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降り積もる灰の理想郷  作者: 螺鈿
第一章 血濡れて消えた恋心
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第七話 昔の高校

「電車……五番線は、まだないんだ……」


 五番線の電車は少しボロかったけど、窓の向こうで揺れる景色が好きだった。いつ出来るのか楽しみだ。


 魔族の英雄、渦巻鐘音は涙の衝動が落ち着いてから建物を破壊、一晩走り続けた後に電車が行き交う駅の構内に立っていた。地形そのものが未来と違っていて少し困惑したが、基盤は似ている。国会議事堂がいい目印だ。


「定期券は……って、そうか。行かなくていいんだ、学校」


 ナラーシァと違って、渦巻はルールや現状を説明してくれる人間がいなかった。分かっているのは自分が召喚されたということと、ここが過去ということだけだ。


 いつものように、駅の改札を見ると定期券を取り出そうとしていた。案外、癖は染み付きやすいものだと実感する。


「平日のお昼から駅なんて、初めてじゃないかな。あは、人も少ないや……あれ?駅員さんがいない……」


 渦巻の時代では、機械の駅員が二十四時間駅を監視していた。自由な闘争も禁じられ、鬱憤の溜まった強力な力を持つ魔族が神秘を用いたテロを起こすこともあったからだ。


 だが、今は人を使っているようで、たまに駅員がいなくなる。危機感が足りないんじゃないだろうか。


 まあいいか、と何となく時刻表を見る。渦巻の通っていた高校に向かう電車が五分後に到着するようだ。


「……行っちゃおうかな。未来から来たからOBって訳でもないけど……時代的に新築だよね。あは、楽しみ!」


 渦巻の通っていた高校は全地区内でもトップクラスにボロいことで有名だった。他の高校の生徒が神秘を乱用し過ぎるからすぐ壊れるだけで、うちは平和なだけですー!と他校の友達と張り合っていた頃がどこか懐かしい。


「よーし、じゃあ電車が来たら……スタートだ!」


 何だかんだ、このゲームが一番好きだった。


 魔族社会において用いられる電車は大体時速200km。駅と駅の間隔が長いためかなりの速度を出さねば乗客から苦情が来るのだ。だが、それだけの速度に耐えられる電車を作る技術力は魔族にはなかった。そこで、神秘の出番だ。


 鉱石を生成する神秘、物質の密度を上げる神秘、そんな神秘が魔族界には多数存在する。それらの神秘の複合によって作られた強固な電車は、最大で時速500kmもの出力を可能とする。更に音も振動もない、完璧な乗り物だ。


 駅のホームで前傾姿勢……短距離走用のクラウチングスタートの姿勢になる。電車が到着、走り出しに合わせ……


「GO!今日も勝つよ、電車さん!」


 渦巻の神秘は身体強化の能力を持たない。基本的に人類と魔族の差別化点は神秘の有無だけであり、身体能力は人類も魔族もそう変わらないはずであった。


 つまり、走って電車を追い越すなど、到底。


「えちょ、ヤバくない!?何あれ!」


「身体強化の神秘でしょ。そんな騒ぐことじゃ……」


「違う違う違う!あの人、神秘使ってない!」


 電車の外にいても聞こえる女子高生たちの声。慣れると鬱陶しいが……何故か、今は悪い気はしない。


 魔族は直感的に視界内の相手が神秘を使っているかどうかの判別が出来る。故に、その光景に驚愕せざるを得ない。


 なんの変哲もない女子高生が地力で電車を追い越し走っている。時速200kmをも超える速度の電車を、だ。


 ■■君には普通に電車に乗れって言われてたけど……大きな電車さんの隣りを走るのは、とっても気持ちいい。


「……あれ?■■君?■■君って……誰だっけ?」


 砂利や小石が車に弾かれた時のように砕けて飛んでいく。電車ではなく、渦巻の走る衝撃で、だ。何かにぶつかればただでは済まない速度の走行。だが、そのただ中にあって渦巻はまったく別の思考を行うことが出来た。


 昨日までその名を叫んでいたはずなのに。愛して愛して愛し抜いて、最後には殺してしまったあの人の名前。


 どんな人かも、なんだか思い出せない。


「何だったかなあ……わかんないや……」


 その日は、いつもよりも五秒タイムが縮んだ。


 ――――――


 真っ白で汚れ一つない新築の校舎。気のせいかもしれないけれど、用務員のおじさんも少しだけ笑顔な気がする。


 (あのおじさん、未来にもいたっけ……ああ、継承の神秘とか言ってたな。人形に意識を移してるんだっけ)


 それにしては精巧な人形だ。繊細な表情も作れて、一切の違和感なく関節を動かせている。魔族……人類を含めても、こんなにリアルな人形を作れる者はそういないだろう。


「他の知り合い……は、流石にいないか」


 一階の職員室を覗いたり、こっそり校長室に忍び込んで生徒の情報を見たりするが知っている顔はいない。まあ、あの用務員の神秘が便利すぎるだけだ。見方によっては一種の不老不死だろう。飽きるまで生き続けられるなんて……


 そんな神秘を持っていながら、なんで一学校の用務員なんて仕事を続けているのかは甚だ疑問だが。


「よっ……と、うひゃあ、いい眺めだあ」


 その校舎の屋上はかなりの高度で、学校自体が標高の高い土地の上にあることもあって街の景色を一望出来た。街というのはやっぱり、色んな人がいて面白い。


 ふと身を乗り出して下方を覗き見ると、小さめのクレーターが出来ていた。やはり一回のジャンプでこの屋上にまで登るとなると地面にクレーターが出来る。大した高さでもないと思うのだが、六階建ては伊達じゃないか……


「“だて”だけに……なーんちゃって。あは、意外と面白い」


「その身体能力も、たった二文字の洒落でそこまで自慢げに出来るのも……色々、驚きだよ。所で誰だお前」


 いい気分だったところを邪魔され、結構本気めの殺意を抱きながら声がした貯水タンクの上を見た。


 いかにもなヤンキーといった風貌、ツンツンして上を向いた金髪が攻撃的で、多分何も見えないレベルで真っ黒なサングラスをかけている。制服ではなく黒い素材で作られたジャージとズボンを着用し、気怠げに渦巻を見ていた。


 (ヤンキー……THE・ヤンキーだ……ん?あれは……)


 しかしその外見とは裏腹に本を読んでいたようで、天に掲げた手のひらの中には小さめの小説が握られていた。


 渦巻はそれに見覚えがあった。普段は本を読む暇があったら運動していたいタイプの渦巻だったが、その本だけは■■に勧められて読んだのだ。意外と面白かった。


 黒くて暗い汚泥に咲く一輪の白百合が表紙の、『削り鉛筆』先生のデビュー作。昼ドラみたいなドロドロした恋愛模様を描いたサスペンスホラー、ちょっぴり恋愛要素。


「《愚者の恋》だ!この時代からあったんだ……」


「あ?わかんのかお前。いいよな、これ。『削り鉛筆』先生は他がダメな代わりにこいつだけは飛び抜けてる」


「え、待って?『削り鉛筆』先生、今何歳?」


「知らねーよ……六十ぐらいじゃね?興味ねー」


 小説そのものの話をしたら食いついてきたくせに、作者のことになると途端に興味を失った。いるいる、こういう人。面白い作品なら作者は関係ない!って人。


 (ま、私なんだけど……)


 よくよく考えたら、というか思い出したら■■君も言っていた。かなり昔の本だから、図書館でもないと保存してくれてないって。今と未来の時間がどれだけ離れているかは知らないが、そんなに昔の本だったなんて……


 きっと、そこらの一般家庭じゃ保存しようとしても無理なのだろう。多分虫に食われて腐ってるに違いない。


「ねえ、君。名前は?ちょっとお話したいな」


「……有耶無耶に流してやったがよ。最初に質問したのはオレなんだぜ。答えろ、お前は誰だ?」


 ギン、と急に眼力が強くなる。脅しか何かのつもりなのだろうが……渦巻からすれば子犬のじゃれつき程度にしか感じない。そんな敵意、未来じゃ日常的に浴びていた。


 (名前……本名言っていいのかな。■■君の名前は存在すらしてなかったし……あれ、何で泣きかけてるんだろ?)


 ■■が誰かわからないし、何で泣きそうになっているのかもわからない。頭を振って衝動を取っ払った。


 とりあえず、今泣くのはダメだ。絶対にダメだ……こんな所で、“神秘を発動する訳にはいかない”。ハンカチで目元を抑えて、無理やり涙が出てくるのを防ぐ。


「色々考えるのは柄じゃないしなあ……」


「何言ってんだ?お前は誰だって聞いて……」


「渦巻鐘音。私は渦巻鐘音だよ。一応……学校の関係者?」


 きょとん、と小首を傾げて言う。ぶりっ子っぽくてあまり好きじゃない動きだが、あの……名前は何だったか。未来で戦ったあいつ……そう、蟲桃も「悔しいが可愛い」と言っていた。思春期の高校生の警戒ぐらい解けるだろう。


 そう思っての動きだったが、ヤンキーの顔には驚愕の色しか存在していなかった。恐らく小首を傾げる動作の意味は一切なかったのだろうことを察して複雑な気分になる。


「あー……学校の関係者ってのは……ちょっと……」


「渦巻?渦巻っつったのかお前。渦……巻………………」


 小説を取り落とすほどに強い衝動を受けたのか、バサリと紙がはためく音がした。帯が風に吹かれて揺れる。


 もしかして知り合いなのかな、と思う。魔族は同じ苗字が存在しないから、すぐに特定できるのだ。渦巻の家は場所が変わっていないらしいし、恐らくずっとこの高校に通っている。父さんも母さんもここの出身だった。


 ならこの学校にもう一人か二人、渦巻がいてもおかしく


「渦巻、つったら、美珀の姉妹か、なんかか……?」


「あ、えーっと……美珀、さん?は知らないかな……」


 ポリポリ頭を掻いて言うと、ヤンキーはもっと驚いた顔をして貯水タンクの上から滑り落ちた。滑稽だ。


 走って近寄り手を伸ばすと、少し怖がりながらではあるが握ってくれた。引っ張って立ち上がらせると少し揺らめいて倒れかけた。自身の力の強さを実感する。


「そっくり……そうだ、すげえ似てる、お前。生まれ変わりか……?いやでも、そんな訳……」


「ねえあの、なに?美珀さんに何かあったの?」


 呻きながら若干後ずさるヤンキーに腹が立って、少し圧をかけながら詰め寄る。ヤンキーは震えている。


 美珀、話の流れ的に渦巻美珀。この学校に通っている生徒なのだろうが、容姿がそっくりなようだ。しかし今学校にいるのはおかしい、と……わからない。何が起こっている?


「いや、その……でも、有り得ねえよ、だって……」


 渦巻の顔をチラリと見て、ヤンキーは震えて言った。


「美珀は、ひと月も前に死んだじゃねえか……」

ご拝読いただきありがとうございました。

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