ep1-1.データは全てを解決する!
——ライフログ | 2070/1/7
ライジングカップは、今年も例年通りの賑わいを見せていた。見下ろした先にあるのは雑多な人々が次々に会場の一つ、『鉄港ラビリンス』の前で、長蛇の列を成している様子だ。
観客用と参加者用に並ぶ列は分かれているが、彼らの装いや年齢層は広く、構成者におおむねさしたる違いはない。長さまで同じであれば、どちらに並ぶか混同したであろう。
さて、僕がライジングカップ出場のため、鉄港ラビリンスに来たのには、二つ目的がある。
一つは僕の実力を周知させること。
ライジングカップの様子は冒険者連盟公式チャンネルより、実況付きで生配信される。
ここで記録を残せば、僕の実力は広く全国に知れ渡ることになるだろう。
そうすれば、パーティーに良いメンバーを誘致するのがぐんと楽になる。
なぜ、パーティーを組む必要があるのかと言えば、未踏冒険者になるのに必要だからだ。
未踏冒険者資格の受験要件はSランク冒険者であることだ。
そして、Sランクまでの道のりでは、パーティーで挙げた実績のみ評価される。
いくら能力があったとしても、ソロではAランクまでが限界というわけだ。
二つ目の目的は、柳山未知留へのパーティー勧誘だ。
柳山未知留。配信で宣言した通り、彼女の目的は未踏冒険者を目指すこと。実力も申し分ない。レベル99でAランクに昇格したうえ、他にも目覚ましい実績を上げている。
例えば、Bランクの時点で、四つものAランクダンジョンに、しかもソロでの踏破実績がある。
通常、Cランク以上の迷宮攻略には、同ランク帯の冒険者で組まれたパーティーを必要とする。
Aランクダンジョンの攻略には、Aランクパーティーを結成して挑むのが普通だ。
だが、彼女は一つ上のランクの迷宮にソロで乗り込み、攻略した。それも四度もだ。比類する実績を上げている冒険者は全体の0.023%のみである。
いったいどうすれば、ここまで輝かしい成果を残せるのかご教授願いたいくらいだ。
先日の配信で彼女はライジングカップに参加すると宣言した。
柳山の住まいは僕と同じく鉄港市にある。『鉄港ラビリンス』に向かえば、大会に出場しに来た彼女に、92.32%の確率で遭遇できると予測が出た。
前述した二つの目的を果たすことで、僕は最も効率的に未踏冒険者へと近づけるだろう。
大会が始まれば会話の余裕はなく、終われば遭遇する機会を逃す可能性がある。
そう考え、参加者受付締め切り時刻、2時間13分41秒前から、僕は鉄港ラビリンスの入り口の屋根に上ってその縁に潜み、そこから来場者をひとりひとり確認していた。
勿論、目視では確認に限界があるので、眼鏡に映った光景をAIにも共有し、捜索してもらう。
しかし、その後、2時間1分経っても、柳山は現れなかった。
あと受付締め切りまで16分41秒だ。
この頃になると、並ぶ人数はかなり減少してきた。列にさえ並べれば参加できるので、まだかなり余裕はある。
ただ、彼女は過去、大会において、終了時刻より平均し28分58秒前ほどには受付を済ましている。何かのトラブルに巻き込まれたか、或いは直前になって不参加を決意したのだろうか。
そう憂慮した矢先、遠くに何やら人だかりが出来ているのが見えた。
顔が見えた人物を幾人かデータと照合して身分を特定すると、彼、彼女らは記者や時事系インフルエンサーだと分かった。
他に注目を集めそうな、冒険者系インフルエンサーは既に受付を済ましている。
あの人だかりの中心にいるのが、柳山未知留と見て間違いなさそうだ。
先日、炎上した柳山は渦中の人だ。良くも悪くも注目されている。取材やインタビューを通じて、コンテンツのネタを作りたい者は数多い。
彼らが障害となったため、柳山はここに来るまで余計に時間を食ったのだろう。
発見はできた。障害は多いが、今は一刻も柳山に接触したい。無理にでもあそこに踏み込むべきだろう。
人だかりが適切な位置に近づくギリギリのタイミングを見計らい、助走をつける。
屋根の縁で跳躍し、そのまま着地。受け身を取って、勢いのままに駆ける。
人だかりに接触する直前で再び跳躍し、障害を飛び越える。そのまま僅かに空いていたスペースに入り込み、柳山の前に躍り出た。
「やぁ、君が柳山未知留さん?」
「あ、え? そ、そーだけど……」
僕が問うと、3.40秒ほど遅れて柳山が返した。
「俺、電算巡って言うんだ。どうもよろしくっ」
普段の一人称は僕、だが、俺、と称したのは勿論、そちらが適切だからだ。僕の会話スキルは低い。
これまでの会話のうち95.64%が義母とのものだし、残り4.376の内訳も、店員との会話などの業務上のやり取りが92.35%を占めている。
ゆえに対応策も用意している。
『ユング・プログラム』。これは与えられた音声やこちらが提示したプロンプトに従って、AIが自動で解答を生成する、もしくは内容を自動実行してくれるアプリケーションだ。義母と僕で共同開発した。
本AIの作成には、『モノリスグループ』などに代表されるIT企業群が提供する高性能AIのアルゴリズム十六を参考にした。
一般的なAIと異なる特徴はその柔軟性。
プロンプトを入力すれば、こちらの要望に最も適したAIへと切り替わり、質の高い回答をくれる。
もちろん人との会話も例外ではない。そして、このツールを用いることで、勧誘の成功率は99.99%に跳ね上がる。
僕は柳山に腕を差し出した。友好を深める行為としてAIから推奨されたのだ。
「? お、おう……よ、よろしくな」
彼女は薄く笑いながら、僕の手を握り返した。初対面の相手に緊張する人は全体の36.478%だという。少し緊張しているのかもしれない。
それにしても、こうして対面してみてみると、驚くほどの軽装である。
冬にも関わらず、彼女は短パンに黒のタンクトップ。
荷物も大会用というより、軽く散歩に出るような最低限のものしかない。
腰につけている小さなウェストポーチ。そして、それに引っ掛けられているキーホルダーだけだ。
特にキーホルダーは見た目が特に異様で、否応なく目が惹かれた。一つは目玉が七つついた禍々しい剣、もう一つは背の部分に牙のついた破れかぶれの外套だ。
「ってか、アンタさっき屋根から飛び降りて来なかったか?」
彼女の発言と同時に、『ユング・プログラム』から次に話すべき会話の内容と身振り、そしてその解説が表示された。
解説には僕が彼女の反応の原因として考察した、初対面ゆえの緊張も言及されている。『ユング・プログラム』の良質な性能を、改めて実感した。
「そうだよ。君に会うのに、少しでも時間を短縮したかったからねっ」
「お、おう……そうか……」
柳山は変わらず困惑気味に呟いた。
「おいてめえ何邪魔してんだゴラァ」
そこで、特攻服を着た少年が僕と柳山の間に割り込んできた。
「ふむ、邪魔とはどういうことだ?」
「いや急にインタビューに割り込んで来てるだろうが」
少年がマイクを僕に突き付けると、周囲の数人が一斉に頷く。成程、どうやら彼はファンを引き連れて取材に来たようだ。
時事系インフルエンサー、特攻ニキ。本名、茨木響。芸名の通り、世間で話題になっている現場に特攻・取材し、その様子を配信する。
過激なやり方ゆえアンチも多いが、見目の良さもあって根強いファンがいるらしい。
「こちとら一時間ずーっと頼んでんだぞ。なのにお前、急にしゃしゃり出てきてどーゆーつもりだ? 喧嘩売ってんのか? ああっ?」
特攻ニキが腕まくりすると同時に、ファンたちも腕まくりした。
「いや、ストーカーしてるの間違いだろ」
柳山が溜息をついた。表情分析からして、疲労が伺えるな。しかしこのぶんでは、受付終了までずっと報道陣はつきっきりだろう。
受付終了まで、あと十二分五十三秒。せめてこの時間は柳山との一対一の交渉に充てたい。
特攻ニキ、そしてこの場に集まった記者やインフルヱンサー。彼らは邪魔だ。この場から早々に立ち去ってもらおう。
——メッセージ:速やかにこの場から立ち去ることだ | 添付ファイル:『ヤミキュア どきどきっ! デイリーライフ』#3 先輩っ! 大好きですっ!【ヒビキの実況】.m4:to 『茨城響』
「なんだこれ……。てめえどうやってっ!?」
僕は無言で彼を見返した。彼自ら削除した映像を送信したのだが、予想通り効果てきめんだったらしい。
「チッ、帰るぞ」
特攻ニキは戸惑うファンを引き連れて、その場から立ち去っていった。
——メッセージ:速やかにこの場から立ち去ることだ | 添付ファイル:ダーク・オペラハウス【歌ってみた】.m4:to 『山本麿』
——メッセージ:速やかにこの場から立ち去ることだ | 添付ファイル:お面ファイタージェイソン~最強のお面ファイターは腑抜けたファイターどもに説教する~.doc:to 『三島祐』
そのまま記者が一人、また一人と立ち去っていく。特攻ニキと同じ手段を使ったのだが、この手段は万人に効果があるらしい。何か異変を感じ取ったのか、自主的に立ち去った者もいた。
やがて人だかりは無くなり、僕と柳山だけがあとに残る。
「じゃ、話の続き、しよっか」
「え? え? そ、そうだな……」
柳山は戸惑いを見せつつも、頷いてくれた。
「で、アタシに何か用か? 手短に頼むな」
僕はより精度の高い会話を出力するため、指を軽く動かし、プロンプトを入力した。
「俺、Aランク冒険者なんだよね。んで、君と同じく未踏冒険者を目指してるんだ。だからさ、まずSランク冒険者への昇格を考えなきゃなんだよね。で、君がやってた前の配信。あれすっごく良かったよねえ。感動したよっ。だからさ、俺、君とパーティー組んでSランクへの昇格を目指したいんだけど、どう」
『ユング・プログラム』が作り出したテキストを読み上げていく。相対する柳山の表情は最初、緩んだが、以後段々と険しくなっていった。
「アンタ……、人に話しかけといてどこ見てんだよ?」
『ユング・プログラム』から提案されたテキストを全て読み終えると、彼女は僕に詰め寄ってきた。
僕と彼女との距離が近くなってきている。これは友好関係が上昇した証だな。
人はみな、パーソナルスペースを持つ。ある学者によれば親子・恋人など、特に親しい間柄同士にのみ許される対人距離は45cm以下だという。
柳山は自ら45cmどころか22.25cmほどの距離に自ら踏み込んできた。つまり、彼女は僕の事を親子・恋人に匹敵する、もしくはそれ以上の関係性だと認めていることになる。
予想外の結果だが、素晴らしい成果だ。なぜか彼女は僕を睨んでいるが、これは彼女なりの友情表現だろう。
「だいたい君の目の21.46度上かな」
「ああ? アンタ人の話聞いてんのか?」
『ユング・プログラム』が提示する会話をさらに読み上げていくと、彼女の表情がより険しくなる。更なる好感度の上昇に喜んでいた時、その凶行は起こった。
柳山が僕の眼鏡を奪い取ったのだ。あまりに突然の事で、僕は呆気に取られ、見ていることしか出来なかった。
「やっぱりか……。台本用意してたんだな」
柳山は僕の眼鏡を覗き込みながら、溜息をつく。
「いいか、おい。人と話すときはちゃんと相手の目を見て話せよ。オーグもちゃんとオフにしてな。親から習わなかったのか?」
柳山はたった今、凶行を成したにも関わらず、平然と話を続けてくる。対する僕は未だに起きた出来事に反応が追いつかず、ただ茫然としていた。
「もうカンペ使うなんて真似やめとけよな。失礼だろってんだ」
世界が灰色に見える。彼女の言葉がまるで頭に入らない。
「んで、パーティーを組みたいんだって?」
僕は気づけば、彼女に飛びついていた。
「僕のデータを返せっ!」




