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2 卒業パーティーでの婚約破棄

季節は巡り、卒業パーティーの日がやってきた。

さすがに、この日はサイラスがアナスタシアを、アルベルトがリリスをエスコートした。


綺麗に着飾った二人に、それぞれの婚約者は義務的な誉め言葉を投げた。


会場に入ると、夜会服に身を包んだ卒業生たちが、光の渦の中で踊っていた。


天井まで届くシャンデリアが、何千もの星を撒いたように煌めき、ドレスの波が、笑い声とともに揺れた。


華やかな卒業パーティー。



「心が躍る夜だな、サイラス」


「そうだな。卒業にふさわしい」



グラスを傾けながら、二人はごく自然に、ユリアの話題に移った。


ユリアは男爵令息ダニエルにエスコートされて入場した。

その後、ダニエルと伯爵令息アランの二人と楽しそうに踊っている。

必要以上に接近して踊っているように見え、アルベルトは眉を顰めた。



「ユリアはあの男爵令息……ダニエルだったか? ダニエルと近すぎないか? それに、同じ男と何度も踊りすぎだ」


「そうだな。アランとダニエルとばかり踊っている。もしかして、ユリアは俺たちに見せつけているのかな」


「なるほど、そうかもしれん。俺たちが婚約者をエスコートしてきたので拗ねているんだな。可愛いものだ」


2人はグラス片手にほほ笑んでいる。

少し離れた場所で、リリスとアナスタシアは、深く息をついていた。


このままではいけない。

今日こそ、最後の機会だ。



「リリス様……これが最後のチャンスね。覚悟はいい?」



アナスタシアが小さく問いかける。

リリスは唇を噛みしめた後、かすかにうなずいた。



「いいわ。たとえ嫌われても、私たちが、婚約者として伝えなければね」


「……でも、あの“噂”が真実かどうかはわからないのよね」


「それでも」



目を伏せる二人の間に、言葉にならない緊張が走った。


アナスタシアがそっとリリスの手を取った。


「行きましょう。……最後の責任を果たしましょう。婚約者としての」



アナスタシアも、小さくうなずく。

震える足を踏み出して、彼らのもとへ向かった。



「サイラス様」


「アルベルト様」



二人の少女は、声をそろえて頭を下げた。


その表情は固く、必死だった。



「どうか……ユリア様のことで言っておきたいことがあるんです」


「このままでは、取り返しのつかないことに……! どうか、話を聞いてください!」



だが、サイラスは、またしても眉をひそめた。

アルベルトは、あからさまに不快そうな顔をする。



「いい加減にしろ!」

「嫉妬するな! みっともないぞ!」



冷たい声が、祝祭のざわめきの中に溶けた。


アナスタシアとリリスは息をのんだ。

それ以上、二人は何も言うことはできなかった。




そして――


サイラスとアルベルトは婚約者たちと話をしていたため、ユリアから目を離していた。


その隙に、ユリアの姿が見えなくなったことに気が付いた。給仕に聞けば、彼女は控室に行ったという。

 

パーティーが佳境に入り、休憩のため控室へ移動する者たちが現れはじめていた。



「アルベルト様、どこへ行かれるのです?」


「ちょっと、様子を見てくるだけだ。行くぞ、サイラス」



サイラスとアルベルトが、ユリアと話しをするために、控室へ向かった。

今夜、ユリアの相手ができなかったことをどうしても謝っておきたい、と二人は思っていた。


だが、扉を開いたそこで二人が見たものは、想像を絶する光景だった。



ソファに、絡み合う三つの影。



半裸の男爵令息ダニエルと伯爵令息アラン――

そして、ドレスの胸をはだけ、スカートをたくし上げ素足を露わにしたユリア。



「…………ッ!!」



サイラスは、目を疑った。

アルベルトもまた、表情を凍りつかせた。



「ユリア、君はなんて淫らな! 見損なったぞ! 君たちもだ! ダニエル、アラン! 卒業パーティーの控室で、このようなことをしていいと思っているのか!」



アルベルトはさすが王族と思わせる迫力で三人を咎めた。



「待ってください! 誤解です!」


慌てて身を起こしたユリアは、必死に弁解を始めた。

ダニエルとアランも王太子の迫力に圧倒されて、茫然としている。


「違うのです! この二人は、あのリリス様とアナスタシア様に命令されたのです! 私を、無理やり犯せって……!」



しどろもどろに叫ぶユリア。


彼女は、濡れたように潤んだ瞳で、サイラスを見上げた。


ドレスの裾がはだけ、素足が見える。


その足の裏に、赤い斑点が幾つも浮かんでいるのを、サイラスは気づいた。


 


(……何だ、あれは?)



だが、すぐにユリアが声をあげ、サイラスの意識はそちらに移った



「私が悪いのです! アルベルト様とサイラス様のお二人と親しくしたから! だから、アナスタシア様とリリス様は嫉妬して、この二人をけしかけたのです! この二人では高位貴族の令嬢には逆らえません!」



男爵令息と伯爵令息も、うろたえた顔でうなずいた。


「そ、そうなんです……高位貴族の命令には、逆らえなくて……」


「仕方なかったんです……。逆らえば家が潰されます!」



絶句していたサイラスが、声を上げた。



「警備主任を呼べ! それと学園長もだ! あまりに卑劣な行為だ。あの二人に罰を与えなければ!」



ユリアは泣きながら、すがりつくように懇願した。



「お願いです。どうか、内密に……! 強姦未遂など、噂が広がれば私の令嬢生命は終わりです! どうか誰にも言わないでっ!」



たとえ被害者でも、スキャンダルが公になれば、すべてが終わる。

アルベルトも、サイラスも、その重さを痛いほど理解していた。



しばらくの沈黙のあと。


彼らは、視線を交わし、うなずき合った。



――あの子たちが、ここまで愚かだったとは。



サイラスの心には、冷たい怒りだけが広がっていた。


(アナスタシアも、リリスも、こんな汚い手を使ってまで、ユリアを排除したかったのか)


 


このとき、彼らは、ほんの少しも疑わなかった。

ユリアが嘘をついていると。





卒業パーティーが盛り上がりを見せていた頃。


アナスタシアとリリスは、アルベルトとサイラスに呼ばれ、応接室に座っていた。



「見損なったぞ! リリス、アナスタシア! 君たちがこんなに卑劣なことをするとはな! 恥を知れ!」


「なんのことですの? アルベルト様」」



リリスはいぶかし気に眉を寄せた。



「お前たちは、男爵令息ダニエルと伯爵令息アランを脅して、ユリアを襲わせたな? 

その現場は俺のこの目で確認している。サイラスも一緒にだ。もはや、言い逃れはできないぞ!」


「誤解です! まさか、私たちがそんなことをするはずがありません!」


「リリス様の言う通りです。私たちは彼らと面識すらありません」


「お前たちはユリアが嘘をついているとでも言うのか?」


「では、事件を調べてください。警備隊にでも騎士団にでもどこにでも行きます」



きっぱりとした表情でアナスタシアが言った。

重苦しい空気が漂った。口を開いたのはサイラスだった。



「未婚女性が男2人に襲われそうになったなど、公にできないことを分かっていて、そんなことを言うのか。お前はなんとも卑怯だな!」



サイラスはアナスタシアを鋭く見据えた。アナスタシアはサイラスを睨み返した。



「私たちは本当に何もしていません。そうやって一方的に決めつけられたら、どうしたらいいのかわかりませんわ」



アナスタシアの声は澄み切っていて、曇り一つなかった。

それがなぜかアルベルトとサイラスの癇に障った。

 


「まだそんなことを言うのか! 心底呆れたぞ!」



サイラスには、それが開き直りにしか見えなかった。

冷静すぎるアナスタシアに、わずかな違和感を覚えながらも、彼は続けた。



「ユリアは、泣きながら告白したんだ! 二人の男子生徒も、お前たちに命令されて反抗できなかった、と声を震わせていた……!」



アナスタシアは、じっとサイラスを見つめたまま、ゆっくりと首を振った。



「私たちは、何も命じてなどいません」



その一言が、サイラスの堪忍袋の緒を切った。



「もういい!!」



怒りに任せ、椅子を蹴るように立ち上がる。



「君には、心底失望したよ、アナスタシア。君がそんな卑怯な女だったとは思わなかった」



アナスタシアは、微動だにしなかった。

その強い瞳を前にしても、サイラスは自分が間違っているとは微塵も思わなかった。



「君との婚約は、ここに破棄する。もちろん、慰謝料は払わない。お前が悪いのだからな。……だが、誰にもこの件は口外しないでいてやろう。勘違いするなよ。ユリアの名誉のためだ。そうでなかったら、すぐにでもお前たちは騎士団に突き出しているところだ!」



サイラスは、勝ち誇った気持ちでそう告げた。

アナスタシアは、静かに一礼した。



「婚約破棄、ありがたく、お受けしますわ。こちらから言う手間が省けました」



その凛とした声に、サイラスは胸のどこかがうずくのを感じた。



「お前もだ、リリス。お前みたいな性根の腐った女は未来の王妃にはできない」



アルベルトがリリスに厳かに言った。



「それで結構ですわ。王太子殿下。さようなら。後悔なさいませんように」



リリスは立ち上がり、一礼後、二人は背を向けて部屋を出た。



自分たちは、正しい。

正義のために、正しい選択をしたのだ。

これ以上の寛大な措置があるだろうか。



この時、2人はそうと信じていた。




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