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降り積もる灰の理想郷  作者: 螺鈿
第二章 月夜に吼える不落城
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第四十七話 魔族の未来

「敢えて手を出しませんでしたが……負け、ですか」


 一人で観測していた。いつもは傍らにいる【太陽暦】もここにはいない。今は体の調子を取り戻すためリハビリ中だ。


 二人目の英雄戦争の終結……勝者は人類の英雄。これで魔族は0勝2敗……人類側があと二勝するだけで全て終わる。今頃人類は祭りでもしているのだろう。


 ギリリ、と奥歯を噛み締める。千崎の体を本調子に出来なかったのはこちらが原因とはいえ、まだ出来ただろうに。渦巻鐘音にあって千崎道國になかったもの……それは、何としても勝つという気迫。絶望にも近い勝利への執着。


 否……違うか。確かに、彼もそれを所有していた。だとするならばなんだ……?ああ、分からない……


「私には……人の心が分からない……!」


 そのことを忌むのはこれが初めてだ。それが分かればきっと、今回の敗北は覆せたはずなのに。拷問による精神支配は意味がなかった、それどころか……反抗心を与えた!


 何故だ。今までは、あの拷問をすればどんな極悪人でも従い、奴隷と化したのに。何故千崎道國だけは違う。


「英雄だから……?英雄とは、斯様なものですか……!」


 いかんいかんと頬を叩いて気を入れ替える。創増殖皇が冷静でなければ、一体誰が冷静になると言うのか。こんなにも感情が昂るのは初めてで、ついらしくないことをした。


 失敗はなんだ。やはり千崎道國を拷問したことか?いや違うだろう、あの判断は間違っていなかった。こちらを殺そうとした者には制裁を与えねばならない。では、逃げ出したのを見逃したことか?管理していればこうはならなかった……


 英雄に比べ、現代の人間はあまりに無力。創増殖皇とてそれは分かっているが、やはり健康管理のプロ等には英雄も敵わない。逃がすべきではなかったのだと遅い後悔をする。


「後の祭りとはまさにこのこと、ですね……」


 せめて自分と同じような、残虐性を孕んだ英雄が召喚出来れば意思の疎通も容易いだろうに……不可能、か。自身がどれだけ壊れているのかは、自分が一番分かっている。


 次は勝つ、などと息巻いた一人目の英雄戦争の後。こんな無様を晒したのは初めてだ。世界からの判定はどうなるか、期待しなかったと言えば嘘になるが……英雄たちが勝敗を決定した。アヴィスの勝利は……もはや覆らない。


「しっつれいしまーす!皆のアイドル創裁判皇だよ!」


「温度差を考えてください。風邪引きます」


 今回の戦争後報告は創裁判皇に委ねていた。創飛翔皇が現地からリアルタイムで映像を送り、彼女がそれを報告する形だ。創飛翔皇は仕事が減って非常に喜んでいた。


 創裁判皇。自称は案外的を得ており、四皇の中では最も民衆から人気のある背の低い二十代後半。仕事は非常に優秀であり、遊びがありながら無駄がないという実に特殊な結果を残す。裁判制度を正式に導入した逸材でもある。


 しかしながら本人は軽いノリとその場の気分で判決を下すので、彼女にガベルを持たせてはいけないというのはもはや裁判に携わる者の中では常識となっている。


「ごめんごめん。で、報告の時間だよ。どこで通じあったのか、人類の英雄と我らが大英雄は灰の楽園で何らかの会話を繰り広げてるよ!激アツだね!フゥ〜!」


「……会話?内容は分からないのですか?」


「さあ、読唇術が出来るのがいないからなあ。マイクも届かないし。ま、不穏な様子じゃなさそうだよ!」


 きゅるーん、という謎の効果音を口で発しながら、創裁判皇が手に持った映像板を創増殖皇に手渡す。確かに画面に写っている二人は……どこか、楽しそうにも見える。


 魔族の根幹とか、創増殖皇の正体とか……そういったことではなさそうだ。最後の自由……好きにさせるか。


「これは私様の持論だがね、富士峰胎矢君」


「……演技が上手いんですよ。上手すぎるんですよ」


 叱るつもりだったが……毒気が抜かれた。どこから取り出したのか、四角い縁のメガネをかけた創裁判皇がむふふーんと言いながらクイクイ動かしている。


「戦いというのは、究極のコミュニケーションだ。その頂点とも言えるものを繰り広げた二人は……親友とも形容できる間柄なのではないかな?ほら、このよう……に…………?」


 仲良く会話している二人を見せつけようとしたのだろう。創裁判皇が映像の中央をタップする。だがそこに写っているのは最後の時を楽しむ英雄たちの姿ではなく……


 アヴィスの右腕が千崎の腹部を貫く様子だった。


「……これは。なんという……」


「はぁぁあああ!?何してくれてんの!?折角秤ちゃんがかっこいいこと言ったのに!台無しじゃーん!!!!」


 映像板を放り投げ、創裁判皇がジタバタとのたうち回る。創裁判皇はその本名を秤天秤はかりてんびんという。生まれた時から、誰かを裁くためにあるような名前。


 しかし実際の所、彼女は自身をかっこよく見せることが出来なかったというだけで英雄たちを貶している。何ともまあ自分勝手で自己中心的で頭の悪い人間。だからこそ、上手く創増殖皇に騙され利用されているのだが。


 しかしながら、何故人類の英雄は突然こんなことを。判定的に勝利した上で、肉体的にも勝とうと言うのか?


 (……分からない。彼の性格を私は知らない……)


 のたうち回る創裁判皇を尻目に考察してみるが……いくら考えても理解出来ない。勝ったならそれでいい、というのは英雄ではない者だけがする思考なのだろうか?


 (それなら私も理解出来るはずですが……)


「ねえハラっち!ムカつく!ムカつくよ〜!」


「……秤。今はどうだっていいでしょうそんなこと……」


 普段の彼女ははっちゃけていても本質的な部分で冷静で優秀。一緒にいて楽しい友人なのだが……一度こうなると手に負えない駄々っ子となる。やれやれ、なんて面倒な……


 常備している麻酔薬を注入して黙らせる。私用の話は暇な時に聞くと言っているのに……暇な時がないが。


 遠隔で創飛翔皇に指示を出す。彼の性格からして映像を切断しかねないが故の措置だ。ヘリの位置はそのまま、カメラも固定してその場から動かないように。


「……む、移動を開始しましたか」


 血塗れた右腕を横に大きく振り、アヴィスが歩き出した。方向からして……人類生息圏か。どうする。相手は疲弊した英雄、ヘリの武装だけでも殺し切れるか?


 更に彼は全身を押し潰されている。身体能力は普段の十分の一も出ないはず……せめて、殺しておきたいものだが。


『やめておけ。英雄のしぶとさは知っているだろう?』


 心のどこからか声が聞こえる。時折聞こえるこの声は、創増殖皇が判断を間違えそうになった時に必ず現れて正しい道を示してくれる。少し威圧感のある女性の声。


「そうですね。下手な手出しは無駄に手駒を失う」


『そうだ。英雄は我らの価値観に当てはまらぬ』


 創飛翔皇に出しかけた指示を取り消し、帰還命令を出す。魔族全体で考えた時、彼は必要ないが……優秀ではある。いつでも切り捨てられる駒は、複数持っておきたい。


 この声は、いつから聞こえていただろうか。生まれた時ではない。創増殖皇としての任に就いた時でもない……対大悪用粛清機構を作った時か。そう、思い出した。


 我らが悲願のため、貴様に正しき道を示す。


 そんな胡散臭いセリフと共に、初めての邂逅を果たしたのだった。この声の正体は……皆目見当もつかない。


「魔族の未来、守れるのでしょうか」


 その独り言に返答はなかった。


 創増殖皇は魔族を愛している。守るべき、愛おしい存在だと認識している。だがこのままでは……魔族は負ける。神秘を保有し、人類を確かに上回る魔族が敗北してしまう。


 怖くないと言えば嘘になる現状に、身が震えるのを感じている。負けた時……創増殖皇は対抗策を持たない。


「異能と神秘による絶対契約……私は、抜け穴を作れなかった。英雄が四度負けた時、私はどうすれば……」


 その問いの答えは出ない。


 だが、ただ受け入れるだけなど真っ平御免だ。英雄が負けた後でも、現代の魔族だけで対抗してみせる!


「その時のために、ある程度のパイプもありますし」


 会議室の、巨大なボードの端に貼られた資料。それは、創増殖皇が独自で作り上げた非常時用のパイプラインだ。莫大な報酬と引き換えに動く戦闘集団に声をかけてある。


 四度負けた側は神秘と異能の複合契約により全戦力を剥奪され、実質的に自身の肉体のみが残ることになっている。そんな時頼れるのは……純粋に肉体強度の高い者だけだ。声をかけたのは皆強者……一応の保険になれば良いが。


「何としても魔族を守る。私に出来ることはこれだけ……」


 悔しさで歯噛みするというのも、初めての経験だ。何をしても上手く行っていた昔とは違う。人類も根幹に絡むというだけでここまで難しくなるとは思わなかった。


 完全なミスだ。既に二度行われた英雄戦争はどちらも魔族が敗北し、滅亡に達するまでに必要な敗北の数は二度を切った。後がない……まだ、焦るのは早いだろうか。


「遅いよりは……マシ、ですかね」


 そう自分に言い聞かせ、英雄召喚のため用意した部屋へと向かう。今回は、最初から干渉しておくことにしよう。英雄の気分を良くすることに全力を尽くして、友好的に。


 一度目は顔すら合わさず、二度目は不愉快にさせてしまった上に正体に気付かれた。とんだ大失態だ。三度目の正直を信じる。召喚に立ち会い、友好的に接し、尚且つ己を隠す。これでどう転がるか……幸運を信じよう。


「そ、創増殖皇様!?このような場所に何の御用で?」


「召喚が可能になったら呼ぶように、とだけ。境界侵食技術の技師に伝えておいてください」


「へぇ……わかりやした。確かに伝えときまさあ!」


 下働きだろう、汚い口調の男が去っていく。


 創増殖皇も自室へ向けて歩き出した。遂に二人目の英雄戦争は終結し、結果は敗北……ざわつく心を騙しきれない。


 本格的に、英雄戦争完全終了後の対策を考えておく必要がありそうだ。今までしてこなかった訳ではないが……より本腰を入れて。魔族の未来を、もはや安心して予測出来ぬ。


「守る……私が、魔族の未来を守るんだ……」


 つい漏れたようなその独り言を、聞き遂げた者は。


 いつものように、いなかった。

ご拝読いただきありがとうございました。

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