第二十八話 太陽の煌めき
当初の【太陽暦】の目的は人類の英雄……アヴィスの情報収集。ある程度の戦闘方法、性格、外見等の情報を持ち帰ることが出来ればそれで済む話だった。
ナラーシァは単純にアヴィスを連れ帰りに来ただけだ。いつまでも夜遊びしている子供にお灸を据えに来た。
対してアヴィスは正義の衝動を抑えられず、悪人と思わしき者と図書館から出てきた男を殺害。“声”が聞こえ始めて錯乱、暴走しただ夜の商店街を駆け抜けていた。
夜を失ったアヴィスにもはや戦意はない。いつの間にか引き込まれていたこの領域から早く脱出したいのだが……
どうやら、【太陽暦】たちはそうでもないようだ。
「最初から、全力で行かせてもらうぞ!」
「ああ、来い。死なん程度に遊んでやる……」
異能がガタついている。やはり渦巻戦の無茶が響いた。
時間の流れがやや遅い……少し調子が狂うが想定範囲内。人類側勢力が適応する前に、一方的に攻める!
呆然としているアヴィスを無視し、【太陽暦】は狙いをナラーシァに絞る。受胎宝岩を起動、対象を彼女に設定して思考の盗聴を開始する。鎌を振りかぶり、前傾姿勢……
(なんっだ……これは!)
経験したことのない頭痛に襲われ、即座に受胎宝岩を停止させる。ナラーシァは余裕の体勢を崩さない。
情報量が多すぎる。英雄とされるだけはある、平然としているように見せながらあらゆる可能性を思考している。取るに足らない仮想現実を、数十通り、同時に……!
「どうした?この程度でキャパオーバーか?」
思考を読めることを知っている!?
馬鹿な、そんな素振りは一度も見せていない。情報の開示はしていない、見られる機会は絶対になかったはずだ!
「正義の太陽……だったか?随分とませた若造だな」
そこから見ていたのか!ならば、先程の開口一番も嘘!こちらをずっと監視していたのかこいつは!
有り得ない、だとしたら気付けない訳がない。裏の闘技場で見世物として戦ったこともある、見られることには慣れきっている。その感覚を完全に騙し切る監視技術だと!?
「妾は英雄……と言うだけでは理由にならんか。まあ、なんだ……自然と身に付いた技術だ。すまんな」
くん、とナラーシァの足先が動く。突き刺さった無数の朱槍のうち一本が直線的な軌道を描いて射出された。
この朱槍群は、ナラーシァが英雄神話を失う前にストックしていたものだ。過去では使えなかった英雄神話を用いた戦法を、ナラーシァは案外気に入っていた。即ち、無数の朱槍を用いた広範囲且つ高威力の穿孔攻撃の嵐である。
「ふむ……そこの駄々っ子は知らんが、お前にはどうも引っかかる部分がある……少しだけ講義してやろう」
無論戦いながらだがな、と付け足してナラーシァが駆け出した。応戦する【太陽暦】も再び前傾姿勢となる。
衝突に合わせて、円形の衝撃波が領域に伝播する。
「英雄とは!常人の持たぬ何かを生まれながらにして所有する者である!それを、天性の感覚で扱う者である!」
鎌と槍が交差する。夜の狼は蚊帳の外。
かつては騎士団所属の英雄であったアヴィスを持ってしても、この戦闘のレベルには驚愕せざるを得ない。確かに鎌の男は、朱槍の女に比べて何かを足りない気がするが……それでも、尊敬に値すべき戦士であるように見える。
「英雄とは!常人に背負うことの出来ぬ全てを背負い、狂乱怒濤の運命の中で守り、約定を果たす者である!」
血が疼く。夜にだけ表出するはずの血が疼いてしまう。
一撃一撃が必死の攻撃。英雄ならざる戦士が英雄への憧憬を抱いて繰り出される攻撃が無数に飛び交う死の領域。
「そして!」
初めてナラーシァが手に槍を持ち、突撃。完全に油断していた【太陽暦】の虚を突いたその攻撃は、確かにその戦闘における大きな分岐点となった。
大鎌が地に転がり、【太陽暦】の喉に朱槍の刃が突きつけられた。どうしようもない決着だ。
「……ッ!」
「それら全てに裏切られ、失い、壊れた先で!一切の曇りなき正義と幼稚な道理で!救われた者である!」
ナラーシァがその胸に抱く英雄論。現代に召喚されて、初めて完成した理論である。ある戦士によって完成した理論である。ただ一つの隙間もない救済により得た理論である。
アヴィスは、胸が高鳴るのを感じていた。悪鬼羅刹の権化であった夜の側面の活性化と気付くのは早かった。
「……どうだ?妾の英雄の定義、気に入ったか?」
「何故突然、そんなことを説く……何の意味があって!」
「ほう?これは異なことを。お前の目には、救ってくれる英雄への渇望と。誰かを救う英雄となる欲望があったがな」
脳裏に蘇る【処女】の顔。汚れきった世界で生き抜いてきた【太陽暦】の人生の中で唯一輝いている記憶。
創増殖皇に囚われ、もう何年も顔を見ていない。何度魔族を殺し尽くす夢を見たか。何度彼女を救う夢を見たか。何度何度何度……彼女が救われる夢想に満たされたか。
それを、一体どうやって見破ったというんだ……!
「ならば、貴様は、俺に、俺に!常人の持たぬ何かも!背負うべき全ても!失う絶望も!なかったと断じるのか!」
「……駄目だな。こうも怒り狂っては。ま、一朝一夕に辿り着ける結論ではない。ようく考えておくがいい」
硬質な音を立てる朱槍が【太陽暦】の喉を叩き、ナラーシァの背に負われた軟性の鉄の袋に収納された。
限界を迎えた永遠恒星が【太陽暦】に向かって収束し、領域が閉じる。一分も経過していなかったこともあり、外はまだ日の出すら迎えていない深夜、闇の世界であった。
「後は力の限り楽しめ。相手はそこの獣がしてくれる」
そう言い残したナラーシァの姿が闇の中に消えていく。だが、【太陽暦】もアヴィスも騙されない。まだ近くにいる。
アヴィスの回収のために待機しているのだ。この場における絶対的強者。単純な強さのみでも、思考においても残りの二者を上回る、一つも二つも上の段階に座する者。その余裕もあって、こんな舐めた真似が出来るのだろう。
(……いや、されても仕方ない。ここまで差があっては)
一度激情しかけていた脳が急速に冷めていく。反抗したくもなるが、こうも格が違ってはその気も削がれる。
頭を掻きながら立ち上がり、永遠恒星を発動した時と同じような高揚に身を浸す。楽しまなくては。一度、そう誓ったのだ。ただの【太陽暦】として戦う初めての機会だ。
何か吹っ切れた頭を振るい、もう一人の英雄に向き直る。
「さあ、かかってこい。今宵の敗北はノーカウントだ」
「夜……夜……夜……!夜だァァァァアアッヒェアア!!!」
爆発音を立てて、アヴィスが駆け出す。細かった右腕は異様に肥大化し、身に纏う狂気が遥かに濃さを増した。
そういう異能……いや、英雄神話か?バリエーションが多すぎるな、やはり英雄は面白い。永遠恒星に巻き込んだ時点で沈静化した所を見ると、トリガーは夜か……
「お前はァァァアアア……悪だァァァァアアアアア!!!」
「どんな勢いだァおい……燃えるじゃねぇかよォ!」
ナラーシァのような繊細さなど欠片も存在しない、獣の如き攻撃。【太陽暦】も、本能を剥き出しにして応える。
硬質化しているらしいその右腕に鎌の刃を絡ませる。肩に担いだそれを力任せに振り回し、アヴィスが宙に浮いた。勢いそのままに回転した【太陽暦】が倒立からの蹴りを見舞う。
「どうした英雄!一人目より随分弱ぇじゃねえか!」
脚を開き、吹き飛ばす。鎌の先端と自身の腕を鉄糸で結び付けて投擲、商店ごと横に引き裂いた。
力強く腕を引き、鎌を手中に収めながら跳躍、同時に一瞬だけ受胎宝岩を起動。ナラーシァと同じタイプには到底見えないが、もしもということもある。時間は最短に抑える。
(正面突撃、右腕ブンブン丸……芸がないな)
少し落胆しながら、鎌を横薙ぎの構え。腰を落として、刀という武器を使う際の居合抜きに近い体勢となる。
刀と較べ、【太陽暦】の鎌は重量、射程、切れ味、全てにおいて超常の域にある。加えて彼自身の鍛え上げられた肉体があれば……いかな英雄と言えど致命傷は必至。
(どうする……英雄はこの程度ではないだろ……っ!)
下方からの剛撃。直線ではなく鋭角的な。
防御に切り替え、直撃を悟った頃には吹き飛んでいた。
鎌を前面に押し出す動作があとコンマ数秒遅れていたら、今頃首が転がっていた……否、身体全体が引き裂かれていただろうことは想像にかたくない。
ここにきて、【太陽暦】はようやく理解した。
(数瞬前の思考がもう変わっている……!こいつは!)
確かにナラーシァと同じタイプではなかったのだろう。だがやっていることの本質は同じだった。
アヴィスは頭が良い訳ではない。だが、死線を掻い潜る度に脳の容量が大きくなり、出来ることも増えていった。想定可能な仮想現実を……超高速で切り替え続けること。
仮想現実で例えよう。1フレームに数百回の試行を閉じ込めるナラーシァと違って、アヴィスは0.000001フレームに一度試行する。1フレームで見た時、結果は同じだ。並行した動作が不可能な代わりに、超速度の行動を可能とする。
どこまでも強引で力任せ……それがアヴィスという英雄。
「はっ……もう少しお利口さんだと思っていたぞ!」
「クァァアア……殺スゥゥウウウウ!!!!!」
これが最後の激突になるだろうことは、両者共に理解していた。アヴィスの切り札が発動されようとしている。
対して【太陽暦】にソレはない。あるとすれば永遠恒星なのだが、今は使えるような状況ではない。安定した戦闘のために、彼は場を破壊しかねない切り札を保有しない。
「悪八ァァァアアア……殺ォォオオオオスウウウ!!!!」
何ともはや、アヴィスらしい。【太陽暦】が、恐らくはナラーシァでさえ視界に捉えきれない超々高速の突撃。肥大化と硬質化で変貌した右腕による力任せの振り下ろし……
防御は無謀。ライアの全技術を用いて強化されているこの鎌を用いても、正面から受け止めれば壊れるのは必然。
だが、ここでダメージを抑える行動は……
「ナンセンス!熱が止まっちまうだろうがァ!」
アヴィスが思考でそうするなら、行動で真似る。
鎌の横薙ぎとアヴィスが激突する瞬間……一瞬にも満たない虚数にも等しい刹那。一点に永遠恒星を発動する。
全てを乗せた。創増殖皇によって得た着想、外側を向いた永遠恒星。長い長い鍛錬の末に手に入れた肉体、先代【太陽暦】から譲り受けた技術。一撃に全てを込めた。
激突だけで街全体を揺らめかせる力の頂点。灰の楽園を創造した爆撃にも等しい威力の攻撃が交錯する。
もたらされた結果は、果たして。
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