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降り積もる灰の理想郷  作者: 螺鈿
第一章 血濡れて消えた恋心
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第四話 ひと月の猶予

「人類側七柱、魔族側七柱。この選別では、計十四柱の英雄が召喚されます。ナラーシァ様は記念すべき一柱……」


「あー、良い。そういうのいらん。ルールだけ話せ」


 召喚されてから二日、ナラーシァは与えられた居城に四帝を招き入れ、英雄戦争のルールを聞いていた。


 畏れ敬うべき英雄を前にして、一々ナラーシァを褒め称えたり特別感を与えてこようとするマージュたちを前に、ナラーシァは早々にうんざりしていた。


 お気に入りを外そうかとも思うが、彼らにはかつての部下にはなかったもの……高い成長性がある。


「では……細かなルールを挙げればキリがないのですが、ナラーシァ様に覚えていただきたいのは三点のみとなっております。まずは滞在期間について」


 こうして、言えばすぐに対応する点は高評価だ。その美貌故に何度言ってもあなたは美しいだの美の女神だの言ってくる昔の人間とは大違い。人は進化するのだと実感する。大概の人間は年老いると老害化するが、マージュはその枠に囚われないようだ。同僚の三人が大体二十代で若い、四帝という立場もそうさせているのだろうか。


 マージュが言うには、最大滞在期間は約一ヶ月。もう少し現代を楽しむ猶予があってもいいだろうに。


「召喚されてから七日間の自由。これは義務です」


「義務。自由が義務とはなんとまあ……愚かというか」


 追加の説明によるとこの七日間は戦闘が許可されない。しようとしても世界からの抑止が働くそうだ。


 ただ、前例がないので確信はもてないがそこは結構ガバガバらしい。正当防衛は許可されるし、一方的な虐殺、蹂躙なども戦闘とはカウントされない。娯楽としての狩り等も許可される……世界、適当すぎないか。


「その七日間が過ぎれば、そこからまた七日以内の魔族の英雄との開戦が義務付けられます」


「なんだ、義務好きだなお前たち。息苦しかろう」


「別に好きでは……ただ世界が課してくるだけで……」


 境界侵食技術により英雄たちは召喚される。しかしそれは世界の記録を無理やり拝借するのと同義。当然ながら許可なんて得てないし、強盗にも等しいことをしているのだ。悠久の時を流れ続ける世界でも、さすがにブチ切れてしまうのも無理はない。記憶を掠め取られれば誰でも怒る。


 そのため、腹いせとでも言わんばかりに世界がいくつものルールを課す。破れば英雄本体が凄まじいダメージと制約を無理やり課せられ、痛すぎるペナルティを背負うことになる。


「開戦から七日以内の終戦。これもまた」


「義務。そうであろう?ここまで来ればわかるわ」


 はっは、と笑ってはいるが目が笑っていない。四帝の忠実な下僕であった時期もあるナラーシァからすれば、元々義務という言葉は好きではないのだ。当時の四帝は今よりも無能だったこともあり、すぐに臣民を縛ろうとした。


 そろそろ限界なのだろう。嫌悪感が具現化し始めている。強烈な感情というものに耐性がないフルルやラスタなどは既に全身の震えが止まらなくなってきている。


「そして終戦から七日以内の消滅で終わりです。計二十八日間、英雄は現代に滞在できます。よろしいでしょうか」


「理解理解。気が利くな、お前。無駄に歳を食っておらん」


 敢えて義務という言葉を使わなかったことを言っているのだろう。フルルのような政治に直接関わる人間ほどではないが、四帝最年長のマージュも言葉には気を遣う。


 英雄が相手ともなれば尚更だ。


「次に英雄の数と勝敗の基準です」


「数は十四であろう?戦は七度。では四勝先取。違うか?」


「いえ、その通りで……まあ考えればわかりますか……」


「なんか距離感近くなってない、お前?友達か?」


 そういうアンタもだいぶ近くなったけどな、と言いかけたカーニエの口を全力で塞ぐフルルとラスタ。短い時間の邂逅だが、ナラーシァが典型的な天上天下唯我独尊な性格をしていることは理解出来る。迂闊なことを言うべきではない。


 なんならお気に入りのマージュ以外は何も言うべきではないのだ。そういうところに気付けないからカーニエは他と比べて人望がない。人の上に立つなら勘の良さ等も大事だ。


「何度言っても聞かん、脳筋ゴリラはこれだから」


「ラスタ、出てる。口に出てる。抑えようよ」


 因みにナラーシァはこういう人間が嫌いじゃない。若さ故の未熟、若さ故の失敗。若さ故の自制心の虚弱さ……そういう見ていて飽きないものは大好物だ。


 ならば当然、それを成す若者も大好きだ。


「苦労が多そうだな、老爺。禿げるのも時間の問題か?」


「いえいえ、楽しませてもらっています」


 年老いてどこか達観しているマージュとどうみても二十代前半の美女であるナラーシァが同じような目をしている光景は違和感しかないが、同時にどこか自然に見える。


 英雄は召喚される時、全盛期の肉体、生涯をかけて鍛え上げた技術、英雄神話又は英雄創世と名を変えた英雄を英雄たらしめる事象。そして一生の間に変化した分も含めて全ての性格が統合される。要するに人格が重複するのだ。


 子供の頃の好奇心に満ちた性格、思春期の複雑極まる性格と青年期の増上慢、老いを自覚し始めてからの哀愁や悲嘆、完全に年老いてからの完成された性格。その全てが同時に存在し、同時に主張するのだ。擬似的な多重人格と言ってもいい。何故そこまで複雑なのかは、わからない。


 ナラーシァはすぐに慣れたが、人によっては窮屈なことこの上ないだろう。そう簡単に許容できるものではない。マージュがそうなったとして……発狂してもおかしくない。


「さあ、三つ目。最後だろう?話すがいい、老爺」


「は。ナラーシァ様の試合の勝敗の基準です」


 そこはナラーシァ自身もずっと疑問に思っていた。敗北を認めるまで勝敗は付かないのか、殺せば問答無用の勝利なのか。バックの大きい戦争限定ではあるが、ナラーシァの時代では、敵の戦士が死亡した場合はその戦士の所属する国、又は組織の声明を持って決着とした。


 未来がどうかは知らないが、そこはどうなったのか。


「正直言ってあのシステムは嫌いだった。遺言書でもあればある程度融通が効くが、基本国の利害で決まる。敗北を認めねば代理の戦士が出てくる……本当に、吐き気がする」


 生涯どんな勝負にも勝ち続けたナラーシァですらそう思うのだ。敗者の無念はどれほどのものなのだろうか。


 だがこのシステムを厭うと同時に、完成されすぎたシステムだとも思う。戦争や何かを賭けた勝負の目的は勝利ではなく、その先の利益だ。これはその面を体現している。


「戦争は、国と国の利益の天秤。戦士は代理。今回の英雄戦争と似ているなあ……よもや、同じとは言うまいな」


「……英雄の勝敗に関し、人類も魔族も干渉は致しません」


 意外だった。無干渉、と来たか。


 何としても勝利したいであろう両陣営の首脳が無干渉とは、中々どうして思い切った方針だ。ナラーシァがそちら側だったとして、同じことが出来るかどうか。


「お互いが戦いの中で勝利と敗北を決していただく。そうして英雄戦争は終結すると……我々は考えております」


「ふーむ。くく、見直したぞ。殊勝な心がけではないか」


「は……他のルールはお聞きになりますか?質問などは……」


「ない。妾は戦い、魔族の英雄に勝利する。それだけでいいのだろう?ならば容易い、くく、楽しみにしておれ」


 見れば、ナラーシァは心の底からの笑みを浮かべているようだった。先程の目が笑っていない笑みとは違う。


 ……昔は良かった、などと言う者がいる。だが今この瞬間を持って、ナラーシァはそうは思わなくなった。人類はずっとずっと良い方向に進化してくれた。嬉しいことだ。


 これで、心置きなく人類を救うことが出来る。真っ当な理由を持って、やりたいように人類を救うことが出来る。


「良い良い、妾の勝利は絶対だ。必ずや人類を救おう。あーいや、違うな。人類の勝利の幕開けとしよう」


 最初の勢いというものがどれだけ大切か、戦士であるナラーシァは熟知している。理解している。ここで勝てば、人類が勝利するための流れは整うはずだ。


 うんうん、と頷き立ち上がる。四帝を引き連れて居城から出て、街の散策に出ることがした。途中、その美貌に見蕩れるメイドや執事が多くいた。すれ違う度にそうなるのは少し鬱陶しかったが、悪い気は一切しなかった。


「そういえば、人類が四勝をもぎ取ったら魔族はどうなるのだ?アレか、不思議パワーでどかーんか」


「いえ、異能と神秘の複合契約により負けた側は一切の戦闘能力を剥奪されます。後は一方的な虐殺です」


「……それ、民は知って……おらんよなあ。なんとも、まあ」


 ナラーシァは散歩が好きだ。過去の華やかさに欠ける街並みを部下を引き連れて歩くのは中々に開放感があって良かった。現代の娯楽や誘惑に塗れた街並みも良いものだ。


 ……時々不快な視線や気配を感じるが、英雄としてそんなものは慣れっこだ。気にするだけ無意味というもの。


 大事なのは、その光景を楽しもうとする心だ。


「……あの、ところでナラーシァ様?何故突然……」


「深い意味はない……ただ、気分が良くてな」


 これより召喚される六柱の英雄の中に、ナラーシァほど人類を愛している者はいない。純粋に人類の進化を喜び、その姿勢に感嘆し気分を良くする者はいない。近い感情を抱くことはあっても、こんなにも子供のように無垢ではない。


 鼻歌を歌いながら大通りを歩く英雄など、いない。


「ああ、今日は良い日だ。とても良い日だ」


 陽光降り注ぐ街中で、美貌の英雄は優しく笑った。

ご拝読いただきありがとうございました。

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