第6話 こんなことになるなんて聞いてません!!
「あの方が噂の.......?」
「聞いていたより幼いような...。」
私たちが会場に着いた瞬間、まわりがざわつきました。そりゃ、今までずっと社交界に顔を出さなかった、謎が多いシーヴェルト伯爵と、そこに何故か突然嫁いだルートイル侯爵令嬢。しかもお互い、15歳と16歳。なんというか、ツッコミどころ満載ですものね。
ちなみに、私と同世代の令嬢はみんな、セレスト様に釘付けです。そこまで背が高くないものの、お顔が美しいですもの。それに私と選んだ、あの王子様みたいな服...。かっこよすぎます!!正直、私みたいな人が彼の隣に並んでいいのか心配なくらいです.....。
今日は王太子殿下の婚約式なので、とても広い会場で、装飾もとても綺麗です。王国中の貴族が集まっているため、人もたくさんです。
「ミル!!久しぶりだな!!」
「兄様!!!」
聞き慣れた声がして、私は嬉しくなってすぐに振り向きました。
「元気そうで良かったよ!!心配だったんだぞ」
「3日に1回はお手紙送ってるじゃないですか」
兄様は心から心配してくれているようで、その優しさがなんだか懐かしくて、喜びが込み上げてきましたが、なぜだか少しむず痒くて素っ気ない返事をしてしまいました。
「ミル」
「セレスト様?」
「挨拶回りをしなくては行けないから、1人で行ってくるよ。君はお兄様と...」
「シーヴェルト伯爵?」
セレスト様が言い終わる前に、突然兄様が言葉を遮りました。
「君は、私の可愛くて大切な妹であるミルを置いていくのか?」
ん?兄様.........?
「ミルには、挨拶は退屈かと思いまして」
「こんな可愛い子が1人でいたらどうなるか...」
「に、兄様!!!!!」
可愛い可愛い連呼しないで.......。
周りからの視線が痛いです.........。
その後、なんとか話をまとめて、私はセレスト様と2人で挨拶まわりをしました。
「つ...つかれた...。」
挨拶が終わり、疲れきった私はテラスに出ました。王太子殿下は、急用により少し遅れるだとか...。主役なのに.....。
「飲み物です。」
テラスにあった椅子に腰掛けていると、セレスト様が飲み物を持ってきてくれました。セレスト様は椅子には座らず、テラスにもたれて飲み物を飲んでいます。
夜の涼しい風がセレスト様の綺麗な黒髪をさらりと撫でます。
こうして彼のことを見ると、本当にかっこいいです。
最初は怖かったですが、今ではそんな感情、少しもありません。普段は無表情で何を考えているのか分からないのに、突然微笑まれたらそれはそれはギャップがすごくて.......。
なんて考えながら、セレスト様が持ってきてくれた飲み物に口をつけました。これがセレスト様のお好きな飲み物なのでしょうか?私も好きになれるといいです。
「.......ん?」
この飲み物、なんだか変です。飲んだらなんだか、頭がふわぁ〜ってしてきて.........。なにこれ.......。
「ミル?!」
セレスト...様の声が.......遠くで聞こえます.......。
そこで私の記憶は途絶えました。
―――
.......はっ!!!
私、眠っていました.......?
ここはどうやら...お庭のベンチのようです。
でもベンチにしては、頭の方は柔らかい感触?がします。でも.....眠る前の記憶が全然ありません!!
頭がすごい痛いですし.....。あれ...お酒だったんでしょうか.........。
とりあえず伸びをしておこうかなと思い、私は腕を上に伸ばしました。
「いたっ」
.......ん?
腕を伸ばそうとしたら手が何かにぶつかりました。
今の...セレスト様の声.......。
「あぁ、ミル、目が覚めた?」
私の頭上からセレスト様の声が降ってきました。
私の頭上から.......?
少し考えた後、結論に至りました。
これ、膝枕ではないですか?!?!
私はものすごい勢いで起き上がり、ベンチの一番端に座りました。
「セレスト様すみません!!!私全然記憶がなくて...。挙句の果てパーティ中に眠ってしまうなんて.......!!本当にすみません!!!!」
「ミル」
「はい?」
セレスト様は真っ直ぐに私を見つめてきます。
「本当に、記憶ない?」
「本当にないですよ?!」
「そうか」
セレスト様、なぜだか安心しているようです。
「あ、あの、もしかして私、変なことしちゃったりしました…?」
恐る恐る尋ねると、セレスト様は首を横に振りました。
「大したことはなかったから、覚えてなければそれで大丈夫。」
セレスト様、いつも通りに話してるはずなのに、なぜだか違和感が.....。どこが引っかかるのか分からないまま、私はセレスト様と会話を続けました。
「そういえば、ミル。もうセスと呼んでくれないの?」
.........え?
開いた口が塞がらないです。
え、なになに?セレスト様ってこんなキャラでしたっけ...?絶対違いますよね。
「セレスト様、何を仰ってるんです?」
「さっき君が酔ってた時、セスって呼んでくれたじゃん。すごく嬉しかった。」
え、本当に怖いです。
酔った私がセスって呼んでいたことも衝撃ですし、それに大して嬉しいと思っているセレスト様にも驚きです。
「おれのこと嫌いならいいけど...。またセスって呼んで欲しいし、敬語もなくていいよ。」
「き、嫌いなんかじゃないです!!!」
「じゃあ.....。」
ストップストップ!!!!
セレスト様、本当にどうしちゃったのでしょう。
さっきまで椅子の端と端に座っていたはずが、気がつけば肩が触れるほどの距離までセレスト様が迫ってきています。あと会話の違和感の原因は敬語...!!
普段セレスト様は敬語を使われているのに、今は敬語使ってません!!それに今までは一匹狼みたいな感じで、なんでも自分でこなす方だったのに、急に甘えてこられては...。ギャップが.........!!!
でも、急に甘えて来られるとは.......。
いくら何でもパーティー中なのに...。
.......はっ!!!お酒!!!!!
そういえば、あの時、私とセレスト様、同じものを飲んでましたよね。つまり、今のセレスト様、酔ってる?!
私の方が体が小さいのもあってお酒が回るのが早かったとかでしょうか。
私はこれからどうしたらいいのですか.....?
介抱の仕方なんて知りません!!
「セレスト様...っ、離れて...ください.....。」
「ミルがセスと呼んでくれるまで離れない」
うぅ.......。どうして...どうしてこうなってしまったのですか?!
というか、今は王太子殿下の婚約式なのですよね。お庭でこんなことしていたら怒られるのではないでしょうか!でもこんな状態のセレスト様を連れて行っても恥ずかしいだけですし.....。
どうしようと考えている間もセレスト様は私に抱きついてきます。こんなに綺麗な顔をした人に抱きしめられているなんて...。心臓が何個あっても足りません!!
どれだけ考えても、この後どうすればいいのか分からず、私は考えるのを諦めました。
そして私に擦り寄ってくるセレスト様に声をかけました。
「どうしてそんなに私に愛称で呼ばれたいのですか?」
「それは...おれたちは婚約してるし.....」
そういえば、副団長が、セレスト様は習慣を大切にしたい方だと言っておられました。つまり、婚約したら愛称で呼び合うのが習慣だから、それに倣って欲しいという事なのでしょうか?とはいえ.....愛称で呼ぶのはなんというか、恥ずかしいです.......。
「もう少し、待っていただけませんか?」
「どうして?もう婚約して数ヶ月も経つよ」
「それでも...私たちはお互いのことあまり知らないじゃないですか」
これは事実です。私たちは婚約して同じ屋敷に住んでいるとはいえ、寝室は別々ですし、普段も、セレスト様は訓練で毎日のように王城へ出かけているので、ほとんど顔を合わせないのです。
だからその、少し寂しいというか、距離感が難しいというか.......。
ただの私のわがままなのですかね。