「女性に嫌われる女」が身内にいるわたしの末路
「何それー?やめてよ〜」
またやってるなあと遠巻きに見つめながら、わたしは小さくため息をつく。
貴族たちが通う王立の学園は、身分に関係ない交流が認められている。主には卒業後の人脈づくりが理由なのだが、それを勘違いしてしまう者もしばしばいるらしい。それが、まさか自分の双子の姉になろうとは思いもしなかったが。
姉のミレーユ・ルヴェールは人当たりもよくいつもにこにこしている。主に、男性の前で。本人は男性にも物怖じしない性格だと思っていて、女性同士の腹の探りあいが苦手だと言っていた。男女関係なく貴族ならば腹の探りあいはふつうであるが、姉のなかでは、女性は陰でネチネチするのが当たり前で、男性の前では素直でいていいと思っていたようだ。
そんなわけで、姉は、幼いころから、男女の前で態度が変わる性質があった。男性の前では、スカートをめくって木に登ってみたりおいかけっこに混ざったりボディタッチもやたらと多い。逆に女性の前だと、「そんな遊びは退屈〜」と見下したり「女の子と遊ぶより男の子たちと遊ぶほうが楽しい」と言ったり、典型的な同性から嫌われる女街道を突き進んでいた。
男の子たちのグループに入れば常に自分が一番注目され、逆に女の子たちのグループに入れば自分が一番になれないからだろうことは、妹のわたしにはすぐにわかった。
いくら子どもとは言え、あまりにも姉の常軌を逸した言動に、エスカローン公爵家からわが家に苦情がきたこともある。エスカローン公爵家のひとり娘であるシャルロット様のお誕生会に招待されたのに、姉はシャルロット様へのお祝いの言葉もそこそこに、いつものように他の貴族子息たちに絡みに行き、「退屈だからあっちで遊ぼう」と宣ったのだ。さすがにシャルロット様のお誕生会に不躾なことはできないと貴族子息たちがその誘いを無視すると、シャルロット様のお兄様方――つまり、公爵家長男と次男に「よろしければ一緒にお話しませんか?」と声をかけたのである。
シャルロット様がお優しい方で、大ごとになることもなく、なんなら率先してシャルロット様が姉の遊びに付き合うとまで言い出してみんながかの公爵家の姫様をお止めするのに必死になり姉の存在など無視されたので事なきを得たが、姉の態度にご立腹だったのは、かわいい妹の誕生会に水を差されたと思われた公爵家のご兄弟で。公爵様から直々に、「おたくの娘は元気すぎるのでは?」というありがたいお言葉をもらったようだ。
ふだんは姉に弱い父も、公爵家から直接お言葉をもらってあせり、母やわたしも含めて家族会議が行われた。母は以前から姉の言動を危惧しており、学園に入るまで領地の修道院に預けてはどうかと進言して、わたしも遠回しにそれに賛同した。いくら自分が一番注目されたいとは言え、格上の相手にまでやっていいことではない。
「わたし、心から反省したから!お父様あ……!」
ところが、姉が涙を流して父に許しを請い、「心を入れ替える」と何度も言うので、姉に甘い父は許してしまった。公爵家には、姉をしばらく謹慎とすることと、詫びの品をいくつも贈ったらしい。何よりシャルロット様ご本人が姉に対して怒っていないので、結局姉は何の罰も受けることはなく、この事件は収束した。
そこから姉は、たしかに心を入れ替えた。まず、格上の令嬢のお茶会等には呼ばれても参加はしない。わが家に格上の令嬢がきたときや、両親の前では大人しくする。しかし、そうでないときはいつもどおりの姉だった。どうやらあの事件は、姉のなかでは、格上の令嬢とは関わってはいけないという教訓になっていたらしい。相変わらず姉は、男の子たちといるほうが楽だと豪語して、周囲に貴族子息たちをはべらせていたのだ。
そんなわたしたちが十五歳になり、王立学園に入学すると、姉は堂々と貴族子息たちとばかり交流を持つようになった。とくに最近では、高位の貴族子息たちとともに行動することも多い。彼らの中にはすでに婚約者がいるというのに、姉はそんなこともおかまいなしでボディタッチもかましている。
さすがにまずいと思って、行き帰りの馬車のなかでそれとなく注意をするが、いつも聞く耳を持たない。
「ちょっと〜嫉妬?やめてよね。わたしたちはそんなんじゃないし。それにあの方たち、わたしのこと女として見てないって言うんだから!」
怒ったような口調だが、口もとには笑みが浮かんでいる。女として見られていないからこそ近くにいられるということに、女として優越感を感じている証拠だ。
「でも、婚約者様がいらっしゃる方もいるわ。節度を持って――」
「だーかーらー!そういうんじゃないの!それに、わたしたちはただのお友だちなのよ?あーあ、もうほんと、女性ってすぐ陰口叩くから嫌よね」
わたしがたしなめても、姉はこうして「陰口を叩く女性」を悪く言い始める。自分が言っているそれは陰口ではないのかとか、わが家が他家から何と言われるのか考えないのかとか、言いたいことは浮かぶが、感情に任せて発言するのは貴族令嬢としてはしたないことと言われて育ったわたしは、膝のうえでスカートを握りしめることしかできない。
幸いだったのは、貴族令嬢の多くは公平な方たちばかりで、姉個人に対して思うところがある人も、双子の妹であるわたしには表面上ふつうに接してくれることだ。わたしは姉のこともあり、とにかく目立つことがないよう細心の注意を払っていたし、双子と言っても姉とわたしはあまり似ておらず、姉妹だと知らない人もいたからだろう。
それでもいつか、姉のせいでわが家は没落するのではないかと、わたしは毎日気が気ではなかった。
姉の態度が改まることなく、わたしたちはとうとう最終学年になってしまった。わたしたち姉妹にもそろそろ婚約者がいてもおかしくないのに、姉の言動のせいで、わたしたちは婚約者がなかなか決まらないでいた。それはそうだ、姉のような人間と親戚になりたいと思うはずがない。
姉とは最近は登下校の馬車も分けて、極力関わらないようにしていた。いちど婚約者が決まらないことを話したときの姉の言葉を思い出す。
「クレアが婚約〜?何言ってんの?わたしでもまだなのに、あんたができるわけないじゃない。というか婚約者ができないからって男漁りなんてしないでよ?」
この一言で、わたしは完全に姉が無理になった。家族だと思うことすら苦痛に感じる。母にだけはこの気持ちを伝えたら、涙を流しながら謝罪し、登下校の馬車を分けてくれた。父には金がもったいないと言われたが、母が「あなたのたばこやお酒のほうがもったいないわ」と言い返してくれたのだ。姉はこのやりとりも、我関せずという顔で聞いていた。この日から、わたしは自分から姉に話しかけることはしていない。
最終学年に上がった数カ月後、この学園に、隣国からの第三王子が留学と称して転校していらっしゃることが決まった。テオドール・カミュエル様は側妃腹のご子息ではあるが、大変優秀な方で、王族の特徴である銀色の髪に紫水晶の瞳を持った、まさに誰もが見惚れるほどのご容貌の持ち主だ。噂では、シャルロット様に求婚するため留学にきたと言われており、その噂もあって令嬢たちは色めき立っていた。
わたしはこのとき、少し嫌な予感を覚えていた。しかしながら、カミュエル殿下の周囲には側近や護衛騎士が常に控えていたし、カミュエル殿下も他の生徒と積極的に交わろうとなさらない。さすがに心配しすぎだったかと、安堵していたのだが――。
「テオドール・カミュエル様!」
まさか、姉がカミュエル殿下に突撃していくなんて。
最高学年に上がり、選択授業ばかりになると、わたしは授業が空いたときには図書室で自習をすることにしていた。その日も次の授業まで時間があるからと図書室に向かっていると、中庭のガゼボでカミュエル殿下がいつもどおり側近や護衛騎士を連れて読書をしているのが見えた。優秀な方は努力を怠らないのねと感心していると、そのカミュエル殿下に近づく見覚えのある人間が見え、わたしは思わず足を止める。
「……君は?」
護衛騎士が飛び出そうとしたのを制し、殿下が声をかける。わたしは目の前で起こっていることが理解できず、しばし呆然としてしまった。
「ミレーユ・ルヴェールと申します。殿下、学園にはもう慣れましたか?」
「そうだね」
「よかったらカフェテリアに行きませんか?わたしのおすすめメニューがあって――」
「姉様!」
ようやく足が動き、わたしはためらうことなく姉の手をつかむ。
「はあ?何――」
「カミュエル殿下、大変申し訳ございません。今すぐ姉を連れて立ち去りますので」
わたしは膝をつき、カミュエル殿下の顔も見ずに平身低頭謝罪する。姉の手を引っ張って同じように膝をつかせようとしたが、ものすごい力で抵抗されてしまった。
「ちょっと、なんなのよ!クレア、いい加減に!」
「姉様こそ!ここは学園と言えど何でも許されるわけではないわ。他国の王族の方に向かって軽々しく話しかけるなんて」
「は、はああ!?違うわよ、わたしはただカミュエル殿下がいつもおひとりだから、お友だちになれたらって」
「だったら自分の成績でも心配したら!?」
「なっ」
姉が一番言われたくないであろう成績のことを口にするとさすがに黙り込んだ。姉は見ての通り勉強をおろそかにしており、卒業も危ぶまれている。もし卒業が認められる成績を満たさなければ、学園の慣例に従い、卒業ではなく退学となるのだ。
「御前をお騒がせしてしまい、大変申し訳ございません」
姉妹喧嘩をしている場合ではなかったと再度頭を下げる。
「行くわよ!」
わたしは無理やり姉の手を引っ張り、カミュエル殿下の前から立ち去った。
姉がカミュエル殿下に不躾に話しかけたことは、翌日には学園中に広まっていた。わたし以外にもあの場面を目撃していた生徒がいたのか、側近たちが噂をばらまいたのか定かではない。学園の、それも自国の貴族だけならまだ遠巻きで見られる程度だった姉の態度もさすがに問題視され、教師から注意を受けたという。しかもその後、姉の側にはべっていた貴族子息たちはいっせいにいなくなり、姉はひとりになった。
それでもめげずに姉はいろんな貴族子息に話しかけていたが、姉と関わって余計な火の粉をかぶりたくないからか、全員がそっけない態度だったらしい。
わたしは姉を諫めたこともあったからか、殿下の御前を騒がせたというのにとくに何の噂も立っていなかった。
ようやく姉が大人しくなったと安堵していると、わたしは図書室で思わぬ人物に声をかけられた。
「はじめまして、クレア・ルヴェール嬢」
カミュエル殿下の側近のひとり、アベル・ディラン様だ。ディラン様は隣国の宰相家の四男で、伯爵位を賜ってカミュエル殿下の側近になるらしいと令嬢たちが噂をしていた気がする。
燃えるような赤い髪とは対照的に、落ち着いたグレーの瞳に見つめられ、わたしはぽかんとしてしまった。
「いきなり申し訳ない。あなたと話をしてみたくなって。今いいだろうか?」
「えっと、はい」
もしかしたら、姉のことに対する事情聴取をしたいのだろう。わたしは大人しく頷き、ディラン様のあとに小さくなってついて行く。
あの日姉が恐れ多くもカミュエル殿下を誘おうとしたカフェテリアに入ると、ディラン様は窓際の死角になっている席にわたしを座らせる。何を聞かれるのか、わたしの言動ひとつでルヴェール家の未来が変わるかと思うと、喉が乾いて体も震えた。
「クレア嬢は、卒業後の予定は決まっているだろうか?」
「あ……その、お恥ずかしながら」
婚約者のいないわたしに、卒業後の予定は当然ない。恥ずかしくなって顔を伏せる。
「それはつまり、婚約者はいないということ?」
「そう、ですね」
「ルヴェール家の跡取りは?」
「本来だったら姉の婿養子が継ぐと思いますが、姉もあんな感じで……」
一体何の拷問なのか。ルヴェール家の醜聞を聞いてカミュエル殿下に報告するつもりなのか。わたしはますます小さくなる。
「ああ、あの姉ならそうだろう」
ディラン様が小さく笑い、ますます恥ずかしくなる。
「でもよかった。クレア嬢には婚約者がいないんだね?」
「……はい」
結局ディラン様の真意がわからず、学園の卒業が迫るなか、婚約者がいないという恥を暴露するだけで終わってしまった。婚約者がいないことも、姉との関係も、すべて見透かされていたようで、怖かった。でも、ほんの少し――誰かに認められたような気がして、胸があたたかくなるのを感じてしまった。
ディラン様は笑顔でわたしを図書室まで送り届け、「また話そう」とおっしゃっていたが、できればその「また」はないことを願いたい。心臓に悪すぎる。
――と、思っていたのに。
「ククククククレア!」
姉と距離を取り始めてから、父との会話も減っていたのだが、その日はめずらしく学園から帰ると慌てた父に呼び出される。母はなぜかにこにこしていて、「よかったわね」とわたしの肩を叩いた。両親のいつもと違う態度が気になったらしい姉もわたしたちについてくる。
「アベル・ディラン様から、クレアに婚約の申し出があった」
「ええ!?」
わたしはカフェテリアで言葉を交わしたディラン様の顔を思い浮かべる。どう考えてもあの尋問で、婚約を申し込むきっかけはなかったはずだ。
「クレアには、学園卒業後すぐに隣国に輿入れしてほしいそうだ」
興奮したように話す父を見て、わたしは未だに現実だと思えないでいた。ディラン様は第三王子の側近かつ、もうすぐ伯爵となるお方だ。わが家の名前だけの伯爵とはわけが違う。
「クレア、本当におめでとう!すばらしいお話だわ。もちろん、隣国に行ってしまうのはさびしいけれど」
母は少しさみしそうに笑いながら、それでもわたしをぎゅっと抱きしめる。両親が祝福するなか、どうしてもこの話を受け入れられない人物がいた。
「こんなのおかしいわ!」
姉は大声を出し、父の持っている手紙を奪う。
「クレアじゃなくてわたしじゃないの!?」
「こら、ミレーユ」
「どうしてクレアが、アベル様から求婚されるのよ!おかしいわ!」
姉が手紙を放り投げ、「おかしい!」と地団駄を踏む。わたしはその様子があわれにしか見えなかった。
姉はたしかに、多くの貴族子息と仲がよかった。それをうらやましいと思ったことも、ないではなかった。でも、ふたを開けてみたら、姉と仲良くしていた彼らは、「ちょっと変わった令嬢」と疑似恋愛っぽいことを楽しんでいただけで、姉を心から気にかけてくれる人はいなかった。姉も姉で、自分をちやほやしてくれる人なら誰でもよかったから、誰かひとりと絆を結ぶことをしてこなかったのだろう。
わあわあ騒ぎながら床をだんだんと踏みつける姉は、小さい子どもと何も変わらない。
「お父様、お母様、わたしこの婚約受けます」
「おお、そうか!ならさっそく――」
「ちょっと!なんでクレアが受けるのよ!?わたし宛かもしれないでしょう!?」
「でもお手紙には、姉様の名前は書かれていないわ」
「うるさい!うるさいうるさいうるさい!わたしは認めないからっ」
姉はわたしたちをじろりと睨みつけ、部屋を出て行く。わたしは小さくため息をついて、ディラン様への手紙を書かせてほしいと両親にお願いした。
その日のうちに、ディラン様に婚約をお受けする旨を伝えて、わたしたちは婚約者となった。まだ当主どうしで婚約に関する書面を取り交わしていないので、仮の状態ではあるが。
わたしはディラン様に、卒業するまで学園では目立つことはしたくないと伝えた。姉のこともあり、ディラン様に余計な噂が立つことが嫌だったからだ。ディラン様はすぐに快諾してくれたけれど――お手紙のやり取りを毎日して、わたしはすぐにディラン様をアベルと呼ぶようになった。
姉は、わたしとアベルが学園で表立って交流しないのをいいことに、アベルによく話しかけるようになった。いつものように、ちょっと男勝りで無邪気なミレーユを見せれば、アベルともすぐに仲良くなれると考えたらしい。アベルはそんな姉の相手もしないが、拒否することもしなかった。姉が話しかけても否定も肯定もせず黙って話を聞いている。ただそれだけ。
アベルと姉がいい関係なのか疑う人もいたが、その様子を直接見た者は、アベルが姉のことを全く相手にしていないことは明白だった。それでも姉は、アベルが拒絶しないのをいいことにひたすら話しかけていた。
さすがにカミュエル殿下がいるときは遠くから見つめるくらいにとどめていたようだが、姉は完全にアベルのつきまといのひとりで、いつの間にか「おかしな女につきまとわれるかわいそうなアベル」という図式ができあがっていた。姉は、本物の「ちょっと変わった令嬢」になったのである。
そんなことにも気づかない姉は、見事に卒業までに必要な成績を修めることができず、学園を退学することになった。姉の退学が学園から通知された日、一番驚いていたのは父である。姉は父をごまかして、「卒業は問題ない」と豪語していたそうだ。いつまでも姉に甘い父は、裏取りすらしていなかったらしい。わたしや母が何度も進言していたというのに。
わたしは成績優秀というわけではなかったが、問題なく卒業要件を満たす成績を修めることができた。卒業パーティーではアベルの婚約者としてエスコートしてもらう予定である。姉にバレたらめんどうなので、わたしはアベルが王国にいるときの仮の住まいに赴いて、卒業パーティーに参加するドレスをアベルと一緒に決めていた。
卒業パーティー当日、早めにアベルの屋敷に向かうため、ふだんの格好で出かけようとしていると、姉に笑われた。
「卒業パーティーにそんな貧相な格好で行くの!?やっぱりアベル様の婚約者はクレアじゃなかったのね!」
わたしは何も言い返さず、黙って屋敷を出た。
「卒業生の入場です」
その合図とともに、爵位が下位の者から順番に会場に入場する。アベルはすでに伯爵家当主となっていたので、中盤にはお互いの髪色をまとった衣装でアベルにエスコートされて入場する。アベルの隣にいるわたしに驚く人も多かったが、アベルが優しくほほ笑んでくれたので周囲の声はまったく気にならなかった。
最後に、カミュエル殿下とシャルロット様が入場され、会場は卒業を祝う拍手で包まれた。シャルロット様と目が合うと、にっこりほほ笑んで頷いてくれる。
「ちょっと待ってください!」
卒業パーティーがいよいよ始まろうというときに、ズカズカとわたしたちの前にやって来たのは姉のミレーユだった。後ろから父があわてて姉を捕まえようと早歩きで向かっている。
「どうしてアベル様がクレアをエスコートしているんですか?アベル様の婚約者はわたしでしょう!?」
姉の発言に、会場がざわつく。たしかにわたしとアベルの婚約は、学園でも知っている人はほとんどいない。わたしが今日エスコートされていて驚いた人も多いだろう。姉の発言を心から信じる人はいなくても、疑いの目を向けられるのも仕方がない。
「姉様!いい加減に――」
姉を連れて会場を出ようと動いたが、アベルがそっとわたしを制す。ようやく追いついた父が、姉の肩をつかんだ。
「ミレーユ、いい加減にしないか!こんな祝いの場を乱すなど、恥を知れ!」
「アベル様はわたしの婚約者なんですよ!?それなのに」
「どうして、私があなたに婚約を申し込むんですか?」
アベルの言葉に、会場がしんと静まる。
「どうしてって、だって……」
冷静に言い返されると思っておらず、姉はしどろもどろだ。
「不特定多数の子息と関係を持ち、学園も卒業できなかったあなたに、婚約を申し込む?――そんなおそろしい真似はできませんよ」
アベルが馬鹿にしたように笑うと、姉の顔がカッと赤くなった。
「不特定多数って、彼らは友だちで……っ」
「クレアに聞きましたよ。あなたは、男性のほうが仲良くなりやすいんだとか」
「そ、そうなんです!どうも女性に嫌われてしまうっていうか……男性といるほうが気が楽ですし」
「ますます無理ですね。妻となる人には社交もこなしていただきたいので、同性から嫌われるような方はごめん被ります」
あまりにもズケズケと言い放つアベルに、姉は言葉を失う。父も肩身が狭いのか、小さくなっていた。
「義父上、そこの方を会場の外に連れ出していただけますか?――さあクレア、あっちに行こう」
父はアベルの圧に完全にやられ、黙って姉を引きずっていく。誰もが遠巻きにその様子を見ていた。アベルはにこにことわたしをエスコートして、笑いを噛み殺しているカミュエル殿下と今日も完璧な淑女の笑みを浮かべるシャルロット様のもとに向かう。
「ここにいれば話しかけられることもないですよ」
優しく言うアベルに、わたしはこくこくと頷くしかできない。
「こらこら、私たちを虫よけみたいに」
「普段殿下のわがままに付き合ってるんですから、こんなときくらい王族の力にぶら下がってもいいでしょう」
アベルとカミュエル殿下はただの主従以上の深い関係があるようだ。わたしはハラハラしながら二人のやり取りを見つめる。
「アベルったらすごく楽しそうね」
シャルロット様に声をかけられ、わたしは思わず固まった。
「実はね、わたくしがクレア様のことをアベルに話したのよ」
「……そ、そうなんですか?」
「昔、さっきのミレーユさん?がわたくしの誕生会でいろいろやらかしてくれたとき、あなただけはミレーユさんを叱っていたでしょう?それをずっと覚えていたの。だからテオドール様の前でクレア様がまたお姉さんを叱った話を聞いて、昔話をしたらあなたに興味を持ったみたい」
いたずらっぽく笑うシャルロット様に恥ずかしいから気まずいやらでわたしは赤くなる顔をごまかすように下を向く。結局わたしでは姉を御することはできなかったが、やってきたことが少しは報われたような気がした。
卒業後、わたしはアベルとともに隣国へ向かった。シャルロット様もカミュエル殿下に輿入れするため、遅れて隣国にやってくることになっている。わたしはシャルロット様付きの女官として王宮に上がる予定だ。
あの日、バッサリとアベルに切り捨てられた姉は、とうとう修道院に入ることになったそうだ。幼いときに入っていれば、年ごろになって戻ってくることもできただろうに、今からでは一生を修道院で過ごすか、出てきてもどこかの貴族の後妻になるしかないだろう。姉が何をしたかったのか今でも理解はできないが、「特別」になりたかったのだろうかと考えることがある。「変わっているミレーユ」になることで、姉は姉の自己同一性を持とうとしたのだろうか。――今となってはわからないし、わかりたいとも思わないが。
ルヴェール家は、母の生家である侯爵家の四男を養子として迎え、これから建て直していくそうだ。姉のせいで、ルヴェール家と関わりたくない貴族は多くいる。またゼロから他家と関係を築いていかなければならないので大変な苦労はありそうだが、姉をああなるまで放置した罰だと受け入れることにしたらしい。両親からは改めて謝罪され、わたしはそれを受け入れた。アベルもわたしの考えを尊重して、ルヴェール家との関係を良好に保ってくれている。――このことが、多少でも生家によい影響があることを祈るしかない。
もしアベルとの子が生まれたら、わたしはひとつだけ必ず守らせようと決めていることがある。
――同性に嫌われるようなことだけは絶対にしてはいけない、と。