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降り積もる灰の理想郷  作者: 螺鈿
第三章 燃える世界に十字架を
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第六十六話 集う者たち

 誰もが感じ取っていた。一人目、二人目とはあまりに格が違う三人目の英雄戦争。終幕は見えず、全く互角。これが何か……大きな事件の幕開けになるのだということを。


 また、その余波で創増殖皇の用意したパイプラインはそのほとんどが機能しなくなっていた。当然だろう、英雄戦争による魔族の敗北を防ぐために用意される……それは、間接的とはいえ英雄戦争への関与を強制されるということ。


 この英雄戦争を目撃して、それでも首を突っ込みたいという酔狂な者はそういない。いるとすれば、そう……


「拙者のみであろうな。揃いも揃って臆病者共よ」


 神秘なしでの魔族最強決定戦。もしもこの世にそんなものがあるとするならば、優勝するのは彼だろう。


 【大神秘乱戦】での勝者は牙薔薇であった。しかし、魔族の間では周知の事実だが……【大神秘乱戦】に真なる強者は出場しない。理由は簡単……意味がないからだ。


 アレはあくまで限られたルール内での最強を決定する、言うなれば箱庭の中の遊戯にも等しい催しだ。真に強い神秘使いは、ルール無用、死ぬか殺すかの真剣勝負の只中で真価を発揮する。あんなお遊戯会、出る時間が惜しい。


「井戸の中での序列など、蛙かじゃくししかおるまい。我らのような、大海で生きるうおを知ろうともせぬ廃れ者共よ」


 灰の楽園を俯瞰出来る高台の上に彼はいた。共に見ていた者たちは恐れを成して逃げてしまったが、彼は違う。寧ろ羨望と歓喜の眼差しで英雄たちを見ている。


 垂涎ものの馳走だと認識している。流石に混ざりたいとは思わないが、もしアレらと戦って死ぬことが出来ればどれほど楽しいだろうか。非常に残念ながらそれはこの身が朽ちる時だが……夢想に身を焦がすのもまた、人生の醍醐味か。


 嗚呼、見れば見るほどに美しい。そうだ、強者とはたしかにこうあるべきだ。今までは……玩具でも相手にしていたようだ。猛者たちとの誇るべき過去は……今消えた。


「く、く。アレらのような者との闘争こそが命の意味よ」


 立ち上がり、振り返る。辺境の出である彼は、少々独特な衣装に身を包んでいる。袖を捲り腕を露出させた。


 動きやすい、とは決して言えぬ。ただ、どこか高貴さを感じさせる衣装。龍と虎を象ったそれは、どこかの言葉で袴と言うものだ。刀を持っていれば、侍とも言えよう。


「だが、まあ……ここが今の戦場よな。強すぎる戦の気配に惹かれた亡者か……はたまた、知れぬ何者かの差し金か……」


 神秘は、ある。しかして使わぬ。一度きりの切り札ではない、使えぬほど弱いものでもない。純粋に使う必要がないほどの肉体的な強さを……彼は、持っている。


 細腕だ。だが鍛え上げられている。例え背丈が2mを越える偉丈夫と力比べをしたとしても負けはしないだろう。


「疾く去ね。拙者は、あの戦争を見届けたいだけだ」


 聖骸・偽造心臓ではない。それは、“彼”が埋め込んだ獣の心臓と灰の楽園に眠る執行委員会の異質な力が生み出した新たな生命だ。泡立つ穢れの如く、無限に湧き出る。


 弱い生命……しかし、放置は出来ぬ。その内側に宿る異質さは、いずれ大災をもたらすだろう。


「去らぬと言うならば……ここで、討ち滅ぼすのみよ!」


 縮地、という。身体動作ではなく体重の移動を用いた移動方法。誰の目にも留まらぬ超速度での移動を可能とし、達人のそれは音や、光景すら置き去りとする絶技となる。


 群れる新生命の中心に移動した。肩幅よりも大きく足を開き大地を踏みしめる……星に後押しされた剛撃。


「地を背負い、衝撃を流す!我が掌底こそ是破壊也や!」


 一瞬にして、見抜いた。この新生命たちには統率者がいるということを。決して烏合の衆ではない。


 守るようにして動いているのだ。人型、虫型、四足の獣。無規則に動いているように見えて、その実ある一点を守っている。間隙はあまりに小さい……だが、“ある”。


 幾重にも連なる肉壁を、尋常の者ならば中途まで傷つけることが出来れば上々。それほどの鉄壁とすら言えよう。


 だが、彼には十分すぎる。“通る”、ならば壊せる。


「喰らえ、我が絶技を!轟雷が如き破壊の渦を!」


 トン、と。肩にでも触れるような柔らかな手付き。


 だが、もたらされた結果は。最も手前にいた人型のみならず、周囲にいた全ての新生命を巻き込み破壊した。


 残心。偽造の血液、内臓、異常な柔軟性と剛性を併せ持つ奇異な皮膚や、特殊な埋蔵機関が飛び散った。虚ろなる死の曲線を描いた者にしては……不釣り合いに美しい立ち姿。


「呵々……愚か愚か。人語を解すれば少しは違ったか?」


 この生命たちに関して、彼は何も知らぬ。ただ、英雄戦争の余波で生まれた何かだということだけは理解している。


 故に殺した……彼にとって、命とはその程度のものだ。


「呵々、だが戦の中で死ねたのだ。喜ぶといい」


 名を『武楊玉ぶようぎょく』。魔族随一の武力集団、拳剛団の頭目にして、己の肉体のみを信奉する武者たちの頂点に立つ者。そして唯一、創増殖皇の手元に残った手札でもある。豪快な笑みと共に戦に身を投じる狂人。


 その一撃は殺さず、しかして破壊する。その果てに存在する“死”は……彼にとって、預かり知らぬ領域だ。


「では観戦再開だ。ああ、楽しいなあ。これが英雄か……」


 座す。彼もまた、運命の渦に巻き込まれる者だ。


 ――――――


 また、ここに一人。灰の楽園の端に立つ者。武でさえ近寄ろうとは思わぬ戦地に、確かに足を突っ込んでいる。


「来ちゃった……怖い、怖いなあ……私が怖いからここで使い潰したいのかな?ちくしょうめえ……」


 訳が分からない、というのがこの光景の感想だ。中心では英雄たちが熾烈な争いを繰り広げ、高台の上では名も知らぬ男が謎の生命体を殺している。橙色の結界は煌々と輝きを放ち、最も近い魔族街には歪な気配が一つ……


「街の外に英雄二人、いや片っぽ違うな……他七名。魔族と人類が一緒にいるなんて珍しいな。街中に気持ち悪い気配と魔族一人、高台に一人、灰の楽園には英雄二人……」


 魔族たちの避難場所は……なるほど、一番安全だ。創増殖皇の対大悪用粛清機構は発動準備を終え、英雄級の現代人は皆臨戦態勢。他の勢力はここにはいない……


「いや、地下に死体が……なに、この数。一億と八千万飛んで六百九十……今も増殖中。食ってる……の?どんな大きさしてるのよ、異能でも神秘でもない何かで保ってる……」


 その少女は、異能を使っていない。神秘は持たぬ……人類であるが故に。超広域である灰の楽園、その外と地下まで完全に把握している異常なまでの探知能力は……


 全て、技能。彼女が磨き上げた、全能の知覚力。


「情報が多すぎるよお……全部伝えなきゃなのお……?」


 頭を搔いてため息を吐く。心底気怠げだ。


「神罰執行室とは縁切ったのに……人遣い荒いなあ」


 名を『ヴィージェ・ヒアレル』。突如教皇の出した、教会は英雄戦争を全面的に支援するという声明により灰の楽園への出立を余儀なくされた……元、【太陽暦】。


 今の【太陽暦】との真剣勝負に敗北し称号を譲り、いい機会だと思って教会を抜けた矢先にこれだ。


「いつでも協力するのが条件だったけど……こんな早いとか思わないじゃん?もう十年ぐらいゆっくりしたいよ……」


 因みに彼女が神罰執行室を抜けてから五年経過している。全然矢先ではない、というのは……誰もが思うことだろう。


 本来教会の最高機密である黄道聖典、更にそのまとめ役である【太陽暦】が教会から離れることなど許されない。しかし彼女だけは違う……何から何まで例外なのだ。


 教会が孤児を広い、育て、傀儡とするのが【太陽暦】。今の【太陽暦】は創増殖皇に人質を取られているが故に外の世界と自由を知り……少なからず、その従順さには亀裂が入っている。だがヴィージェはその程度ではない。


 自ら志願したのだ。名前の響きや立場がなんとなくかっこよさそうだから入りたい、あわよくばトップに立ちたいと言って、当時の【太陽暦】をボコボコに叩きのめした。


「……今の子は優秀だよねえ。私の弱点をよく突いてきたもんだ……分かってても対応出来ない速度、か……」


 偶然、観光で教会本部の近くを通った時だった。この目が見た、この耳が聞いた、この鼻が嗅いだ。教会にあってはならない血の臭い……染み付いた死の香り。


 瞬時に名を知った。所業を知った。黄道聖典の誰も知らぬ彼らの系譜を、ただ歩いただけで脳に刻み込んだ。


 そして、笑った。この程度なら自分でも勝てると。


「ま、次に勝つのは私だけどね!もう遅れは取らない!あくまで実力的にだけど……覚悟は決まってるでしょう!」


 街一つ。面積だけで言うなら、灰の楽園の数倍の範囲を探知する凄まじい知覚能力を持つ。少し集中すれば探知したものの外見や性別、性格……記憶すら読み取れよう。


 呼吸。汗。筋肉の微細な振動。人は、その程度の情報だけでも過去すら覗き見ることの出来る脆い生物だ。


 ヴィージェは、ただその穴を突くのが上手いだけだった。


 その能力を買われて【太陽暦】に選ばれ、しかしその激務に嫌気が差して教会を抜けた。呼べばいつでも協力することが条件で、だったが……過去の自分を殴り倒したい。こんなことに巻き込まれるなんて思ってなかった……


「とりあえずどうしよっかな……ん、んん?はっはっはおいおい嘘だろ……こんなもん、あっていいのか……?」


 ひとまず距離を取ろうとしたその時、灰の楽園に埋め込まれた執行委員会の気配に気付いた。彼女はそれがなんなのかは知らないが、とにかくヤバいことだけ分かる。逆に、それしか分からない……それだけでも異常事態の極み。


「殺す、殺してやるぞ教皇……いや、教皇は可愛いから許してあげよう。幹部全員皆殺しだ。私をこんなことに巻き込みやがってちくしょう……あーヤダ、ホントヤダ……」


 その知覚力、頭の回転の速さ、身体能力……彼女は、単体で教会を崩壊させることも出来る。それが分かっているからこそ、教会もヴィージェに強く出ることはなかった。


 対処法を考える……否、生き残る方法を。どうせ逃げられない、終わったあとの殺戮ショーに思いを馳せながら足掻くだけ足掻いてみよう。深く深くため息を吐く。


「とりあえずどうすっかな……迂回して【太陽暦】君の所に行くか。挨拶と……先輩として助けてあげよう」


 自分から【太陽暦】を志願したくせに、なんて言ってはいけない。彼女の嫌いな言葉は“自業自得”だ。


 三人目の参戦者。己から渦に身を投じ、しかし自戒の念は僅かたりとも持ち得ない……自由な、自己中。


 ヴィージェ・ヒアレル。

ご拝読いただきありがとうございました。

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