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ep0-4.未踏冒険者

 昔々、雲を貫くほど高い山にある国を、月の神を祖先とする王族が治めていました。


 ある時、月の神、ママ・キリア様は子孫の善政にいたく満足し、褒美として彼らを自らの宮殿に招待することにしました。


 やがて王族の下に一人の使者がやってきました。


 導きを受けて、宮殿のある地に赴いた王族たちはとても驚きました。なぜならそこでは、昼時であっても空が夜闇に染まっていたからです。


 けれど、明かりを改めて持ち込む必要はありません。その地はいつだって眩い月光に照らされて、銀色に美しく輝いていました。


 王族たちが宮殿の中に入ると、召使いたちが歓迎してくれました。王族たちはまた目を丸くしました。彼らは皆、王族たちのご先祖様だったからです。


 銀や白金で出来た宝物を見せてくれたり、政に悩む者へ知恵を授けてくれたり、値千金の豪勢なご馳走を振舞ってくれたり、ご先祖様は思い思いの方法で子孫たちを三日三晩もてなしました。


 それから王族たちが国に戻ってくると、不思議な事が起こりました。王城のてっぺんが銀色に輝き始めたのです。


 実はママ・キリア様の宮殿を訪れた者達は月の加護を授かっていたのです。


 雲を貫く山にある国、インティア。その王城のてっぺんは朽ちて今なお、眩い銀色に輝きます。


 ——『インティア帝国神話』



 うっすらと霞がかった山脈が幾つも連なっている。


 そのうちとりわけ高い山の頂に、石造りの建物群が軒を連ねて街を成していた。


 街の住人は銀箔を身にまぶしたミイラだ。


 彼らが動き、互いに交流したり、畑を耕したりする様子はどこか不思議で面白い。


 空は真っ暗闇で、見上げればすぐ星々の輝きを楽しめる。ただ、空が暗いのは陽が落ちたというわけではなく、ここでは常に夜だから、らしい。


 それでも明瞭に辺りの様子が見えるのは、月光が真昼の如く、強く差し込んでいるからだろう。


 街から遠くの様子は深い暗闇に覆われていて、輪郭すら窺い知ることが出来ない。だから、街と周辺の山一帯が、ひときわ輝いて見える。まるであの街だけが月の神にでも祝福されたようだ。


「どうだ? すげえだろ?」


 父ちゃんの得意げな声に意識が引き戻される。いつもなら元気よく返事するところだが、その時だけは反射的に軽く頷くだけで返した。


 【現代の世界七大迷宮】の一つ。『老いた霊峰』。つい先日、父ちゃんのおかげでようやく攻略にこぎつけた、最高難易度に近い、元未踏迷宮。


 眼前に広がるのは、数百年の間、伝説として語り継がれてきた光景だ。


 『老いた霊峰』をモチーフにして、描かれた作品は数多い。そうした作品群は繰り返し味わっても、いつだってロマンを掻き立ててくれる。


 だけどこうして見ると、己の想像力がどれだけちっぽけなものか思い知らされる。いくら時間をかけてイメージしても、この絶景には到底及ばない気がした。


 父ちゃんは未踏冒険者だ。その役割は、未だ人類が踏破出来ていないダンジョンを、攻略すること。伝説や幻と呼ばれる地を日頃から冒険できるロマンあふれる仕事だ。


 けれど同時に、未踏冒険者とは実力のいる職だ。冒険者には誰だってなれるが、未踏に潜れるのは彼らのてっぺんに立つような奴だけだ。


 今日の冒険では、頂の一人たる父ちゃんの姿から未踏冒険者の実力を深く実感できた。


 父ちゃんは深い闇に覆われた山に躊躇なく立ち入り、駆け、跳び」、一度も遮られることなくぐんぐん進んでいった。


 対するアタシはただのお荷物だ。万が一にでも外れないよう、おんぶ紐で固定して、背負われている状態だった。


 夜目が利くわけでもないから、目の前はずっと真っ暗。肌を打つ強風と、身体に伸し掛かる重力で、相当速く動いているのはわかる。


 ちょっと怖かったし、せっかく伝説の迷宮に訪れたのに何も見えないのは嫌だった。


 そうアタシが打ち明けると、快く父ちゃんは不満に応じてくれた。彼が懐から取り出したライトで、照明が確保される。途端、物陰から何かが飛び出してくる。


 ごうっ、と風を打つ音がした。


 直後、視界に現れたのは銀色のジャガーだった。黒い斑点が点在するその身は、巨漢の父ちゃんより一回りでかい。


 けれど、既にジャガーは気絶していた。


 気を失ったジャガーが地に崩れる。それを号令に四方八方からジャガーが姿を現した。唸り声を響かせると共に黒い牙を口から覗かせ、こちらを威嚇している。


 銀の光が二つ、三つと、幾つも走る。風を打つ音が二つ、三つと、幾つも続く。瞬きする間に、アタシたちを襲撃せんとしたジャガーは全員が意識を失い、地に伏していた。


「ちっとビビらせちまったか? お、案外、大丈夫そうだな」


 安心させるように、アタシの頭を摩りながら父ちゃんが聞いてくる。その間にもジャガーは、姿を見せると同時に気絶していた。


 戦闘の様子が一切見えなかった。父ちゃんの動きもジャガーの攻撃も。


 アタシの目にはジャガーが勝手に倒れているようにしか見えなかった。超能力でも使ったかのように。


 おんぶされて、父ちゃんとほぼ同じ目線で見ているから、なおのこと、眼前の光景は不自然に感じる。


 僅かに身体に響く揺れと、父ちゃんが突き出した張り手だけが、戦闘を証明していた。


「ま、何があっても問題ねえし、安心してみてろよ」


 実際、その通りだった。モンスターは出現するそばから気絶し、落石が起きてもアタシたちに届く頃には砂粒にまで砕かれていた。


 崖が立ち塞がったとしても、ひととびで乗り越え、或いは崖を走って上って見せた。


 いかなる障害も父は軽く乗り越え、『老いた霊峰』の頂点に辿り着いた。


 アタシだったら、挑む間もなく弾かれてしまう困難をいとも簡単に。


「アタシも父ちゃんみたいな、冒険者になれるかな」


 『老いた霊峰』の街並みを眺めるうちに、ふとそんな呟きがアタシから漏れた。


「がははっ、なれるさ。お前なら、絶対な」


 使い古されたゴーグル越しに父ちゃんと目が合った。穏やかで優しい瞳だ。ずっと、この目でアタシを見ていて欲しい。昔のアタシはそう思っていた。


 ぽん、と、父ちゃんの手がアタシの頭の上に置かれる。ごつごつとした掌から、ほんのりと温かさが伝わって、頬が自然と緩んだ。


「えへへ、本当?」

「勿論だぜ! 頑張れよ、未知留」


 わしわしと、優しく頭を撫でられる。マメで角ばったところがちっぴり痛いけれど、アタシはその感触が大好きだった。


 これは父ちゃんが初めてアタシを、彼の冒険に連れて行ってくれた日のこと。この日の記憶を、アタシは生涯忘れることはないだろう。




 アタシが六歳の頃、父ちゃんは失踪した。最後に確認された場所は、『裂け目』のある未踏迷宮の攻略拠点。おそらく、未踏迷宮の先にある、異世界へと向かったのだろう。


 その知らせを聞いた時、叔母さんは『渡らしいね』、と諦めたように微笑んだ。アタシもそう思う。


 側にいるのに、どこか遠くにいる。


 父ちゃんと一緒にいる時、アタシはいつもそんな感覚を覚え続けていた。だからか、姿が消えた時も、大して驚きはしなかった。


 代わりに胸を占めたのは強い孤独感。毎晩、ベッドで眠りに落ちるまで、冒険譚を聞かせてくれた父ちゃんはどこかに行ってしまった。


 だからアタシは、夜の不気味な静けさにただ耐える事しかできない。恐れを不思議で、勇敢な冒険譚で誤魔化すことができない。


 世界が突然、狭まった気がした。

 

 夜になるたび、父ちゃんが失踪した事実が、胸に深く突き刺さる。あの頃のアタシは毎晩、寂しさにわんわん泣いていたものだ。

 

 父ちゃんが旅立った先は、彼自身がよく教えてくれた夢幻の地だ。再会するには必ず、そこを目指さなきゃならない。


 アタシは父ちゃんの背を追って、未踏冒険者を目指すようになった。


 未踏までの道のりは舗装されていない。


 受験者も合格者も人数がきわめて少ない未踏への志願者には、教育する機関も教材も用意されていない。


 未踏冒険者の引退者が教室を開いている事例はあったが、それだって対象者をえり好みせず広く募っている。


 しかも、彼に事情を打ち明けて師事しようとした途端に、門前払いを受けてしまった。


 父ちゃんのつてはあてにならなかった。元パーティーメンバーからは、まだ早いと弟子入りを断られてしまった。


 他にも色々と探したけど、どれも駄目だった。


 未踏でも耐え抜ける強さを鍛えられる環境も、共に同じ目標を目指す仲間も、見つけることは出来なかった。


 だから代わりに、アタシはクランスクールを使った。


 クラン。ダンジョンスポーツにて、チームの代わりに使われる名称。ダンジョンスポーツで一番人気なのは、この『クラン』同士で雌雄を決するルールだ。


 毎年行われる、プロクラン同士で、全国一位、世界一位を目指す大会、『チャンピオンカップ』は、他のどのスポーツよりも盛り上がりをみせる。


 そして、『チャンピオンカップ』に出場するプロクランのうち幾つかは、引退した選手を講師として起用し、プロ志願の冒険者向けに学校を開いている。


 生徒の中でも才覚を認められた者は、そのままクラン入りでき、プロになれる。


 未来の冒険者育成機関。それがクランスクールだ。無論、未踏へと繋がる道ではない。それでもレベルの高い環境で鍛えられるのは確かだ。


 孤独に走って気が緩んじまうくらいだったら、プロ入りという目標を掲げる冒険者たちと切磋琢磨できる環境に身を置いた方が良いだろう。


 そう考えて、アタシはクランスクールに入った。


 冒険者の話題で盛り上がる友達ができた。

 共に日々笑い合える仲間ができた。

 目標は違えど、切磋琢磨し合えるライバルができた。


 そう思っていた。けれど、それはアタシの勘違いだった。


 友達は、仲間は、ライバルは、前に進もうとすればするほど、一人、また一人と消えていった。


 曰く、仲間が疲れて帰りたがっているのに、勝手に前に進もうとするのは薄情だと。

 曰く、結局は遊びでしかないのだから、痛い思いも辛い思いもしたくないのだと。

 曰く、未踏なんて挑むつもりはないのに、価値観を押し付けてくるな、と。

 曰く、冒険者は周りを楽しませてこそ、だと。未踏を自分勝手に目指す奴らなんて、冒険者じゃない、と。


 新しく仲間ができても、価値観の相違で歪みが生まれて、やがて別れる。目標を高く持ってる奴らも、アタシが進む道には必ず根を上げるか、唾を吐いた。


 そうやって繰り返し拒絶され続けて気づいた。


 アタシの居場所はここにはないのだ、と。アタシはここにいても、『冒険者』になれないのだ、と。


『あの道じゃあ呪毒に腕蝕まれちまってな。どうにか毒の回りは遅くできたんだが、魔法も薬草も効かねえし、死にそうになるくれーいてえしで、そりゃ酷いもんだったぜ』

『ほえー、よく生き延びれたなーそれ』

『どうしようなかったから腕ぶった切ったけどな。そっからしばらくは呪いのせいで再生できねえわ、敵はわらわら出てくるわ。また呪毒ばら撒いてくるわで散々だったぜ』


 父ちゃんが聞かせてくれた冒険譚は、決して華麗なものじゃなかった。未踏への道にはいつだって身を焦がすような苦難が伴い続ける。


 一つ乗り越えたと思えば、二つ、三つと理不尽が襲ってくるのが日常茶飯事。

 

 前も見えないくらいの荒波に必死で足掻き続けた末に、ふと夢見ていた目的地に辿り着く。

 

 踏破の瞬間は張り詰めた糸が切れるようなもので、感動よりも安堵が先に来る。


 冒険とはそういうものらしい。けれど、それだけ酷い目に遭ったのに、父ちゃんはいつだって笑い交じりに冒険譚を語っていた。


 そんな彼でさえ、かつてはゴブリンを倒すのにさえ苦労したのだという。


 父ちゃんが未踏迷宮の障害ですら容易に飛び越えられるようになったのは、立ちはだかる苦難を幾つも乗り越えてきたからだろう。


 あそこにいたのは、苦難を厭う奴らばかりだった。成長の為の苦労なら喜んで受け入れるって奴も、予想し得る、管理できる苦労を好んでいた。


 時代が違えば、冒険者なんて名乗れないような奴らばかりだった。


 アタシはクランスクールを飛び出すように辞めた。


 それ以来、アタシは世界に拒絶反応を示すようになっていった。


 RPGゲームのように、冒険者の能力を数値で測定するステータス。


 攻略タイムや討伐数、宝物の良し悪しを基準として冒険を評価づけるスコア。


 攻略の報酬として期待されるのは、まだ見ぬ景色じゃなく、迷宮関連の商品で使えるクーポンや商品券、ランク昇格の記念品。


 そして、プロとしての、実力者としての名声と人気。


 人工甘味料入りの、炭酸飲料となったポーション。

 伴って当然の苦痛を麻痺させて冒険に挑む冒険者たち。

 死んでも怪我をしても外に出れば、一切が元通りになるダンジョン。


 今まで当たり前のように受け入れていたことが、どんどん不気味に見えるようになっていく。


 ダンジョンスポーツ選手の名前は誰でも知っているのに、異世界からの帰還という偉業を成した父ちゃんは話題にすら上がらない。


 冒険者は未知のロマンに心を躍らせるのではなく、Sランクだとか、プロだとか、既知の枠組みのてっぺんに立つことを夢見る。


 或いは手垢でベタベタになったような迷宮で、ただ遊ぶだけで満足する。


 クランスクールでの三年間を経て、アタシはようやく知ったのだ。


 世界から本物の『冒険』は既に失われてしまったのだ、と。かつて存在した『冒険者』は既に消えてしまったのだ、と。


 アタシは悔しかった。


 父ちゃんが成した『冒険』よりも、選手が出した『記録』が評価されることが。


 アタシは嫌だった。


 父ちゃんがアタシに残してくれた本物の『冒険』の代わりに偽物が我が物顔で闊歩している現状が。


「アンタらがやってるのは、冒険じゃない。アンタらなんか冒険者じゃない」


 ならば、アタシは世界に挑戦しよう。


「そんなの、冒険者失格に決まってる」


 アタシが世界に魅せてやろう。


「アタシの目指す冒険が、アンタらの生温いスポーツと比べて、ずっと凄いんだって、証明してやる」


 奴らに打ち勝てばきっと、真の『冒険』を誰もが知ってくれるはずだから。






「俺、Aランク冒険者なんだよね。んで、君と同じく未踏冒険者を目指してるんだ。だからさ、まずSランク冒険者への昇格を考えなきゃなんだよね。で、君がやってた前の配信。あれすっごく良かったよねえ。感動したよっ。だからさ、俺、君とパーティー組んでSランクへの昇格を目指したいんだけど、どう」


 眼鏡をかけた変な髪をした男がまくし立ててくる。まるで質の悪い読み上げソフトのように、声には抑揚も感情も乗っていない。


 話す言葉は陽気な人間のそれだが、貼り付けたような笑みを浮かべていて、どこか噛み合っていない。


 瞳にいたってはアタシの目と合っていない。ずっとアタシの額の位置に向けられていた。


 この奇妙な男が未踏への旅路を共にする最高の相棒になるとは、その時のアタシは思ってもいなかった。


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