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ep2-1.蜂の不幸は蜜の味

 僕の朝は速い。朝四時二十四分五十一秒から僕の一日が始まる。

 

 二十四時間営業以外のダンジョンで、朝の時間帯に運営しているのが、44.68%、昼間には92.24%、夜間には33.06%が運営している。

 

 朝、昼、夜、それぞれの時間帯ブロックのみに運営するダンジョンを考えても、やはり、朝、昼が、夜の割合を上回る。

 

 つまり、朝から夕方にかけては運営しているダンジョン数が最も多くなるのだ。故に、朝早く起床することで探索できるダンジョンの選択肢を増やすことが出来る。

 

 他にも多くのメリットがあるのだが、先程の説明の22.534倍の文字を説明に要するので、ここでは割愛しよう。

 

 さて、僕が起きて始めにやることは収集しているデータの整理だ。

 

 ARディスプレイを起動する。プログラムが昨夜追加したデータに目を通し、更新された内容を頭に焼きつける。


「ゴブリンが戦闘中に屁を漏らす確率0.21%……。サキュバスが接吻攻撃をする確率……、24.19%……」

 

 データは今この瞬間も積み重なり、更新されている。新しいデータほど、正確に現実を反映する。記憶するデータの更新は、欠かしてはならない習慣だ。

 

 五時二分三十四秒。この時間から僕は朝のトレーニングを始める。腕立て、腹筋、スクワット、それぞれ132回、213回、324回。そして外にて100.00%の速さでのランニング5.10km。

 

 ランニングから帰ってきたら、次は武器の練習だ。玄関に置かれた【サイバネティック・バヨネット】のレプリカを手に取り、ダミー人形や射撃用の的が置かれた庭に出る。

 

 素振り267回、BB弾での射撃練習210回、そしてダミー人形を使った戦闘練習。一通りメニューをこなしたら切り上げ、最後はダンジョン探索だ。

 

 部屋に戻って地下室に降り、ダンジョンゲートを潜ると、トレーニング器具や設備が一通り揃えられた部屋があった。

 

 器具を用いず、先程と全く同じトレーニングメニューを繰り返す。ダンジョンで得られる力を充分に駆使して、より速く、同じ回数をこなす。

 

 一連のトレーニングには二つ、効果がある。

 

 一つは基礎体力の向上だ。ダンジョンでは誰でも超人になれるため、一見、現実でのトレーニングは必要ないように思える。しかし、ダンジョンでの強化は個人の身体能力をベースとするため、実力をつけるにはダンジョン外でも鍛えておく必要があるのだ。

 

 二つ目はDCDの予防だ。Dungeon Confused Disease。略してDCD。認知障害の一種だ。

 

 症状は現実とダンジョンの区別が難しくなり、日常生活に支障をきたすこと。

 

 ゲームなどと異なり、ダンジョンでは現実離れした体験を、何かを介すことなく、そのままの自分で得られる。だからこそ、混同してしまいやすい。対処法は現実とダンジョンを明確に区別するきっかけを作ること。

 

 一般的に推奨される方法は、ダンジョンと現実で全く同じ動きをすること。こうすることで、それぞれの身体感覚を身に覚えさせ、明確に両者を区別できるようになるのだ。

 

 ——メッセージ:巡ちゃん。朝食の用意が出来ました。:from user:『メアリー』

 六時二十三分五十二秒。いつも通りの時間にメアリーが僕を呼び出す。同時に僕のトレーニングメニューも終わり、自家用ダンジョンから出る。

 

 飛び込むように窓から家へと入り、10.892秒で効率的に手洗いとうがいを済ませた。


 リビングに戻ると、朝食が並べられたテーブルの側にメイド服の女性が控えていた。こちらを認めると、ぐいっと眼鏡を押し上げる。

 

「おはようございます。巡ちゃん」

「ああ、おはよう、メアリー」

 

 彼女は無表情のまま僕に挨拶した。

 

 メアリー。僕の義母だ。器用で、料理家事洗濯のみならず車、トラック、ボート、ヘリの運転、資産運用、データ収集、ハッキング、脱税、何でも卒なくこなせる。

 

 僕はテーブルに腰を下ろす。並べられた朝食を見て思う。やはりメアリーの料理こそ至高だ、と。

 

 彼女の料理はあらゆる面において完璧である。味や匂いはもちろんのこと、栄養バランスも良い、そして食べやすさにも配慮されている。


 他の要素を一切犠牲にせず、食事を最も素早く食べられるメニューにされているのだ。やはりメアリーの料理に勝てるものはない。

 

 味が良く、食欲が刺激される工夫が凝らされているため、あっという間に僕は食べ終わってしまった。メアリーに感謝するため、僕は手を合わせて頭を下げる。

 

「メアリー、今日も美味しかったぞ。ごちそうさま」

「巡ちゃん、本日の料理の点数はどうでした」

 

 メアリーはいつものように、僕の感謝には反応せず、そう訊いた。

 

「39825413.34点だ」

「昨日の評価よりも点数上昇率が0.01%上昇しています。今後も精進いたします」

 

 メアリーの料理は日々進歩している。最初の評価、100点から今日に至るまで、点数も点数上昇率も下がったことは一度としてなかった。一般的にはあり得ない数値を叩き出しているのは、彼女の努力の賜物である。

 

 ——通知:訪問客『柳山未知留』がインターホンを押しました。ステータスを確認しますか? (はい / いいえ)

 

 六時二十九分四十九秒。約束の時間より十一秒速く、未知留が訪ねてきた。

 

「メアリー、案内を頼む」

「承知しました。巡ちゃん」

 

 僕は二階に上がり、23.23秒で今日使用するデータを一通り用意する。

 

  僕が準備し終わると同時に、ドアが開いた。

 

「巡ちゃん、お客様をご案内しました」

 

 メアリーが未知留を連れて、部屋に入ってきた。

 

「ご苦労、メアリー」

 

 労うと、彼女は一礼した。メアリーが部屋を出ると、未知留は不満そうな顔を僕に向けてきた。

 

「巡! 何してんだアンタっ! 仲間ならフツー、自分で出迎えるもんだろっ!」

「資料の準備を先にすべきだと思ったのでな」

 

 歓迎に時間を費やすよりも、話が速く進んだ方が、お互い都合がいいだろう。

 

「むー! 次からはちゃんと迎えてくれよなっ!」

「ふむ、では優先度を高く設定しておこう」


 なぜそこまで不満を持つのか不明だが、些細なことで無駄に好感度を下げる意味はない。次回からは彼女に合わせることとしよう。


「つーか、アンタの部屋、めちゃくちゃ数字あんなっ!」


 未知留に言われて、僕は改めて自分の部屋を見直す。机やベッド、棚、クローゼットといった家具に加え、それらと床や壁の端々にホログラムディスプレイが総計六十四個投影されている。サイズは大きいものから小さいものまで様々だ。


 ディスプレイには図表や映像資料が映し出されていて、それぞれ一定間隔で別のものに切り替わる。


「快適だろう?」

「え? か、快適?」

「数値や図表を常時目に入れ続ける事が出来るからな」

「ぶふっ、アンタらしいな」


 未知留は笑った。何が面白かったのか全く理解できなかった。


「あ、そうだっ! アタシ、巡に持ってきた物があるんだっ!」

 

 ぱっ、と顔を明るくさせた未知留は、懐のポーチをまさぐり、蜂蜜が詰まった小瓶を取り出した。


 珍しい事に、蜂蜜の中には十五匹のオオスズメバチが漬け込まれていた。


 日常生活で見ることはないが、データには存在する食品だ。主に一部の養蜂家が販売している。一見して有害に見えるが、死亡事例は存在しない。食すことそのもので致命的な事態には陥らないだろう。


「へへん、アタシお手製オオスズメバチ漬け蜂蜜だぜっ!」


 彼女が取り出した瓶を、ひとしきり眺めてみる。ふむ、やはり重要な事柄が書いていないな。


「未知留、この蜂蜜の成分量表示はどこにある?」

 

 ラベルやシールが貼られている訳でも、QRコードがついている訳でもない。事前に彼女が剥がしてしまったのだろうか?


「え? んなのねーぞ。だってアタシの手作りだもん」

 

 では、食べる前に、成分量を検査する必要があるな。結果をもとに改めて食事計画を組みなおそう。


 僕が蜂蜜を受け取ろうとした時、彼女は既に瓶を空けていた。


「おっし! 食うぞっ!」


 未知留は瓶から蜂蜜に漬けられたオオスズメバチを一匹取り出し、差し出してくる。


「はい、これっ巡の分なっ!」


「待て、未知留。僕は成分量を把握できていない」

「健康に気ぃ遣ってんのか? 安心しなっ! アタシの蜂蜜漬けは栄養満点だぜっ!」


 未知留はなぜか胸を張って、オオスズメバチを見せつけてきた。


「健康面もそうだ。が、君の蜂蜜を食べた場合、どんな成分が摂取されるか、把握できていないのが問題だ。食べれば今後、最適な献立が組み辛」

「別にいーじゃねーかっ。うめーんだぞ、これ」


 すると、未知留は僕の分として取り出したオオスズメバチを臀部から齧り始めた。彼女は堪らないと言った様子で、頬を緩ませた。


 未知留が蜂蜜漬けを堪能している様子を眺めていると、突如、彼女は僕に飛び掛かってきた。


 馬乗りになって僕を抑えつけ、オオスズメバチを僕の口に入れようとする。


「ほらっ! アンタも食えっ!」

「待て未知留。把握できない変数を入れれば、食事計画の調整は非常に難しくなる。せめて成分の分析・検査を」

「一口だけでも食えっ! 触覚だけで良いからっ!」


 未知留は僕の口に指を突っ込み、無理矢理開かせる。彼女の腕を両手でどけようとするも、敵わない。なんという腕力だ。


 蜂は僕の口元まで近づき、滴り落ちた蜜が僕の顎を伝っていった。喋ることも、身動きも取れない。万策尽きたか。


 諦めて蜂を口に入れようとした時、下の階から轟音が響いた。


「ななな、なんだ?」


 未知留の視線が反れる。ドアが激しく開け放たれ、メアリーが部屋に入ってきた。収納していた武器を展開し、臨戦態勢に入っている。身体の端々から生えた銃口を四つと、両手両足についたブレードを未知留に向けていた。


「巡ちゃん、救援に参りました。彼女を排除してよろしいでしょうか?」


 メアリーは未知留の喉元にブレードを突き付ける。未知留は僕の口から指を引き抜き、その刃に軽く触れる。彼女の指先から血の粒が滴り落ちていった。


「え? ガ、ガチモンの剣? な、何? アタシ殺されんの?」

「待て、待つんだ! メアリー。僕は何も問題ない!」


 一歩間違えれば未知留に危害が加えられてしまう。というのに口から飛び出た言葉は、あまりに雑なものだった。より適切な言葉があったかもしれないのに。


「そうですか」


 メアリーの身体が変形する。銃口と、ブレードを収納した彼女は下の階へと戻っていった。


「び、びっくりしたー……」


 未知留はその場にへたり込む。彼女の行動を阻害するにしても、メアリーのやり方は度が過ぎている。しかし、メアリーの事だ。何か考えがあるのだろう。後でより詳細に伺っておくべきだな。


「未知留、蜂を渡してくれ。一口だけ貰おう」

 

 好ましい選択ではないが、仕方がない。後で蜂蜜を貰って検査し、そこから成分量を推測しよう。万が一、不調になってもダンジョンを使えば良い。


「本当かっ! おっし、じゃ頭から食えよ。一番うめーから」


 未知留が蜂を頭から差し出してくる。僕は躊躇することなく、その頭蓋を齧り取り、咀嚼し、嚥下する。


「ふむ、95.21点の味だ」

「おっしゃっ! 食ってよかったろ!? また持って来てやっからなっ!」


 僕が点数を言うと、未知留は手を上げて喜んだ。


「ちなみに最高点は39825413.34点だ」

 補足を入れると、未知留の動きが途端に止まった。笑顔も消え、さっきまでの不満顔に戻る。


「……もう持ってきてやんねーからな」 

「そうか」

「そうか、って、なんでこの美味さが分かんねーんだ」


 そう言うと、未知留は腰につけたアクセサリーを持ち上げた。口がついた破れかぶれのマントだ。彼女はそのマントに蜂を食わせた。

 

 咀嚼音が響く。マントは食事しているかのように口を動かし、裾を広げたり閉じたりしてみせる。


 あのマントは、ユニークギアだ。略称、UG。ダンジョンから算出された装備や小道具をポータブルギアに加工したものだ。


 普通のポータブルギアが消費者のニーズに合わせて開発されるのに対し、UG(ユニークギア)はそうではない。


 性能はピーキーであるものが多く、規格に沿ったギアよりも実用性は低い傾向がある。


 故にコレクターからは人気があるが、冒険者からはあまり好まれない。事実、大会でのUGの使用率は7.25%しかない。


 しかしやはり珍しいな。意思と生体組織を持ったマントとは。


 未知留は次に、剣に蜂蜜を四滴ほど垂らして見せる。剣は何かを思ったのか、目玉をぐるぐると回し始めた。 


「ガブ、エル、美味いかーっ! へへっ、そうだよなっ!」


 未知留はユニークギアが蜂蜜に反応する様子を眺めて、喜んでいた。どうやって感情を読み取っているかは不明だ。データに存在しない。後々、詳しく尋ねるべきだろう。


「さて、未知留。今日の本題に入ろう」

「む、ま、そだな。話し合うか」


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