ep1-3.おもちゃをぶら下げた冒険者たち
「では、確認を行いますので、オーグデバイスにて情報提示の同意をお願いいたします」
受付嬢がそう言うと、僕の視界上に問いが表示された。
——質問:【冒険者連盟月帰支部:ライジングカップ実行委員会】が冒険者ステータスの提示を求めています。許可しますか? (はい / いいえ) :目的:本人確認。
指示する操作はもちろん、はい、だ。そちらをクリックするのに併せ、眼前の端末に協力の感謝を述べる文言が表示された。続いて柳山も同意を終わらせたらしく、再び文言が表示される。
「ご協力ありがとうございます。お二人の本人確認が終了しました。電算巡さん、柳山未知留さん、ですね。ようこそ、鉄港ラビリンスへ」
確認が終了すると、受付嬢は歓迎の笑みを浮かべた。
「次にポータブルギアのご提示をお願いします」
柳山は提げていたキーホルダー三つを受付嬢に手渡した。
僕もクリアケースから剣先に銃口のついた片手剣とチェストプロテクター、手袋、それにウェストポーチを取り出して渡す。そのどれもがミニチュア程度の大きさだ。
それらを受け取った受付嬢は「少々お待ちください」と言い置き、奥に入っていった。
戻ってくるのを待つ間、僕は気になっていたことを尋ねる。
「君はオーグを使わないのか?」
彼女が腕に嵌めて使っているのはホログラムウォッチ。単にウォッチなどとも呼ばれる代物である。実際、情報提示の同意にて彼女はホログラフィーを出して、手続きを行っていた。
オーグ使用者が72.39%を占める現代社会で、ウォッチはとうに時代遅れの端末だ。若者となるとオーグ使用率は98.23%になる。
ウォッチを使う若者を見るのは初めてではないが、子供への悪影響を憂慮した親が、限定的な機能を持つ代用品として与えるものだ。
純粋にウォッチを使う若者は初めて見たかもしれない。
「色々真ん前に出てくるとごちゃごちゃしてめんどいだろ?」
「ARが視界を占める面積は0.00%から100.00%の間で調節できる。画面を簡易にすることも出来るだろう?」
彼女の意見は納得できなかった。オーグは柔軟に使用できる。何が面倒なのだろうか。
「それパーセンテージ言う必要なくね?」
「0.00%と0.01%は違うだろう? 正確に情報を述べるには、最低でも有効数字二桁まで述べるのが最善だ。これならば利便性も損なわない」
というのに、世にある87.21%のデータはこの基準を満たしていない。
それどころか、一定の桁以下の数値を繰り上げ、或いは繰り下げ、それを発表することもある。嘆かわしいことだ。
「いや、分かりにくいだろ……」
そう柳山が口にしたところで、受付嬢が装備や小道具を携えて戻ってきた。そのどれもが先程、僕らが手渡したモノだ。
ただし、サイズだけはミニチュアレベルではなく、実物レベルに変わっていた。
昨今の冒険者が用いる武器、防具、小道具は、迷宮の外では無害、中でのみ力を発揮する。
【収縮】、【無害化】などの複数の【付与魔法】で編まれた回路によって、小型化でき、無害になる。冒険者の中にはこの状態の武器や防具を、アクセサリーとして身に着ける者もいる。
逆にダンジョンに入る時には、【付与魔法】はオフになり、切れ味のある武器や威力のある爆弾に戻る。
殺傷力のある武器が世に流通しつつも、社会秩序を乱さない。冒険がスポーツとして浸透するには、こうした工夫が不可欠だった。
受付では、我々が着用するため、まず【収縮】の【付与魔法】だけをオフにする。
この時点では、大きさこそあるが、武器には切れ味も効能もない。
発泡スチロール製のおもちゃよりも安全で、たとえ振り回した武器が人に衝突しても、痛みを与えることはない。
こうした武器、防具、小道具を、総称してポータブルギアと呼ぶ。
「お二方とも、鈍化剤は何を使われますか?」
僕らが装備や小道具を受け取ったのち、受付嬢はそう尋ねてきた。
ダンジョンの運営者は当人が断らない限り、鈍化剤を冒険者に無償で提供する義務がある。
ただ、この規定に鈍化剤の種類は指定されていない。多くのダンジョンでは中程度の薬効がある鈍化剤を提供するのだが、ここでは強力なモノから、軽微なモノまで広く取り揃えている。
「アタシ、なしで」
「僕も不要だ」
冒険者で鈍化剤を使用しない人間はかなり珍しい。
五感・身体感覚の鈍化や反射の遅延などの副作用を抑えるため、効力の弱い種類を選ぶものはそれなりにいる。13.47%ほどで、この層にはプロ志望のアマやプロが含まれる。
しかし、全く用いないとなるとまずいない。全体の0.09%だ。よほどこだわりのある者か、そういった趣味・嗜好がある者だけである。
だからだろう。受付嬢は一瞬呆気に取られたような顔になった。が、すぐ笑顔に戻る。
「了解しました。これにて受付は完了しました。装備の着衣を済ませた後、控室でお待ちください。では、良い冒険を」
受付嬢は決まり文句で手続きを締めた。
「じゃ、また後でな」
受付を終えると、未知留はさっさと着替えに行ってしまった。僕も素早く更衣室に移動した。
荷物をロッカーに預け、チェストプロテクターと手袋を装備し、ベルトを巻く。そこに片手剣とポーチを提げた。
今の僕は、ジャージに軽装をつけた格好だ。一見頼りないが、これでも実用的である。
僕が着用しているジャージも、縮小こそしていないがポータブルギアの一種だ。着脱にかかる手間を厭い、普段着にポータブルギアを使う者もいる。
ひとたび迷宮に潜れば、金属製の鎧と並ぶほどの防御力を持ちながら、高い伸縮性を発揮してくれる。
最後に、僕はオーグに表示されたアプリアイコンをクリックし、『ダンチャレAR』を起動する。
たちまち視界上にゲーム画面のようなバーが表示される。
冒険者ギルドが配信するアプリ、『ダンジョン・チャレンジャーズ』。通称『ダンチャレ』。冒険者として活動する上で便利な機能がこれ一つで充足する、冒険者御用立ちのアプリである。
僕が使っているのはその機能の一つ。『ステータス・プレート』だ。
ARデバイスと連携して冒険者の身体状況を自動スキャンし、『ステータス』という定量的な指標で指し示す。
この機能のおかげで、冒険者は自分の状態を常に把握できるのだ。
もっともダンジョンに入る前なので、まだ役に立たない。どのステータスバーも検知不可を指し示す灰色になっている。
準備が終わったので、更衣室を出て、選手控室に入る。他の競技ではロッカーが控室と一緒になっているのだが、ダンジョンスポーツは男女混交競技なので、更衣室と控が別である。
試合直前の選手のデータを収集するために、辺りを無作為に散策する。
選手たちは装備の確認や調整、ARのアプリを使った情報収集やイメージトレーニング、又は自販機や小店で、小道具やポーションジュースを買い足している者もいる。
武器や防具を装備したおかげで、入場列とは違って、各々、より個性的な服装をしていた。
そうこう歩いているうちに、またもや人だかりが出来ているのが見えた。様子を伺うためより近づいてみると、会話が聞こえてくる。
「ねえねえ、おねーさんが柳山未知留?」
柳山に金髪ツインテールの女が、サングラスを上げながら声をかけた。
ドレスと似た装飾が施された白銀の鎧に、腰には宝剣と小盾。騎士と姫を併せたような出で立ちである。また、髪には光輪と羽をモチーフにした髪飾りをつけている。
「ん? そうだぜっ! アタシに何か用か?」
「ぷぷぷ、あははっ。やっぱ生は違うねっ。何、その見るからに頭よわよわな顔。何、そのキモイ剣。何、そのだっさいマント。はっずかしー。あはははっ」
女は柳山のあちこちを次々に指差して、その容姿を非難した。
頭につけたゴーグルと、普段と変わらないTシャツと短パンはそうでもないが、目のついた剣と牙の生えたマントは一般的に不気味と評されるだろう。女性が嫌悪感を抱くのも不思議ではない。
「あん? いきなり何だよ」
「ああ、ごめんごめん。おねーさんがすごーく変な人だからさー、アカリついからかいたくなっちゃった」
アカリと名乗った女が、くすくすと笑う。彼女に同調するように野次馬から小さく笑い声が聞こえてきて、柳山が眉をひそめた。
「あははっ、良い顔。アカリはね。今日、おねーさんのコト、邪魔しに来たの」
アカリが柳山に詰め寄った。
「邪魔する? アタシもう受付終えたぞ?」
柳山は心底不思議そうに首を傾げた。
「あはっ、おねーさんは見た目通り、頭よわよわなんだねー。試合で嫌がらせするに決まってるじゃない」
すると、アカリは野次馬の先頭に立った。
「アカリね。ライジングカップでおねーさんをいじめたいって人、ネットで募集したんだー! そしたら、ほら、見てみてー。こんなに集まったんだよ、わー! おねーさん、嫌われ者だねー!」
アカリが笑みを浮かべると同時に、野次馬からも笑いが響く。その数、総計二十一人。参加している冒険者の住所は多様、県を跨ぐものから月帰の端に住まう者までいる。
わざわざ柳山の邪魔をするためだけに、鉄港会場にまで来たのだろう。
「みんな、このおねーさんのこと嫌いなんでしょ。溜まってる鬱憤、ここで吐き出しちゃえっ!」
アカリのその発言を号令に野次馬から非難や罵声が次々に投げかけられる。
「低能が人のこと馬鹿にして……、お前には爆発オチが似合うんだなっ!」
白衣の下に鎧をつけた男が憤慨したように柳山を指差した。
「げーっ、未踏ちゃんじゃーん。イターイ!」
「イキリが許されるのは義務教育終わるまでだよねー」
「「キャハハハハっ!」」
猫人ギャルの二人組が自らの手に口を添えながら、そう嘲笑した。
「お主の蛮行、拙者、決して許さんでゴザル。引導をくれてやるでゴザル」
忍者の服装をした男が印を結びながら、柳山をキッ、と睨んでそう言った。
「ふふっ、過ぎた熱気だったわね」
銀髪の白いドレスを着た少女がそう述べた。何を意味するか不明である。
矢継ぎ早に非難は続く。柳山は口を抑え、顔を下に向けた。僕の側からは表情が見えなくなってしまう。
そんな状態の彼女にアカリは更なる追撃をかけた。
「あははははははっ、あれあれー、もしかして、言葉だけで心折れちゃった? ダンジョンに入る前にリタイアしちゃう? なっさけなーいっ! 本物の冒険者ちゃんはどうしちゃったんだろー。ま、せっかくここまで来たんだし、参加だけでもしようよ? おねーさんが土下座したくなるまで、たっぷりと、いじめてあげるから、さ」
僕は群衆をかき分けながら進み始めた。
「ちょ、ちょっと、なんですか貴方っ!」
途中声を掛けられたが無視して、僕はツインテールの女の前に出た。
「おにーさーん、今お話し中なんだけど。アカリの邪魔しないで欲しいな。 あ、まさか、そのおねーさんを庇うつもり? 嘘でしょ? そんな頭よわよわでだっさだっさな人……」
「芸名、天道アカリ。経歴八年のメスガキ富豪系インフルエンサー。チャンネル登録者3120923人。本名、前原・S・深月。年齢二十七歳。三つ年の違う妹、前原・S・光も同じく、天道ヒカリという芸名でインフルエンサー活動を行っている。年収は132042215クレジット。趣味は嫌がらせや暴露だと称しているが、実際には」
「ちょっと待ったああああああああああああ!」




