ep0-1.データ主義者は融通が利かない
『アンタらがやってるのは、冒険じゃない』
彼女がなぜそう言おうと考えたのか、僕には理解できなかった。
『アンタらなんか、冒険者じゃない』
彼女は多数を、僕を否定した。
『ルールがなんだ。記録がなんだ。馬鹿らしい。他人が決めた世界に潜って何が冒険だ』
多数の価値観に、僕が歩んできた道筋に異議を申し立てた。
『アタシは本物の冒険をする。本物の危険と困難に立ち向かって、乗り越えて、その先にある世界を味わってやる』
自らが生きる道こそが本物だと、多数が進む道が偽物だと、そう世界へと声高に宣言した。
メリットのない、非合理的な行動だった。敵を増やしたところで、宣戦布告したところで、彼女の目的に近づくわけではない。時間を無駄にするだけだろう。
言葉から提示される価値観は真逆。
未知に挑むことを重視する彼女と、全てを既知にすることを至上とする僕では。
冷静に振り返ってみれば、僕にとって大して魅力はなかったはずだ。結果を出しているとはいえ、自ら火の海に飛び込んでいくような彼女のやり方は、リスクが大きすぎるし、再現性が低い。
しかし僕はなぜか彼女の言葉を、より詳細に聞きたいと感じた。彼女から学ぶべきことがあると感じた。近づくべきだと判断した。知っていきたいと感じた。
その体験がどれだけ異質であったか強調するためには、僕の人生を当時の主観も込めて語る必要があるだろう。
——セットアップ:Augment Reality Creator 12:0.00%……42.64%……75.82%……100.00%
——セットアップ完了:ようこそ!『電算巡』さん!
——アプリ:メディアプレイヤー:ビデオ再生:lifelog-summary.mp
ライフログ。僕の人生を一人称視点、三人称視点の両方から記録した映像だ。
一人称視点の映像はAR端末、Augment Reality Creator 12から。三人称視点の映像は、迷彩浮遊カメラ、Silent watchから。それぞれ撮影している。
撮影は、11年8か月14日前から今日まで、24時間365日に渡って行っている。ただし、今回は簡略化のため、要所のみかいつまんだものを使用する。
冒険者として、僕が初めてダンジョンに潜った時期は、ちょうどライフログで記録を取り始めた頃だ。年齢で言えば、4.00歳の時である。
なお、最初に僕がよく利用していたのは、基本探索料無料の代わりに、アタックごとの広告視聴が要求されるダンジョンだ。
——ライフログ | 分類:ダンジョン攻略 | アタック数2 | 日付:2058/4/23 | 攻略ダンジョン:【株式会社ゴブリン】(Fランクコース)
——広告:
「ひぃ、ひぃ……あちい、つれえ……。死にそうだ……」
火山地帯の迷宮を歩く少年が、額の汗を拭う。彼は全身の所々に軽傷を負っており、
「そんな時はほらっ、これ、蜜夜ソーダっ!」
少女が缶を差し出すと、少年は中身を一気に飲んだ。すると、みるみるうちに彼が負った傷は完治した。
「うおおお! すっきりしたあああ!」
粘つく熱さとしつこい疲労を爽やかな清涼感で拭い去る。蜜夜ソーダ『とんこつラーメン』味。ポーションジュース、新発売!
——エントリーホールディングス
謳い文句と完全に矛盾する味を喧伝して、広告は終わった。
ARレンズに投影された映像が消え、視界が解放される。
閉じていたガラス張りの自動ドアが開き、側にあるカプセルマシーンと似た小型機械の口から一粒錠剤が放り出された。
鈍化剤。痛覚の麻痺や、ドーパミン放出の促進などにより、冒険中のあらゆる苦痛を和らげる薬だ。本来であれば苦難に満ちている冒険を、娯楽として昇華するためのマストアイテムである。
僕は錠剤を懐に入れて、進んだ。痛みも貴重なデータだ。取得する必要があるだろう。自動ドアの先にあったのは、さながらオフィスビルの入り口。その先は靄がかっていて、窺い知ることは出来ない。
早速、ゲートを潜ってみると、直後、全身が浮遊するような感覚に包まれる。1.04秒ほど後、僕はオフィスの廊下にいた。
「グギャッ!!」
スーツを着たゴブリンが僕を認め、ビジネスバッグから棍棒を取り出して突撃してくる。対する僕は右手に短剣を持っていたが、何もしないことを選んだ。
この時点では、僕には何もデータがなかった。どんな選択をすれば攻略に繋がるかもわからない。まずは何もしない場合に攻略できるかを確かめるべきだと思った。
ビジネスマンらしきゴブリンに、棍棒で頭を叩かれる。頭から血が流れる代わりに、緑の粒子、DE粒子が飛散した。
子供でも健全に楽しめるよう、多くのダンジョンには規制が施されている。
流血や身体の分離といった事象は、DE粒子での表現に置換され、骨や筋繊維が見えないよう、傷口は黒に赤を重ねたようなエフェクトで覆われる。
その後、どんな攻撃を受けても、僕は何もしなかった。
骨が砕ける音がしても、吐血するように口から緑の粒子を吐き出しても、視界の端に映るHPバーが赤になっても、僕は何もしなかった。
「がはっ……」
マズい。殴られているのに、どれほど痛いかが正確に測定できていない。棍棒を振る強さは毎回変わっているはずなのに、激痛に脳を支配され、痛みを順位づけることが出来ない。思考がひどく乱される。
データを取得できる機会を逃してしまった。
——通知:HPが0になりました。
悲嘆に沈んでいると、僕のHPが0になり、僕の身体と、身に着けている武器と衣服が緑の粒子となって崩れていく。勝ち誇ったゴブリンが飛び上がり、棍棒を突き上げるのを最後に、僕の意識は途切れた。
次の瞬間、僕は更衣室の中に立っていた。
このアタックでは、ダンジョンで何もしない場合、一方的に嬲り殺され、攻略は不可能だと学習した。
——ライフログ | 分類:ダンジョン攻略 | アタック数3 | 日付:2058/4/23 | 攻略ダンジョン:【株式会社ゴブリン】(Fランクコース)
戦闘で傷ついた衣類を、【クリーニング】にかけた後、僕は迷宮の入り口に戻ってきた。
自動ドアに近づくと、また広告が再生され始める。今度はどうやら武器についての広告のようだった。
——広告:
『さあ、選手の入場だ! 最強の矛の使い手、Mr.スピアァアアアアッ!』
『この矛は如何なる盾でも貫く』
Mr.スピアーが矛を手元で遊ばせた。
『対するは最硬の盾の使い手、Mrs.シィイイールドオオオオッ!』
『この盾は如何なる矛も通さないわ』
Mrs.シールドは盾を掲げた。
『試合開始だああっ! 世紀の決戦の火蓋が今、切って落とされた!』
ゴングが鳴らされると、即座に最強の矛と、最硬の盾が衝突する。直後、最硬の盾は粉々に。しかし、Mrs.シールドの元に辿り着いたのは、砕けた矛の破片のみだ。最強の矛も盾に激突すると同時に砕け散っていた。
『おおおおっと引き分けだあああああ! 最強の矛と最硬の盾、どちらも自らの意地を見せました! 今ここに最強の矛と盾が両立したああああ!』
『やるな』
『貴方もね』
Mr.スピアーとMrs.シールドが互いに握手を交わした。
——最硬の盾と最強の矛を両立できるブランド、欧冶子
欧冶子のロゴマークを表示して、広告は終わった。
成程、どうやらこの会社は武器の耐久性の低さを宣伝したいようだ。
広告が終わり、解放された僕は鈍化剤を口に放って、すぐダンジョンに入った。
痛みのデータも確保したいが、現状、計量手法がない。鈍化剤無しで探索するのは、痛みを正確に測定できる手段が手に入ってからとしよう。
廊下に現れたのは、先程のゴブリンだ。
前回のアタックと同じことをしては、攻略できないだろう。
跳躍し、棍棒を振り下ろそうとするゴブリンに、僕は一歩前に出て短剣を突き出した。
肩への鈍痛。棍棒は僕の肩を打ち据える。そして両手への衝撃。短剣はゴブリンの胸に刺さった。白いシャツの隙間から粒子が漏れてゆき、敵は甲高い悲鳴を上げた。
身体から力を抜く。さて、今回は短剣を敵の胸に刺したわけだが、この変化が攻略にどう寄与するだろうか。
僕はそのまま敵の様子を眺めた。
のたうち回る様子も、再び立ち上がる様子も、ズレたネクタイを締め直す様子も、激昂して棍棒を握りしめる様子も、それを僕に振り下ろす様子も、全部何もせず見ていた。
頭に走った痛みは針でちくりと刺された程度だった。やはり最小限まで痛みを抑えてくれるらしい。だが、ここまで痛覚が鈍ると判別は難しいだろう。
——通知:HPが0になりました。
改めて鈍化剤無しで冒険する重要性を認識したところで、僕の意識は途切れた。
このアタックでは、一回の攻撃では敵のHPを0に出来ない上、攻略できないことを学習した。
——ライフログ | 分類:ダンジョン攻略 | アタック数7 | 日付:2058/4/23 | 攻略ダンジョン:【株式会社ゴブリン】(Fランクコース)
——広告
『くっそーゴブリンにまた負けた……』
眼鏡の男が頭を摩っている。その側には、にやにやと笑みを浮かべるゴブリンがいた。
直後、その頭部が消えた。代わりに筋肉質な女性が突き出した拳が現れる。
『貴方のような軟弱で非リアで陰キャ眼鏡でいかにも人生つまらなそうな男には、ダンジョンジムがオススメよ!』
『ダ、ダンジョンジム?』
男が訊き返すと、背景がジムのそれに変わった。
『ダンジョンジムは、自分に合った最高のメニューが用意できるの。いかに貴方がどうしようもないクソ雑魚ナメクジでも、ジムなら確実にステップアップできるわ!』
『す、すごい! 早速試してみます!』
男は剣を振るった。最初はナメクジに、スライムに、ゴブリンに。彼が倒せる相手は段々と強力な敵になっていき、一か月後にはドラゴンすら葬れるようになった。
『好き!』
『抱いて!』
筋肉質になった男がどっしりとソファに腰かける。横から短髪の美少年と、長髪の美少女が抱き着いた。男は彼女らを見て、不敵に微笑んだ。
——チープ・フィットネス:一か月で貴方の人生が変わります!!! 初月契約料無料!!! 今がチャンスです!!! 人生を変えるには今しかありません!!!
30.00秒という長さゆえに、ダンジョンジムが本当に実力の向上に役立つのか、伝わってこない。一か月で効果が出ると言われても裏付けがないのでピンとこない。
せめて、データとその出所を提示してもらいたいところだ。なお、既にこの広告は二度視聴済みである。60.00秒もの時間を無駄に使わされている。
廊下に転移したところで、すぐに駆け、ゴブリンの胸に短剣を突き刺す。右胸が最も有効打になったのも、浅い傷では死なないことも確認済みだ。
故に、押し倒し、より深く、深く突き刺す。やがて息が聞こえなくなると、ゴブリンは緑の粒子となって消えていく。
——ドロップ:新卒ゴブリンのネクタイ。
後に残ったのは、薄緑色の小さなネクタイだけだった。
迷宮省の指定のルール下にあるダンジョン内で、生命体が死亡すると、DE粒子と化す。
粒子化したモンスターはダンジョンへと還っていく。そして、新しい敵やギミック、迷宮を構成するエネルギーとなる。
ゴブリンを倒した僕は、その場で停止する。何もしなかった。何もせず、辺りの様子をただ眺めていた。
127.22秒ほどの間に、何処からかゴブリンの社員たちが十三体も現れ、やがて、僕を取り囲んだ。様子を見ていると、至る所を棍棒で殴られた。抵抗せずにそのままにしていると、僕のHPはみるみるうちに減少し、0になった。
このアタックでは、ダンジョンにいる敵は一体とは限らないことを学習した。
その後、五十三回アタックしたが、結局、攻略には至らなかった。
時間効率を鑑みると、芳しい結果とは言えない。学習効率も悪い。別の手段を考案する必要がある。
僕はその日、初心者向け冒険者の動画やゴブリンの倒し方、武器の扱い方などの動画を計二十八個鑑賞し、データを収集した。
——ライフログ | 分類:ダンジョン攻略 | アタック数63 | 日付:2058/4/24 | 攻略ダンジョン:【株式会社ゴブリン】(Fランクコース)
——広告:ブロックしました!
広告を見る場合、アタックごとにタイムロスがある。広告のデータも別途手に入れたいところだが、全く同じ内容を繰り返されては意味がない。
なるべく多くの探索回数を確保するため、広告は専用のロジックを組んで、ブロックさせてもらった。
ダンジョンに入った僕はゆっくりと歩み出した。道の中央で待ち構えていたゴブリンが、まっすぐに突進してくる。やがて目と鼻の先まで接近した時、僕は少し身を引いた。
ゴブリンの棍棒が地に振り下ろされる。反動で身動きが取れない状態のゴブリンの喉に短剣を突き刺す。
ギッ、と、ゴブリンの鋭く、短い悲鳴。あとは反撃されないよう、遠くに蹴り飛ばして終わり。HPが尽きたかゴブリンは、緑の粒子となって消えていった。
これでまず一匹。悲鳴を聞きつけてか、ゴブリンの増援が廊下からやってくる。
何体も集合すれば、取り囲まれて不利になるのがオチだ。
『これ一つですべてわかる! 冒険者初心者がすべき10のこと!』でもそう言っていた。
ゆえに僕は一匹ずつやってくるゴブリンに片っ端から戦闘を挑み、着実に片付ける。用いるのは先刻同様の手法だ。
彼らは単純なようで、行動パターンは最初の一匹とそう変わらなかった。おかげで機械のように同じ動きをするだけで、楽に処理することが出来た。
ゴブリンが最後の一匹になった時、僕の胸にふと不安が過った。
新卒ゴブリンと戦えるのはこれが最後なのではないか、と。
この頃の僕にはまだ他のダンジョンのデータがなかった。そのため、もう一度、彼らと出会える確証がなかったのだ。
この迷宮の攻略に時間をかけ過ぎるのもあまり良くないだろう。となれば、今ここで新卒ゴブリンの行動パターンをなるべく多く把握しておくべきだ。
僕は短剣をしまった。ゴブリンに飛び掛かり、首をくすぐった。途端に破顔して、敵は棍棒を取り落とした。
次に僕はゴブリンの頬を思いっきり叩いた。敵は赤くなった顔を抑え、項垂れ始めた。
ふむ、反応が多彩だ。次の実験を行おうとしたとき、背後から貫かれる感覚がした。
振り返ると、そこには余裕げに笑みを浮かべるゴブリンがいた。
——ボスモンスター:【先輩ゴブリン】
その後、四度刺し貫かれ、僕は死亡した。
結局、この迷宮を攻略するのに、僕は69アタックを要した。
なお、後で分かったことだが、同年齢かつ同ランク帯の攻略までの平均必要アタック数は14アタックである。
ダンジョン(迷宮):inf:
ゲートと呼ばれる特殊な門を入り口にした異空間。
学者によれば、その存在は有史以前より確認されており、星の誕生と共に発生したという説まである。
中の構造や見た目、モンスターは時代を経るごとに多様化しており、字義の如く迷宮のようなものから、ショッピングモールのようなものまである。
人類が探索を始めたばかりの頃は、入り組んだ暗い洞窟のような形のものが一般的で、それがダンジョンという呼称の由来となっている。
近年では、娯楽施設を始めとした各種産業への転用が目覚ましく、ダンジョンという言葉を見ない日は存在しないほど。




