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降り積もる灰の理想郷  作者: 螺鈿
第一章 血濡れて消えた恋心
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第九話 飛翔皇のやり方

「あの、飛翔皇様。本当に、あの……これが……?」


「富士……創増殖皇の指示だ。英雄を攻撃してもいいから戦う気にさせろと……だがやり方に関しては無指示だ!」


「な、なるほど!では本当に、やっちゃいますよ!」


 創飛翔皇、蘭堂翼。彼は四皇唯一の男性であり、そこに付け込まれていつも力仕事や荒事を他の四皇から押し付けられる。文句を言いつつも任されたことはしっかり遂行するあたり、彼の責任感の強さが伺えるというものだ。


 因みに彼の為したこと……つまり四皇になった要因の発展にあたり彼はもう必要ない。故に命がかかるような危険なこともよく押し付けられる。要するに苦労人なのだ。


 既存の文化をどう発展させたか、を評価する人類と違い、魔族の評価基準は『何かを生み出したかどうか』だ。彼は飛行機やヘリコプター等の航空技術の発展、そしてその開発に大きく貢献した。それが評価され四皇となったのだ。


「目標確認……確認……飛翔皇様!やっぱりダメです!英雄と言っても少女ですよ!?この戦力は過剰すぎます!」


「そんなことはない!あの殺気を経験してから言え!」


 カフェでの一件を四皇の実質的リーダー、創増殖皇に伝えたところ、『なんとしても戦う気にさせなさい。街一つ吹き飛ばすレベルの攻撃をしても構わないわ』と指示が来た。


 もうあの英雄と関わりたくない、と何度訴えても「黙りなさい」だの「さっさと行きなさい」だの言ってくる創増殖皇に流石にブチ切れた創飛翔皇は戦闘用ヘリ十機、爆撃機十機、完全武装の魔族軍兵士千、そしてある特級戦力二人を用意して事態に対処することにした。プロペラの回転音とエンジンの熱気、鋼鉄の黒に空が埋め尽くされている。


「【金牛】殿、近接、前衛は任せたぞ!」


「黄道聖典として、必ずや任務を完全遂行してみせよう」


 ナラーシァ曰く『怪力だけの馬鹿』、黄道聖典【金牛】。屈強な体格をした大柄な男で、全身を覆う黄金の鎧が暗いヘリの中でもよく光る。筋肉の点検をしながら答えた。


「そして牙薔薇がばら殿、遊撃と後衛を頼む!」


「……その名前変えようかなって。そう思う牙薔薇です」


 魔族国家において二年に一度行われる、最強の神秘使いを決める【大神秘乱戦】の三年連続優勝者、牙薔薇。薔薇等の花を用いた神秘使いで、非常に影が薄いのが特徴。それを活かした闇討ちを得意技としている姑息な男。


「……あ、飛翔皇殿。一つ、訂正が」


「なんですかな【金牛】殿。今更役割を放棄など……」


「【金牛】の名を明かしてはいけない、という取り決めだった。それと黄道聖典の名も。忘れてくれると助かる」


 絶句。創飛翔皇のみならず、そのヘリに乗っていた全員が絶句する。卑屈な牙薔薇でさえ絶句する。


 ライアの神罰執行室から腕利きの戦士、との紹介を受けたのがこの【金牛】だった。紹介役の男は【金牛】の名は明かさず、上手く使ってやってくれ、とだけ言い残してどこかへ去っていった。なんかかっこいいな、と思ったのは秘密だ。


 その後、自身の名を【金牛】と明かし「黄道聖典の名にかけて」が口癖だとわかった。少し頭が悪そうだが大丈夫なのか……とは思っていたが、まさかここまでとは。


 明かしてから結構な時間が経過している。少し引っかかったりとか……なかったのだろうか。馬鹿すぎやしないか?


「それでは、なんとお呼びすればいいのですかな」


「……んー……【金牛】以外に、わからん」


「全軍降下たいせーーい!!照準合わせーー!!!」


 創飛翔皇の人生哲学として、度を越した馬鹿には関わらない、というものがある。【金牛】はそのレベルだ。もう知らん。上手く使うってこういうことじゃあるまいな。


 思考を切り替えて脳を冷やし、状況を再確認する。対象、未来の英雄は現在ヤンキー青年との待ち合わせ時間まで公園で時間を潰すため街中を歩いている。無警戒状態だ。


 周囲1km以内の住民は全員避難完了している。どれだけ爆撃しても銃を乱射しても構わない。賠償は国がする。というより嫌でもさせる。たまには経済関連の問題で頭抱えてみろってんだ創増殖皇も。いつも上から指示だけしやがって。


「……と、いかん。私情が混ざった。クール、クールであれ俺……操縦席、マイクをこちらに。最終勧告をする」


 魔族軍兵士と【金牛】、牙薔薇にパラシュート降下準備をとらせ、爆撃機の操縦者には未来の英雄に照準を合わせたままロックしておくよう指示を出した。ヘリの操縦席からマイクを借り受け、未来の英雄に向けて勧告する。


 《聞こえるか、未来の英雄。これより最終……》


「名前。私の名前は渦巻鐘音。はい復唱」


 《渦巻鐘音》


「よろしい、続きを話しなさい」


 《あー……ゴホン。四皇はお前の判断を認めない方針と相成った。人類の英雄とも戦ってもらう》


「……ふーん、頭悪いのねこの時代の四皇は」


 《最終勧告だ。ここで我々の指示に従うなら手荒な真似はせん。しかし拒否するのであれば……》


「あのねえ、本当に馬鹿なの?あなた」


 ちょっと泣きそうになってマイクから顔を離す。部下の一人からハンカチを受け取り、顔面に押し付けた。


 未来の英雄……渦巻は、当然ながら空を埋め尽くすヘリや爆撃機に気付いていた。その上で無警戒状態だったのだ。創飛翔皇は、一刻も早くその意図に気付くべきだった。


「かかってきなさいっつってんのよ。わかりなさいよ」


 《……………………全軍、攻撃開始》


 火薬の匂いが街中に充満する。


 千と二つのパラシュートが上空から降下しながら銃撃を行い、渦巻を取り囲むように展開した。


 魔族軍兵士及び【金牛】、牙薔薇は四皇の一人である創位階皇が特別に作らせた対爆効果のある特殊な装甲を着用しているため、地雷源でタップダンスさえ踊れる状態。


 爆撃機が容赦のない爆弾、銃弾の雨を降らせる。


 (未来の爆撃機の半分の速度もない!)


 だが渦巻はまったく余裕の態勢だった。


 降り注ぐ攻撃の全てを受け止め、避け、たまに弾き返して降下中の兵士の頭を破裂させる。弾丸の黒、爆薬の赤に混じって、脳漿の白と鮮血の紅が降り注ぐ。


 兵士全員が降下を終える頃には、その数は三分の二にまで減らされていた。


「ほら、どんどん来なさい。逃げも隠れもしないわよ」


 事前の手筈通り、【金牛】が前に出て渦巻と直接戦闘を開始する。怪力自慢なだけあって、その拳はコンクリートをブチ抜いてその下の大地を露出させる威力がある。


 だが、【金牛】が渦巻のアッパーカットを上から押さえつけるような動きで受け止める。ただ、それだけで。


「ぬぅ……あ、ああああ!拳、俺の拳がぁ!」


「うわぁもっろ……何食べたらそんな脆くなるの……?」


 渦巻にとって、黄金の鎧など紙切れ同然だ。その下の肉体にはほんの少し期待したが……無意味だったようだ。


 戦闘の経験値が多い【金牛】は即座に方針を切り替え、戦闘ではなく渦巻を抑え込むことに徹した。頭から突撃してその細い体を抱きしめ、動けぬようホールドする。


「ん……拘束が上手いわね。変態だったりする?」


「牙……薔薇ァ!今だ、攻撃しろぉ!」


 恐るべきことに、渦巻は【金牛】に拘束されながらも自身に向かって襲い来る攻撃は全て受け流していた。銃弾も爆撃も何もかも、彼女にはかすり傷さえ与えられていない。


 だが、牙薔薇ならば。希望はまだ残されている!


「お嬢さん……“涙を流して”死になさい……」


 牙薔薇の神秘により出現した黒薔薇が渦巻の視界を埋めつくした。美しい光景だが、その花粉に含まれている効果は催涙、催眠。常人ならひと吸いで致死量となる。


 だが、牙薔薇は判断を誤った。


 その英雄に、涙を流させてはならない。


「なんで涙が……って、ああ。そういうこと」


 渦巻も催涙効果に気付いたが、もう遅い。彼女自身の意思が拒否しようと、その神秘は対象を殺すまで止まらない。


 牙薔薇の流儀。強き戦士には無音の死を。そして美しき戦士には涙の死を。戦場に生きる者として尊敬する、とまで言われたことのある流儀だが……今回ばかりは、仇となる。


 七人の翼の生えた騎士が顕現した。


「もう知らない。私、もう何もしないからね」


 騎士の一人が両手に持った大盾を振るう。牙薔薇が投擲していた毒ナイフは純白の巨盾に阻まれて地に落ちた。


 大剣を持った騎士二人が、【金牛】の背を何度も切り裂き刺し貫き、鮮血を散らしていく。耐久力にも自信のある【金牛】は何とか渦巻を拘束したまま耐えるが……


「ぐっ……おお……あ……ぁ…………」


 背中の肉がこそげ落ち、骨が露出。内臓がひき肉になるまで斬撃を浴びせられ、苦悶の表情を浮かべながら死んだ。


 無謀にもナラーシァに勝てると思い上がった【双魚】とは違い、入念な準備と計画、そして彼とは違う“数”を用いた上での勝負だったが、同じように死んでいく。


 英雄を殺せるのは英雄だけだ。【双魚】が同じような準備をして挑んだ所で、待ち受けていたのは一方的な鏖殺。それほどまでに彼とナラーシァの実力には開きがあった。彼は、英雄神話さえ使われずに殺されたのだから。


「……私の切り札、英雄創世【最後の騎士】。泣くことで発動、涙の原因排除を完了するまで止まらない七人の騎士を召喚する神秘……未来で、最後まで残った神秘」


 黄道聖典はその全員が人類。神秘はない、異能もライアの遺失物を使う頭もない【金牛】では、何にせよ勝ち目のない戦いだった。彼の決死の覚悟は徒労に終わる。


 ヘリの中から、創飛翔皇はその光景を見つめていた。【金牛】が殺され、騎士により魔族軍兵士も次々と殺されていっている。牙薔薇も……兵士と同じように、首を刎ねられた上で胴体をすり潰されて死んだ。ただの肉片と化したのだ。


 最早、一片の希望すら残されていなかった。


「早い決着だったわね。……あら、上空の皆さんは敵と判定されなかったみたい……良かったわね、生き残れて」


 地上の兵士を殺し尽くした段階で騎士は消えた。創飛翔皇たちは、騎士の気まぐれで生かされたに等しい。


 元から勝ち目などない、絶望塗れの戦いだったのだ。創増殖皇の指示、“戦ってでも”という判断が既に間違いだった。今を生きる者は、どう足掻いても英雄に勝てない。


「じゃ、そういうことで。他の英雄でも呼ぶことね」


 渦巻が学校に向かって歩いていく。


 空気を裂くプロペラの音が、いつまでも、いつまでも。拭えぬ恐怖と絶望と共に大気を揺らしていた。

ご拝読いただきありがとうございました。

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