第二十七話 挑戦
悪。悪。悪。許されざる罪の臭い。だから殺す。
起源があった訳ではない。ただ、物心ついた時から、悪という存在が許せなかった。人が人として生きる限り必ず付き纏う悪という概念、それそのものは許せたというのに。
意味もなく、価値もなく、理由もなく、訳もなく。純粋にそうしたかったから人を殺した。そんな存在は許せたというのに、その真逆の存在だけは許せなかった。
犯した罪は同じだ。どちらも人を殺した。これから輝いていく命を奪った。だというのに、だ。不公平が過ぎる。
『理由のない行動なら、許してもいい』
そんな訳がない。寧ろそれこそが許してはいけない。
大義名分があり、絡み合った運命があり、いつか忘れ去られた約束があり。そんな“理由”こそ許されて然るべき。
だというのに何故……こんなにも壊れている。
『頭じゃ理解してるくせに。変える気がないんだね』
そう言われればそこまでだ。一度壊れたお人形は、もう二度と自分から直ることはないんだから。
「黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!!!」
アヴィスは、多重人格であると過去において断言された。
当時の未発達の医学においての診断だ。現代と比べればそれは信憑性が全くの皆無だとも言えるものだが……
それだけは、正しかったと言えよう。
少し特殊な点を見抜けなかったことを除けば。
『また誰かを殺すの?善か悪かもわかんないのに』
『裁判官でも気取ってさ。バッカみたい』
『人は人を裁けない。知ってるのは、あなたでしょう?』
聞こえる聞こえる。今まで殺してきた人々の声。善人も悪人も関係なく殺してきたアヴィスには、この世の全てが己へ罰を与えるために出来ているとしか思えない。
人が分からない。皆、自分への嫌悪を示す仮面をつけている。唯一判別出来るのは上官だけだ。
現行処刑部に所属していた時、誰もがその顔を見るだけで逃げ出した。国家公認の虐殺者という異名が何よりも似合っていたことは自覚していた。だからそれを咎めることはなかったし、否定することもなかった。
寄ってきたのは、上官だけだった。仕事でも任務でもない純粋な友人として。だから上官だけは認識出来る。
『あなたが悪を許せない理由ってなんなのかしら』
「わからない……ぐぅう……わからない、わからない!」
『だから赦されないのよあなた。理由もなしに』
「黙れェ!黙れっ……あああ!黙れぇぇえええ!!!!」
夜は罪の時間。正義の太陽は身を隠す。
アヴィスは、日が沈んだ頃からその身の内側に宿る過剰が過ぎる正義心を隠せなくなる。夜の反英雄とはそういうことだ。手当り次第に“悪を巻き込んだ虐殺”を始める。
そうして枷が外れた瞬間……人々の声が己を責める。
「そう思ってるのはお前だけだぜ?」
突如暗闇に響き渡る声。見ずとも分かる強者の気配。
大鎌を担いだ死神。恒星の名を騙る者。
「【太陽暦】だ。正義の太陽とやらを気取りたくなった」
――――――
「なに?今度は人類の英雄?」
「ええ。どうやら人類の英雄は狂っているらしく……魔族側も渦巻鐘音がそんな感じでしたから咎められないのです。そのせいで情報交換が滞っておりまして……」
相も変わらず呼び出された会議室で、【太陽暦】は特大のため息を吐いていた。【処女】を出汁にした呼び出しもいい加減にして欲しいものだ。こっちにも仕事があるのに……
創増殖皇曰く、今回は魔族と人類の立場がひっくり返っているらしい。一度目の英雄召喚では魔族の英雄が四皇の言うことを聞かず、人類側との情報交換が出来なかった。今回は人類の英雄が四帝の言うことを聞かないらしい。
だが、そこではいそうですかとはいかない。前回の英雄戦争のお陰で情報の大事さはよーくわかった。
ならどうするか。直接出向けばいいことだ。
「同じ人類なのですから、入国審査もすぐ済むでしょう。英雄と戦りあって、情報を入手してきてください」
「なあ……俺を便利屋か何かと勘違いしてないか?渦巻との戦闘の後遺症で異能の調子も悪い。二回目は……」
「ご安心を。ちゃーんと策は用意してありますから」
そう言って彼女が取り出したのは蒼色の宝石。
それが何か、見た瞬間に理解した。現在囚われの身である【処女】の異能により作られる《受胎宝岩》。他人の神秘や異能を内側に封じ、所持者のものにする宝石。
「シンプルイズベスト。対象の思考を読む異能です」
「……先読み。そう便利なもんじゃねえけどなあ……」
長いこと裏の闘争で勝ち続け、数々の異能や神秘を持った相手と戦る機会があった。その中には当然、相手の心を読んだり少し先の未来を見ることが出来るやつもいた。
だが、そいつらは決まって弱かった。いや、もしかすると強かったのかもしれないが……【太陽暦】ほどの強者からすると、戦いをしていると自覚するのが馬鹿らしくなるほどに弱かったのだ。よく生き抜いてこれたな、と思うほど。
過信しているのだろう。先が見えるのだから、何をされてもいいと。ああいう手合いには馬鹿しかいない。
その力を、まさか自分が使うことになるとは。
「要は使い方ですよ。あなたなら間違えないでしょう?」
「随分信頼が厚いな。気分が悪くなってきたよ」
立ち上がり、いつものように扉を壊す。軽い嫌がらせでやっていることだが……創増殖皇の顔はにこやかなまま。
舌打ちをして、人類の街へと向かう。変装して、入国審査をこなして、現地のライア教最高権力者に顔だけ出して――【太陽暦】は表の階級では大司祭である――英雄の特徴を捜査して自力で場所を特定して……
「今に至るって訳だな。大体わかったか?」
「血……血ィイ……血の、臭いィィィイイイ!!!!」
少しかっこいいんじゃないか?と茶目っ気を出した挨拶の後に、ここに来るまでの苦労を語った。こういうことをすると相手は警戒心を解いてくれると聞いたが……
英雄はまったくもってそんなことなく襲いかかってきた。誰だこんなデマを流したのは……創増殖皇か。
知識人ぶって色々話してくるのはいいが、役に立つのは魔族の情勢に関わることだけじゃないか。普段は有能なくせにどうしてこういう所だけは抜けているんだ……?
初速から最高速度。銃弾もかくやという速度で右腕を振るう英雄を難なく躱す。すれ違いざまに斬りつけた。
(思考を読む……か。存外使えるかもしれん)
観察。癖を見抜く。攻撃場所を予測する。対応。
この四段階が、【太陽暦】の戦闘における基本行動だ。防御と回避に徹し、敵が疲れた瞬間に仕留める……意外に思う者も多いが、彼は耐久性能の方が優れている。
だが、思考を読むことが出来るなら手順をいくつか飛ばせる。はて、何故こういった能力者はあんなに弱いのか。
(最初から持っていると違うのかね……っと)
力任せではどうにもならない相手だと理解したのか、英雄が体術と拳銃、長大な刀を使い始めた。
バーサーカーのような状態だが知能は残っているらしい。
永遠恒星を使うべきか否か、とてつもなく迷う状況だ。このバーサーカーと【太陽暦】は相性が悪い。彼はずっと狡猾な相手と戦い続けてきた。そうでなくとも、頭のネジがしっかりと締まっている連中と。
故に、ここまでイカれた強者との戦闘は不慣れ。長期戦を避けるために、永遠恒星で封殺したいところだが……
(直感で気付くタイプ。それに光量がなあ……)
永遠恒星の弱点として、展開中は常に莫大な光を放ち続ける。こんな真夜中の街中で使っていいものじゃない。すぐに騎士団を呼ばれるだろうし、外部からの干渉もあるだろう。それを考慮して渦巻戦では倉庫の中で使った。
常識とかそういうのじゃなく……ここは人類の生息圏だ。
【太陽暦】は分類上人類だが、現在は創増殖皇の根回しにより戸籍等の情報を魔族に塗り替えられている。騎士団に目をつけられでもしたらどうなるかわかったもんじゃない。
「悪……ァァア!黙れ!悪が、ここにいるゥゥウウア!!」
英雄が、錯乱しながら攻撃してくる。周囲への被害お構いなしの暴れっぷり……住居が少なくて良かった。
英雄がここまで暴れるなら、英雄恒星を使おうが使うまいが騎士団にバレるのは時間の問題か。目的の情報収集も、もうすぐ終わる……ここは手っ取り早く永遠恒星で
「ほーう。妾以外にもこやつを付け狙う者がおるとは」
数十本の朱槍が闇に突き刺さる。同時、女性の声。
英雄戦争を映像で見ていた【太陽暦】は分かる……一回目の人類の英雄、ナラーシァだ。ここにいるということは、まさか現代の人間として残ったか。……最悪だ。色々な意味で最悪だ。
「何者だ?魔族ではないな。とあれば魔族側の人類か。尋常の者ならば、こんなモノに近寄るはずがない。というより近寄る意味がない。ならばそれしかあるまいなあ……」
屋根から跳躍し、朱槍で出来た囲いの中に着地する。不敵な笑みを浮かべるナラーシァに、戦慄する。
英雄神話を失って尚、その笑みを浮かべるか。二人目の人類の英雄と渡り合っている者と、明らかに暴走状態にあるその英雄二人を前にして、その笑みを浮かべるのか!
「退け、若造。妾はそこの駄々っ子を連れ戻しに来た。お痛が過ぎるでな。巻き込みかねんぞ……」
「……っ!永遠恒星!」
橙色の結界が、ナラーシァたちを巻き込んで発生する。
退くべきなのは理解出来る。ならば何故こんな無謀なことをするのか……それは、【太陽暦】自身にもわからない。
『ええ、楽しいでしょう?きっと、そうなのでしょう?』
誰にも知られず、創増殖皇が呟いた言葉。人の心を理解出来ない彼女が、精一杯考えた末の判断。
存外、的を得た判断だ。【太陽暦】は英雄と同じように生まれた瞬間からの強者であり……常に挑まれる側の人間。一度ぐらい、挑む側に回りたくもなるだろう。
自然と。口角が吊り上がるのを感じていた。
「挑戦者だったか。良かろう、遊んでやる」
「夜が、終わった……?何故、こんな……」
「来い、英雄共!限界まで、力の限り相対してやろう!」
三者三様、紛れもなく頂点に立つ強者たち。
ただ一人を除いて、久しく忘れていた戦闘の高揚を感じていた。何もない、純然たる闘争の高揚。
戦いたいから戦う、どこまでも我欲のための闘争の。
(外部との時差を考えて、戦えるのは一分強!)
それは、ごく短時間の闘争。夜が明けて、朝焼けが世界を照らすまでのあまりに短い時間の闘争。
彼にとっては、永遠に壊れぬ星の如き闘争。
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