第八話 私は美珀だよ
「あー……つまり……お前の神秘を使って何とか逃げ延びたってことか?確かに神秘を教えてくれなかったな、お前」
「そ、そうそう!そういうことなんだよ〜」
怯えまくってたヤンキーを無理やり引っ張って、渦巻は近場のカフェに来ていた。落ち着いて話せる場所はカフェという固定観念が、■■によって渦巻に刷り込まれている。
ヤンキーは名を柘榴雨雪と言った。一限が嫌いな数学だったから屋上でサボっていたらしい。渦巻も化学と現国と地理とその他諸々――要するに全部――苦手だったのでよくサボっていた。留年スレスレである。
「心配したんだぞ……近所で神秘戦があったってだけでヤベぇのにそれにお前が巻き込まれたって……」
「い、いやぁ〜便利だからな〜私の神秘は〜!」
特殊な能力を持たない場合がほとんどである人類と違って魔族は全員が神秘を保有している。その為、少し気の短い者同士が言い争いでもした時には、周囲にとんでもない被害をもたらす大戦闘……通称【神秘戦】に発展する。
渦巻美珀という少女は、それに巻き込まれて事故死したということになっているらしい。
一応柘榴に写真も見せてもらったが、本当に自分と瓜二つだった。生来、嘘は得意ではないが何とか騙し通して自分が美珀ということにして無理やり納得させている。
(……こんな似てて無関係とは思えないし、ていうか苗字一緒だし、ここは同一人物ってことにしといた方が逆に怪しまれないよね……!柘榴君が騙されやすくて良かった〜!)
「でっけぇ神秘戦だったが……本当に、良かった……」
はっ、と意識を柘榴に戻すと、彼は結構豪快に涙を流していた。性格的に他人の心配なんてものをするタイプではないと思っていたが、案外情に厚いらしい。
彼が言うには、爆発能力の神秘と震動能力の神秘使いが戦闘を繰り広げていたという。美珀は時間帯的に下校中に巻き込まれ、近所の人が言うには女子高生の悲鳴も聞こえたし、警察曰く確かに人一人分の死体もあったらしい。
嘘に嘘を重ねて神秘を偽装した渦巻。正直自分でも無理があると思っている設定だが、柘榴は何故か納得した。
「でもお前、さっき美珀は知らねえって……」
「神秘の都合上記憶が混濁しててさ!強力な分、デメリットも大きいんだよ〜!あは、あんま気にしないでね〜!」
あっはっはっは、と持ち前の明るさと勢いで柘榴を黙らせて、早々に『愚者の恋』の話題に転換した。
未来でも大人気のサスペンスホラー小説、『愚者の声』は『削り鉛筆』先生のデビュー作だ。三人の男女のドロドロした恋愛、というありふれたテーマでありながら内容は時にファンシー、時にセクシー、時にバトル、とにかく展開が読めないものとなっている。恋愛にバトルは必要なのだろうか。
先生本人も「デビュー作なのではっちゃけました!」とインタビューで言っていた本作、作者公言なだけあってまあぶっ飛んでいる。だがそこが面白い。
「ここの雨桜の心境の描写が上手いと思わないか」
「わっかる〜!先生の恋の価値観がよく出てるよね!」
柘榴は想像の数十倍深い考えを持って本を読んでいたようで、共感したり感動したりするポイントが渦巻とよく似ていた。作者の意図もよく読み取れている……ように思う。
「喧嘩して、悪い面が見えて、一度は別れて突き放されて、突き放して。その後の雨桜の告白シーン……!」
想像するだけで感動しているのか、そこで柘榴の言葉が止まる。拳を上に突き上げて、涙を堪えているようだ。
わかる、とてもわかる。ここがこの作品の一番の魅せ場だ。三人の中の純愛枠、雨桜の告白シーンだ!
「『それでもやっぱりあなたが好き』」
「全部認めた上での告白ぅ〜染みるぅ〜!」
お互いにここまでの理解者を得るのは初めてだったのだろう、周囲の客から奇異の目を向けられるレベルの大声を出しながらはしゃぐ。それはもう大はしゃぎだ。
それからも一時間程度『愚者の恋』についての談義で大いに盛り上がり、全エネルギーを使い果たした。こんなにも心地いい疲労感に包まれることは未来でもなかったのではないだろうか。単純に疲れたことなら何度もあるのだが。
蟲桃との決戦、乃花との死闘、■■君との望まぬ争い……命のかかる局面はいつも疲労困憊になっていた。
「あー……あ?わりぃ、そろそろ学校帰らなくちゃならねえんだ……お前も来るだろ?学校。皆驚くぞ……」
「いや!私は行かないかな〜学校……」
「なんでだよ、委員長とか、すげえ心配してたんだぞ」
そこから死力を振り絞って嘘をつく。色々あって退学したとか謎の組織に追われてるとかなんとか云々。
流石に謎の組織のくだりは怪しまれていたが、柘榴はとことん騙されやすいというか純粋な性格をしているようで最後には納得してくれた。訝しみながら首を縦に振る。
「そうか、じゃあこれからどうすんだ?」
「どうしよっかなあ……よくよく考えたら家とか、帰る場所もないし……遊んでるだけのお金だって……」
「家がない?そりゃなんで、ま、まさか組織の仕業か!?」
ん、と前を見ると柘榴が謎に慌てふためいていた。それもそうだろう、ひと月前に行方不明になっていた同級生が突然現れ、更に帰る場所……家もなくなっていると知れば。
慌てすぎてサングラスも外れている……って、なんだ。サングラスの黒が濃すぎて目元が見えなかったが、顔の全体像が見えてみれば意外とかっこいいじゃないか。■■君ほどじゃないが、実にかっこいい顔立ちをしている……
(だから■■君って誰〜!?うーもやもやする……)
「な、なあ。別にやましい気持ちあっての提案じゃないんだけど、よ……良かったら、オレの家に来ねえか?」
ぶんぶん頭を振って■■に関する思考を頭から追い出していると、めちゃくちゃ照れながら柘榴が話しかけてきた。
見たことないぐらい顔を真っ赤にしている。■■や蛇倉の家にはよく入っていたし、別に男性の家に入ること自体には抵抗も何もないのだが……そんなに照れていると何だかこちらも恥ずかしくなってくる。少し俯いて答えた。
「えと、じゃあ……お願いしようかな。うん、お願い……」
「じゃあ、えーと、学校終わったあと校門で……」
荷物を担いだ柘榴が超スピードでカフェから出て行く。同じく、とんでもない速度で二人分の支払いを済ませて。
そういうさりげないところも■■君と似ている。彼は誰にも気付かれないように誰かのために行動し、見返りは求めない。感謝されても知らぬ存ぜぬを突き通し、まるでそれ自体が鬱陶しいとでも言うように……
「そうだ、似てるんだ、とても」
ポツリと零れ落ちたそれが全てだった。
ただ趣味や好きな物が一緒なだけで、あそこまで意気投合することはない。かつて愛していた、今も大好きなあの人にとても似ているから、柘榴といると楽しかった。
考え方が、行動が、言葉が、何もかもがあの人にそっくりなのだ。だからあんなに安心したし、揺らめいた。
「何も覚えてないのに、そういうのだけはしっかり……」
変なところで恥ずかしがり屋なのだ。同級生を家に誘うのは……高校生なら特別なことだが。普段の■■や柘榴の性格から考えるならあそこまで照れることではない。
しかし、こういうことだけは過剰に照れる。あは、やっぱりそうだ。そんなちょっと変なところもよく似てる。
そうだ、未来でもそうだった。陸堂との決戦前夜に家に泊めてくれた■■君は家の中ではいつも通りだったのに、誘う時だけは夕焼けみたいに顔を赤くして照れていた。
「懐かしいなあ……色々、思い出せたらいいんだけど」
「友達……学友か?典型的な不良少年だな」
奢ってもらったコーヒーに口をつけると、いつの間にか対面に座っていた黒フードの男が声をかけてきていた。
落ち着いて一口コーヒーを飲んだ後、対応する。
「……いつから見ていたの?ていうか初対面でしょ?いきなりその位置とか、距離感の掴み方バグってない?」
「これは申し訳ない……あと、いつから見ていた、という問いには……最初から、としか。いい景色の屋上だな」
「いや最初がすぎるでしょ。視力がいいのねえ……」
渦巻は未来で幾度となく死線をくぐり抜けてきた、言うなれば歴戦の戦士だ。人の気配なぞ意識せずともわかる。
だが、彼女が感知できる範囲にこの男の気配は存在していなかった。確信できる。だとするならば、彼がこちらを認識する手段は……遠くから覗き見る以外にない。
「で、なんの用?自己紹介は必要ないのよね」
「思い出に浸っていたところを邪魔してすまないな。少々機嫌が悪いようで……それはそうと自己紹介を」
男が懐から名刺を取り出し、渦巻に差し出した。
乱暴に受け取る。雑に触ってもわかる、質の良い紙。見れば印字も美しく、装飾も豪華……名前や役職の欄を見なくても理解出来る、こいつはかなり上の身分だ。
「俺は創飛翔皇。蘭堂翼と申す者。死んでも魔族には無影響だからな……遣わされた」
「随分と警戒されてるわね……因みに私、理解してるのは未来から召喚されたってことだけよ。他は何にも知らないわ」
ズズズ、と更に一口コーヒーを啜る。さっきも思ったが、ミルクと砂糖を入れ忘れていた。苦い。ブラックは苦手だ。
ふむ、と頷いた蘭堂による説明が始まった。渦巻の立ち位置、使命、人類と魔族の未来……六日後の戦争。突然の事実に驚きこそすれ、戦いには慣れている。問題はない。
だが、今は。今だけは知りたくなかった。
「知ってると思うけど、私あの人を気に入ってるの」
「そうだろうな。見れば分かる」
「これからあの人のお家にお邪魔出来るの。すっごくいい気分だから……邪魔しないでもらえる?殺すわよ?」
未来で研ぎ澄まされた殺気を、敵意を、蘭堂にぶつける。気丈な様子を保ってはいるが、全身の震えを隠せていない。
ああ、丁度いい。周囲の客も殺気の余波に当てられて気絶してくれた。これなら周りを気にせず話が出来る……気兼ねなく意見を伝えて、蘭堂を……称号の最後に【皇】があるということは四皇か。四皇を脅すことができる。
「魔族を救いたいなら他の英雄に頼んで。私は柘榴君との一ヶ月を楽しんで、その後は在るべき場所に帰るわ」
未来の四皇ならここで食い下がる……が、この時代の四皇にそんな度胸はないようだ。大人しく頷き立ち上がった。
出口の取ってに手をかけ、蘭堂は振り返った。
「人類にはこう伝えることにしよう。英雄は……お前たちとは戦わない、と。間違えずにそう伝えるようにしよう」
嘘だとわかる。だが口には出さない。
どう来ようと、渦巻はすると言ったことはする。この一ヶ月を、柘榴と楽しむために使うのだ。
「だが……魔族が簡単にそれを許すとは思わんようにな。この時代の魔族は物騒だぞ?」
カフェから出て行く蘭堂の背中を見つめる。
まだ震えているが、気高い。少し認識を改める必要があるようだ。この時代の四皇は、決して弱くなどない。
「まあ、知らないけど。全部返り討ちにしてあげる」
その上で、渦巻は態度を崩さない。
その姿勢は、在り方は、確かに英雄のようだった。
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