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降り積もる灰の理想郷  作者: 螺鈿
第三章 燃える世界に十字架を
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第六十話 現代の英雄

 陸堂もまた、サンクチュアリをこの目で見ておくことに必要性を感じていた。対生命に特化しているらしいあの十字架を攻略するためには、彼を直接見ておく必要がある。


 というのを、偶然部屋に訪れていた創裁判皇に話した。他の四皇は業務でここに来ることが出来ないと言う。


「ん〜……これは私様の持論なんだけどね」


 創増殖皇も、創飛翔皇も、創位階皇も、【太陽暦】さえ。陸堂に口答えするなど不可能だろう。代案を考えたり、少しでも意見を捻じ曲げようとすることにも恐怖を覚える。


 しかし、天性の怖いもの知らず……恐怖という感情の存在しない創裁判皇は何も感じずにそう出来た。世界の破壊を目論む陸堂を召喚してしまったのは魔族側にとって最悪の不幸だが、今ここに彼女がいたのは最良の幸運だ。


「それ、人類生息圏への不法侵入にならな〜い?」


 他の魔族がここにいたなら。即座に了承して移動を開始していただろう。そしてまた無駄に命を散らしていた。


 人類も魔族も、互いの命を減らせるなら死んでもいいという狂人だらけ。いくら四皇、英雄とはいえ訪れるなら許可を取らねばならない……彼女以外ならそれを無視していた。


 勘違いされがちだが、陸堂は人の言うことを聞かない訳ではないし口答えを許さない気難しい性格でもない。単純に、自身に敵意を抱いている人間は即殺す精神なだけでありそれ以外の人間の意見は普通に聞く。


 そのあまりに隔絶した力故に、恐れられているだけだ。


「む……それもそうですね。ここで無理やり突破して兵士たちを殺しておくのも一興ですが、どうせ後で鏖殺するのですから、今の平穏ぐらいは甘受させてあげますか……」


「ははっ言語化助かる〜マジ怖いねりっちゃ〜ん」


「……りっちゃん?渾名とは……ふふ、初めてですよ」


 友好的な関係を築き始めている陸堂と創裁判皇。死への恐怖すら存在しない彼女だからこそ、自分へと殺害予告をしている陸堂とすら他と違いなく接することが出来る。


 そしてそんな光景を、創増殖皇と【太陽暦】が映像として覗き見ている。体の震えを隠しきれていない。


「渾名……!?どんな精神してるんだあいつは……!」


「こ、怖い……秤に対してこんな感情を抱くのは初めてですよ……あの猪メンタルがここで生きるとは……!」


 恐るべし創裁判皇。


「それにしても暇ですねえ……何か暇つぶしが欲しい……」


「あ、それなら私様に良〜い考えがあるよ〜!」


 創増殖皇が特急で作らせた眼鏡をかけながら、陸堂が読書を始める。軽い趣味程度でしかないソレに隠しきれない不満に溢れた声を漏らすと、創裁判皇が応えた。


 あれだけ隠しておくように、と言っておいた監視レンズをビッシー!と指差しながら天真爛漫に言う。


「富士峰胎矢。彼女の護衛さんすっごく強いんだ〜」


「ああ、あの大鎌の。あまりそうは感じませんでしたが」


「いっぺん戦ってみなよ!いい運動になるよ〜」


 四皇の城に絶叫が響き渡ったとかなんとか。


 ――――――


「マジでやだ……なんで、なんで俺が……」


「が、頑張れ〜……頑張れ【太陽暦】〜……」


「お前に応援されても悲しくなるだけだよクソがァ!」


 陸堂は言わずもがな、【太陽暦】もまた現代では最強クラスの戦士。英雄戦争がここよりも未来で行われていれば召喚される可能性は十二分もあるほどの強さを保有する。


 故に、この二人の戦闘を通常の訓練場で行うことは出来ない。アヴィスとナラーシァと同時に対峙しておきながら生存するほどの強者なのだ、【太陽暦】は。街一つを一瞬で消せる陸堂とは比較にもならないが、それでも十分強い。


 灰の楽園。この二人の戦闘はここで行われる。


「準備はよろしいですか?大鎌の人」


「医療班の人ー!?準備出来てるか聞かれてるよー!?」


 陸堂はそれを肯定と受け取った。


 彼女の能力は発動に動作を必要としない。ただ“使う”と思考するだけで敵は死ぬ。そう認識してきた。


 故にこれはハンデだ。軽快に、指の鳴る音がした。


 (んだこりゃ……っ、死ぬとこだったぞ!)


 無論【太陽暦】は自身の内側に永遠恒星を展開し続けている。渦巻との戦闘でのみ使用する予定であった外側を向いた結界の展開……尋常ではない負荷が肉体にかかるが故に出来れば使いたくない技だが……使わざるを得ない。


 指が鳴った。左腕が灼けた。理解出来たのはそこまでだ。


 (一瞬回避が遅れていれば、体全体が灼けてたな……)


 幸い右利きだ。左が不調でも戦闘は続行出来る。


 間合いを詰めなくてはならない。あの時も今もどんな能力かは分からないが、どちらも炎が溢れ出ていた。


 地に線を引きながら駆ける。接近せねば始まらない。


「詰めますか。初戦の千崎を思い出しますね」


 続けて指が鳴る。全力を脚に込めて停止、仰け反る。


 ゾンッ!という音だった。指が鳴ると同時、音が鼓膜を鳴らすと同時の刹那。進行方向に十字架の斬撃が。


「良い英雄創世です。戦略の幅が何倍にも広がりました」


 両手の指が鳴った。挟むように不可視の斬撃が。


「……ルァッ!舐めんなよ痩せっこきのガキがァ!」


 アヴィス戦で掴んだ感覚……魂に火が灯る。永遠恒星を脚部に閉じ込め、多少のダメージを無視して突っ走る。


 連続で指が鳴る。指が数本と、脇腹が裂けた……が、その程度。穴が開くほどに強く大地を踏みしめ、ガリガリガリと線を引きながら走る、走る。数mの距離を詰める。


「千崎と違うのは、その鍛え上げられた肉体……」


 一瞬、意識が飛んだ。


 陸堂の最大火力……彼女は【流れ星】と呼ぶ。それは、英雄創世を得たことで完全へと至った“星の攻撃”。


 地球の外から集めた光を依代として、地球全体の重力を一瞬ソレに乗せる。誘導した小惑星を上から降らせて絡ませることで凄まじい火力を保有する……神の怒りにも等しい。


 あの街を消した時、陸堂は加減していた。最後の工程、小惑星を誘導しなかった。故に、“あの程度”の威力。


「……逆で行きましょう。果たして生き残れますかね?」


 極小。1mmにも満たない大きさの小石。


 何を考えているかは知らないが、【太陽暦】が大地を削った際に出た小石を打ち上げていた。熱で崩壊しないよう守りながら自由落下させたソレが、今彼の脳天に落ちる。


 目視不可能な速度と大きさ。直撃の寸前で守りを解除したため貫通することはないが……それでも、ダメージは。


「おっ……おおおおおおあああああ!!!!!」


 絶大だ。


 鎌を投げ捨て、頭部を抱えながら悶える。今まで生きてきた中で……否、恐らくこれからも経験することは決してないであろうこの世の終わりの如き痛み。とにかく痛い。


 脳が揺れる。世界がブレる。落下地点を起点として肉体が崩壊するような感覚、内臓を全て潰されたような……!


 (痛え、痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え!!!!!!)


 純粋な痛みに負けることはないと思っていた。【太陽暦】として積み上げてきた気の遠くなるような研鑽で、まともな痛みを感じることは気付けばなくなっていた。


 肉体の欠損やダメージは感覚で理解出来た。痛みで止まらない究極の戦士が誕生した……誰もがそう認識していた!


 (んなの……あってたまるかぁぁあああああ!!!!)


 だが。その“誰も”が無知だった。


 意識が落ちないことを恨めしく思う。敵を拷問している時に「殺してくれ」と叫ぶ者の気持ちがようやくわかった。こんな痛みを味わい続けるなら、死んだ方がマシだ……!


「終わりですか?私はまだまだ暇なのですよ?」


 陸堂の、退屈しきった声が聞こえる。ふぁーあ、なんて欠伸までして……挑発なのか本心なのかは分からない。


 英雄は、陸堂は。思い違いをしていた。


「暇……暇だァ、こんのド腐れがぁ……!」


 あまりの痛みに絶叫していた【太陽暦】の肉体が痙攣を始めていた頃。彼の意思が、喚く筋肉を制御していた。


 震える手が鎌の先端を弾いた。僅かに浮く。それで十分。


「人の悶絶ショーぐらい楽しめやバケモンがァァア!!!」


 彼の魂に灯った炎は、未だ消えていない。


 僅かに浮いた大鎌の柄を蹴る。コォン、と妙に耳に残る音を立てたソレは上昇しながら陸堂に襲いかかった。


 速い。ただその一言に尽きる攻撃。


 (間に合わな――)


 瞬きの隙すらなかった。完全に悶絶する動作の一部分として放たれた蹴りに、無意識に油断していたのか。


 気付けば大鎌が眼前に迫っていた。陽光を反射して煌めく刃が首元を掠めて、引っ掛けるようにして後方へ。先端が支点となった飛翔なのだ。薄皮が切れて血が流れ……


 (――いのは、指を鳴らす動作)


 大鎌がその状態で静止した。半円状の刃が陸堂の首を捉えて傷をつけ、その生命にあと一歩で届く状態で。


 指を鳴らすのはあくまでハンデだ。陸堂の能力発動に一切の動作は必要ない。どれだけ足掻こうと、どれだけ抗おうと彼女の思考速度を上回らない限り勝機はない。


 そして、彼女は未来での執行委員会との戦争に連なる数々の戦闘で肉体はともかく思考が超強化されている。


「隙はない……ま、最後の最後での足掻きは良かったです」


 決着。その判断が下ると同時に、【太陽暦】は医療班に運ばれて行った。小石の脳天直撃と左腕全体の大火傷、指数本と脇腹の負傷……すぐには治らないだろうが、彼の自然治癒力に期待だ。見た所闇の住人、傷には慣れているはずだ。


 最初から戦闘そのものに期待はしていなかった。ただ、未来で立ち向かってきた彼らのように……見てみたかった。


 圧倒的な力に立ち向かう弱者たちの足掻きを。


「創増殖皇、でしたか。創裁判皇はどこに?」


「今は仕事中です。今日は裁判の仕事が多いそうですので」


「そう、時間的に私を追い出したかったのですかね……」


 ふふ、と年頃の少女らしく笑う。創裁判皇は少し馴れ馴れしい渦巻のようで愛らしい。仲良くしたいものだ。


 ……彼女だけなら、生き残らせてもいいかもしれない。鏖殺の予定を変えるつもりはないが、生き残る者がいてもいいはずだ。少しでも生きることが出来る、それに意味があるのだから。生きるというのは、素晴らしいことだ。


「彼女にお礼を伝えておいてください。楽しかったと」


 現代の英雄では、到底及ばなかった。


 未来の英雄。人智を超越した力を持つ善の悪魔である。

ご拝読いただきありがとうございました。

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