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百日家族  作者: 高梨愉人
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プロローグ

 アイスピック


 の、ようなもの



 こんな表現を、夕暮れ時のニュース番組やスマホのネットニュースでたまに見かける。


 待てよ。アイスピックはアイスピックでしかないし、似たようなもの、形を想起させるものなど存在するのか?


 薄暗がりのキッチンで、冷蔵庫の前に立つ兄。しずかにたたずむ覇気の無い背中を、極限まで研ぎ澄まされた鋭利な視線で睨みながら。ふとそんな妄想に浸ってしまっていた。


 そう、今まさに突き立てたかったのだ。この背中に。の、ようなものではなく。




「ついにさ。刺してしまったのだよ」


「ん? なになに?」


 トマト、ピクルスに肉厚のパテ。零れ落ちそうなほどとろけたチェダーチーズ。全てを貫くピックをひょいと引っこ抜き、包み紙にくるむ。大きな目を輝かせながら大口を開けて噛り付く美樹みきが、話半分といった感じで聞き返す。


「あの忌々しい背中にさ、アイスピックを。そしたら背中に小さな穴が空いて、怒涛のように空気が漏れて。兄は窓を突き破って飛んでいってしまったわけよ」


「お星様になってしまわれたわけね」


手についたソースをさり気なく舐めながら、バランスが崩壊しないよう器用にバンズの形を整える。勢いよく飛び出してしまったレタスをひょいとつまんで口に放り込むと、小休止とばかりにオレンジジュースを吸い込んだ。


 レジ前にずらりと並ぶ焼きたてのマフィン。厨房でパテを焼く美味しそうな音が響き渡る店内は、お昼休みのOLたちで賑わう。しかしながら、お揃いのグレーの作業着姿で向かい合う私たち二人は、明らかに浮いている。


「お星様? 違うね。あれはブラックホールのような存在かな。うっかり遭遇すると生命エネルギーを吸い取られてしまうの。ぐったりしちゃうから、なるべく関わらないようにしてるんだけど、麦茶を飲むのに出てくるんだよね。その時だけわざわざ」


気がつけばこのカフェイチ押しの”贅沢仕立てクワトロチーズバーガー”は、最後の一口を残すのみとなっていた。少しふっくらした体型の彼女は、輪郭が優しく丸みを帯びているせいか、短めのボブが可愛くてよく似合う。躊躇ちゅうちょなくパクリと放り込むと、怪訝けげんな顔をして口をつぐんだ。


「二十二にもなってニートでさ、十九で働いてる妹のスネかじるなんてね。ああやだやだ。さやが不憫だわ。ほったらかして、家出しちゃってさ。好きに生きたって罰は当たらないんじゃない?」


 私は淀んだ。アイスピックの代わりに、ストロー。小さな望遠鏡に見立てて握りしめたまま、キッチンの向こう側。果てしなく続く空の奥をぼんやりと眺めながら。


 籠の中から見とれるのは渡り鳥。風を操る旅人が、太陽に溶けて消えていく。ストローから目を離すと、きらめくような日差しがブラインド越しに瞬いて、ここのところ急激に冷え込んだ空気を優しく包んでいた。


    

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