第2話 王族には逆らえませんので
ごくり。
私の名前、呼ばれませんように.........
心の中で祈りながら王太子殿下を見つめます。
「ロズウィルド侯爵令嬢。僕と婚約して頂けないでしょうか。」
よっしゃあああぁぁぁぁああ!!!
私、心の中でガッツポーズです。選ばれませんでした!!!もう帰ってよろしいでしょうか!!みんなで拍手を送りながらそんなことを考えていると、苛立ち混じりの声が響きました。
「殿下、どうして彼女なのです?わたくしではないのですか?」
先程私にちょっかいを掛けてきたラズエル伯爵令嬢です。自分が選ばれると思っていたのでしょうか?
「僕はね、僕の前でだけ猫を被っている女性が、この世で1番嫌いなんだよ。」
王太子殿下がにこりと微笑みました。
こ、こわ.........。
もしかして、そのような行動をしないかどうか確認するためにわざわざ席を外されたのですか...。
伯爵令嬢も怯えた表情をしています。
王太子殿下はそんなことはお構い無しに口を開きました。
「ルートイル侯爵令嬢。」
...え?どうして私の名前を.....?
私が不思議に思っていると、王太子殿下はさらに言葉を続けました。
「貴方にはシーヴェルト辺境伯に嫁いでもらいたい。」
「...........は?」
思わず淑女らしからぬ声が出てしまいました。なんで私...?!?!し、しかも.........。
シーヴェルト伯爵ですか?!
シーヴェルト伯爵といえば、齢16にして、王国騎士団長を務め、伯爵の地位も持つ、あの、冷血騎士。セレスト・シーヴェルト様ですか?!あの方に嫁げと?!冷静に考えると凄いですよね。私と1歳しか変わらないのに、騎士団長に伯爵だなんて。規格外にも程があると思います!
ですが、正直、王太子殿下の次に嫁ぎたくないです。だってあの方、近くで顔を見た訳ではありませんが、噂を聞く限り、なんの躊躇いもなく人を斬ってしまうとか.......。
そんな人、ぜったいに、お花を大切にしてくれません!!!!
私が結婚するかどうか、その基準はどうやら、お花を大切にするか否かだそうです。
屋敷に戻り、さっき王太子殿下に言われたことを、お父様と兄様に伝えると、それはそれは大騒ぎでした。一人娘が、残虐だとか冷血だとか言われている騎士の元に嫁げと言われたのです。仕方の無いことだとは思います。一応王太子殿下に、何故私なのですかと聞いたのですが.......。
『僕は今回のお茶会で、いいなーと思った令嬢を2人見つけて、1人を僕の婚約者に、もう1人をセレストの婚約者にしようと思ってたんだ。』
と爽やかな笑顔で返されました。元々、あの騎士様の婚約者も決めるつもりだった、と。それがたまたま私だったそうです。...本当かは分かりませんが。まぁ、私たちは王族の決定には逆らえないので、もう私の婚約は決まったも同然なのですが。
―――――――――
「お父様、お母様、ダリアル兄様、アンソニア。いってきます!」
私は笑顔で家を出発しました。
「いつでも戻ってきていいからな!」
「お手紙待ってるわ〜!」
家族は涙ぐみながらも笑顔で見送ってくれました。私も正直泣きそうですが、こんなところで弱気になってはいけません!頑張って笑顔を作り、みんなが見えなくなるまで手を振りました。
シーヴェルト伯爵領まではかなりの距離があります。窓の外を眺め、景色がどんどん変わっていくのを見て、どんどん我が家から離れているのだな...と思うと、胸が痛くなりました。
家を出る前に、シーヴェルト伯爵領について調べていたら、どうやら悪い噂ばかりではありませんでした。容姿がとても良い、仕事熱心、領民はとても幸せ。などなど。容姿については置いといて、領民が幸せということは、経済はしっかりしているということでしょうか?貴族の中には自分の利益しか考えていない人もいますが、私の嫁ぎ先は大丈夫みたいです。私は領民のみなさんが大好きです!領地なんて、領民がいなければただの土地です。統治でいちばん大切にすべきは民。そうお父様に教わりました。なので、意外と嫁ぎ先は、悪くないのかも知れません。
ちなみに、セレスト様についてもたくさん調べました。
13歳で王国騎士団入団試験に最年少で合格したそうです。その年に起きた隣国同士の戦争の援軍として派遣された特別隊選抜試験に最高成績で合格し、その戦争では素晴らしい戦果を上げ、不利な形勢を覆し、勝利へと導いたみたいです。
彼が14歳のときに騎士団による推薦により王太子殿下の近衛騎士になり、その時も、王太子殿下の護衛として活躍し、入隊時よりさらに腕を上げて行き、国王陛下にもとても気に入られましたが、15歳で、何故かは分からなかったですが、近衛騎士を引退したいと国王陛下に打診したそうです。ですが、素晴らしい剣技など、多彩な才能を持つ彼を国王陛下はどうしても手元に置いておきたかったため、伯爵と騎士団長の地位を与えたそうです。
正直意味が分かりません。
15歳の子供が伯爵に騎士団長?!?!
そんなに化け物みたいな人なんですかね.....。
ちなみに噂は、冷酷、残虐、無情。などなど.....。
今彼は16歳なのに、年相応の噂がひとつもありません...。
馬車に揺られ5日目到達です。かなり遠いのですね.......。
何時間か馬車に揺られていると、急に馬車が止まりました。着いたのかな?と思い窓の外を見ましたが、まだ道の途中です。外の景色は真っ白です。伯爵領では雪が降るそうです。私の住む侯爵領では雪が降らないので、少しどきどきしてます。初めて見る雪.....!
雪遊びとかしてみたいですわ!
ですが、馬車は止まったまましばらく動きません。時間的にはそろそろ着くはずなのに、どうしたのかな?と思い、護衛の方に声をかけようとした時、急に車体が大きく揺れました。
「お嬢様、どうやら盗賊のようです。中にいて下さい。」
護衛の方はそういうと、馬車のドアに鍵をかけました。窓から少し顔を覗かすと、20人くらいの盗賊がいました。それに対して、こちらの護衛は2人。どう考えても人数不利です!!!護衛の方は真剣に戦ってくれていますが、正直勝てると思えません。剣を交える音が、キィィンと響きます。
怖い。
私にも何か出来ないかなと、最初は思いました。でも、剣の音や、人の呻き声が聞こえると、どうしても怖くなってしまいました。それに、私が出たところで、出来ることなんて何もありません。窓の外を少し覗くと、満身創痍になった護衛の方と、10人以上の盗賊。このままでは護衛の方が.....!!でも今私が出ても足でまといになるだけですし...........。そう思いながら外を覗くと、1人の護衛に、盗賊が短剣を振り上げていました。だめ.........!!!そう思いドアを開けようとしましたが、手が震えて上手く鍵を開けられません。ガチャガチャと動かしても、ドアはビクともしてくれません。涙目になりながら外を見つめ、もうすぐで護衛に剣の先が届くと思ったときでした。
キィィィィン
剣を弾く音が響きました。
窓の外をじっと見つめると、1人の男性が、盗賊の短剣を弾き返していました。そのまま、その男性は、残った10人近くの盗賊を1人で倒してしまったのです。こんなに強い人がいるんだ.....と思い、しばらく外を眺めていましたが、私はあることに気が付き、はっとしました。
お礼言わなくちゃ.......!
私はお礼を言おうと、急いで馬車の鍵を開けようとしました。ですが.........何故か開きません。扉をよく見ると、どうやらさっきの襲撃で、馬車が強い衝撃を受け、ズレてしまったようです。つまり、非力な私では開けられないのです.......!
「どなたか、開けてくださいませんか!!」
大声を出してみたものの、この高級馬車は防音加工がされているので、外に声が聞こえません.......。昔は、秘密の話とかしてもお外には聞こえないわ!とか思って喜んでいたのに.....!こんなところで障害になるなんて!!外では、少し離れたところで、助けてくれた男性と私の護衛の方がお話をしているようです。もちろん、外の音も全然聞こえません。大人しくするしかないのですね.........。それにしても助けてくれた男性、護衛の方と並んでみるとめちゃめちゃ背が低いです。まぁ、私は145センチくらいの小柄なので、私と比べたら大きいと思いますが...。
しばらくしてから、皆さんのお話が終わったようで、馬車に向かってこられました。すると、なんと、助けてくれた男性が、何食わない顔で馬車の扉を、鍵ごとバキッと開けてしまいました。
.............怪力?
その後、婚約者様の御屋敷までこのまま馬車に乗るのかなと思っていたら、なんとそうではなく、助けてくれた男性が御屋敷まで連れていってくれるそうです。なんて親切な.......!
そうして私は、護衛の方たちにお礼を言って、その男性に着いていきました。
目の前に馬がいます。馬車はありません。まさか、馬に2人乗りでしょうか?
私、乗馬体験は無いのですが.........。
私はその男性の膝に抱えられるようにして馬に乗りました。普段体験しない速度に、不安定感、そして強い風。恐怖要素が多すぎます!!!お、降りたい.......。
少し馬で走ると、目の前に大きな御屋敷が見えてきました。とても綺麗で、少し古い感じのデザインですが、それが逆にお洒落に見えます。
道中はというと、無言。会話なし。とても気まずいです.........。とにかく、何か話しかけなければ.....!
「さっきは助けていただいてありがとうございます。」
「いえ、当然のことをしただけですから。」
「それでも、盗賊を1人で倒していく姿、とってもかっこよかったです!」
「.........ありがとうございます。」
男性は顔を背けながら答えました。その耳が少し赤いです。さっき戦っていた姿は凄かったですが、今はあまり威圧感も感じません。
「あの、お名前聞いてもよろしいですか?」
屋敷に着いたら、きっととても大きくて、目線が鋭くて、こわい伯爵が、待っているのだ。16歳の大男とか想像したくないです.....。怖い以外にあるのでしょうか.....。なので、今のうちに友達を作っておかなければ.....!と思って聞いてみたのですが.......。
「名乗り遅れてすみません。セレスト・シーヴェルトです。」
.....................は?
いや、思っていたのと違うのですが!!!え、本当にこの人が私の夫になるのですか?!?!こう、もっと、190センチくらいの大柄で、顔に凄い傷があって、何話しかけても、あぁ、とかしか言わない人ではないのですか?!?!
だってこの人、多分身長160センチ後半くらいしかないですし、顔めちゃめちゃ綺麗でなんかさわやか〜って感じですし、結構返事してくれてます!!!
本当の本当に、この方が私の夫になってくれるのでしょうか?!
そんなことを考え百面相をしていると、セレスト様が口を開きました。
「私のこと、怖くないのですか.....?」
「それは...........。」
ここに来る前はめちゃめちゃ怖かったです。でも、実際に話してみると、いい人そうだなーって印象です。
「私はセレスト様のこと、怖いと思いませんよ。」
ちゃんと声に出して本人に伝えると照れますわね!!
そして、ちらっとセレスト様の顔を見上げると.......
「っ.........。」
めちゃめちゃ、耳まで真っ赤になっておられました。
私はそんな彼の姿を見て、呆然としました。
怖いどころか、可愛くないですか?この方。
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