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降り積もる灰の理想郷  作者: 螺鈿
第一章 血濡れて消えた恋心
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第三話 英雄の少女

 人類のように、魔族も当然ながら英雄を召喚していた。魔族はピンキリが激しいため、草原を駆けて狩猟生活を送る者もいれば……彼らのように宮廷で生きる者もいる。


 創位階皇や創飛翔皇と呼ばれる、人類でいう四帝の立場である四皇しこうと呼ばれる者たちはその儀式に参加しない。厳密には、する必要がない。


 純粋な研鑽の末に境界侵食技術を習得したマージュと違って、魔族の境界侵食技術は一種の術式だ。事前に作っておいた術式を起動するだけで英雄を召喚できる。そのため、わざわざ四皇が英雄の前に姿を現す必要がないのだ。


 国の代表が魔族の運命を背負ってくれる英雄と顔合わせしておくのは大事だが……危険もある。魔族は、四皇は、十分な安全が確認出来てから英雄と接触する方針をとった。


「我々は……師よ。未来の英雄を喚ぶのでしたな?」


「そうだ。既に生まれることが決定している未来の英雄をこの地に喚び出す。情報がないのは少し怖いがな」


 良くも悪くも、魔族が召喚する未来の英雄は未知だ。人類もその全容を知らぬ代わりに、魔族もその全容を知らぬ。


 事前の取り決めにおいて、人類は過去の英雄を。魔族は未来の英雄を召喚すると決めている。過去と未来、どちらか一方から英雄の情報を引っ張りすぎると現在にどんな影響を及ぼすかわかったものではないのだ。


「しかし、戦争がないはずの未来で何故英雄が生まれるのかわからんな。未来はどんな世界なのか……」


「師よ、それは今考えることではありません。魔族の未来がかかっているのです、召喚に集中を」


 彼らは英雄召喚のために選ばれた境界侵食技術のプロだ。使うことは出来ないが、術式の補助ぐらいは出来る。


 術式を起動し、運命の紐をねじ曲げる。人類と真逆のまだ誰も知らぬ地点、これから生まれる時代。その中においても英雄と崇め奉られる稀代の強者を呼び寄せる。


「しかし、厳密には英雄ではないのでしょう?師よ」


 光り輝く魔法陣を見つめながら、弟子が問う。師と呼ばれる男は黙って頷いてその問いへの答えとした。


 世界そのものに干渉し、いつか生まれた……又はこれから生まれる誰かを呼び寄せる。それは不可能なことだ。人間の基準で大英雄と呼ばれる者も、世界にとってはただの命に過ぎぬ。広大なる世界は、一生命を記録しない。


 召喚される英雄が召喚時にのみ得られるギフトに、英雄神話。または英雄創世と呼称されるものがある。その英雄が英雄であると認識される要因となった場所や出来事そのものと言っても過言ではないそれは一種の“現象”に等しい。


 この世界で発生した事象、生命の紡いだ記録は世界が記憶している。境界侵食技術が召喚できるのは英雄そのものではなく、いつか世界で起きた、これから世界で起きる事象のみなのだ。つまり彼らは、英雄と共に事象を召喚しているのではなく事象に英雄を括り付けて召喚している。


「それでも意識はその英雄のものだ。誇り高き魂だ」


「……強力なのは間違いないですね。しかし、何故誰もこの召喚を行わないのです?使えば人類などとっくに……」


「大馬鹿者。そんなほいほいと召喚して歴史が絡まってしまったらどうする?時間という概念が崩壊してしまう」


「なるほど。つまり、今回のような世界すら想定していない第三者が必要な時以外行うべきではないと」


「そうだ。だが英雄には申し訳ないことをする……」


 弟子も黙ってそれに同意する。


 未来の英雄も過去の英雄も、現代では無関係の他人のはずなのだ。しかし、同じ種族を救うために無理やり召喚され戦うことを願われる。そこに英雄の意思は介在しない。


 英雄ではない。“事象”に縛りを課すことは不可能だ。実の所英雄は、それぞれの種族のために戦うことを拒否することが出来る。単純に、現在など知らんと否定することはできる。だが、忘れてはならない……彼らの思考は英雄だ。


 逸脱の力を保有する彼らにとって、願うことしか出来ない弱者の切望は振り解き難いものであろう。


 それは下手な縛りよりもよっぽど効果的な強制力となる。


 事実、ナラーシァがいい例だ。彼女は報酬を払わせることで戦うことを決意した……ように見せかけたが、単純に四帝たちの乞い願う姿に耐えられなかっただけだ。


 元々は魔族から人類を守るため戦った英雄。元々は人類としてこの世を生きた英雄。元々は。元々は。


 ナラーシァは生まれながらの強者だ。縋ることしか出来ぬ弱者の感情など、どれだけ考えたところでわかるものではない。そんな超越者だからこそ願われるし、応えるのだ。彼らには自分のような英雄が必要だと理解しているから。


「……ん、来るぞ!最初の英雄が!」


「一体どんな英雄が……魔族の未来の守護者は、どんな!」


 いい歳をした大人二人が、より強く輝く術式を前にして興奮を隠しきれないでいる。魔族の未来のためになどと言っても所詮彼らは探求者……自身の欲求には逆らえない。


 境界侵食技術のプロフェッショナル。運命が決定付けた過去と未来を覗き見る者。そして今、ずっと焦がれていたモノを現代に喚ぼうとしている。手を伸ばし続けた空想が現実に現れ、触れることの出来る事実に興奮しない少年はいないのと同じこと。彼らは今、空想に手が届く。


 その英雄は、なんの変哲もない少女だった。魔族国家の都市部にある“高校”という機関の生徒が着る制服を着こなし、少し巻かれた金髪のサイドテールが可愛らしく揺れる。腹見せスタイルのせいで覗く細い腹が健康的だ。


「……英雄?これが?こんなの、どこにでもいる……」


「千崎君に合わせて」


 英雄の少女が発したその言葉に、師と弟子が顔を見合わせて視線だけで会話する。二人とも心当たりはなかった。


 そもそも、千崎という苗字は存在しない。人類の誰かなのかとも思ったが、人類は名前に漢字を用いない。未来の誰かなのは確定だが……記憶が混濁しているのか?


 英雄に与えられる情報は、自身が召喚された存在であるという事実のみ。それは理解しているはずだが……


「あなたたち、誰?ねえ、千崎君はどこ」


「あの……英雄……で、いいのだな?お前、いや、あなたは過去に召喚されたのです。千崎という者は……」


「いない、千崎君は、ここにいないの!?」


 ぞわり、と怖気がするのと護衛軍人の呼び鈴を鳴らすのはまったく同じタイミングだった。扉を蹴破り、天井と床を破壊して鎧を纏った護衛の魔族軍が部屋に突入する。


 剣や槍、斧といった原始的な武器を構える。一人一人が精鋭の魔族軍、鋭い殺気が英雄の少女を取り囲む。


 少女は泣いていた。


「技術者殿、この少女は?まさか英雄ですか」


「そのまさか……だ。なんだこの寒気は、恐ろしい……一応問うが、お前は千崎という名に心当たりはあるか?」


「いえまったく……まずそんな苗字があることに驚きです」


 視線と殺気を英雄の少女から外さないようにして、魔族軍と技術者が会話する。少女は変わらず泣いていた。


 魔族軍の一人が、武器と鎧をぶつけて音を出した。それは敵が完全な戦闘態勢に入った合図。技術者二人を廊下に避難させて、魔族軍は腰を沈め臨戦態勢に


「千崎君に、合わせてよ!」


 魔族軍、二十。対して少女の頭上に突如として浮かびあがった方陣から七人の翼が生えた騎士が召喚された。


 即座に迎撃する。高い攻撃力を持ったハルバード使いが一斉に薙ぎ払い、槌使いが頭を潰すはずだったが……


「な、動かん……!なんっだこれは、つあ!?」


 横並びに召喚された翼の生えた騎士の一人にハルバードが衝突しガィン!と音を立てた。だがそれだけだ。騎士たちは踏ん張る様子も耐える様子もなく、ただただ不動。


 その騎士はゆっくりと槍を持った手を振り上げ、純白の兜の向こう側から魔族軍を見つめた。感情も何もない、無垢ですらある瞳が魔族軍を射抜く。異常なまでに何もないその視線は純然たる恐怖であった。


「なんだ、なんなんだお前たちは!なん」


 ゾン、という音と共に三人の魔族軍の体が縦に裂かれた。一瞬で心臓を破壊され、脳を破壊され、死亡する。


 閃光が瞬き、魔族軍の武器が一斉に騎士を突き刺した。数瞬の拮抗の後に振り払われ、お返しと言わんばかりに突き返される。上半身が砕け散り、七人死んだ。


 残り十人。


 明確な敵対行動を前に、騎士が攻撃を開始する。後ずさった弱者の心臓を貫いて殺し、勇敢に突貫してきた強者の首を刎ねて殺した。一つ、また一つと命が散っていく。


 精鋭魔族軍。長きに渡って魔族の安寧を守ってきた軍人集団であり、四皇も全幅の信頼を寄せている。生まれた時から厳しい訓練、制限をかけられる彼らは戦場において無類の強さを誇り、人類も戦争の際に彼らが出てきたら撤退するべきであるとしている。魔族最強の精鋭部隊だ。


 だが今。英雄を前にして彼らはゴミのように殺される。


 一分も経過しないうちに、英雄召喚のために用意された魔族国家において最も神聖な部屋は、殺戮に塗れた汚部屋へと変貌してしまった。全て、英雄の少女の力である。


 扉の向こう側で震える技術者たち。必死に息を殺して気配を隠しているが、騎士たちは逃がす気はない。


 切り取った魔族軍の腕を廊下に投げ出す。ガシャリ、という重厚な鎧が大理石とぶつかって出した音。そして断面から零れる冷たい血が飛び散る静かな音。


 そちらに気を取られた瞬間、技術者たちの視界が反転した。首が落ちたのだと理解する前に……死んだ。


 戦う力のない者は苦痛も恐怖もなく殺す。英雄の少女が召喚した騎士たちに組み込まれた数少ないルールの一つだ。少女を除く全ての生命が、この場から消えた。それを確認した後に騎士たちも虚空へ掻き消え、後には少女だけが残る。


 啜り泣く彼女の声は悲痛で、聞いていられない。どこまでも傲慢で必然的な、流れるべくして流れた涙。


 少女のスカートのポケットから学生手帳が落ちる。印字された名前の欄には、『渦巻鐘音うずまきかねね』と書かれていた。顔写真の欄には、何もない。


 魔族が初めて召喚した英雄。どこにでもいるような、なんの変哲もない少女。しかし、英雄。


 誰もその力を知らぬ、誰もその生き様を知らぬ。生まれ持った神秘も、背負わされた宿業も知らぬ。誰にも知られず誰にも寄り添われず、ただ一人で泣き続ける少女である。いつか恋焦がれた誰かを求める、願いに生きる少女である。


 未来、彼女が英雄であると認識された事象の中において彼女には二つ目の名が与えられた。


 【虹騎士】渦巻鐘音。


 涙と共にある、終焉を看取った英雄である。


 これから刻まれる歴史において生まれる、ただの少女である。

ご拝読いただきありがとうございました。

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