第六十二話 開戦の狼煙
開戦の時が迫っていることは誰もが感じていた。人類側、サンクチュアリはナラーシァとの模擬戦を経て戦争準備は完全に終了。魔族側、陸堂も戦争準備はとうの昔に完了している。いつ始まっても完勝する準備は出来ている。
魔族街で相次ぐ怪死事件を受けて延期すべきだ、という声もない訳ではないが四皇はこれを無視。どちらにせよもう英雄たちの限界が近いのだ。延期は不可能。
「お久しぶりですゴミ共、元気にしていましたか?」
「おう、顔合わせは久しぶりだな。相変わらずカスみてえなツラしてやがんなあ、死んだ方がいいんじゃねえの?」
妙な怪死事件も起きてんだろ?と盛大な煽り顔を浮かべながら言う。創増殖皇の顔面全体に蜘蛛の巣のような青筋が浮かび上がった。即座に部下がメイクで隠す。
人類と魔族は仲が悪い。四皇と四帝は親でも殺されたのかというほど仲が悪い。こんなにも低俗で低レベル、聞く価値のない煽り文を投げつけられただけで冷静さを失い発狂しかけるほどに。この青筋は抵抗の証だ。
何だかんだ、正式な英雄戦争はこれが初めてだ。両種族の代表立ち会いの元、灰の楽園で戦争を開始する。
互いが不正をしないか監視するため、席が隣同士になっているのだが……早速カーニエと創増殖皇の煽り合戦が始まってしまった。それ以外も凄まじいガンを飛ばしている。
「あらぁ〜言葉の低レベルさも変わってませんね〜ゲボカスが〜お母さんのお腹の中に言語中枢置いてきました〜?」
「えっぐい角度のブーメランだなオイ最初にこっちのことゴミっつったのはお前だろうが低レベルさんよぉ〜」
二人の罵倒の応酬、その背後からは殺意すら籠った敵意の視線が互いに向けられている。ここに他の人間がいなかったら今すぐにでも殺し合いを始めてしまいそうな雰囲気だ。
カーニエは腰の剣に手をかけて必死に抑えようと震えているし、創増殖皇も対大悪用粛清機構の解凍をしかけて止まってを繰り返している。背後のナラーシァと【太陽暦】が圧をかけていなければ、すぐに抑止は出来なくなるだろう。
(大変だなお互い。これだから人種差別は嫌いなんだ)
(何故人類のお主が魔族の護衛を……わからんものだな)
ナラーシァはこの場限定だが、苦労人同士目で会話する。若干噛み合っていない気がするが気の所為だろう。
「ああ駄目です、このままでは低知能が移る……」
「誰が低知能だコラ困ったら民衆の虐殺なんてぇこっすい手に出やがる脳筋ドレスが上から目線になんじゃねえよ」
「はぁ〜?私がいつ困って民衆の命に手をかけたって言うんですかオスゴリラァん!?この私が治世で困ったことなんて一回もありませんが記憶障害ですか〜!?」
「言いてえのはそこじゃねえよってか無駄に早口だなコラ図星が見え透いてるぞボケェ!一番星ですかァん!?」
感情が前に出すぎて所々意味不明な煽り合戦だが、毎度恒例の光景だ。ここからが本番と言ってもいいだろう。
四皇と四帝が顔を合わせるとろくな事にならないのは周知の事実であり、本人たちも知っている。故に特別な機会でもない限り直接会うことはない。もう数年会っていないので今回は少し感情が抑えられるかと思ったがそんなことは全くもってなかった。寧ろ前回よりも激しくなっている。
抑圧されていた、相手を罵倒して辱めたいという気持ちが爆発したのだろう。謎に生き生きしているようも見える。
「そろそろ醜いぞ。黙っておけ」
「そうだぞ創増殖皇ー醜いぞー」
保護者の注意を受けてカーニエたちが黙る。別に醜悪さなど気にしてはいないが、場所を弁えるべきだろう。
最後に睨み合ってから戦場に目を向ける。既にライアの聖遺物・十三番機を待機させてあるサンクチュアリと膝に手を置いたまま怪しげな笑みを浮かべている陸堂は静かに視線を交わしながら佇んでいる。一切の動作がない。
騎士団のトップであるカーニエには分かる。嵐の前の静けさ、その極みだ。前哨戦でも分かっていたことだが、この英雄たちは今までとは格が違う。最早別次元の存在だ。
目撃することになる。創世以来最大の戦争を。
「むう……隔絶しすぎておる……強すぎるのよな……」
ボソリと呟いたナラーシァの言葉が人類陣営を震わせる。彼女の強さはよく知っている……英雄神話を失った状態でアヴィスを圧倒するほどの、あまりにも絶対的な強者だ。
血槍石を新たに作り出すことは出来ないが、操作権限は未だ失っていない。変幻自在の血液を用いた千変万化の戦法と絶世の槍術が同時に襲いかかってくる……戦闘に関しては一切知識を持たないフルルたちですら考えたくはない。
そのナラーシァが、強すぎる、と断言した。もしかすると人類は、サンクチュアリという英雄を過小評価していたのかもしれない。彼こそは人類史最高の英雄であるということを理解出来ていなかった。“最高”を甘く見積もっていた。
「強いってかわかんないってか……バケモンだよなあ……」
そして、ナラーシァに感化されたのか【太陽暦】もボソリと口にする。実際に陸堂と対峙し生き残った経験があるのは彼だけなのだ、当然ながらその本質を理解しているのも彼のみ。あの英雄は、深海よりも底知れない。
(本調子でもやりたくねえと思ったのは初めてだ)
こうして四皇の護衛としてこの場にいるが、まだ傷は治りきっていない。魔族全体から医療特化の神秘使いを掻き集めて治療させたが、頭の眩みだけはまだ残っている。
直撃はしていないというのに……凄まじい威力。何の攻撃をされたのかは未だに分かっていないが、恐らくは隕石を模した何らかによる落下攻撃……アレが当たっただけで、どんな英雄もまともに動くことは出来なくなるはずだ。
それに加えて、あの街一つを消し飛ばして見せた光の槍もある。陸堂に勝てる英雄はいない……断言しよう。
「自信アリか、魔族の。悪いが勝つのはこちらだぞ」
「馬鹿を言え、こっちの英雄は格が違う」
柘榴を巡る騒動で、彼らが実際に顔を合わせたことはない。ただ、【太陽暦】は一方的にナラーシァを知っている。あんな戦闘を繰り広げられる英雄とこうして対等に会話出来ることを、顔には出さないが内心喜んでいた。
全員の視線が戦場に集中する。見届けなくてはならない。
「合図ってのはァ……大事だよなァ……」
「私はいつもこう言うことにしていますが」
両手に構えた十字架の整備を終えたサンクチュアリが告げると同時に、陸堂が微笑みながら答えた。
「お好きなタイミングでどうぞ。勝つのは私です」
「んじゃァ、好きに行かせてもらうぜェ……」
十三番機が音を立て、その形を変えていく。先端から開き漆黒の銃口が覗く。陽光が煌めき、形作った。
(……出来ることなら、相打ちが望ましい)
創増殖皇はそう考える。陸堂の力は実際目の当たりにしている……負けるとは到底思えない。人類側の英雄も同じようにして力を見ている訳ではないので何とも言えないが……
対特攻保有概念生命体を殺すために用意していた、魔族生息圏全体に張り巡らせた対大悪用粛清機構の発動準備は既に終わっている。戦争が終わると同時に起動し、陸堂を無力化するつもりではいるが……果たしてどうなることやら。
陸堂は、英雄戦争が終わると同時にこの世の全てを鏖殺すると宣言した。それは、困る。人類だけなら止めはしないのだが、魔族まで巻き込まれるとなると話が変わる。
(癪ですが……頼みましたよ、人類の英雄)
その銃口に祈りを託す。誰もが英雄にそうするように。
「我が祈りし哀願に、神が下す天罰を。罪人が天を仰ぐ贖罪に、退廃の悪逆を。天使の告げる救済に、我が願う強悪を」
詠唱が意味を為すことは、無い。そう言えよう。
ライアにおいてもそれは同義。いくら祈りの言葉を積み上げて、供物としての詠唱を紡ごうと神は聞き届けない。神罰執行室もサンクチュアリも、戦闘とは短縮であると考えている。聖遺物の起動に必要な詠唱を短縮すること。
その果てに強さがあると。だが、サンクチュアリのみ。この世で、唯一“聖域”のみが真理に辿り着いていた。
「真なる神はその身を平和に捧げ、その魂を戦乱に投じ、その血を命に与えよう。聖なる神はその身を信心に依り、その魂を十字架に磔にし、その血を聖杯を注ぐだろう。限りない悪逆と信仰の末の断罪を、きっと誰もが願うだろう」
詠唱とは増幅機構である。言の葉を紡ぐことで聖遺物との連結をより強固なものへと変貌させ、限界を越えた出力を引き出す。届かぬはずの高みを容易に乗り越える。
あの【太陽暦】ですら気付かなかった。聖遺物と使い手との間にそのような関係があることに目を向けなかった。
(っぱサンクチュアリか。名前の交換はなかったから気付かなかったが……キツいもんがあるよなあ)
ライアは英雄を良しとしない。教皇は特に干渉する姿勢を示していないが、神罰執行室……ひいては黄道聖典はその限りではない。独断で行動を開始してしまっている。
【太陽暦】はどのような行動を選択するべきなのか、分からない。神を裏切っている自分は、どうすれば……
「我らライアの使徒、この身を未来へ捧げよう。例え願いを否定し、祈りを放棄し、教義を冒涜しようと不変である」
顔を上げる。答えは、英雄が告げた。
「信ずる道を進むと断ずる。ライアの神は許したもう」
笑った気がした。聖域が、微かに。
「耳と鼻の神、痕跡を辿りて進む。その道筋に誰もが触れず摘まず否定せず、きっと正解に行き着くだろう!」
陸堂儚華が速かった。【太陽暦】の左腕を灼いた時と同様に、摩擦エネルギーを極限まで大きくしたものでサンクチュアリの全身を包んだ……そのはずであった。
外套が炎を防いだ。十三番機は正常に作動している。
「開戦だァ魔族の、未来の英雄!神の力を思い知れェ!」
音はなかった。ただ、光があった。十三番機の先端から放出された熱を持たない光が、陸堂へと直進した。
触れる。寸前、弾いた。上へ打ち上げる。
(危なかった……!触れれば、死んでいた!)
規模は小さいが、街一つ分の魔族を殺したあの光だ。
光である以上操れる。危なかった……
「開戦の狼煙には、十分ですね……」
好戦的に笑う。三人目の英雄戦争が始まった。
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