ep1-7.炮烙:第四層:世紀の爆弾魔
——【炮烙】:ライジングカップ:第四層
唐獅子と似た、白い毛に身を包んだ獣、【狻猊】。それは唸り声と共に全身から白い霧を噴き出した。
霧を浴びた冒険者は動きが緩慢になり、表情からもまた戦意や意欲が解けていく。
炎が飛び交う空間であることを忘れ、夢現に囚われたが如く、辺りを彷徨う。
「あっ」
怪盗少女、摩天が意識を取り戻したのは、脚を踏み外し、溶岩へと沈んでいく最中であった。
同様に他の冒険者も炎に包まれ、【畢方】に火矢で貫かれ、【狻猊】に身を引き裂かれて、ようやく現に立ち返る。致命傷を負って、ようやく、だ。
——スキル:【フェイタル・ショット】
脳天を魔弾に貫かれた【狻猊】が、粒子になって崩れていく。霧の主は打ち倒したが、未だ霧そのものには効力がある。僕は霧とのマージンを取りつつ、陸地から陸地へと飛び移っていく。
不用意に近づけば、他の冒険者の二の舞だ。【強制安堵】状態となり、自らの行動すらも制御できなくなる。
状態異常の耐性値、RES値の評価がEである僕は、特に霧の影響を受けやすい。
あの中に留まれるのは、2.37秒が限界だろう。今までより一層慎重さが要求されるフロアである。
【狻猊】の霧に一定の距離を取りつつ進んでいると、柳山が自ら霧に突っ込んでいくのが見えた。霧で意識がまどろまないようにか、外套についた牙に己を噛みつかせながら。
威嚇射撃で彼女に矢や手裏剣、投げナイフに、ブーメランが放たれるが、前層よりも妨害の激しさは落ちている。
天道の一団のうち八人が、霧にやられたのだ。三層でのような執拗な妨害は、もうできない。それでも忍者や猫人といった機敏な動きが出来るメンバーが、妨害のためステージを縦横無尽に奔走していた。
一方、現在、トップを走っているのは、グレイ・レイストだった。
グレイも自ら【狻猊】より漂う霧に突っ込んでいく。ただ、柳山と異なるのは、彼女が明確な対策手段を保有していることだ。
グレイの全身から黄金の光が発される。ジョブ、【神託の御子】が保有するスキル、【邪気払い】の効用だろう。すると、彼女の周辺の霧は、みるみるうちに消滅していった。
霧を台無しにされたことに怒りを覚えたのか、【狻猊】がグレイに飛び掛かっていく。
刃物のような鋭利な黒い爪。受ければその身を寸断されるだろう。しかし、老木のような杖で、グレイは爪撃を平然と受け止めた。
杖の先端、紺碧の宝石が埋め込まれた部分に、黒い魔力が集まる。グレイが杖を振るうと、圧縮された魔力が杖から解放され、一直線に飛び出した。
レーザーのように、黒い魔力が【狻猊】の腹を貫く。【狻猊】は悲鳴を上げると、溶岩の池へと真っ逆さまに落下していった。
グレイが全身から放つ黄金の光に追われるように、凍山が、他の選手たちが続いていく。八人の選手の後に、柳山が続き、僕が続く。
唐突に、柳山の足元から赤い閃光が迸る。視界が真っ白に染まり、耳鳴りが聞こえた。衝撃と浮遊感が全身を襲い、皮膚が焼ける感覚があった。
覚えのある状況だ。予想通りであれば、このままでは僕は溶岩に落ちてしまう。
僕は銃剣のダイヤルを回し、杖へと変える。そして、出来るだけ多くの魔力を杖に込めていく。
やがて視力が戻ると、想定通りの事態が目に入り、僕は下へと魔法を放った。
——魔法:【ホーリー・ブラスター】:チャージ:12.47%
魔法の反動で少し身体が浮き上がる。稼いだ時間の間に、岩壁の出っ張った部分を掴み、どうにか己の身を陸地へと引き戻す。
僕と柳山が乗っていた場所に目を遣ると、陸地は崩れ去り、代わりに黒煙が立ちこめていた。微かに残った陸地は周囲の溶岩に容赦なく飲み込まれていく。
どうやら強力な爆発の巻き添えになってしまったらしい。
身体のあちこちには火傷や切り傷と似たエフェクトがついている。特に左腕は深いダメージを負った様子だ。表面は真っ黒に焼け焦げている上、赤黒いエフェクトが腕全体を覆っている。
僕はポーチからポーションを取り出し、左腕に振りかけた。ついでに口にも少し含んでおく。ポーションの効果は治癒ではなく、あくまで促進だ。短期的にはあまり意味がないが、最下層に辿り着く頃には傷口は塞がっていることだろう。
未だ爆煙が漂う場所を眺める。推測するに、柳山がいたのは爆心地。爆発に直撃しているはずだ。
予測では、死亡する確率は98.91%。事実、煙が晴れた陸地には、粒子化が終わったのか、死体すら見受けられなかった。
「ひひっ、ひーっひっひっひっ! 最高級の爆弾を使ったんだなっ! これでお前はおしまいなんだなっ!」
「あはっ、よくやったわっ! これでおねーさんはおしまい、後はおにーさんだけだね」
白衣の男の所業を、天道が誉め立てる声が聞こえる。天道一行の悲惨な状況を見て、彼らの動向を自然と認識外に追いやっていた己を恥じる。
あまりに重大な計算ミスだ。リスクを過小評価していなければ、こうはならなかった。不必要な重傷を負うことはなかった。優勝への難易度が17.34%も上昇することはなかった。
柳山が不本意に脱落することもなかった。
思考を打ち切り、試合に意識を戻した時、目にゴーグルをつけた少女が、僕の横を通り抜けた。
身体のあちこちを火傷が覆い尽くしていて、赤黒い部分が肌の74.83%を占めている。危篤状態にも関わらず、柳山は闘争心を燃やした笑みを絶やさなかった。
「あちっ、あちっあっちぃいいーっ!」
痛痒に呻きながらも、走り抜けていく。
「な、なんでっ、生きてんのよっ!」
よほど驚いたらしい。天道は脚を止め、目を見開いた。無理もない。彼女の生存率は1.09%しか存在しないのだから。
眼前の状況に衝撃を受け、僕自身も自然と脚を止めていたことに気づく。すぐに走り出し、攻略を再開する。
「へっ、へへっ……、こんなもんかよっ?」
「やせ我慢よっ! やりなさいっ!」
三つの手裏剣と、四つの矢、それに三本の投げナイフ。天道たちはなおも飛び道具で柳山の行動を止めようとする。
柳山は脚を緩めようとしなかった。剣を振り回し、得物を落とさんとする。しかし、極限状態だ。全てを防ぎきることは出来なかった。
手裏剣が肩に、矢が腰に、ナイフが脚に、一つずつ突き刺さる。明らかに動作が鈍る柳山を見て、天道はしたり顔を浮かべた。
それでも柳山は脚を止めようとしなかった。状態が最悪に近いのに、天道からの妨害を受けると分かっているだろうに。
柳山の選択は非合理的な選択だ。
最も良い結果を求めるなら、最低でも天道が離れるまで休憩を取ってから、走るべきだった。
そうすれば、妨害を受けずに行動出来た上、傷の回復も望めた。
柳山の行動は短期的には攻略を早めるかもしれないが、優勝する確率は下がる。途中で脱落する確率も上がる。それに、まだ試合終了まで時間がある現状、攻略を急ぐ意味もない。
彼女の選択は不適切という他ない。
なのに、なぜだろうか。
どうして間違った選択を笑顔で選び取る姿から、こうも目が離せないのだろうか。
僕は、遠巻きにこちらを見ていた【狻猊】を射撃した。
魔弾に耳を切り裂かれた【狻猊】の顔が憤怒に染まる。陸地から陸地へと飛び移り、僕の下へと接近する。
僕は予定よりも速度を上げて、100.00%の速度で走る。向かう先にいるのは天道一行。彼女らは離れ離れの陸地に、土で出来た橋を架けることで、集団での移動を可能としていた。
土の橋は、忍者の男のスキル、【忍ポー・土遁のジツ・大地】によって作っているのだろう。
一行が新しい橋を作り、渡り始める寸前、僕は彼らの前に立ちはだかった。
障害物となった僕に一行の注目が集中する。やがて、それぞれが一斉に飛び道具を放った。狙いは僕の足元。足場を破壊することで、溶岩に落とすつもりだ。
「な、何やってんのっ! や、やめなさいっ!」
天道は制止したが、既に飛び道具は放たれた後だった。飛び退くと、誘導した【狻猊】が代わりに僕のいた位置へ。七つの飛び道具が【狻猊】へ炸裂し、多量の血が流れ出た。
【狻猊】が痛みに呻き、咆哮する。これでヘイトは僕から天道一行に移った。
僕は天道一行を過小評価していた。が、優勝に響く損傷を受けた以上、評価を改めるべきだろう。これからの攻略を安全なものとするには、彼女らの戦力を減衰させておく必要がある。
天道一行は【狻猊】の対処に多大な犠牲を払っていた。押し付ければ、甚大な被害を与える事が出来るだろう。
その場から離れて前進を始め、3.49秒ほど駆ける。少し振り返ると、予想通りの事態に陥っているようだった。
天道一行の半分は夢幻に落とされ、瞳孔から光が失われている。こうなっては抗う術もない。
霧から免れた天道たちが逃げていく背後で、彼らは【狻猊】の爪に引き裂かれた。
天道一行はメンバーの大半を失った。これで僕に、柳山に、妨害を仕掛ける余裕はほぼ失われただろう。




