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降り積もる灰の理想郷  作者: 螺鈿
第二章 月夜に吼える不落城
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第四十三話 ダンスホール

 アヴィスを巻き込んだ、千崎を起点とした城の顕現から五日が経過。決着の期限が残り二日まで迫っていた。


 アヴィスが囚われている部屋の入口と出口を繋いで、どう足掻いても出られない細工をしたのだが……どうやら、あの人類の英雄は最初から狂っていたらしい。潜ませていた携行食糧を口にしながら、ずっと壁を殴り続けていた。


 この調子だと発狂死は狙えそうにない。望むのは勝利であって引き分けではない……このままでは困る。


 そこで三日目に突入した辺りから、部屋全体に兵器を取り付けることにした。大砲やガトリングガン、自動で動く鎧人形まで様々な殺意の塊がアヴィスを襲い続けることになる。


 創増殖皇が失敗していたように、千崎の顕現させる城は破壊不可能の概念武装。アヴィスに出来るのは回避か防御のみで……一日もあれば瀕死になるだろうと思っていたのだが。


 順番に説明しよう。まず鎧人形等のシンプルな武器。これは矛盾よろしく、武器と武器をぶつけることで破壊された。そんな抜け穴があったとは……盲点だった。


 次に銃火器等の近代兵器。これは弾丸を発射する都合上射出穴があるが……ここに砕いた武器の破片を詰められた。


 このように全ての兵器に冷静な対処をして、また壁を殴り始めた。こいつはもうダメだ、狂ってやがる。それでいて目にはしっかりと理性の光がある……訳が分からない。


「いるんだなあ……こんな面白い奴が。めちゃくちゃ機嫌がいい時の陸堂もこんな感じだったなそういえば」


 未来において、並ぶ者なき最強であった友のことを思い出す。隙あらば人間という種そのものを絶滅させようとしてくるとんでもない奴だったが……いい仲間だった。


 火力ならあの執行委員会すら上回る怪物だ。奴なくして未来での執行委員会討伐は為らなかったと言っても過言ではないだろう。後ろ向きすぎる且つ人間絶対ぶっ殺す精神さえなければもっと仲良くなれていただろうに……


「さて、このままじゃ埒が明かんがどうするか……」


 城の中において千崎は全能。あらゆる法則を無視した攻撃が可能となるが……それでは届かないらしい。


 以前やったことのある城ごと爆破……ダメだ、今は自分が中にいる。そもそも爆破如きで死にかけるほど柔な相手ではないだろう。では毒ガス……?あ、コレだ。


「別に俺は自殺でもいいしな。なんだ、結構簡単な所に答えがあったじゃないか。良し、毒ガス作戦実行!」


 そうして、五時間ほど過ぎた後。密封された部屋の中にはまだ壁を殴り続けているアヴィスがいた。観測室の千崎もさすがにドン引きだ。何故毒が効かない。


「わからん……何故だ……?夜だけ巨大化するあの右腕はまあ異能か英雄神話。アレが関係しているのか……?」


 しかし、今は昼だ。材質の都合上、この城内部の時間は外部に左右される。


 必死に考える。このままではジリ貧だ。まさか閉じ込めた側がこんなことを考えなければならない日が来るとは……夢にも思わなかった。さて、本格的にどうするべきか。


「……仕方ない、使いたくなかったんだがなあ」


 どうやら、誘い文句を現実にする必要がありそうだ。


 ため息を吐いて、アヴィスのいる部屋に転移する。当然襲いかかられるが……何故か、彼の拳は途中で止まった。


「さて、マジでめんどくせえんだがな」


 ボリボリ頭を掻いてアヴィスを押しのける。拳を突き出したまま不安定な体勢で停止していたアヴィスはそれだけでよろめいて倒れ、尻もちをついたまま動けなくなった。


 見下ろしながら、煙草に火をつける。この城の主は千崎なのだから、灰の楽園の時のような得体の知れない罪悪感に襲われることもない。亭主の感覚か、これが……


「仕方ねえ、ルール説明といこう。ここは俺も把握し切れてない無数のルールの上に成り立ってる……神殿だ」


 千崎が腕を振る。するとガタンと音を立てて部屋の構造が変わっていき、水晶の玉座がある部屋に繋がった。


「神は当然俺。俺以外の生命体は全て信徒。どう足掻いてもお前は俺に傷一つ付けられないってワケ。わかる?」


 無茶苦茶なルール……とは思うが。まあ、神秘や英雄創世というのは大概そういうものだ。英雄と認識されるほどなら尚更のこと……おかしくは、ないだろう。


 だが、よもやここまでとは思わなかった。引き込まれた時点で終わりだというのは理解していたが、こうと決定的な終わりに直面するとは思わなんだ。未来というのは一体どれだけ信仰心の深い者が集まっているのか……


 現行逮捕部は、凶悪犯罪者の逮捕のためならばライア教の神像すら打ち壊した。随分と価値観も変わったものだ……


「普通なら話はここで終わりだ。俺は食糧ぐらいならいくらでも用意出来るからな……だがな、今回は違う」


 椅子を出して、どっかりと座る。ついでに灰皿も出す。


 ふぅーっと煙を吐いた。神に手を出したペナルティとして動けないアヴィスに、薄い灰色の煙が襲いかかる。


「期限付き、お前は英雄、どんな手を弄しても死なない。とてもじゃないが、孤独死やら餓死やらは待てない」


 非常に残念だけどな、と付け足してまた煙草を吸う。基本耐久戦ばかりを行ってきた千崎は、明確な攻撃手段を持たない。それに加え、アヴィスのような英雄とも初めて戦う。


 未来の執行委員会は史上最悪の強敵だったが、それでも仲間がいた。単体で戦うのは、最初で最後だ。


 (いや、陸堂との初戦は一人だったか?)


「……突然黙りこくって、引き分けの提案ですか?」


「ん、ああいや済まない。えっとだな、続き続き……」


 体の節々が傷んで思考がまとまらない。すぐに未来のことを思い出しかける……いかんな、これは。本当に。


 そろそろこちらも限界のようだ。いくら食糧は作れるといっても、やはり大地に根を張って育ったものとは違う。ずっと頭にモヤがかかったような感じがする……


「だからな、ここは一つ……神サマと遊ぼうぜ?」


 灰皿に火を押し付ける。


 どこか、こことは違う次元に引っ張られるような感覚がしたかと思うと部屋の内装が変わっていた。


 否、内装だけではない。これは……“なにもかも”か。


 (距離が離れた、穴の空いた床……?シャングリラがでかすぎる、あのマネキンの群れはなんだ?演奏家だと?)


 即座に周囲を見渡す。生涯華やかな場所に縁がなかったせいか分からないが……ここは、なんだ。マジでなんなんだ。


「あ、知らねーか?そうだなあ、なんつーか……」


 ホール、と言うべきか。巨大な半円状の空間。扉は二つあって、一つはアヴィスの後ろ。そしてもう一つは遙か遠くに立っている千崎の後ろ。豪奢な装飾が施されている。


 上部には、あまりにも巨大なシャングリラ。光量がとんでもない……待て。アレはただのシャングリラじゃない……本来ガラス細工があるはずの部分にあるアレは……人骨?頭蓋や大腿骨があるところを見ると、確かに人骨だろう。


 穴だらけのパネルのような床の上には無数のマネキンが踊っているようなポーズで立っていて、その中には演奏家の集団と思われる外見のものもある。ますます訳がわからん。


「【終わりなき幻想神殿】……ここはそういう名前だ。いいや、“だった”、と言うべきかな。まあ……なんだ」


「歯切れが悪いですね。何が言いたいのです?」


「【神殺しの堕天最奥】。俺はそう呼んでる」


 くい、と千崎の親指が示したのは壁面。


 古ぼけた絵画がある。所々剥がれていて、一部判別できない部分もある。構図は……剣を向け合う神と人?


「俺が顕現させたこの神殿のルールの一つ……なんだが。俺もまた、信徒を殺すことは出来ねえんだ」


 未来は、ある事情のせいで同一神秘の保持者がいない。そして、他者に干渉する神秘の多いのなんの……その中に、一時的だが神秘を交換する神秘を持つ者がいた。


 渦巻と入れ替えられたことがある。その時、神殿のルールが一部変わっていた。恐らく、神殿が奉る神が変わったからなのだろう。驚くべきことに、【終わりなき幻想神殿】という神秘は誰が使い手になるかでその性質が大きく変わる。


 そして、千崎が使う場合、神は信徒を殺害できないというルールが生まれる……何故か、攻撃は可能だ。


「だからまあ、さっきまで殺す気はなかったんだ」


 これは真実である。千崎はアヴィスの部屋に兵器を設置したり毒ガスを放出したりしたが……殺す気はなかった。


 瀕死になればいい、と思っていた。トドメは神殿を消してから刺すつもりだったのだ。だからこそ、致死性の高い毒ガスという手段に辿り着くのに時間がかかった。


「だがな。一つだけ例外があるんだよ」


 それがここだ、と付け加えてため息を吐く。


 諸々の説明を開始した。【神殺しの堕天最奥】……この空間は神と信徒の干渉制限がより強固になる特殊領域。それに加えて両者の身体以外の戦闘能力は剥奪される。


「一種のお遊びなんだがな、ルールは至って単純」


 乱立しているマネキンは、踊り手を求めている。


 そのどれの手を取ってもいい。ただ、手を取った瞬間から死の舞踏が始まる……と言っても、精神世界の話だが。誰もが抱えるトラウマ、かつて相まみえた強敵。そんな存在が精神世界で再び襲い来るのだ。


 当然、精神世界では武器の携行も神秘や異能の発動も許可される。これを打ち倒せば……鍵が、手に入る。


「その鍵は俺たちの後ろにある扉の鍵だ。中には赤いボタンがあってな、それを押すと相手は真下に落ち続ける」


「落ち続ける?ここは神殿、限りは……」


「ない。ただただ、死ぬまで落ち続ける」


 この空間を使ったのはこれで二度目だ。一度目は峠を殺すために使った。押すのが同時だったから何もなかったが。


「本来それで終わりなんだがな……俺の目的は俺の勝利であって、魔族の勝利じゃねえ。お前に死なれちゃ困る」


 はぁーっともう何度目か分からないため息を吐いて千崎が歩き出す。アヴィスも、同じようにして前進を始めた。


 穴の空いた部分も……同じように、落ち続ける落とし穴なのだろう。そう思うと、この空間の理不尽さがわかる。気付かず落ちればその時点で終わりだ。


「先に鍵を手に入れた奴の勝ち。どうだ?」


「……悪くない。その勝負、乗った」


 千崎とアヴィスが同時に笑い、マネキンの手を取る。


 何もせずとも、千崎が自死を決定している以上アヴィスは勝利する。だというのに何故こんな勝負をするのか……


 嗚呼、夜が疼く。きっと……二度目の最終闘争を。


 この身体が求めているからなんだろうな。


「ダンスホールは、踊るための場所だからな」

ご拝読いただきありがとうございました。

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