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降り積もる灰の理想郷  作者: 螺鈿
第二章 月夜に吼える不落城
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第四十六話 終結

 さて、近接特化の英雄を防衛戦と長期戦に長けた英雄が殺す方法は何か。予想外の切り札以外に……ないだろう。


 ではアヴィスに近接戦闘を挑んだ千崎の持ち得る切り札は一体なんなのか。ナラーシァのような超破壊が……


 (出来たらいいんだがなあ、ド畜生が!)


 ある訳でもない。切り札もあるにはあるが……使い所を間違えれば死ぬのは確定している片道切符、そんなもの切り札ではなく自爆スイッチだ。つまり、敗色濃厚。


 (だがもうこれしかない!ヤケクソだぜバーロー!)


 与えられた役割は、ディフェンダー。


 初めから、守る以外の能力は期待されていない。言うなれば防衛戦が前提。そんな英雄が、攻める以外の脳がない状態のアヴィスに打ち勝つことなど、不可能極まる。


 しかし。


「鐘音のためになァ!勝たなきゃなんだよォ!」


 彼女が英雄として何を得たのかは知らぬ。彼女が英雄として何のために戦ったのかは知らぬ。彼女がステイターとして始めた物語が、どんな道筋を辿るのかは知らぬ。


 全て興味の範囲外。必要のない事実だ。千崎という英雄が戦うには……彼女が勝利を求めたという事実だけあればいい!それだけで、それだけでいくらでも戦える!


「俺は魔族の未来を消去する。だが、鐘音が守りたいと思ったものは守る。未来じゃ俺は主人公だったからなァ!」


 執行委員会の出現、その根源的な原因は千崎と陸堂の邂逅にある。あの瞬間……全ての運命は始動した。


 楽しかった。絶望しかない、闇の世界。立ち塞がる強敵たちは誰も彼もが全てにおいて自分を上回る者ばかりで、一人でも生きていける悲しい者ばかりで……


 仲間に頼ってばかりの自分が情けなくなることもあった。戦う理由を仲間に求めることが怖くなったこともあった。一人じゃ何も出来ない無力さに泣いたこともあった。けれど、鐘音が言ってくれた。あなたは主人公だと。


 あなたがいるから、皆頑張れるのだと!


「ヒロインの願いは、叶えねえとなんだよ!」


 この戦闘に使用出来る城は一つ。十分だ。


 最初は弱音を吐いてしまったが……もう迷いはない。全部どうでもいい、なんて無気力にも思えるヤケクソでもなんでもいい、ただ勝利する。


 駆け出す。アヴィスの銃弾が肩を貫く……前進。特殊使用の銃弾であったが、接触と同時に神秘を発動することによってノックバック効果を打ち消した。


 興奮状態で脳が活性化している今だからこそ可能な荒業であった。平時であれば、この瞬間に気絶している。


 (っぱ衝撃がエグい……だが!死ぬほどじゃねえ!)


「走りますか。よろしい。僕も、この身で応えましょう」


 朝。もう、アヴィスの英雄神話は使えない……


 その、はずであった。


 夜をトリガーとするアヴィスの英雄神話、【闇夜の反英雄】。だが、その認識は誤りだ。トリガーは“声”。


 トラウマとしてのラズヴァーリの顕現により、アヴィスの心に響き渡る“声”は頂点に達した。精神を蝕む怨嗟と慟哭の嵐、その中心に座しながら右の細腕は肥大化していく。


 嵐の只中において、優しく包み込んでくれる誰かの声に呼応して。勝利を掴み取るために。


「あなたには、感謝すらしています。魔族の英雄」


 拳銃を捨てて走り出す。重心を前方に傾けての、最小の足の動きにより移動する歩法……縮地。アヴィスはその名を知らぬ技能であるが、英雄神話を発動した状態の身体能力であれば自ずと可能になる絶技。瞬間移動にも等しい。


 腹部に攻撃。即死の概念を保有する右腕を、千崎は腹部に付着している灰を起点とした神秘の発動で防いだ。


「何故僕が召喚されたのか……ようやく、わかった」


 意地か何かは分からないが……千崎は、いくら神秘を発動したとしても殺しきれないはずの衝撃をモロに食らっておきながら不動であった。口角を吊り上げてすらいる。


 左腕で両肩を殴打、下方からの蹴撃で吹き飛ばす。


「僕は反英雄、本来召喚されるはずのない魔人。でも」


 死の直前に為した、忌むべき大量殺戮。そんなことをしておきながら何故、英雄として召喚されたのか……


 世界すら認めない極悪人であろう。誰からも忘れ去られて消えていくべき、大罪人なのであろう。己すら御しきれぬ衝動に突き動かされて未来を奪った、非道なのであろう。


 ただそれでも、愛してくれる人がいた。仲間と思ってくれる人がいた。この両腕に命を奪われながら、自身の死ではなく足掻き苦しむ殺戮者のために涙を流してくれる者たちが、ずっと傍にいてくれた。愛すべき者たちが。


 史上最高の天才。誰もが辿り着けない異例のスピード出世を為した神童。だが、そんなレッテルがなくとも……


「彼らが僕を、英雄と思ってくれていた」


 愛する資格などあるのだろうか。こんなにも多くの命を奪い、罪を背負った自分に。きっとそんなものはないのだろうことは理解出来る。しかし、しかしだ。


 世界が否定した反英雄である己を、彼らだけが英雄と思ってくれた。その上で、あんなにも優しく暖かく接してくれた者がいた。現代の人間、カーニエ……一人目の英雄ナラーシァ。彼らは現行処刑部のことを知っていた上で、自身の正体を聞いた。だが……何も、変わらなかった。


 誰が好んで殺すか。誰が最初から衝動に身を委ねるか。抗えぬ殺意に誘われての殺人など……誰が、するものか。


 それを分かってくれた。悪逆の殺戮者であると理解しながら、それを望んではいないと識ってくれた。壊れ果てた一匹の狼を愛してくれた。英雄だと、認めてくれた。


 それだけで、いつまでも戦える。


 そうあって欲しくない、というトラウマがラズヴァーリとして現れ、この心を蝕んだ。故にこそ辿り着いた結論。


「あなたに勝利する。僕の全てを以て!」


 距離を詰める。その数十mを、一瞬で。


 勝負で勝てるか負けるか、それをどうでもいいと千崎は言ってのけた。アヴィスを騙すためのブラフであったが……ここまで来て、遂に本音を晒していた。


 アヴィスも、自然と笑みが漏れるのを感じていた。


 思うに。戦いというのは、こうでなくてはいけない。お互いが勝利を追い求め、渇望する。醜いとは決して言えないような誇り高き欲望に塗れたものであるべきだと。


 これは勝利のための戦いである。両者、それは理解している。だが、理解した上で純粋な戦いを求めている。


「ははっ……来いよ狼!俺の全部で応えてやる!」


 だが、千崎はアヴィスと殴り合いが出来るほどの身体能力を保有していない。交錯は、一瞬で終結することとなる。


 死への片道切符となり得る切り札を、ここで使う。否、ここ以外にないと判断した。使い所は、今。


 刹那の動作。今この状況、この立ち位置だからこそ可能な切り札。一瞬でもタイミングを誤れば……死ぬ。


 (……ここだ。このタイミング!)


 移動している物体に触れて神秘を発動した場合、顕現した神殿も移動を開始する。それは英雄創世も同様である。


 神秘により顕現している巨大な神殿と突撃してくるアヴィスの座標が真横で繋がる瞬間。神殿に向けて掻き混ぜるようにして右腕を振るう。灰の雨が降ったような。


 アヴィスにも降りかかり……かけた瞬間、英雄創世が発動する。神秘によるもの同様、巨大な神殿が顕現した。


「しまっ……!」


 そういうことか、と理解した時にはもう遅かった。全身の骨が嫌な音を立てて破砕されていくのを感じる。


 (そういうことか、圧殺……!)


 灰が起点となっている影響で、移動する神殿の勢いはないに等しいとも言える。しかしながら、その重量は千崎が設定できる最大重量。内部にも可能な限り物を敷き詰めている。


 アヴィスの身体能力は獣の如く強化されていても、強度に関してはその限りではない。肉が弾け骨が砕ける。


 前方に突き出していた右腕と頭部だけが圧殺の範囲から逃れている。襲い来る激痛、感覚のなくなっていく全身が体感時間を遅延させているのか、世界がスローになっていく。


 その視界で捉えた千崎は……手に、刀を。


 (僕の刀を……!回収、していたのか!)


 右腕で頭部を守るようにして翳す。直後、切り裂かれる鋭利な痛みと血が流れゆく鈍痛が襲う。スローになっていた世界が一気に加速し、赤黒い何かが灰を濡らしていた。


「おおおおおおおおおおお!!!!!!!」


「がああああああああああ!!!!!!!」


 その程度に、差はあれど。


 互いが互いの、出せる力の全てを出している。千崎の力が切れて倒れるのが先か、アヴィスの右腕が切断されるのが先か……その結末はきっと、誰にも分からない。


 今はただ、時が流れる。無慈悲に、この戦いを終わらせるために時が流れる。願うは未来、そして勝利。


 鮮明になっていく世界の中で、幻視する。


 愛する恋人の姿。


 暖かい居場所。


 最初で最後の旅路。


 守りたい、未来。


 軋む音がする。誰のもの……どちらのもの。恐らく両方。もはや千崎の肉体も限界だ。アヴィスも砕け散りかけている現状、そのダメージにさほど差はないだろう。


 英雄として、ではない……アヴィスと千崎の戦闘の結果はこの拮抗の結果と同義となる。即ち、断たれるか折れるか。出せる限界の全て……などという段階では、ないか。ここで終わらせることを前提とした、限界の先の力。


 戦っている二人でさえ分からない。何故こんな力が出せているのか、どこからこんな力が出ているのか。


 (見てるか鐘音、俺は、お前のために……!)


 (ありがとう、ずっと……僕は、君たちのために!)


 もはや絶叫にすら聞こえる咆哮が轟く。


 ガチガチガチガチ、揺れる刀の音。揺れる右腕の音。果たして勝利するのは、夜の獣か幻想の神殿か。


「「勝利を掴んで見せる!!!!」」


 ズッ、と刀が引き込まれる感覚、音がする。


 右腕を支えていた骨が完全に断裂していく音。痛みと認識することも出来ないほどのナニカが脳髄を焼く。必死に伸ばした手が、千崎の腹部にかすり傷を付ける前に。


 異常に発達したアヴィスの右腕の筋肉が、刀を折った。


 ピタリと、示し合わせたかのように両者の動きが止まる。つい今しがたまで声が轟いていた灰の楽園には、今やアヴィスの切断面からこぼれ落ちる血液の音のみ響く。


 神殿の一つが消える。何かを誤魔化すようにして天を見上げた千崎は、煙草を取り出しかけて……止めた。


「へ……へへ、んだよ。はあ……へへ」


 風が吹く。雫が舞う。


「まぁた……負けかよぉ……」



 人類 対 魔族。全滅阻止のための英雄による代理戦争。

 

 第二戦:

    人類の英雄『アヴィス・マナフスィリ』

  対

    魔族の英雄『千崎道國』


 勝者は、人類の英雄。【月下】アヴィス・マナフスィリ。


 戦場:灰の楽園。死傷者数0。


 第二の勝利は、人類が獲得した。

ご拝読いただきありがとうございました。

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