせて、トリガーを引く。
「アァァァ!」
「ん〜なんかごめん!」
一発の弾丸が敵のヘルメットを貫く。一人やって、あと三人。このまま押し切ろうと思ったが
「Grenades!」
もう一つのグレネードが飛んできた。お願いだ。プロパンガスだけには爆発の影響が行くな!
「なんだよもぉぉぉぉ!またかよぉぉぉ!」
爆発から身を守るために遮蔽に隠れる。
「せめてもプロパンガスだけには引火するな!」
何とか思いは届き、爆発は免れたがグレによりボンベが破損。プシューと音が鳴り、中のガスが漏れだした。だが今はまだ大丈夫。爆発の条件としては‘‘敵がガスの近くで発砲したら‘‘。プロパンは酸素と混ざった状態で、火に触れると爆発する。逆を言えば‘‘火‘‘さえなければ大丈夫だが……
「Go go!」
そんなちっちゃな願望は虚無に消え去った。一人が右側に展開、すでに目もあっており撃たなければ自分が撃ち殺される状態になった。
「くそが!!何でいつも運が悪いんだよ!」
敵の発砲と同時に地面が揺れて崩れるほどの爆発が起こる。僕は爆発音により鼓膜が危うく破裂。ボンベ付近にいた敵は爆死し、他の敵たちは何が起こったかわからず、遮蔽に身を隠していた。
「やばいやばい!」
厨房の床は爆発によりだんだんと崩落していき、ものの数秒で床が完全に崩落した。僕は落下しないように崩れ落ちていない部分の地面をつかもうとしたが
「うわぁ!!」
結局つかめたのは空気のみ。仲良く敵と一緒に落ちていった。どうにか頭から落ちないように体を回転させる。敵の方をちらっと見ると、彼らは焦りのあまりバランスをくずしていた。落下した高さはおおよそ6~7m。下手すると死んでもおかしくないほどの高さだった。
「うわっ!」
ガン!
鈍い音が鳴って脳震盪が起こる。どうにか頭をぶつけないようにしたものの、結局がれきが落下してきてぶつけてしまった。だんだん瞼が重くなっていき、意識が遠ざかる。僕が気を失う少し前、僕は横に視線を向けた。
「うぅ……」
そこには何名かの兵士が落下した敵を撃っていた。味方だろうか。しかし、その時の僕にはそんなことを考える気力もなかった。
「………」
何かを言っている。だが僕はわからなかった。
気づけば気を失っていた。
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