第三十八話 対特攻保有概念生命体
「調子はどうですか。喋れる程度にはなりました?」
「駄目ですね〜。肯定と否定しか出来やせん」
「マルバツゲームですか。まあ……十分です」
千崎が拷問されてから五日後。
創増殖皇の過大評価だったのか、彼はまともに動くことも出来なくなっていた。精神科医の言うように、出来るのは問われたことに肯定か否定を示すことだけ。
しかし、創増殖皇の目的は未来の情報を聞き出すこと。ならそれだけでも大した問題にはならないだろう。
壊れた……と言うより、創増殖皇に逆らう英雄の存在価値は情報と、たった一度の勝利のみ。渦巻は純粋に身体能力が高すぎたが故に千崎のように出来なかったが、能力頼りの英雄など所詮はこの程度だ。どうとでもなる。
「もう、折角ウチの高レベルな神秘を使って心も体も癒してあげたのに……英雄にしては、少し脆すぎませんか?」
千崎の介護を担当していた職員を下がらせ、千崎と二人きりになる。【太陽暦】の怪我が完治していたらここに連れてきて威圧させるのだが……まだ治りそうにない。
開戦の七日が始まると同時期に治るだろう。まったく……何故こんな重要な局面で重傷なんて……
「ま、威圧しても意味はないでしょうけど」
千崎の肉を潰したペンチを取り出して見せても、彼にはなんのなんの反応もない。外界と精神を完全に切り離してしまったのだろう、今の彼はただの拍動する人形だ。
それでも、不完全な会話が出来るようになるまで回復させたあの職員は優秀だ。後で給料を増やしておいてやろう。
録音機とカメラを取り出し、起動。千崎から聞き出すことが出来る情報はどれもこれもが超重要……使い方によっては魔族歴3000年の逆行的消滅も阻止出来る可能性がある。
「さて、英雄千崎。私の質問に正直に答えてくださいね」
ガクン、と千崎の首が落ちる。これが肯定か。
全身を厳重に固定された千崎は、虚ろな目をして俯いたまま。喉もキツく拘束されている……単純に、声が出せないだけという可能性もなくはないか。
本当に、精神性以外は英雄と言えない弱さ。
「本当は未来のどこから来たのか知りたいのですが……ゴホン、それでは……あなたは、渦巻鐘音より強いですか?」
当てずっぽうで未来の魔族歴を言うのは可能だが、時間がかかりすぎる。年代を聞き出すのは次の英雄からにする。
千崎はふるふると首を横に振った。何か切り札でも隠しているかもしれないと思ったが……何もないようだ。この英雄は強さという面で見た時、渦巻よりは弱いらしい。
「第八魔族街に、未来の英雄は集まっていますか?」
縦に首を振る。やはり、灰の楽園がなかったことになっている。もはや間違いないだろう……しかし、何故だ?
第八魔族街はその全てが灰と化した。人が住めるようになるまで掃除して、その上にまた同じ名前の街を建設する余力は魔族にはないはず。だと言うのに何故、未来には当たり前のように第八魔族街が存在しているのか……
「ふむ……なるほど。【執行委員会】、【無へと帰す獣】、【氾濫する流動体】。未来、あなた方が英雄となった期間の中で、これらは顕現しましたか?」
少し間が空いた後に、千崎が首を横に振る。以前執行委員会の名前は出ていたはず……部分的に違うのか。
質問を追加する。どうやら未来で顕現したのは執行委員会のみのようだ。まあ、そう簡単にあの化け物共が顕現しまくる訳もなし。未来の魔族は、どんな罪を犯したのか。
だが、出現していないにしてもアレらが無関係なはずがない。未来は……予測すら出来ないカオスのようだ。
「対魔族・人類・事象特攻保有概念生命体……鍵は、奴らですか。謎が多いですからね……対処法を」
独り言のつもりだったが……千崎の首が横に揺れる。
(……は?)
有り得ない、と認識する。千崎が今の独り言をどう解釈したのかは知らないが、奴らが無関係なはずがない。
対処法、という言葉を聞いた以上、千崎の解釈は魔族歴3000年の逆行的消滅で間違いないだろう。そう仮定したとして、何故奴らが無関係になる!?
他にいると言うのか。歴史の消滅を為せる存在が!
「そんな馬鹿な……なら、私の抵抗は全て無駄……?」
否、否、否だ。そんなことあるはずがない。
創増殖皇が一人で調べ上げ作成した、対特攻保有概念生命体に関する重要書類を部屋から引っ張り出してくる。しばらく使うことはないだろうと思っていたが、まさかこんな。
一ページ一ページ念入りに読み上げ、最後に問う。対特攻保有概念生命体は、今の内容で合っているか、と。
千崎は首を縦に振った。
「馬鹿な……認識のズレも、ない……」
対特攻保有概念生命体。それは世界が誕生した時点で発生した生命体の総称であり、三種類存在するとされている。
対魔族特攻保有概念生命体、執行委員会。
対人類特攻保有概念生命体、無へと帰す獣。
対事象特攻保有概念生命体、氾濫する流動体。
これらはそれぞれ、その名を冠するモノに対しての特攻効果を保有する。所謂、天敵というやつだ。
執行委員会は魔族への、無へと帰す獣は人類への、氾濫する流動体は事象そのものへの特攻効果を保有しており、創増殖皇の調査が正しければ、尋常の生命では干渉することすら不可能であり、超常的な神にも等しい存在である。
ただの消滅ならいざ知らず、逆行的な消滅を為せる者などこれらのうちどれかしかないと思っていた。
だが、違う……?
「境界観測技術の示した未来……魔族と人類の共倒れ……」
考える。境界観測技術で見えた未来は、魔族と人類の共倒れ。度重なる戦争の後に訪れる何か、魔族が“有り得ざる第三種”と呼称している何か。コレが原因の共倒れだという観測事項……
ここから、おかしい。何故共倒れが逆行する?創飛翔皇もそう認識していたが、共倒れと同時に世界が消滅すると創増殖皇も認識している。……どこで、仕込まれた?
認識の改変が行われている。四皇……恐らくは、人類の四帝も。人類と魔族が共倒れして滅びたとしても、世界そのものは存続されていく。環境への侵食がなくなるが故に、今までよりも世界にとって優位になっていくはずだ。
どう考えても世界は残る。この差異はどこで生まれた!?
「おかしい……おかしい!この私が、間違えた!?」
頭を振る。冷静になれ。慌ててもいいことはない。
仮定する。有り得ざる第三種、これは……未だに観測出来ていない対特攻保有概念生命体だ。言うなれば、世界への特攻を保有しているとする。ならば、辻褄が合う!
人類や魔族に組み込まれた、生存というプログラム。これは世界そのものの存続とも繋がる。世界の中でしか生きられない彼らは、何としても世界を存命させる……だが、それらが共倒れしたならば世界への特攻が機能する!
この有り得ざる第三種が何らかの手段で魔族と人類を共倒れさせ、邪魔者の消えた世界を消滅させる。
魔族及び人類は、対特攻保有概念生命体が誕生するほどに存在としての強度が高い。これらを消さない限り特攻が働かないというのは……なるほど、なくはない仮説だ。
「そういうことですか……納得です。それなら確かに、先の三つは無関係。焦りましたよまった……く…………?」
まだ謎は残っている。“どこで仕込まれた?”
創増殖皇は一人でここまで仮説を立てられたが、それは対特攻保有概念生命体の存在を知覚していたが故だ。これがなければ、辿り着けなかった。そしてこれは、創増殖皇を除けば未来の誰かしか知らないはずの情報。
誰が。そしてどこで。魔族史上最高の叡智の王冠である創増殖皇をすら上回る何者かが水面下で蠢いている。
英雄戦争に重ねて、消滅阻止のための対策。彼女は保険に保険を重ねて魔族を未来永劫守ろうとしている。
「……面白い!出し抜くつもりですか、この私を!」
創増殖皇の任についてから、必死で抵抗してきた。いつからか仕込まれていた、逆行的消滅という情報を元にそれを防ぐために。だが、まだスタートラインにすら立っていなかったとは思わなかった!勝負はこれから、ということだ。
ふ、ふふふ、と醜く笑って千崎を立たせる。執行委員会がどんな存在だったかも聞きたかったが、それはもういい。無意味だと理解した。これからは一人で考える。
有り得ざる第三種の正体、魔族と人類を共倒れさせる方法と蠢いている何者か。そして……情報を仕込まれた時期。
何故灰の楽園が未来に残っていないのか、という謎も明かさなくてはならない。何かあった、という記憶が未来の英雄にないのも気になる。全てなかったことになっているのは一体全体何故なのか……誰の仕業なのか?
やることが多い……ぞくぞくしてきた。
「あなたは、勝ってください。それだけでいい」
人類の英雄に関する情報が何一つ入ってこないため判断出来ないが、【太陽暦】から聞く限り敗色濃厚。
更に全身を一度破壊された後に外界を拒絶してしまっているとなると……逆に、どうやったら勝てると思える?という話だ。どこからどう考えても、敗北以外の未来はない。
だが、期待するだけならタダだ。腐っても英雄、創増殖皇に出来る最大限の期待をさせてもらうとしよう……
千崎のために空けさせた部屋に押し込む。厳重に鍵を閉めて、監視を数人付けさせた。開戦の七日が始まるまでこのまま放置で問題ないだろう。人類との交渉もしなければ……
そうして創増殖皇が過ぎ去り、暗く静かに閉ざされた千崎のための部屋。内部で、陰鬱な笑い声が響き渡る。
「くっ……はは……はっははは!!!!」
やがて大きくなって行ったソレは、千崎の喉から響いていた。しばらくまともな食事も水分補給も出来ていないせいで声を出すだけでも辛いが、抑えきれなかった。
「まんまと騙されやがったなァ、創増殖皇!」
執行委員会との戦争は、数年に及んだ。魔族の天敵であるアレとの戦争は苦難の連続で、精神攻撃で死にかけたのも一度や二度じゃ済まない。何度も心が壊れかけた。
その中で身につけたのが、コレだ。自身すら騙し洗脳した上で半植物状態になる奥義。未だに見抜けた者はいない。
誰が情報など渡すものか。あの程度の拷問も、執行委員会の攻撃に比べたら屁でもない!過剰に痛がり気絶してやれば満足しやがった……本質は小娘だったな、創増殖皇!
開戦の七日が訪れる前にここから逃げる。魔族と人類、どちらかを選べと言われれば当然選びたいのは魔族だが……創増殖皇という特級の危険人物がトップとなっている魔族に未来はない。既に改変は始まっているのだ。
人類の英雄と何とかして合流し、殺される。それを今後の目標としよう。この魔族は……滅んだ方がいい。
「まずは、逃げ出さねえとなあ……」
舌なめずりして、壁に背を預ける。
誰もが到来を待ちわびる七日が、すぐそこに迫っていた。
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