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降り積もる灰の理想郷  作者: 螺鈿
第一章 血濡れて消えた恋心
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第二十一話 勝利のための戦争

 (神秘も英雄創世も、本質は変わらない……)


 激情に熱された脳の片隅が、どこか冷えている。こんな思考も、その部分がないと出来ないこと。未来でもあったことだろう。■■君が殺されかけて、血に濡れて。


 守らなきゃ、助けなきゃってことだけが頭を埋め尽くしていたのに、何故か凍土みたいに冷えた部分があったんだ。


 そうだ。学んだことだろう。


 柘榴君を守るために、この危険を排除する。人類の英雄を排除する。この虐殺者を排除する。そのためには、神秘も合わせて十四騎の騎士だけでは……足りない。自分が動かないと、あの女は止められない。さっき、分かった。


「立ち上がらなきゃ……立ち向かわなきゃ……」


 未来に、蛇倉という者がいた。明晰な頭脳で■■や渦巻をサポートした男であり、また彼は人の観察、分析に長けていた。性格や性質を、一瞬にして見抜いた。


 その彼曰く。


『答えに目を瞑る癖がある。いつまでも子供でいたい、誰かに教えて欲しいという心の現れだよ。だが』


 ある旅路の中で、渦巻鐘音という少女は。


『いつも自分“の”答えを見つけるんだ。そして、見つかったならばすることは決まっている。立ち向かうんだ』


 何度でも、何度でも。転んでも、傷を負っても。


 大切な何かを見失っても、がむしゃらに。間違いだとしても、正解だとしても関係なく、ひたすらに立ち向かう。


『最後に笑って、彼を抱き締められるように』


 いつだって、最愛の人と笑い合うために。


「来い……人類の英雄!私は、もう、負けない!」


 軍勢の中から突き出された、騎士を目掛けた朱槍の先端を掴む。即座に手放す判断を下したようだが……遅い。もう、姿は見えた。完全に捕捉した。


 騎士の後ろから飛び出して、軍勢に突っ込む。傷だらけの爪が肌を裂いて、剥き出しの牙が肉を断つ。痛い、けれど。ここで止まったら、この英雄を打ち倒せない!


 不死の軍勢を蹴り飛ばし、隙間を作る。二本目の朱槍を形成しているナラーシァと目が合った。刹那の邂逅、視線の交錯の後の第一撃。これからの勝負を分けるその攻撃は……僅か一秒にも満たぬ僅差。永遠のような瞬間の交差の果てに。


 渦巻が、当てた。


「がっは……あああ!」


 異能により顕現した騎士に攻撃されながら、再び吹き飛ばされる。輝くような肌で覆われていたナラーシァの全身は、傷だらけの酷い有様。土と血に塗れた惨劇だ。


 朱槍を杖代わりにして立ち上がる。あの一瞬で、左足の関節と骨を完膚なきまでに砕かれたことを理解する。


 (流石に想定外だ。急激な精神の成長……?有り得ないことでもないが、まさかこのタイミングで。足が使えん、神秘で騎士が増えている。軍勢が崩れていく……)


 不死の軍勢、といえど。使い物にならないほどズタズタにされては形を保てず消滅する。計十二騎の騎士の攻撃によって、着実に軍勢の数は減らされていた。


 もう一本朱槍を生成し、構える。かなりまずい状況だが、それは戦わない理由にはならない。


 ババババン!と豪快な音を立てて、渦巻が走ってきているのが見える。不死の軍勢を跳ね除けて、一直線に走ってきているのだ。背後には、やはり傷だらけの五騎の騎士。


 神秘により出現した騎士は不死の軍勢へ攻撃を続けているためこちらに来る様子はない。手に力をこめる。


「はぁぁぁああああああ!!!!!!」


 騎士は直進を続け、渦巻は遙か上空に浮かび上がって攻撃を開始した。上下の挟み撃ち攻撃。


 ナラーシァは杖代わりの朱槍を起点に力をこめて後退、三騎の騎士を破壊しながら渦巻を受け止めた。全身全霊をこめての落下攻撃は、片足では到底受け止めきれない。


 思わず跪き、体勢が崩れる。残された二騎がナラーシァの太ももを貫いて腱を断裂させた……立てない。


「……随分と、追い詰められた。油断か、傲慢か……」


 油断していたのは否めないだろう。開戦時の錯乱、そこから垣間見える精神の脆弱性。多くの猛者を屠ってきたナラーシァだからこその油断、と言ってもいい。


 それに加えて、不死の軍勢の圧倒的アドバンテージ。数でも力でも、確かに勝っていた。渦巻がその中に突っ込んでくるなどという、誰も想定出来ない早すぎる精神の成長があったせいで、こんなにも追い詰められた状況がある。


 ただ、“成長が早すぎる”。この一言に尽きる。


 渦巻の膝がモロに顔面に入る。受け身を駆使して勢いを殺すが止まりきれず、遠く離れた場所で仰向けに倒れた。


 (……これだから、戦争は……予測、出来ない。ああ、このままでは負けてしまう……妾が、最初の英雄が……)


 その時、ナラーシァの脳裏をよぎるカーニエの顔。初めて守ると言ってくれた、逞しい戦士の顔。


 この人になら守られてもいい、守られたいと思えた。あんなにも弱くて、怖がりで……英雄に、何一つ及ぶところはないのにあんなことを言ってのけた。愛しい彼の顔。


 月明かりの下で愛を確かめ合った。何度でも何度でも、飽きるほどに彼は言ってくれた。守る、と。英雄として何度も発したはずのその言葉は、自分の声で聞きなれたはずのその言葉は、彼が言うと何故か。涙が出てくるようだった。


 (……いいや。負けない。負けてはいけない。あんなにも勇敢な戦士を、悲しませてなるものか……)


 経験したことのないような激痛に襲われている。体のどこかを動かす度に、血反吐を撒き散らす。体中の関節がガチガチと音を立てて、警鐘を鳴らし続けている。


 だからどうした?


 カーニエという男が、負けるなと願っている。帰ってくるのを信じて、今も遠い大地で祈っている。


「妾には……それだけで、十分であろうが!」


 怒号を放ち、二本の足で灰の大地を踏みしめる。


 追撃に入ろうとしていた渦巻が止まる。騎士も攻撃の構えのまま両隣りに立ち、その睨み合いを静観している。


 一歩。どちらが先でも後でもない、合図した訳でもない。けれど同じように、一歩を踏み出す。灰を巻き上げ、視線は動かず。お互いが、静かに一歩を踏み出し続ける。


 不死の軍勢と、虹の七騎士の戦う音が聞こえる。段々静かになっていくそれが、彼女たちにとっての衝突の引き金。武器が肉と骨を断つ音、骸の臓腑が撒き散らされる音。その全てが消えて静寂がこの場を支配する時。


 傷だらけの英雄たちは、それぞれの心のために戦う。


 今を生きる、愛する人を守るため。


 愛する人が、この先も生きる世界を守るため。


 同じようで違う心の激闘。誰も間違っていない闘争の本質がここにある。音が、聞こえなくなっていく。


 (柘榴君は私が護る。今度こそ、■■君みたいには死なせない。今柘榴君を護れるのは、私だけなんだ)


 (妾に守られるような男ではない。妾が守られているのだから。だからせめて、あやつの生きる世界は守る)


 音が、消える。


「ああああああああああ!!!!!!!!」

「おおおおおおおおおお!!!!!!!!」


 それは、英雄らしからぬ泥臭い殴り合い。神秘も異能もへったくれもありゃしない、純然たる拳の応酬。


 騎士は不動、その武器を高々と掲げたまま、その戦いの行く末を見つめている。渦巻も何故そうしたのかはわからないが、そうしなくては。この英雄を真正面から打ち倒さなくてはならないような、運命的な何かを感じていた。


 油断さえなければ、渦巻の攻撃はナラーシァに当たらぬはずであった。しかし度重なるダメージにより、彼女の身体能力は渦巻と同等レベルにまで落ち込んでしまっていた。


 (このままなら、勝てる!街一つ滅ぼす攻撃を保有している英雄を倒せる!柘榴君を救えるんだ!)


 バギャキ、バギと顔面を殴り合う音が楽園に響き渡る。強く根を張ったような足裏が、その場から動かない。


 だが。


「あっ……がぁぁあああ!!!」


「あぁぁぁあああああ!!!!」


 何の偶然か、同時に体幹がブレた一瞬。支えを失った肉体は、触れるだけのような弱い殴打で吹き飛んだ。


 転がり果てた先で、立ち上がる。全身の骨は砕け、肉は裂けて皮膚は剥がれて。もう立ち上がらなくていい、尋常ならば立ち上がることの出来ない傷を負ってそこにいる。


「英雄……神話ぁぁあ!」


 距離が離れたことで、それを使う隙が生まれる。全身から零れた血液を一点に圧縮し、渦巻に放った。超神速の弾丸は正確に彼女の頭部目掛けて飛び、頭蓋を貫通……


 出来ない。騎士が割り込み、最後の一騎を絶命させた時点で弾丸は弾けた。凄まじい防御力を誇る騎士の鎧が防いだ。

 渦巻の周囲に血が飛び散る。“取り囲むように”。


 (終わりだ、魔族の英雄……!)


 罠だ。ナラーシァも、弾丸だけで殺せるなどと甘ったるい思考はしていない。二段構えの策を用意している。


 血液が一斉に針のように尖り、渦巻の頭部目掛けて射出された。騎士の防御も、予兆もない攻撃。対策はふかの


「……ッ!な、んだ!」


 不死の軍勢を殺し尽くした七騎士かと思ったが、違う。神秘を操作するだけの余力が渦巻に残っていないが故に、それらは直立不動で後方に控えている。


 手足を動かすのと同じ感覚で扱える英雄創世のみが、彼女の中で機能しているのだ。ならば、それは。


 自身の胴体から切り離される左腕と右脚を見つめる。銀の剣閃がそれらのあった場所を通過していくのが見えた。先刻破壊したはずの、騎士の武器であった。


 (そうか……!補充条件!騎士は七騎でフルセット、一度召喚した騎士が全滅するのが次の七騎の補充条件か!)


 遠方で、血液から構成した針が元の液体に戻るのを知覚している。一瞬制御を離れた……二度目は通じない。閃光の瞬きのような逡巡の後、諦める。騎士の対処を優先する。


 断面から溢れる血を操り、朱槍を形成。後方を薙ぎ払って騎士の首を狩った。目を剥いて驚愕する。


 “七騎分の手応えがあった”。


 有り得ない、と認識する。七騎の騎士全てを後方に召喚しておきながら、切断するのが四肢の半分だけなどと。ならば考えられる可能性は一つだけ。これは罠である。


 前方を視認……よりも先に体が動く。持てる力の全てを肩にこめて、手に持った朱槍を投擲した。


 同時。 


 (罠がバレた……けど遅い!私のが、速い!)


 渦巻が吹き飛ばされた地点には、ナラーシァの朱槍が落ちていた。騎士の後方に隠れた際に手にしたそれは、少し揺らめいていながらも槍の形状を確かに保っていた。


 その槍は、渦巻がナラーシァの手から打ち落としたものだった。開戦とほぼ同時、彼女の顎を打ち抜いた時。


 (到達に一秒もかからない、能力解除は無意味!)


 ナラーシァが投擲の構えを取ると同時に、渦巻もまた同じ構えを取っていた。前傾姿勢、槍を持った手を肩口まで上げての振り下ろし……音速を越えた紅の閃光。


 普段の渦巻ならば、そんなのは卑怯だと言うだろう。敵から奪った武器で、敵を傷付けるなど。


 だが、今の彼女は護らねばならぬ。柘榴を護らねばならぬのだ。ならば、そんな思考は挟まない。使うべきものは全て使って殲滅する。理由は違えど、これは。


 真に勝利のための戦争であるのだから。


 刹那の時間。永遠のような数ミリ秒。刃が心臓を捉える。


 必滅の朱槍が、鮮血の華を咲かせたのは。

ご拝読いただきありがとうございました。

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