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【祝2000pv!】ケモミミ傭兵お仕事日記   作者: 広報部のK
【第四章】ケモミミ傭兵、絶望と涙を添えて、行きます
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【第八話】僕はやっぱり運命というものを好きになれない

 さっきいたプラットフォームよりかはマシではあるが、僕らが落下した場所もまぁまぁ高温多湿の環境だった。もはや耳は音を拾う仕事をすることを放棄し、ベッタリと倒れ込む。

「メカニクスさんは......暑くないですか......?」

「俺は大丈夫だ」

「そうですか......ふへへ......」

「どちらかといえばお前の方が大丈夫じゃなさそうだが?」

 自分でも表情筋をしっかりコントロールできていなかった。頭がクラクラする。それと頭痛もまだ続いていた。体が熱い。足元がおぼつかない。

「一回外に出よう。嵐といえど、この中よりかは絶対マシだ」

 メカニクスに首根っこを掴まれるがままに外に連れ出され、そのまま来ている装備を外された。

「顔真っ赤じゃねぇか。ちょっと待ってくれ」

 バシャっと冷たい水をかけられ、朦朧としていた意識がようやくはっきりしてきた。どうやら僕は熱中症になりかけていたみたいだ。

「少しはマシになったか?」

「はい」

 顔について水をタオルで拭き取り、一回チョコバーを食べて心を落ち着かせる。

「ここら辺調べまくったが、上の階に戻るルートはなさそうだったな」

「ですね」

 彼も僕の隣に座り込み、水を勢いよく喉に流し込んだ。上の方では銃声が鳴り響いており、味方たちはまだカルトと奮闘しているのが分かった。

「こりゃあさっさと戻らねぇと、俺たち戦犯になってしまうな」

 メカニクスが頭を掻きながら呟く。最悪僕一人なら外壁のパイプを使って上に上がればいいのだが、彼はさすがにそんなことはできなかった。

「なぁ仁」

「はい」

「もう一度中に戻ることはできるか?」

「できますけど......」

「今解決策を思いついたんだ」

 そんな彼の顔は笑っていた。普通の人なら脱出方法を見つけた時の笑みが彼の顔から溢れていると思うはずだろう。でも僕は何やら嫌な考えを持っているとしか思えなかった。

         △ △ △

「いいぞ。その調子で溶接していけ」

『がんばれオオカミバーナー』

「誰がオオカミバーナーじゃ!」

 壊れた脚立をパイプを使って溶接し、修理して、さっき落ちた穴から脱出しようという計画。話だけ聞くと良さげなものではあったが、問題は溶接の機械がなかったということ。そのため溶接は僕が直々に能力ですることになった。

「できるとは思ってたが......予想以上に綺麗な出来だな」

「これであなたの五臓六腑を溶接させましょうか?」

 笑っていない目で睨み返し、引き続き溶接していく。高温多湿環境に放置されまくって壊れかかっていた脚立はどうにか使えるほどまで修理ができた。

「よし。残りは任せろ」

 彼はそう言うと脚立を高台の上に乗せ、どうにか上のプラットフォームに手が届くように調整した。

「ぶっちゃけ落下することは面倒なことじゃない。問題はどうやって本隊に追いつくかどうかだ」

 グラグラと揺れる足場でバランスをとりながら、先に上がったメカニクスの助けを得ながら元いたプラットフォームに帰還する。

『どうやらお前らの目の敵の蒸気はまだ噴き出しているようだな』

「いくら命知らずでもあれにもう一度触れる勇気はないよ」

 噴き出す蒸気を横目で見ながら呟く。こうなったら迂回路に行くしかないな。元々は一個上の階層をスキップして中枢区域に進むつもりだったが、その階段があるところに行けなくなった以上、僕らは一個上の階層を通る必要が出てきた。

「運がいいことに上の階に行くための道はまだ残っていたな」

「これすらなかったら不幸にも程があるよ」

「この通路、酸の腐食痕があるな。昔誰か化学の実験でも失敗したのか?」

「足音だけでも皮膚が焼ける気がしてきた……」

 適当に談笑して気を紛らわすが、迂回路内での緊張は一生解けなかった。迂回路は、確かに残っていた。しかし床のあちこちには亜人用の識別タグが落ちていたり、壁に「真理へと至れ」というスプレーが書かれていたりした。おそらくここで何かの実験をしていたのだろうか。僕は身の毛が逆立つような感覚を味わった。

「なぁ、お前ちょっとこれ見てみろ」

 ふとメカニクスが僕の袖を引っ張る。そこは薄暗く、壁一面に亜人、特に獣人の神経構造を模した図や遺伝子モデルが描かれていた。

「お前にはこれがある意図を理解できるか?」

「全く......」

『あれだろ。亜人の研究をし、効率よく支配するための』

「多分......。他にも亜人を制御して彼ら同士で戦わせるとか......」

 ふと左側から何かに物音が聞こえる。金属音で、尚且つ気付かれないように足音を殺しているみたいな感じ。それと......《《人を殺そうとする意思》》。

「伏せて!」

 声を上げると同時に1発の矢が頭のあった場所を通過する。

「また光の矢かよ!」

 近くにある机を倒し、遮蔽代わりにする。銃弾相手には意味ないが、弓矢相手なら少しぐらいは耐えてくれる......はずだ。

「しっかし音が聞こえないから位置掴めないな」

 目先の空間は蒸気が集まっており、障害物も多いせいで視認性が最悪だ。足音は聞こえるが特定するにはあまりにも弱すぎる情報源だ。もう少しわかりやすいもの。例えば大きな物音とか。

「仁!左からだ!」

「うぉ!」

 目の前から矢が横切っていく。この敵、なかなかのエイムを持ってやがるな。

「今度は右だ!」

 いつのまにか敵は右サイドに移動していた。警告の声は聞こえたものの、矢の速さは僕に逃げる隙を与えなかった。おそらく一瞬痛みがくるだろう。僕はそれに備えた。

「うぐ!」

 腕に刺さった瞬間。一瞬とは程遠いレベルの痛みが襲いかかってきた。腕から体を蝕まれるような痛み。そして体内ではまた何かが戦っているような感じがした。

「あぐ......!ガッ!うぐ......!」

 これはまるで毒だ。右腕が痺れる。しっかり銃を持つことすらできない。

「仁!大丈夫か!」

「多分......!」

 ライフルが手から滑り落ち、鈍い金属音を立てながら地面に落下する。まだ動かせる左手でハンドガンを構える。運がいいことにいつものガバメントじゃなくて、グロックを使っている。いつものだと重すぎて片手じゃまともに構えられないよ。

「そこにいるんだろ!」

 メカニクスが僕をもっと後ろの遮蔽に連れていきながら牽制射撃を行う。しかし、銃弾の跳弾音が虚しく響いただけだった。

「このっ!」

 腕に刺さった矢を勢いよく抜き、地面に叩きつける。矢は跡形もなく消え、体の痛みも少し和らいできた。

「相変わらずの頑丈さですね」

 ふと耳に聞きなれた音が入り込む。メカニクスも目を見開く。目の前の空間に見慣れた人影が映し出された。

「うぐ!」

 矢が彼の肩を貫く。

「でも、その頑丈さだけではこの世界を変えれませんよ。師匠」

 時間が遅くなる。頭がこの世の事象の受付を拒否しようとする。体に変に力が入り、左手から銃が滑り落ちた。

「光……君……?」

 矢がまた刺さるが体は反応しない。というか情報の伝達というのを全て放棄していた。

「お久しぶりです♪」

「うそ……なんでそっちにいるの?」

 瞳孔が開き、呼吸が浅くなる。心臓の鼓動も早くなる。持病の侵食が始まった。

         △ △ △

「いつ言おうかと迷ってはいたんですけど......結局言えずにここまできてしまいました」

「......」

 怒りも憎しみも湧かない。というか僕の心の中は虚無に包まれていた。思考をやめた。探求することを諦めた。なぜなら知れば知るほど僕は壊れていくはずだから。

「分かりますよ。なんで僕がカルトの方にいるのか疑問に思うでしょう。しかし、僕はそうせざるを得なかったのです」

 言葉は聞き取れるが、一言一句を理解できない。

「こうなった以上、戦うしかありませんね」

 彼は矢を構える。それと同時にハンドガンもしっかり携えているのが見えた。

「お前がそうくるなら俺は立ち向かうぞ。いくらお前が強くても2体1だ。戦力差は結構あるんじゃねぇか?」

 メカニクスが臨戦体制に入る。確かに人数は僕らの方が有利だ。

「そうとも言い切れませんけどね。誰も最初っから僕は一人とは言ってませんよ」

 耳が動く。目の前以外から音、否殺気が感じる。

「危ね!」

 勢いよく体を翻し、側面からの攻撃を避ける。この感覚。とんでもなく嫌な予感がする。

『ちょっとこれは俺が謝らないとな』

「それと同時に自分の詰めの甘さも感じ取れたよ」

 前門の虎、後門の狼ならぬ、前門の獣人、後門の狂人状態。目の前には光くんがおり、後ろ......ではないけど側面には死んだと思われた(ていうか勝手に思ってた)連が立っていた。

「久しいな、クソ狼」

「はっきり言ってお前は死んだと思ってたよ」

「これが我が主神ご加護というやつだよ」

「胡散臭いな」『んなもんねぇよ』

         △ △ △

「なぁあ!あっちからもこっちからも射線通ってるんじゃねぇかよ!」

 ひたすら発砲して後ろに下がる。

「メカニクスさん。怪我は大丈夫ですか?」

「これがゲームや小説なら大丈夫だ、問題ないって言ったところだ」

「なら全然よろしくないようですね」

 フラッシュバンを通路に投げ込み、光くんたちの進軍のスピードを下げ続ける。今の僕はいかにあいつらを押し付けないかが大事だ。

「連の野郎一人いるだけでも大変っていうのに......んだよ、この人生は。もう少しましなルートあっただろ」

 ひたすら牽制をして愚痴る。不測の出来事が連続して起こったからなのか、さっきからずっと頭が痛い。

「流石に耐えてばかりじゃ埒があかないな」

 痛める右手で頑張ってグロックのリロードを進める。運がいいことにあの二人は近くに一緒にいるわけではなさそうだ。

『解決策はもう見つかっているのか?』

「ある。ただし成功するかどうかは全くもって未知数だ」

『いつも通りだな。やれ』

 まずはあの二人を中心に空間を炎で分割する。突っ込んでこようと思えば突っ込めるが......普通ならやることはないだろう。

「二人同時対処が無理なら単独別個撃破だ」

 フラッシュバンを投げ込み、連のクソやろうの注意を逸らす。現状僕の方には連、その反対側に(僕からみて右側)に光くんがいる。

「一回できたのならもう一度できるさ」

 連からの反撃の発砲が来るが、すかさずパイプ裏に隠れる。はみ出た背中に当たったものの、SMGを使っているのか貫通はしてこなかった。

「知ってるか連のクソやろう!人間には二度あることは三度あるって言葉を!」

『これは2度目じゃないか?』

「お前は一体誰の味方だよ!」

 壁を拡張し、相手の視界を塞ぐ。その隙にデコイを生成だ。ぶっちゃけあまり使い道がないが、時と場合によっては意外にも刺さる。

「反射神経はお前と同等はあるのを忘れたか!」

 目の前が一瞬にして明るくなる。しっかりデコイを撃ってくれたようだ。これなら後ろから......

「うぐっ!」

 肩に激痛が走り、血が沸騰するような痛みが走る。

「師匠。僕の獣人ですよ。音ぐらいであなたがどこにいるか分かります」

 炎の壁で視界を塞いだはずだ。こいつはモク抜きもどきを弓矢でしたとでもいうのか?

『あいつは何でさっきからずっと弓矢を使っているんだ?実にうざい』

「んなもん知るか」

 僕の居場所を知った連からの攻撃をどうにかしてかわす。とにかく今は至近距離で戦わなければ。距離を離された瞬間、どれほど高い射撃能力を持っていたとしても、腕が一本ではまともに狙えない。

「動きが鈍ってるんじゃねぇか!仁!」

「うぉっと!」

 突如の近距離膝蹴りを何とか腕で防ぐが、余計ダメージが入ってしまった。

「メカニクス!お前は大丈夫か!」

「何とか!」

 一方でメカニクスと光くんの戦いは、一本通路での決め撃ち合戦。誰が先に相手を撃ち抜けるかで勝敗が決まってしまう。というかその状況で光くんは矢を放ったというのか?前から薄々そんな気はしてたが......

「光ってやつはちゃんと化け物だったな」

 近接ラッシュが止まらない連から少し後ろに下がって、ハンドガンを体に近づけて発砲する。が、プレキャリに当たっているはずなのに、彼は涼しい顔をして突っ込んできた。

 この野郎、僕をめっためたにするためならSMGですら捨てるのか?頭がイカれてやがる。まともな判断ができてないみたいだ。

「ガフッ!」

 顔を殴られ、ナイフが左腕に刺さる。

「これで両腕お釈迦になったな!クソ狼!」

 まだ辛うじて動かせる左腕で倒れた体を起こし、迫り来る連の体を退ける。ぱっと見ホルスターに拳銃が入っているだけのようだ。今の僕にとっては十分脅威だけどね!

「あぁクソ!」

 さっきの衝突の衝撃でハンドガンを落としてしまった。これが警察ならランヤードで落とさないのにな。

「ぐぬっ!」

 迫り来るナイフを間一髪のところで避けながら反撃の時を待つ。と言いたいところだが、身体中が痛いし、鎮痛も切れてるし、何より頭痛が深刻化した。まともに思考が回るわけがない。

「お前......動き鈍くなってるんじゃねぇか!」

 狂気の具現化みたいな笑い声を上げながら連が突っ込んでくる。間合いはわずか1m足らず。避け切れる可能性は......ほぼない。

 あ、死んだ。と思ったよ。数え切れないほど人を殺してきたんだ。どんな瞬間に「自分死んだな」って感じるかぐらい、気持ち悪いほど覚えてきた。

「仁!」

 連が吹き飛ばされる。メカニクスが目の前に飛び出てくる。全てが一瞬だった。

「このファッキンガイは俺が処理しておく!お前は光をどうにかしてやれ!」

 一瞬の隙にBT-8を取り出して首に打ち込む。慣れ親しんだ薬品が体に流れ込む。今はオーバードーズとか考えてる暇はない。その時はまたその時だ。これで無理やり体を動かせるようになる。ただし頭痛は別だが。

「今度の相手は師匠ですか。ずいぶん重症のようですけど」

「君も大概じゃないか」

「あなたよりかはマシですよ」

 お互い何度も財団の訓練で手を合わせてきた。互いの攻撃方法をよく知っているからどちらも動きにくい。反射神経は同等。射撃能力も僕に劣らないレベル。後出しでも僕の頭を撃ち抜くのは簡単にできそうな弟子一号だ。

「師匠。あなたは絶対疑問に思っていることがあるはずです。何で僕がこっちにいるのかということを」

「気になりすぎてるよ」

「なら僕に勝ったら教えてあげますよ」

 矢が一斉に飛来してくる。考える必要はない。矢はただひたすら何かで防げばいいだけの話だ。

「もう対応したよ」

 放置された机を遮蔽にし、光くんの攻撃を防ぐ。彼は連のようなアグレッシブな戦いというよりかは、相手を袋小路に追い詰める戦いの方が得意。つまり頭脳戦だ。

「あら意外」

 一瞬の隙にハンドガンを撃ち込むが、一歩手前で何かに弾かれる。バリアか何かか?僕が魔法下手すぎるせいで忘れていたが、亜人に中には防御魔法を普通に持っている人もいたんだった。

「9mmじゃ貫通はできなさそうだな」

 バリアにもなんか種類があると聞いたことはあるが、どのみち貫通はできないんだ。今は彼に形勢が傾いている。

「んじゃ、CQCだな」

 遮蔽にしていた机を動かしながら近距離の間合に持ち込む。今はどうなっているかは知らないが、格闘訓練の時はいつも僕が勝っていた。もし変わっていなければこのまま押し通せる。

「近接格闘歓迎ですよ!」

         △ △ △

 僕がバカだった。いくら何でも変わっていないは言いすぎた。

「うぐっ!」

「どうしたんですか師匠?自分の弟子に負けるとでもいうのですか?」

 力の差が驚くレベルで違ってた。彼の華奢な体からは出るとは思えないほどのパワーが腹にめり込む。肺からは息が飛び出し、口からは血が滴れる。

「ガハッ!」

 無理だ。弱音はあげてはいけないと分かっててもこれは無理だ。肉弾戦はパワー差で押し負ける。遠距離戦は謎のバリアで防がれる。非対称戦にも程があるもんだろ。

「フゥ......フゥ......」

 地面に倒れ込み、肩で息を吸う。体が痛い。目が熱い。泣いているのか怒っているのかも分からなくなった。笑いたい気持ちもあるし、叫びたい気持ちもあった。

「どうやらチェックメイトのようですね」

 光くんが僕のそばにしゃがむ。手にはガバメントが握られていた。

「短い間でしたけど楽しかったですよ」

 まだだ。まだ打開策があるはずだ。痛む頭をフル回転させながら自分に言い聞かせる。

「ファクトチェック」

 ハンマーが起こされる。こいつはわざわざこれをしたかったがために、一旦ハンマーをおろしたのか?

「意味はないですけど、一回やってみたかっただけです」

「あぁそうか」

 彼は油断し切っている。打開策が一つでもあれば勝てる。

「......あ」

 声が漏れる。どす黒かった未来に一寸の光が見えた。はっきり言って今からやろうとしていることは嫁以外にはやりたくなかったことだ。

「?」

 首を傾げる。どうやらこっから僕のターンだ。

「なぁ......僕にはまだ切り札があるとしたら......どう思う?」

「どうせ防ぎますから意味ないと思いますよ」

「それはどうかな」

 ガバメントを弾き飛ばす。彼が殴りに来るのは想定済み。痛みは、もう慣れてる。

 殴られる瞬間、僕は防がない。むしろ歓迎する。これで、彼の警戒が一瞬でも緩むなら──それだけで十分だ。

「遅いですよ!」

「違うよ。光くん」

 一瞬だった。彼の目が見開き、すぐに瞑ってしまう。さっきまで力がこもっていた華奢な体は一瞬にして無力になり、体重が僕の方にかかる。

「んぅ......」

「ん!」

 何をしたかは......知らない方が成長にいいと思う。要するに男子と女子が口ですることをやった。まじで嫁に知られちゃいけない。

「ん!ん!」

 彼の体が震えるが強く抱きしめる。僕は仲間を殺せない。最初の発砲だって足を狙ったものだった。

「待って、んぐ!」

 1分ほど経った頃、光くんは完全にヘナヘナになり、地面に座り込んでしまった。

「ふぇ〜......」

 どうやらしゃべることもままならないようだ。

「なんでしゅかいまのは......?」

「師匠の切り札だよ。ただし、親密度の高い人にしか使えないやつだけど」

「やっぱり弟子は師匠に勝てないや......」

「訓練あるのみ」

 これは制圧したと言っていのか?僕には分からないが、彼の戦意が消えたことは確かだった。力のこもってない体を持ち上げ、自分に膝の上に乗せる。向こうからは余裕だったぜと言わんばかりの顔をしているメカニクスが戻ってきた。

「狂人討伐完了。今度こそ息の根を止めてやった。」

「ナイス......」

 こっから先、あの野郎のツラを見ることはもうないんだろうなと思うと、嬉しくて仕方なかった。これで一難去った。そしてイヴァンさんが言っていた裏切り者が誰何かも分かった。

「ねぇ光くん。トカルストの浄水場のやつさ......君が情報流出させたの?」

「そうです......」

 項垂れていた光くんがぼそっと呟く。

「そうか」

 これ以上追求したくはないし、する気もない。

「これから僕をどうするつもりですか」

「どうするって......今までと変わらないけど?」

 重い腰を上げながら言う。僕は仲間に手を下せないんだ。

「ふぇ?」

「俺から何かを言うつもりもないぞ。俺はあくまで協力者だ」

 メカニクスも横で笑いながら言う。身体中は傷だらけで、何と動けているようだった。

「強いて言うなら......メカニクスさんの面倒を見ておいて。そしてあなたはここで休憩しててください」

 地面に落としたMCXを持ち上げ、手で汚れを落とす。そろそろ進まないと。曇って聞こえるが、まだバンパーたちは戦っているようだった。

「俺はまだ動けるのに?」

 彼は体を動かしながらこっちを見る。

「自信過剰は自分を滅ぼしますよ。では光くん、よろしく。次変なことやったら......言わなくてもわかるよね?」

「は、はいぃ!」

         △ △ △

 人生はターニングポイントがあるとよく言われているけど、僕の場合は毎日がターニングポイントだ。いつ死ぬか、いつ精神が崩壊するか、いつ......仲間が死ぬか。

「お願いだからやめてくれ......」

 懇願するというのは、どうしてこんなにもみっともないんだろう。

「これが貴様のしかるべき結末です」

 頭がずっと痛む。銃を握る手が震える。銃口は教祖に向いてるのに、引き金は引けなかった。


 遡ること10分ほど前。奇跡的に復旧した無線を使い、バンパーらとようやく連絡が取れた。最上階の制圧は完了。ミサイルのシステムダウンも成功したとのことだった。

「そしたら教祖を見つけるだけだね」

『あぁ、その通りだ。今のところお前がいるフロアは確認ができていない。俺らもすぐ向かうから、可能な限りで制圧してくれ』

「了解」

 いつも通りの流れだった。変わり映えのない日々。場所が違えど、いつも仕事を終わらせて、仲間と一緒に家に帰っていった。

「人っ子一人もいない......」

 5分が経過した頃、未だに敵を気配を感じ取れなかった。怖い......いや、それすら通り越して恐怖だった。微かに聞こえる荒波の音と、無機物な機械の音が緊張を加速させる。

「ねぇ......ダスト」

 小さな声が反響し、虚無に消えていく。返事は何もなかった。

「また消えた......必要な時に限って......」

 頭痛は治ってきたが、まだ少し痛む。鎮痛剤飲んでも全く意味がなかった。

「ワンダウン」

 曲がり角の先から飛び出た兵士を素早く処理する。暗くこもった声がどこかにいる人に届けようとしたが、届く前に落ちていった。

「......怖い」

 僕は環境に変化は好きではない。今まで慣れ親しんだものが消えるからだ。消えるという言葉は僕にとっては“死”同然。

「なんでいなくなるんだよ......」

 一つ、また一つと空間を制圧していくが、どんなに戦おうとも、どんなに撃とうとも、僕の感情は制圧できなかった。1人で来たのは間違いだった。何年ぶりだろうか、この感覚は。

「そこか」

 階段を上がり、廊下に向こう側にいる敵に照準を合わせる。

「?」

 敵が倒れない、銃身や照準はズレてないはずなのに当たった感触がしない。相手も微動だにしてなかった。銃声はなってるはず。サプレッサー付けててもこの距離は聞こえるはずだ。

「僕はついに幻覚を見始めたのか?」

 目を擦ると相手は消えていた。慎重になりながら廊下を歩いていく。一般的にこういう廊下にはトラップが隠れていることが多い。だからよく目を凝らせば......

「クレイモアか、危うく吹き飛ばされるところだったぜ」

 薄暗い角に対人地雷やグレネードが隠されてたりするんだ。あと一歩前に進んでいたら木っ端微塵になってたな。

「......これでよし」

 持ってきたマルチツールでトリップワイヤーをカットする。これで後ろに下がっても誤って引っかかることがなくなった。

「......ここには誰もいないのか?」

 疲れている気はしない。ただ頭の中が曇っていた。何かが起こりそうではあるが、それを拒否しようとしている。

「戯言は置いておこう。カルトを殲滅し、雪のそばに帰るから」

 僕は今まで何個もの死亡フラグを立ててきて、全て掻い潜ってきた。だからフラグへの恐怖はもうない。

「......?」

 でも、周りに人にその死亡フラグがブッ刺さるには全くもって別問題だ。

「雪......?」

 曲がり角を超えた先。廊下の奥の扉のその向こう側。嗅ぎ慣れた匂いが僕の鼻の中に入る。それと、恐怖が脳内に流れ込んできた。

「なんで?」

 本当に彼女がここにいる確証はない。単純に僕が混乱しているだけに可能性もあった。でもその時の僕は、彼女がいると思い込んでいた。心臓が跳ねる。呼吸が浅くなる。胸が苦しい。手が震え、この事実を拒否しようとしていた。

「......」

 ダストが言っていた『誰かを失う』ということを。

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