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降り積もる灰の理想郷  作者: 螺鈿
第二章 月夜に吼える不落城
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第二十五話 不落城

「いきなり神秘発動とは思いませんでしたよ」


「悪いな、職業病ってやつだ。無職だが」


 水晶のよう、だが硬度があまりに違いすぎる材質で構成された透き通った城の中に、彼と創増殖皇はいた。


 会議室の円卓の上に置かれていた境界侵食技術の召喚術式を刻み込んだ用紙が急に光りだしたかと思えば、突然現れたこの男が神秘を発動。この城に飲み込まれてこの状況。


 なんの変哲もないナイフを喉元に突きつけられている。


「ところであなたは誰です?見覚えはありませんが」


「……ああ?そっちが召喚したんじゃねえか。状況は分からねえが、俺の……英雄の力が必要なんだろう?」


 当たって欲しくない予想が当たった。まあ、あの用紙から出てくる時点で英雄以外は有り得ないのだが。


 まったく、召喚されてすぐ一番近くにいた人間を監禁するなど……どんなバーサーカーだ。渦巻鐘音もそうだったが、未来の英雄は何故こんなにも血の気が多いのか。


「さて、お前の役職は?高位だと嬉しいんだが」


「創増殖皇。四皇です」


「……参ったな、大当たりだ。んじゃ質問をいくつか」


「その前に、やめてくださいません?コレ」


 クイクイ、とナイフの腹を触って動かす。すぐに意図を理解した英雄は、ナイフをカバーに入れて服の中に収納した。指を鳴らして水晶のような何かで構成された椅子をどこからともなく出現させ、どかりと乱暴に座る。


 ……神秘の規模が大きすぎる。城を作るなど……それに、この躊躇いのなさ。少なくとも渦巻よりは当たりか。


「落ち着いて話すのは大事だよな。悪い。んじゃ質問1」


「はいどうぞ。なんなりとお聞きください」


「俺は何人目だ?何人目の英雄なんだ?」


「二人目。一人目の英雄は、よく戦ってくれましたが……」


 残念ながら、という意図を込めて首を横に振る。理解した英雄も指で膝をトントンと叩いてため息を吐いた。


 この英雄、自分が一人目じゃないことに気付いてこの質問をしたな?……まあ、英雄召喚は本来大儀式。不注意で開始されることが有り得ないような状況で管理されるもの。一度目じゃないからこその不注意があったことを見抜いたか。


 あまりに鋭い洞察力、観察力だ。行動そのものの速度は渦巻に到底及ばないものの、開始速度は天と地の差。ちゃんと状況を作れば、あの人類の英雄にも勝てるやもしれない。


「質問2。一人目の英雄の名前と最期を教えろ」


「渦巻鐘音。果敢に戦った彼女は……」


 ガッタァン!という豪快な音と共に椅子と英雄が倒れ、創増殖皇の言葉を遮った。突然の奇行に彼女の脳も一旦思考を停止し、代わりに疑問符で埋め尽くされる。


「えーと……どうかなさいましたか?」


「う、渦巻の……写真は、あるか……?」


 写真はないが、映像記録はある。近年開発された魔族の技術の一つで、風景や人物の動く様を記録出来るのだ。


 かなり画質は悪いが、四皇の城から戦場……灰の楽園を観測したものがあるのでそれを見せる。英雄は食い入るようにそれを見て、「やっぱり!」と大声で叫んだ。


「英雄じゃねえだろあいつはぁ……無茶させやがって……」


「お知り合いですか。世間というのは狭いですね」


「知り合いも何も……いい、それはいい。ていうかお前ら恨むからな!あいつは英雄なんて器じゃねえよ!」


 ブツブツ独り言を言い始めた英雄を尻目に、創増殖皇はヒールで床を傷付けようとしていた。少しでも欠片を採取出来れば、今後魔族の兵器等に運用出来るかもしれない……


「おい」


 だが、英雄がそう言うだけで創増殖皇は城と同じ材質で出来たあらゆる兵器に囲まれていた。原始的な斧や剣、銃器まで……人を殺すための武器が一斉に牙を剥く。


「何をしている。英雄の不当利用は見逃さんぞ」


「……申し訳ございません。職業病というやつでして」


 花が咲くように笑って、ヒールを脱いだ。


 英雄が舌打ちする。と同時に創増殖皇を取り囲んでいた兵器も消え失せ、元の安全な状態に戻った。


「……質問の続きだ。俺を召喚した理由は?」


 創飛翔皇が渦巻にそうしたように、全てを話す。数千年の後に人類と魔族が滅ぶこと、回避は不可能で、出来るのはどちらか一種が生き残ること、そのためには世界すら想定していない要素……即ち、過去と未来の介入が必要なこと。


 英雄神話、英雄創世、戦争について、滞在期間……全て話す。こちらに敵意がないでもないが、渦巻よりはマシだ。


 ならば全て話す。こちらの何としても魔族を救って欲しいという姿勢を見せつけ、少しでも戦ってくれる可能性を上げる。渦巻のお陰で分かったが、実の所最も困難なのは召喚した英雄を戦う気にさせることなのだ。


 渦巻の主張は正しい。勝手に召喚して一方的に戦え、など身勝手の極みだ。まずは誠意を見せなくては……


「なるほど、概ね理解した……大変だったろう、鐘音はこういうのに従わないからな……俺がいたら別だっただろうが」


 うんうん、と過去を……彼にとっては未来か?を思い出すようにしながら頷く英雄。よっぽど深い関係なのか、聞いてもいないのに思い出話を始めている。


 そのお陰で読み取れたが、なるほど渦巻は英雄に向いていない。自己中な英雄などいてたまるかというものだ。


「まあでも、アレ倒すのに必要だったからな……英雄か……」


「英雄よ。私からも一つ質問があるのですが」


「なんだよ。お前怪しいしな、一回だけだぞ」


「ふふ、手厳しい……未来では、何があったのです?」


 創増殖皇でも分からない、純粋な疑問だ。


 確かにこれから、何らかのアクシデントによって英雄戦争が正式に執行されない可能性はある。例えるなら英雄の反乱とか……だが、人類も魔族もその対策ぐらい用意している。民が何かしてきても同じように。故に、分からないのだ。どちらかしか残らない未来で、何故英雄が生まれるのか……


 今、未来は変わり続けているはずだ。未来の英雄は存在そのものが不安定になってもおかしくない。だが、こんなにも確かに形を保っている……何故だ?


「あー……言って……駄目だろうなぁ……」


「言えないことですか。是非とも聞きたいですね。私、状況をひっくり返すのが大好きでして」


 にっこにこの創増殖皇を見ると、それが本心からのものだということが分かる。どうしてこう、四皇というのはいつの時代も性格が悪いのだろうか……


 うーんうーんと首を捻り、考え込む。言っても問題ないことなのだろうが……魔族の存在根底に関わるというか……


「では、予想しましょう。そうですね……」


「いやわかんねえだろ。この時代にはそもそも……」


「執行委員会。どうです?」


 先程の数倍の量の兵器が創増殖皇を取り囲む。予想は大当たりのようだ。この英雄、反応が分かりやすくて良い。


「なんで知ってる。あいつが出張るような大事件はこれまで一度も起きていないはずだ。……な、まさか、お前」


 英雄の目が鋭く光る。どうやら辿り着いたようだ。


 人差し指を立てて口元に当てる。片目を瞑ってウインクして、口にしないように合図した。


「口には出さないでくださいね。少しマズいので」


「中々……終わってんなあ、この時代も……」


 色々と理解したらしい英雄がまた舌打ちして、兵器を引っ込める。英雄の思考は、一瞬にして切り替わった。


 魔族に協力するかどうかの思考から、どうやって世界を守るかどうか、にシフトした。予想が当たっているなら、魔族そのものではなく世界全体の危機だぞこれは。


「そうだよ、執行委員会が出現した。多分だが、アイツを倒すために戦った奴全員が未来の英雄になるんだろう」


「おやおや。それでは、七人全員が顔見知りということなのですか。一度に七人、召喚してみたいですねえ……」


「やめてくれ、地獄が生まれる。すぐ殺し合いが始まるぞ」


 一体どんな関係性なんだ。


 まあ、それはいい。一回限りの質問権を使ったお陰で未来にも英雄がいる理由は理解出来た。執行委員会の討伐など偉業も偉業、大偉業だ。そりゃあ英雄と判定されるだろう。


「未来の人類も巻き込んでの大戦争だったよ。あんな」


「未来の人類!?何故人類がいるのです!?」


 爆弾情報が多すぎる。やはり英雄戦争は正式に執行されなかったのか……いや、でも……んん?待てよ……


「……英雄。未来に、第八魔族街……灰の楽園はありますか」


「灰の楽園ってのが何だか知らんが第八魔族街は普通にあるぞ。ていうか俺も鐘音もあそこの出身だ」


 ふぅーーっとため息を吐く。これは、どういうことだ。既に行われた第一戦が、なかったことになっている……?


 有り得ない。時代の修正など、境界侵食技術を用いても絶対的に不可能だ。どれほど強大な神秘、異能でも同様……歴史を変える英雄神話、又は英雄創世か?いや、それも有り得ないだろう。世界がそんなものを与えるはずもない。


「ていうか質問二つ目じゃねえか。俺許せねえよそういうこと。ルール違反は絶対しちゃいけねえんだぜ」


「これは申し訳ございませんでした。つい」


 というか、誰でも質問したくなるだろうこんなこと。前提としていた思考も作戦も何もかもがむちゃくちゃだ。


 てっきり、二人目の未来の英雄が召喚出来た時点で魔族の勝ちは確定するものだと思っていた。だってそうだろう?それは、英雄戦争において魔族が勝利し、生き残ったということと同義なのだから。一人目の時点ではその判断は出来なかった。まだ何も起こっていなかったのだから。


 だが、英雄戦争が起きたということが世界に認識された以上、これから先の運命……それに関連付けられた人類と魔族の結末は決定付けられた。少なくとも境界侵食技術においてはそうだ。仮想とはいえそれは不変。


 しかし、未来には魔族も人類といる……どういうことだ。


「英雄戦争そのものが、なかったことになっている……?」


「枝分かれした別の世界とか……ないか、そういうのは。まあ知らねえや、俺は学者じゃねえし」


 英雄が立ち上がり、創増殖皇の前に立った。そのままにんまりと笑って手を差し出す。


「今んとこ協力することに決めた。お前ヤバすぎるし……ちょっと、矛盾が多すぎる。分かるようになるまでの協力だ」


「……しっかり戦って欲しいのですが……いいでしょう」


 決定されたはずの運命のズレ、未来に存在する人類と魔族に執行委員会。サボってないだろうな運命。


 認識を改めた方がいいのかもしれない。境界侵食技術を基盤とした運命ではなく、もしかすると未来は絶えず変わり続けるものなのかもしれない。……これから起こるはずのこと未来に差が……矛盾が、あまりに多すぎる。


 調べなくては。未来は、どのように決定されるのか。


「英雄。折角協力関係を築けたのです。お名前を」


千崎道國せんざきみちくに


 城が崩れ、元の四皇の城が出現する。


「渦巻鐘音の……まあ、恋人みたいなもんだ」

ご拝読いただきありがとうございました。

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