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降り積もる灰の理想郷  作者: 螺鈿
第二章 月夜に吼える不落城
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第四十二話 50m

 作戦は、いくつかあるが。


 大前提として、英雄としての千崎道國が同時に顕現させていられる城の限界量は“2”。英雄創世で1、神秘で1。椅子で一城に人類の英雄の刀を封じるために一城使った。


 戦闘とは思考と選択の螺旋。強者であればあるほど、その行為はより濃密に、難解になる。英雄として世界から選抜されたアヴィスや千崎は、言うなればその頂点に座する者。一挙手一投足に意味があり、それを解読する必要がある。


 その点において、戦争が日常となっていた過去から訪れたアヴィスは千崎を遥かに上回る精度を持つだろう。


 (椅子消して走る……いや、ダメだな)


 その程度なら千崎でも分かる……悟られる。


 英雄神話、英雄創世ならともかく。神秘は発動するのにエネルギーを必要とする。異能も同様。一人目の英雄戦争終盤の渦巻のように、余力がない者は使用出来ない。


 当然ながら、千崎が顕現させた城を消すのにもエネルギーを必要とする。アヴィスへの接近を目的とする千崎が、椅子代わりの城を消す必要性はない。エネルギーを失う可能性があるのなら尚更のことだ。アヴィスはそれを理解している。


 また、城を顕現させることが出来なければ千崎は取るに足らない弱者であることもアヴィスには悟られている。


 城を消す……つまり、それはそうする必要がある故の行為となる。アヴィスが正解に辿り着くのは……早いだろう。


 (残したまま走って、消して出すを一瞬でする……)


 それしかないだろう。凄まじい荒業だが。


 椅子代わりの城を残したままアヴィスに接近、彼に触れて城を顕現させる直前のコンマ数秒で……消す。


「シミュレートは完璧。……行くぞ、人類の英雄」


 返答は銃弾が返した。


 弾頭、内部構造、火薬。その全てが敵と距離を取るためのもの。ノックバック効果に全振りした異常機構。


 その代わりに殺傷能力はない。千崎のような特殊な防御能力を持たない者でも、軽い火傷で済むような威力。


 だが。その速度は、到底視覚で捉えられるものではない。


「なんっだ……こりゃぁぁぁああああ!!!!!」


 踏み出せたのは僅かに二歩。着弾と同時に全身を捻ることで可能な限り衝撃を逃がしたが、その威力は未だかつて経験したことのない強すぎるものだった。たまらず吹き飛ぶ。


 決死の覚悟で詰めた数メートルがパアだ。元々取られていたよりも多い距離を引き離されてしまった。


「近付けさせない。その城は……脅威に相当する」


 地平線の彼方に沈んだ太陽は、灰の楽土を照らさない。


 アヴィスの右腕は既に肥大化している。夜をトリガーとして自動発動する英雄神話がそうさせているのだ。


 だが、彼の瞳には確かな理性と知性の光が垣間見える。冷静に、冷静に、開戦の七日が訪れるまでに加工して作り上げた通常の銃弾を拳銃に込める。鉄の音が、臭いがする。


「接近戦が本懐なのはこちらも同様。しかしその城の脅威は本官の全力戦闘を上回ると想定……結論」


 ナラーシァに教えられた理性を制御する方法。いつもは脳内で完結させている情報を口に出して整理する。


 リボルバー式の拳銃だ。ラズヴァーリが作らせたもの。装弾数は六発、構造上連射は不可能。しかしそれは、つい七日前までの話。通常使用を可能とする改造は済んでいる。


 外部から拳銃の側面に取り付けた二つ目の撃鉄を落とす。部品の位置がズれ、通常使用が可能となった。


「このまま遠距離戦にて仕留めさせてもらう」


 ノックバック効果を重要視した使用法を特殊使用と呼称するとして。通常使用と特殊使用の切り替えは、第二の撃鉄を落とすことで容易に行うことが出来る。


 千崎が一定以上の距離を詰めて来た場合、即時に特殊使用に切り替える。それ以外の場合は通常使用する。


 これで、アヴィスは絶対的優位を保ったまま遠距離戦を行うことが可能となる。本領である近距離戦を捨ててでもする必要があると判断した遠距離の優位……


「二度と本官に近付けると思うなよ。魔族の英雄」


 照準を定め、引き金に指をかけ


「クソがぁ!プランBってやつだなあ!」


 る、その前に。


 クラウチングスタートの構えを取った千崎が、大量の灰を巻き上げながら駆け出した。一瞬、手が止まる。


 巻き上がった灰が、つい先程まで千崎の椅子となっていた城を覆い隠した。目的を悟られる前に消し、着弾は恐れずにとにかく前進。二つ目の作戦を実行する。


 (どっちにしろ本格的な遠距離戦になったら勝ち目はねえんだ!まだ勝機がある方に賭けさせてもらう!)


 アヴィスは拳銃が主武器ではない。


 だが、それが何かを問わず物の扱いには長けている。装弾数全六発、高速連射が可能。タイプはリボルバー。そんな拳銃があれば……連射数は弾数とイコールになる。


 千崎はそれを知っていた訳ではないが、最初の装填でアヴィスの器用さを見抜いた。だからこそ、こうして走る。


 だが、ただ走る訳ではない。一面灰の大地、拳銃を使う敵と戦うのに利用しない手はないだろう。踏み出す度に足を深く沈みこませ、とにかく灰を巻き上げながら走る。


「補足が困難……考えたな」


 足音の位置で、千崎の座標を確認する。


 ある程度の目星を付けたら……後は撃つだけだ。超速の装填と射出を繰り返しながら少しづつ後退する。


 が、それでは埒が明かないと理解するのは早かった。


「ちっ……このまま近付かれるよりは、マシか!」


 拳銃を収納し、肥大化した右腕を露出させた。


 千崎が灰を巻き上げて自身の姿を隠すなら、それ以上の暴力を以てその灰を晴らす。拳銃では出せない火力で。


 全身の関節を限界まで捻り、力を右腕に集中させる。進行距離は5m未満に抑え、超々短距離での加速と停止をほぼ同時に行いながら凄まじい質量の右腕を横に薙ぐ。


 そうせねば……この灰を晴らし千崎を補足出来ない。


 アヴィスは既に気付いている。千崎が城を出すには何らかの条件がある、ということに。そしてそれを何としても悟らせまいとしていることも。


 必要なのは、その条件を見抜くことだ。でなければそれが敗北に直結してしまう可能性がある。


 故に使わせる。あの城の強度も重量も、アヴィスはよく知っている。刀を封印するために強制武装させられた超小型の城ですら、まともに持てない重さとなっている。また夜の右腕を用いても傷一つ付けることは出来なかった。


 奇襲形式で使われれば、致命傷になる可能性がある。条件さえ分かれば、封印も出来る。早急な解明を……


「遅せぇんだよ判断がよォ!」


 右腕を振るうための前傾姿勢を取ると同時、灰の煙幕から千崎が抜け出した。アヴィスが重心の位置を入れ替える。


 千崎がその小さな肩に触れる寸前、アヴィスが体全体を倒すようにして後退した。突き出した手は空を切る。第二の撃鉄を落として下方に射出、凄まじい勢いで離脱した。


 しかし。その抵抗は無意味である。


「……ッ!そういうことか、未来の英雄……」


 アヴィスは一刻も早い離脱のために、装備していた物の中で最も重い……刀を放棄した。千崎の足元にある。


 現在顕現している城は、一つ。千崎を起点とした英雄創世の発動により、アヴィスを除外した全てが幻想の神殿の只中に取り込まれた。灰の楽園においてアヴィスは孤立する。


「自身を起点とした城の顕現……?何のつもりだ……」


 無意味だと理解しながら、通常使用の拳銃で城を撃つ。やはり傷一つ付かず、銃弾は硬質な音と共に弾かれた。


 そして、内部。千崎はひと息吐いて座り込む。


「あ"〜……疲れた……不調時にするもんじゃねえな……」


 千崎は元よりギャンブラーでもなければ、自身が前線に出て敵を殲滅することに重きを置いた戦士でもない。


 創増殖皇の拷問によって絶不調である今、未来でもしたことのないような大博打に出るべきではなかった。心臓の鼓動が痛いほどに強く、全身の傷跡の痛みが増している。


「さて。これで接触は可能になりましたねっと。どうすっかなあ……すぐ動いた方がいいんだが、ダルいしなあ……」


 神秘でも英雄創世でも、千崎が顕現させる城の内部構造とルールは変わらない。内部は物理法則……のみならず。あらゆる理を無視して、千崎の思い通りの世界が描かれる。


 千崎が今回顕現させた城は巨大なものだ。アヴィスと自身を分断するために、あわよくば顕現そのものによる衝撃でアヴィスにダメージを与えるためにそうした。


 違和感。世界誕生の時より刻み込まれている法則を破ることによる違和感は、英雄も凡人も関係なく襲う。理想は、一秒にも満たない短時間で城から出てアヴィスに接触することだったが……流石に疲れが、痛みが限界に達していた。


 もしそう出来ていたなら、有り得ざる移動スピードによる違和感でアヴィスの動きを停止させることが出来ていた。より安全な接触が可能だったのだが……まあ、いい。


 生命体に干渉できないが故に治療も不可能だが、とりあえずこの安全地帯で痛みが少しでも和らぐのを待とう。


「中に入れりゃ、勝機はある。なんなら自然消滅でもいいんだ俺は……決着の七日最終日に自殺すりゃいいんだし」


 千崎の目的は勝負に勝つことだ。魔族の未来など、どうでもいい。ただ渦巻のための勝利が目的なのだ。


 孤独に慣れている。何もない、永遠に繰り返される水晶の牢獄の中に囚われる孤独に。何度扉を開いても同じ幻想が目の前にあって……誰も、微笑みかけてくれないような。


 果たしてアヴィスはどうなのか。同じように、何もない孤独ではなく。繰り返される孤独に耐えられるのか?


 アヴィスと千崎を別の部屋に隔離し、孤独を与える。彼が発狂でもすれば勝利と言えるだろう。精神が崩壊し戦闘能力を失った英雄は、赤子にも等しい弱者となる。


 千崎の神秘、【終わりなき幻想神殿】。あらゆる法則を無視した、無限に繰り返される幻想の牢獄。


「うし、そろそろ行くか。俺の本気を見せてやる」


 コキコキと首を鳴らして立ち上がる。


 眼前、玉座の間に繋がる扉に手をかける。本来は城の頂上に最も近い部屋だが……【終わりなき幻想神殿】にそんな法則は通用しない。この扉も、出入口となる。


 無駄と理解しながら城を撃つ拳銃の音が消え去ったそのタイミングに合わせて開く。灰の楽園が視界を埋める。


「はい、タッチ。続きはダンスホールで楽しもうぜ」


 彼が目を剥く暇もなく、アヴィスに触れた。


 超至近距離での射撃を行っていた。それが仇となった。もし後数cm離れていたのなら、回避出来ただろうに。


 もしくは、右腕を振るっていたのなら。


「……全て、無意味。有り得ない夢想か……」


「やっとこさ50m埋めたんだ。報酬は輪舞曲で頼むよ」


 刀に武装させた城が消えた時。


 獣と青年は、永劫続く幻想神殿に入城した。

ご拝読いただきありがとうございました。

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