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降り積もる灰の理想郷  作者: 螺鈿
第一章 血濡れて消えた恋心
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第二十四話 これから

「ライアは英雄というシステムそのものを良しとしない」


 第一戦が終結、灰の楽園唯一の生き残りの回収が終わった後の四皇会議室。創増殖皇と【太陽暦】しかいない空間で彼はそう言った。壮絶な戦闘の映像記録を見ながら。


 現代は現代を生きる人間関係のものである、という考えが根底にあるライア教は過去と未来の英雄そのものを良しとはしていなかった。当然ながら、ライアの神罰執行室の統括である【太陽暦】も同じように考えている。


 彼は人生全てを信仰に捧げている。何があっても考えが変わることはないのだが……この時は。


「だが……英雄というのも存外、有り得ても良いのかもな」


「そういう、成長を拒まないあなたの姿勢は好きですよ」


 うふふ、と創増殖皇が笑う。やはり何を言われても相手がこいつというだけで不快で、表情筋が痙攣する。


「……ええ、その通り。英雄はこの世界に必要です。共倒れなどまっぴらごめん。我々が生き残るにはこれしかない」


「はっ、しかし残念だったな。これで魔族は一敗だ」


 常に置かれているチェス盤の駒を一つ倒す。創増殖皇側の駒は残り六つ、【太陽暦】側の駒は七つ。七回ある英雄戦争において、一度の敗北はあまりに影響が大きい。


 負ける可能性の方が高いというのは、二人とも分かっていたことだ。【太陽暦】との交戦において、メンタルの弱さは分かっていた。神秘、英雄創世の両立に加えて身体能力の併用が主な戦法だったようだが、どれも中途半端だった、というのが【太陽暦】の下した評価だった。


 確かに、一つ一つの強さは大したものだ。だが現代の人間が及ばないから英雄にも及ばないという訳ではない。案の定渦巻は負けた。英雄としては、欠陥品だったのだろう。


「悲しいことですが。次に繋げるとしましょう」


「……おい。さては端からそのつもりだったな」


 創増殖皇がにっこり笑う。創位階皇に話して、四皇全体には既に知れ渡っていることだが、創増殖皇は渦巻に関して色々と諦めていた。第二戦以降に繋げるのが限界だった。


 ナラーシァの超広範囲破壊によって、英雄という存在の底力は……少しだけ理解出来た。ただ、あれは人類側の協力もあったし、英雄神話の性質が渦巻と違いすぎた。多分違うタイプはいくらでもいるのだろう……そこは妥協だ。


 ただ、予想外だったのは被害範囲。街一つは聞いてない。国民への言い訳……ごほん、説得も考えなくては。二度目の英雄戦争の打ち合わせ、ああ、人類に渦巻に関しての情報提供がほぼ0だったことの言い訳もしなくては。


「そうです。次は情報共有出来るといいですね」


「本来、それが前提なんだろう?英雄というのは総じて我が強いものだからな……ああいう反抗期の英雄もいる」


 英雄戦争は本来、人類と魔族、互いの英雄の外見や基礎スペック、異能があれば異能と神秘の情報を共有する。さすがに英雄神話及び英雄創世は秘匿するが、その情報があるだけでかなり楽になる。対策だって練りやすくなるのだ。


 渦巻は四皇の管理下を離れたためにそれが出来ず、こちらが情報を提供しないことで人類側も提供を拒否した。


 何も知らないままの戦争だった……


「初手からイレギュラーとは思いませんでしたよ」


「戦闘とはそういうものだ。残念だったな経験足らず」


 珍しく優位に立てて機嫌のいい【太陽暦】が、はっはっはと豪快に笑って煽り散らかす。創増殖皇は少し戸惑った後に微笑んだ。毒気が抜かれて、【太陽暦】が黙り込む。


 こんこん、と会議室の扉がノックされた。創増殖皇が目配せすると同時に【太陽暦】は天井裏に隠れて気配を消した。


「どうぞ……創飛翔皇。何か御用ですか」


「いくつかある。まずは……」


 今回の英雄戦争が終わって、新たに生まれた課題の対処案と実行した結果の報告が始まった。いい結果も悪い結果もあって、中には創増殖皇でも頭を抱えてしまうような問題がいくつかあった。やはり戦争などするべきではない。


「あと、私用が二つ。まず、もう俺を英雄に関わらせないでくれ。あんな化け物の相手は二度としたくない」


「え、無理です。四皇一番の役たたずはあなたですよ?役に立つ私たちが直接接触なんてする訳ないじゃないですか」


 創飛翔皇の顔面がぴくぴく震える。言われていることが事実なのはそうなのだが、言い方を考えて欲しいと切に願う。何故か創飛翔皇に対しては扱いが酷い創増殖皇である。


「……まあ、考えておいてくれ。で、もう一つだが」


 ある青年のカルテを差し出す。


 第八魔族街……灰の楽園唯一の生還者である青年は、奇跡的に目立った外傷がなく、多少の栄養失調が目立つ程度だった。カルテを見る限り、もう学校には行けているようだ。


「精神的ダメージこそあるものの、立ち直るのは早いだろうとのことだ。今後、調査なんてしてもいいかもな」


「……柘榴青年ですか。強いのですね、彼は」


 英雄同士の戦う場から生き残っただけでも異常。目立ったダメージがないなど、超常現象の域だ。自分の住んでいる街は完全に滅んだというのに……もう復帰出来ているとは。


「分かりました……そろそろ、本格的に行動を開始するべきですね。次の英雄の準備も……ふふ、楽しくなってきましたよ創飛翔皇。さあ、次こそ勝利を手にするのです!」


 ――――――


「ええい、いい加減離れんかカーニエ!見苦しいぞ!」


「だっでぇ〜あんな状態から回復するなんて思わなかったんだよ〜!うう……良かったぁ〜!マジで〜!」


 一度目の戦争に勝利出来た人類は、魔族のように厄介な問題はそう発生していなかった。被害もない。今もこうして、余裕を持ちながらじゃれあうことが出来ているほどだ。


 ラスタとフルルも見ている中で、こんな堂々とイチャつけるのは流石と言う他ない。ナラーシァも満更ではなさそうだし、強い人間というのはどこかネジが外れている。


「不快。不快だ。カーニエも英雄様もこんなだったか?」


「時が経てば変わるもの……受け入れるしかない」


 四帝は別に、仲が良い訳ではないのだ。普通に不快感を抱くし、政敵として攻撃し合うことも日常茶飯事。


 ただ、マージュとカーニエはナラーシァ繋がりで最近少し仲が良い。共通の趣味は人を繋げると言うが、共通の友人もまた同様だ。カーニエとナラーシァの関係は……少し、友人と言うには深すぎるものであるが。


「しかし、妾はもう死んだと思ったのだが……魔族の英雄は最後、妾にその身を託したのだな」


 検査をすれば分かることだが、ナラーシァの臓器は彼女のものではない。四肢もだ。あの戦闘で体をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられたナラーシァは、世界が勝利と判定したあの瞬間に死んでもおかしくなかった。


 だが、渦巻が全身の臓器や四肢をちぎりとってナラーシァに与えたのだ。同じ“召喚された者”であるが故に拒絶反応なども起こらず、今も健康に過ごすことが出来ている。


「……しかと受け取ったぞ、お前の心」


 英雄。真なる英雄であるナラーシァに生きて欲しいという渦巻の願いが通じたのかはわからない。だが、彼女の中で渦巻いていた何かは……きっと、伝わっているはずだ。


「カーニエ。離れる。そろそろ見苦しい」


「だって……あとひと月もないんだぞ!ナラーシァが消滅しちまうまで、あとひと月も……うおーん!!!」


 そう言われると、フルルたちは何も言えない。愛した者が世界からの干渉により消える経験など、流石の彼らにもないのだから……口出しするのも野暮というものなのだ。


「それなのだがな、カーニエ。何かおかしいのだ」


 そう呟いたナラーシァが手首に傷を付ける。とくとく溢れ出した血液に向けて指を振るが、“何も起きない”。


 何度も何度も指を振る。だが、血液はただただ溢れ出して床にシミを作るだけで何も起こらない。血槍石……朱槍も何もそこからは生まれなかった。流れ落ちるのみだ。


「英雄神話が使えない。どういうことだ、これは?」


 にっ、と笑ったナラーシァがいたずらっぽくそう言う。カーニエもフルルもラスタも、この場にいたならば恐らくマージュも……思考が追いつかない。停止してしまっている。


 英雄神話が使えない。それは、根底で結び付いていた事象からの切り離し……即ち、ナラーシァがただの人間になったことを意味する。そう……“この時代の人間と判定された”ことを意味するのだ。彼女はもう英雄ではない。


 ナラーシァから、カーニエを抱き締める。


「これからも、よろしくな?カーニエ……」


 あとひと月なんて制限はなくなった。死ぬまでずっと一緒だ。ナラーシァは、カーニエに守られることを選んだ。


 夢じゃないことを確かめるために、カーニエが何度も頬を抓る。嗚呼、痛い……これは、紛れもない現実だ。


 言葉なんて、生まれるだろうか。これ以上ない幸福を前にした時に、人間は……果たして、言葉は必要なのか?


「……道理で、おかしいと思ったのじゃ」


 いつの間にか入室していたマージュが、ぽつりと呟く。呆れたような、焦がれるような、嫉妬するような……色んな感情が綯い交ぜになった顔でため息を吐く。


 何故か、両手を上げて降参の構えを取りながら。


「どうかした?マージュ。……ん?これ……」


「なあ、寒気が止まらないんだが。なあ、なあ!」


 ラスタもフルルも……カーニエも。ナラーシァ以外のこの場にいる者全員が、凄まじい寒気を感じていた。これはまるで、初めてナラーシァと対面した時のような……


「英雄召喚術式の調整をしておったら、何故か繋がってしもうてな。なるほどなるほど、ナラーシァ様がこの時代の人間になったのならば可能よな。納得納得……」


「いつまで話をしているのです!」


 マージュの背後から、少年の声が聞こえる。


 ひょこん、と現れたその少年の背は、端的に言って低い。150cm代後半だろうか。愛嬌のある顔付きと声に特徴的な形状の帽子、どこか厳格さを感じさせる階級章だらけの藍色の服……腰に提げた、魔族の主武装であるはずの拳銃と、今も手をかけている彼の身長ほどある長さの刀が特徴的。


 彼らは知らないが、その服の名を『軍服』と言う。


「魔族もびっくりじゃろうなあ……今頃、勝手に英雄が召喚されておるんじゃから……でもこれアクシデント……」


「お前たちの中に少佐以上の階級の者はいますか!?」


 腰を落とし、後方に差している刀を握る手に力がこめられる。拳銃も同時に握り、正に臨戦態勢だ。


「本官は、上官の命令にしか従いませんよ!あと本能!」


 二人目の、人類の英雄である。

ご拝読いただきありがとうございました。

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