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ep1-4.戦線準備

 続きは本人の叫びによって遮られた。先程までのソプラノボイスは何処へやら、今はアルトパートのような低さにまで落ちていた。


「勝手にあたしの個人情報ペラペラ話してんじゃねーっ! あと、何、人の本名喋ってんのよっ! 芸名使ってる意味考えなさいよっ! どうやって調べたあああああっ! ま、まさか、ス、ストーカじゃないわよねっ……」


 天道は口調も一人称も崩し、まくし立て、やがて震え出して、僕から距離を取り始めた。


「君は柳山に自己紹介をしていなかっただろう? 人と人とのコミュニケーションはまず互いを知ることから始まる、『コミュ障脱却術~まずは道を訊ねてみよう~』にはそう書いてある。本書籍の売上は」


「やかましいわっ! あんたに言われたくないわっ!」


 彼女の発言に戸惑う。先程、柳山との会話を基に更なる学習を行い、コミュニケーション能力を高めたはずなのだが……。どうやらまだまだ改善が必要らしい。


「ふむ、君は僕の行動のどこを常識外れだと思う? 何故、常識を君に教えようとしていると考えた? 詳しくご指摘いただけないだろうか。可能であれば参考文献も欲しい」

「は、はぁっ!? あ、あんた、な、なんでわからないの……おかしい、絶対おかしいわよ……」


 天道は僕から益々距離を取り始める。ふむ、この分では彼女からフィードバックを得るのは、難しそうである。残念だ。


「なななな、何やってんだ、アンタ???」


 柳山は僕の行動に心底戸惑ったようだ。頬には涙の跡もついておらず、赤くもなっていない。


「正しいコミュニケーションが行われていないと思ったのでな」

「それアンタが言うか?」


 柳山はどうしてか呆れたような顔をみせている。彼女からしてみても、先程の僕は異常に見えたのかもしれない。天道の代わりに柳山から評価を貰うのも良いだろう。


「とにかくっ! あんた、いや、おねーさんっはっ! 色んな人から嫌われてて、今からめっちゃくっちゃ嫌がらせされるってワケっ! わかった!?」


 柳山は天道に指差されると、なぜか笑みを浮かべた。


「何笑ってんのよ……」

「いや、嬉しいなって思ってな」

「は?」

「アンタら、アタシの冒険を邪魔してくれるんだろ? 難しくしてくれるんだろ? 予測不可能なものにしてくれるんだろ? そんなん嬉しいに決まってるじゃねーかっ!」


 目を輝かせながらそう話す柳山に、天道だけでなくその周囲の取り巻きまでもに動揺が走った。


「はぁ?! ……あはっ、おねーさんは嘘つきなんだね。だったらさっきのあの間はなんだったの? 何も反論しなかったじゃないっ! どう考えたって傷ついてたでしょっ!」

「いや、何するんだろーなって気になっててさ。あ、つーかアタシに嫌がらせして失格とかにならねえの?」

「あまりに直接的すぎる妨害を繰り返せばそうなるな。彼らもそれは分かっているだろう。あくまで規定に反しない、或いはグレーゾーンの妨害を行うはずだ」

「ほっ、良かった」


 胸を撫で下ろす柳山を見て、天道は身をわなわなと震わせる。


「は、何それ?」


 天道は乾いた笑いを零した。


「チョーシこいてられるのも、今のうちだけだから。その顔歪むまでおねーさんのこと、アカリがいじめ倒してあげる」


 そこで、運営からの通知が届いた。初期位置につくため、群衆が一人、また一人と姿を消していく。


 ——通知:まもなく試合が始まります。選手はダンジョン・ゲートを潜り、指定された開始地点で待機してください。開始まで残り900秒……、895秒、890秒……。


「ほら、皆、いくよっ」


 天道はそう言って、僕らに背に向けた。試合中であれば会話は難しい。今のうちに疑問を解消しておく方が得策だろう。僕は先程から感じていた疑問を口にした。


「君はなぜ、おねーさん、おにーさんなどという二人称を使用する? 視聴者の平均年齢よりも君の年上だ。そもそも妹を持つ上に、成人している君が、子供のような口調で振舞うこと自体、不自然である。具体的には」

「ああ、もう! うるさいなあっ! おにーさんも一緒に潰してあげるからさ。覚悟しときなよ」


 振り返ってそう言うと、天道は会場へと歩いていった。その後ろを群衆たちがついていく。


「なあ見たよな? 深月ちゃんのキレ顔? ああああああああああーーーーーーー!!!! 萌え萌えなんだなっつ!!!!」

「やー深月ちゃん萌えー! かっわいーっ!」

「ギャップが良いのは可愛い子の特権だよねー」

「「キャハハハ!」」

「怒ってる深月サンも可愛いでゴザル」

「うふふっ、深月、貴方は水仙のようね」

「あんたら本名で呼んでんじゃねーっ!」


 天道は向き直って、五人の取り巻きに怒鳴った。結局、疑問の解消は望めなかったので、後々、彼女の個人アドレスに質問を送付することにしよう。


「んじゃ、アタシは先行ってるぞ」


 手を軽く振って、柳山も会場へと駆けていく。が、3.95秒後、彼女は立ち止まった。天道の集団にはいなかった少女が、柳山におずおずと近づいてくる。


 種族は兎人ラビット。白い兎耳に、瞳は赤。白い髪と合わさり、まるで雪兎のようだ。


 白と黒を反転させたシスター服を着ており、胸には茶色いマフラーを模したペンダント。グレーメタリックの小杖こづえを、黒い手袋で握っていた。


 杖以外は、ダンジョンそのものを神として崇める、アビス教。そのうちの一派、ウィンストン派が好む服装である。


 グレイ・レイスト。鉄港ブルートスが運営するクランスクールで、パーティー、【ブレイバーズ】に所属している。本大会の優勝候補の一人でもある。


「ミ、ミチル」


 グレイは

躊躇いがちに柳山へ声をかけた。


「え、へへ、ろ、ろん、ひ、久しぶりだネ」


 グレイは固い笑みを浮かべる。発音が怪しいな。母国語が月帰語でないにも関わらず、話者音声再現型自動翻訳ツールを使っていないのだろう。0.06%しか存在しない、貴重な事例だ。


「あ、久しぶりだな」


 柳山は笑顔で挨拶を返す。


「大丈夫ダッタ? 傷ついてナイ?」

「心配すんなって。むしろありがてえくらいだ」

「はったり、ノー? ダヨネ?」

「そいつはグレイも分かってるだろ?」

「そう……、ダネ」


 そこで一区切り。グレイは息をたっぷり吸いこんでから、続きを口にした。


「アカリサンはやり過ぎ。デモ、ミチルのライブ、バッドだったヨ。あんなこと言われたら皆から嫌われるのナチュラル。当たり前だヨ」


 グレイは雄国ゆうこく語を月帰語に言い直すような話し方をしていた。


「別に、アタシは好かれようとしたんじゃねえよ。言いたいことを、ただ言っただけだ」

「そう……、そっか」


 もう一度、グレイは大きく一呼吸する。


「ア、ワタシも最近、Aランクに上がってばかり。ダカラ、トゥデェイ、今日、ライジングカップに参加するンダ」

「そっか。じゃ、今はライバルだな」


 柳山はグレイを強く見据えた。グレイは柳山の瞳と目をきっちり合わせる。

「ワタシ、ミチルには負けないカラ。ミチルが嫌いな冒険も、リスペクタブル、立派だって、未踏と同じくらいグレートだって、証明するカラ、見せてあげるカラ」


 そこで、グレイの目つきが睨むようなものに変わった。

「あの時とは違うカラ」

「おうっ。期待してるぜ」


 不敵な笑みを柳山が返すと、グレイは会場へと向かっていった。

 柳山は、グレイと同じクランスクールで、同じパーティーに属していたことがある。名前で呼び合っているあたり、親密な仲なのだろうか。


 僕は控室に暫く残ってデータを収集し、おおかた冒険者が引き払ったところで入場した。


 今回のダンジョン・ゲートは灰色の岩で出来ていた。所々が赤熱したように光っていて、何かと溶岩を思わせる配色だ。


 冒険者が一度に大勢入れるよう、ゲートは大量に用意されていた。一般的な商業用ダンジョンは2.81個が平均だが、今回は20個もあった。僕はARで届いた指定に沿った番号のゲートを選び、潜った。


 ——ダンジョン:【炮烙ほうらく】:ライジングカップ:第一層


 ダンジョンに入ると、すぐさま全身に活力がみなぎってきた。頭が冴え渡り、思考の速度が速まる。


 同時にステータスバーにそれぞれ異なる色がつき、具体的な数値が表示された。


 HP、MP、STR、INT……、どの数値にも異常はない。


 冒険者はダンジョンでの戦闘や攻略、経験を通じて、超常的な力を得る。


 手に入れられる力は人によって千差万別だ。一飛びで樹木の頂点に上る者。大海をも泳ぐ体力を得る者。機械を超える頭脳を得る者。中には異界の法理、魔法や呪術、奇跡などを操る者もいる。


 しかしながらその力をダンジョンの外へと持ち出すことは出来ない。たとえダンジョンの中では超人でも、外に出れば途端に凡人へ戻る。


 逆に言えば、冒険者はダンジョンの中でなら超人であれる。普段は寝たきりの老人でもダンジョンに入った途端に少年時代の活力を取り戻すのだ。


 さて、今回のダンジョンは火山をイメージした内装だった。僕ら冒険者の前には地面が続いているが、その縁には溶岩の海が果てしなく広がっており、ごぼごぼと煮えたぎる音が空間一帯に力強く響いている。


 敵の姿は既に見えている。全身に火炎を纏ったネズミ、【火鼠】(ひねずみ)と、黒い毛並みに溶岩色の瞳と牙を持った犬、【禍斗】(かと)は僕らに気づくこともなく、辺りを徘徊していた。


 今のところは暑さを感じない。試合前のコンディションを平等にするため、気温変化を調整しているからだ。しかし、試合開始とともに地獄のような熱気が僕らを襲うだろう。


 ARのガイドを頼りに、僕の待機位置へと向かう。選手たちは皆、スタートラインに横並びになっていた。


 少しでもスタートラインからはみ出ることは許されない。意図せず足がラインの先に出てしまった選手がいたが、即座にその足は弾かれ、線の中に戻されていた。


 僕の待機位置のすぐ隣には柳山がいた。軽く身体を伸ばしていた彼女は、こちらに気づくと笑みを浮かべた。


 ——通知:まもなく試合が始まります。開始まで残り90秒……、85秒、80秒……。


 ちらちらと柳山がこちらを見てくる。やがて始まる探索に向けて頭のゴーグルが下ろされ、今は瞳を守っていた。


 ためしに視線を返すと、浮かべていた笑みを益々深めた。ふむ、不可思議な行動だ。何の意味があるのかが良くわからない。


 ——通知:まもなく試合が始まります。開始まで残り10秒……、5秒、4、3、2、1……スタート!!!


  鳴り響く電子音を合図に、ライジングカップが始まった。


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