第五十九話 英雄、邂逅
「人類の英雄をこの目で見ておくべきでしょう」
「勝つためにはァ……敵を見とかねえとなァ……」
彼らがそう口にしたのは、全くの同時だった。開戦の七日は2日後に迫り、四帝も四皇も前準備に追われる中でのこの発言に双方キレかけたのは言うまでもないだろう。
一人目、二人目でノウハウを叩き込んでおくはずが、彼らはどちらも例外だった。故に圧倒的な力を保有しながらこちらの言うことをある程度聞いてくれる三人目の英雄たちの対処と正式な英雄戦争を実行するための準備と根回しに想定以上の時間がかかってしまっているのだ。
まずはサンクチュアリから焦点を当てていこう。
「なあ、サンクチュアリさんよぉ。ちと自分勝手が過ぎねえかなって思うのよ俺。アンタ今まで何してた?」
思い返す。ずっと教皇の所で遊んでいた気がする。
「気がするじゃねえんだよその通りなんだよ!全壊の孤児院で何があったかも全然話しやがらねえし、こっちが帰還要請出しても一瞬顔出してすぐにどっか行きやがる!」
しっかり帰還要請には従っている辺り最高にタチが悪い。弱者の祈りに応えるのが本質である英雄は、基本的にこちらの要望は守ってくれるのだがこんなタイプがいるとは。
聞きたいこともあったし、しておきたいこともあったのにサンクチュアリはほとんど四帝の管理下にいない。教皇の所にアポ無しで遣いを出す訳にはいかないし、申請を出しても受理に数日はかかるので無意味。結局は要望のみの書類を四帝権限で無理やり通すしかないという地獄っぷり。
この短期間でどれだけライアに文句を言われたか。最初の頃はあれだけ“良い英雄”って感じだったのに……!
「悪い、悪かったァ……謝るよォ……だが、魔族の英雄をこの目で見ておく必要があるのは事実だ、わかるだろうゥ?」
カーニエもそこには全面同意だ。一度遠距離戦をしていても、実際に見ていないのではほとんど意味はない。
大事なのは敵を見据えておくことだ。容姿、体型、筋肉の付き方から能力行使の際の癖。把握しておくことで戦況が有利に傾く事柄が、視界情報には腐るほど詰まっている。
そこは理解する。しかし、しかしだ。
「こっちだけアンタの言うこと聞くってのもなぁ!?」
「か、勝ちたいんだろゥ!?なら聞いてくれよォ!」
「勝ちてえさ!だがなあ、こればっかりは日頃の行いだ!アンタは強い、他の優先事項を消化してもらう!見ておくってのはあったらいいな程度のモンだ!なくても構わん!」
こちらが見るというのはあちらから見られるということと同義。そこらの戦士との前準備での視察なら盗み見でも構いはしないが、英雄となると話が全く違ってくる。
書類だったり戦争場所の確認だったり、やることは本当にいくらでもある。まずは、こっちが先だ。
「わかったよゥ……ドケチだなァ、カーニエェ……」
「な、お前、こ、の……!ブチこr……!」
「黙れカーニエそれ以上はいかん。というか不可能だ」
ラスタからの冷静なツッコミが入る。いつもうざったらいとは感じていたが、この状況では効果倍増だ。
青筋が浮き上がる。ドケチだあ?お前がいない間、出来る範囲で仕事を進めて強制帰還命令を出すのもやめておいてやったこの俺がドケチだあ!?舐めすぎじゃないかあ!?
「よーしわかった。俺がケチじゃねえことを証明してやる」
(チョロいなァ……ちょっと煽るだけでこれかァ……)
「四帝の城ん中限定で五時間、自由にしやがれ。五時間も自由時間与えるなんて寛大だなあ俺はよお!」
ストレスで様子のおかしいことになっているカーニエが「そういうことだからな!」と乱暴に叫んでサンクチュアリを部屋から追い出した。ポリポリ頭の後ろを掻く。
四帝の城の中で自由と言われても、することがない。自由時間を引き出したら教皇の所に行くつもりだったのだが……
「暇そうだな、サンクチュアリとやら」
「……初日に見たなァ、ナラーシァ、だったか?見ねえ顔だし聞いたこともねえ、随分と新しい英雄なんだなァ」
「お前に比べればどんな英雄も新しく感じるだろうよ」
途方に暮れていたサンクチュアリに、ずっと廊下で待機していたナラーシァが話しかける。書類仕事や頭を使う仕事が好きではなく得意でもない彼女も彼女で暇だった。
出来ることと言えば武力行使……しかし、人類側の生息圏にいたところでそんな機会はまあ訪れない。
「どうだ、力比べでもしないか?いい戦いが出来そうだ」
「……いいだろうゥ。同じ英雄として、見せてやるゥ……」
訓練場に向けて歩き出した。
――――――
「あのクソデカ十字架は使えんが、妾も何か制限してやろうか?徒手空拳でもそれなりに出来るぞ、妾は」
「ローブも言ってたがよォ……アレはサブウェポンだって公言した方がいいのかァ……?メインはこっちだァ……」
因みにサンクチュアリも徒手空拳はそれなりに行ける。
だが、どうせ後腐れのない英雄vs英雄の戦闘なのだ。お互いが本領発揮出来なければ、楽しくもなんともない。
グリニチッチと戦った時同様、両手を祈りの構えにして十字架を握り込む。ガシャリ、と音を立てて構えると、ナラーシァも獰猛に笑って朱槍をその手に握りこんだ。
「開戦の合図はどうする?」
「何でも構わねえよォ……好きなタイミングで来いィ……」
「そうだな、ではこの朱槍の接地と同時に、始め」
ヒュッ、と空を切る音を出しながら朱槍が天に向かって突き進んでいく。先端が下を向いて落下を始めた。
始動の大切さはよく理解している。例外は稀にあるが、基本的に戦闘は先に攻撃を当てた方の優位に進む。落下のタイミングを見逃すまいと、両者視線と思考が集中する。
1cm、1mm……
「「はあ!!!!」」
投擲、射出。
ナラーシァの朱槍の投擲に合わせてサンクチュアリが銃弾を射出した。下方に向けて火炎を放つ。
目眩し。二振り目は放たせない。
構えを継続するナラーシァの背後に移動する。サンクチュアリは、駆けながら火炎を放ち続けている。
「ちっ……色々と、厄介な!」
指の動きのみで朱槍を自身の足へ射出する。
タンッと弾いて持ち替え、振り向きざまに突く。
十字架の側面で弾き落とす。両手で一本の朱槍を構えているナラーシァと違い、サンクチュアリは片方ずつの手にそれぞれ武器を構えている。この状況、優位は傾く。
殴打。炎を纏った殴打。
ナラーシァの英雄神話、血槍石は既に発動権限を失っているが……操作権限は未だ失われていない。
彼女のドレスは全て血槍石である。
「ほうゥ……据わってるじゃねえかァ……」
ドレスを変形させ、全身を覆うようにして守らせる。球体表面が津波の如き炎を受け流した。回転する球体が殴打のエネルギーが向く方向すら捻じ曲げる。
(裸体を晒すことに抵抗がねえェ……)
そこではないと分かっているが一応賞賛しておく。
何故アヴィスとの戦闘においても、ナラーシァは血槍石の操作を行わなかったのか。する必要がなかったからだ。
彼女にとって、血槍石の操作は最終手段。固形であると敵が思い込んでいるものを流動体として操作するのは意表を突くという点においてこれ以上ない効果を発揮する。
(こうも序盤で切らざるを得んとはなあ……!)
超至近距離から朱槍を投擲し、突き放しながら思考する。嗚呼、格の違いとはこういうことか。理解すら届かぬ。
これで弱体化しているとは……な。手札を一枚も知らなかったこともあるが、動作の同時進行が速い。こちらも初撃の投擲と二振り目の構えを完全同時に行ったが……
弾丸の射出。駆け出す動作。火炎の噴出。殴打のための体重移動。視界を防ぐ炎の角度。両腕の別動作……
果たして、可能か。考えるまでもなく不可能だ。
「お前ェ、頭使うの苦手だろおォ……見りゃ分かるゥ……」
球体の内側から朱槍を投擲し、その後に球体そのものを巨大な一本の針として射出する。大きさの差で騙す。
針の方が速い。朱槍を破壊しながら突き進む。あまりの物量差に、敵は朱槍が壊れたことにすら気付かない……!
「意表を突けばいいってェ……そうじゃねえんだァ……」
例えば、想定していなかったのか。
サンクチュアリは“正面から突っ込んだ”。火炎弾を射出しながら殴打し、超速度で飛来する針を破壊する。
「なっ……」
「壊されるってェ……思わなかったかァ……!?」
有り得ぬ、と認識している。
ナラーシァは血槍石の強度を理解している。地平のどのような力を用いても破壊は困難であるはずだ。……街一つを融滅させた魔族の英雄の攻撃ならば、果たしてわからぬが。
「理屈は知らねえがァ、血ィ……固めてるんだろうゥ……?」
火炎弾を射出していたのだ。熱されている。
先の球体時点で察していた。溶ける。この物体は熱すれば殴打で破壊なレベルにまで融解するのだと。
「検証の幅が足りねえんじゃねえのかァ!?」
丸腰のナラーシァに十字架を突きつける。
それだけで射出準備は完了している。勝利は、確て
「そっちこそ、なあ……」
あくまで血槍石の形状操作が可能なだけだ。
手でちぎれるほどに細くする。ドレスの欠片を手中に握っていた。圧縮し、伸ばす……一本の細い細い針とする。
正面から見据えれば視認すら不可能だ。髪の毛ほどにも満たぬ太さ。しかして殺傷力は純粋な朱槍よりも高い。
「想定の幅が狭いんじゃないのかあ!?」
後退動作を開始している。十字架を喉元に突きつけられながら、手のひらをサンクチュアリに向けながら。
果たしてどちらが先か。動作を必要としない弾丸か、英雄神話である血の針か。女神はどちらに微笑むか……
「いや、やめだ。妾の負けだな、完全に」
試すよりも先、ナラーシァは手中の欠片を握りしめた。
サンクチュアリは弱体化している。その状況で五分五分では……どちらにせよ負けていた。裸体のこちらとは違い、サンクチュアリは防御用の装備すら身に付けている。
完全敗北だ。完璧な敗北だ。これ以上ない、美しさすら感じられる敗北だ。思わず、笑ってしまうほど。
「そうかよォ……ま、いい暇つぶしにはなったァ……」
そう言って立ち去ろうとする。
しかし、ふと振り返るとナラーシァがモジモジしながらこちらを見ていた。仕方なく、一度消した十字架を出現させ突きつける。ナラーシァが表情を輝かせた。
「まだ、時間は余ってるからなァ……」
訓練場の破壊痕を見たカーニエが発狂したのは言うまでもないだろう。英雄同士の邂逅であった。
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