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降り積もる灰の理想郷  作者: 螺鈿
第一章 血濡れて消えた恋心
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第二話 魂を覇する者

「なんと、美しい……英雄よ、これをどうやって?」


 あまりに美しい内装に四帝が言葉を失っている中、最初に言葉を取り戻したのはマージュだった。人生経験豊富な彼は他の三人と比べて多少ではあるが適応力が高い。


「どうやって?ふむ……今は秘密だ。ただ見惚れていろ」


 見れば見るほど、“美しい”以外の感想が出てこない。紅一色でありながら、何故こうも心を奪うのか。今を生きるどんな芸術家に問うても、答えは決して出てこないだろう。不思議とそんな確信がある。そう思ってしまう。


 数分だったか、数時間だったか。四帝の面々には分からなかった。ただ、この芸術を二度と忘れることはない。


「ラスタが見惚れるとか相当だぞ……マジですげえ……」


「くく、気に入ったか、将よ。中々良い目をしている」


 気に入ったとかいう次元ではないのだが……そのことをわざわざ口にする必要もないだろう。


 英雄は自身の芸術の虜になる四帝を見て愉悦に浸っていたが、すぐにマージュだけを呼び出して横に立たせた。周囲を見渡しながら感嘆のため息を漏らす若年三人衆を眺めて、くっくっく、と笑ってから会話を始める。


「お前はもういいだろう、老爺。見飽きているだろう?」


「そんなことはございませぬ。何度見ても新鮮です」


 この芸術の最も讃えるべき点は、情報の更新が行われないという点だろう。何度見ても新鮮で初めて見るような感覚に襲われる。全て同じように見えているのに……だ。


 さしものマージュも、こんなにも奇異なものは見たことがない。正しく英雄のみが為せる所業なのだろう。


「事実を述べるのが上手いな……それで、聞かせよ」


「は……何を、でしょうか。語るべきことは様々……」


「決まっておろう。妾を召喚した理由だ」


 魔族側の未来の英雄もそうだが、現代に召喚される英雄は基本的に“自身が時間を越えて召喚された存在である”ということ以外の情報が与えられることはない。


 故に、聞かねばならない。現代に喚ばれた理由を。


「そも英雄召喚は歴史を捻じ曲げる大儀式。それこそ世界規模での危機的状況でのみ行われることだ」


 運命とは一本の紐。過去も未来も決定付けられ、決して曲がることはない。だが、唯一例外があるとすれば境界侵食技術。そして英雄という存在そのものの概念だ。


 召喚とは、この紐を捻じ曲げる行為。あまり多く行ったり召喚期間が長すぎると、歴史が“混ざる”可能性がある。


「何故こんな危険を犯した……世界に何が迫っている?」


「……この世界に、もう人類と魔族が共生することは出来なくなったのです。どちらか、片方だけしか……」


 未来で世界がどうなるか説明する。共倒れの後、有り得ざる第三種の出現により人類と魔族は完全に滅ぶ。英雄同士の戦争によってのみ、両種族が滅びる未来は防げる、と。


 英雄は黙って聞いていた。戦争が当たり前だった激動の時代を生き抜いてきた英雄ならではの思うことがあったのだろう。数千年先の未来を観測し、結果を急ぐ現代の人間に。歴史を捻じ曲げることでしか救えない、これからの未来に。


「……大体は理解した。滅びを先に知れたのは良いかもしれんが、未来を見てしまうというのも困りものよなぁ……相変わらず、弱者の思考というのは理解し難い……」


 どこから出したのか、最上級の白ワインを傾ける。この部屋の中にあって唯一、英雄から生まれ紅ではない要素。自身が取り込むものに、紅があってはならないという彼女なりの考えによるもの。この英雄は白以外の酒を飲まぬ。


 思い返す。英雄の生きた過去に、戦争以外の要素はなかったと言っても過言ではない。全て、戦乱だった。


「それが、最後か……これで。感慨深いものだ……」


 何度も血を流した。何度も命を奪った。味方も敵もなくなることだってあった。人類のため、幾度となくこの身一つで戦場に立った。いつも、死を幻視していたのだ。


 正直な話、現代を信じられない。こうも穏やかに城の中にあって、武器の音一つ聞こえずに芸術に心を奪われることを許される時間がある。荒れ狂う自身の精神を鎮めるために修得した芸術技術だが、いつも酒の効果を助長する“つまみ”でしかなかったというのに……良い時代だ。


 子供は何も感じず遊ぶことが出来るのだろう。大人は明日を見据えて働けるのだろう。人とは、こうあるべきだ。


「理解した。協力しよう。誓約書でもいるか?老爺」


「いいえ……ありがとうございます。人類生存のための第一歩、ようやく踏み出すことが出来まする」


 英雄とは、世界すら想定出来ぬ第三要素。これが介入することにより人類と魔族が滅びる未来は確実に消える。


 だがそれは、裏を返せば英雄を現代に喚ばねば何も始まらないということだ。確定した最悪の未来は雫一つ分の変化さえ見せず、抗えぬ絶望を刻むということに他ならない。


 ようやく、未来を変えるための一歩を踏み出せたのだ。


「名をお聞かせ願えますか?麗しき紅の英雄よ」


「そういう事実は述べんでいいというに……」


 その昔。数え切れない回数繰り広げられてきた人類と魔族の戦争。その中にあってどちらかが敗北を認めた事例はほとんど存在しない、とされているが……唯一。


 ヴァルハラ戦役。魔族側一万、人類側五万。未だかつて見たことのない戦力が投入された戦争。過程がどうだったか定かではない……最も一般的な説は、人類側の戦力が削りに削った魔族側勢力にある英雄がトドメを刺したとされる。


 魔族は、超能力……“神秘”を全個体が保有する。それ故に人類と魔族が戦う際は10:1で互角とされる。


 その時代の人類側戦力がどのようなものかは伝えられていないが……その英雄は単独で数千の魔族を殺した。神をも射落さんとする、絶対なる英雄であったとされる。


「妾はナラーシァ・エミリル。膨大な血と共にある英雄。ああ、そうだ……ヴァルハラの名は口にするなよ」


 名を、ナラーシァ。ナラーシァ・エミリル。人類が生まれ持つことのある世界への干渉力、“異能”。彼女が生まれ持ったのは魂を支配し覗き見る異能だ。それを以て【覇魂】と呼ばれる大英雄。現代において彼女を知らぬ者はいない。


 彼女自身が情報を制限したのか、ヴァルハラ戦役とその美貌以外のナラーシァ自身に関する伝承はあまりに少ない。


 (……気付けなかった。容姿や口調に関する情報が何一つない……なるほど、これがナラーシァ・エミリル)


「老爺。若造共にも伝えおけ。ヴァルハラの話はするな」


 疑問を感じる……だが、口には出さぬ。


 ナラーシァ・エミリルの全盛期は間違いなくヴァルハラ戦役だったはずだ。超絶の槍術を持ち、神の如き美貌を天より与えられ、血塗れの時代を身一つで駆け抜けた。


 誰もが、ナラーシァ・エミリルの名と同時にヴァルハラ戦役を思い浮かべる。だというのに……何故。


「我々凡人には、計り知れぬことですか」


「ああそうだ。だが、一つ訂正しておけ。英雄でなければ凡俗という考えは……捨て置いた方が良いぞ、老爺」


「と、言いますと……それは、どういう意味ですかな」


 現代に英雄と呼ばれる者は……いない、とされる。確かに並び立つ者なき強者は存在するが……過去と比較した際にどうしても英雄と呼ぶことが憚られる。


 強すぎるのだ、過去に英雄と呼ばれた者は。現代のどんな者も敵わない。あまりに、偉大さが足りていない。


「この時代に英雄は生まれん……生まれる訳がない。それは妾たちの時代への冒涜となるが故に、な」


 よく言われることではあるが。


 残酷、無慈悲、悪鬼羅刹の如し力。それらを以て敵を殲滅する英雄も、所が変われば悪魔となる。彼ら英雄は、栄光と同時に汚名を背負うことを決定付けられている。


 それは戦乱の中でのみ有り得ることだ。こうも動乱が存在しない現代で、英雄など生まれてなるものか。


「英雄ならざる者にも、尊敬すべき者はいる」


 そう告げるナラーシァの瞳には、ここではないどこか……既に消え去り残滓となった過去の光景が見えていた。


「ま、つまりな。英雄と呼ばれぬ者にも英雄を上回る者がいる。妾も、事務能力とかそこらはお前たちに及ばん」


 あまり卑下するな、と。優しく笑う彼女の顔はこの部屋の内装よりも美しかった……華のようであった。


 四帝という立場。身一つで流れ歩いた旅路。人類のために捧げてきた生涯。その中で、マージュはあらゆる“美”を目にしてきた。一夜でも、一瞬でもあった、幾多の“美”。


 もはや覚えてはいない。そんな“美”もあった、という事実のみが焼き付いている。だが、確信がある。


 そのどれもが、この英雄の足元にも及んでいないと。


「ああ……ああ。ありがとうございます……ナラーシァ様」


「くく、理解したなら良い。ああそうだ、老爺」


 ナラーシァが立ち上がり、開かれた窓の傍に立った。そこから見える街並みはあまりに平坦な安寧である。


 これを守るのか。あの時死んだ英雄、ナラーシァが。一度だって見たことはない、夢に見たことすらない幻影のようなこの光景を。分からぬものだ……死して尚。


 このような道があるなどと。


「報酬は無論もらうぞ。妾に関する書物を可能な限りと妾のためだけの城。最上の白を百と、美女を掻き集めろ」


「は……美女、ですか。しかし、ナラーシァ様は女性……」


 ボディラインが透けて見えるドレスを着ているが故に、ナラーシァの女性的な体つきはよく分かる。出るところは出て引っ込む所は引っ込んでいる、理想的な体型。


 寄ってくる男も多かっただろう。わざわざ女性を求める必要性も全くないように思えるが……


「ああ、別に女で肉欲を満たそうとは思わぬ。その美女共はあくまで観賞用。触れるつもりすらない」


「か、観賞用?それは一体どういう意味で……」


「美女。美女だ。さぞや持て囃されて来たのだろう……」


 これまでの会話で勘違いしていたのだと気付く。


 ナラーシァは確かに他人を敬い、英雄でありながら英雄ではない者の価値を理解している。どこかこちらを理解しない節はあるが、恐れ敬うべき英雄であることに間違いはない。


 だが、それと性癖は別の話だ。


「妾を前に魂が屈服する様を見て白を飲む……くく、愉悦」


「随分と、良い趣味をお持ちですなあ……」


 【覇魂】ナラーシァ・エミリル。ヴァルハラ戦役において凄まじい戦果を挙げた槍の名手にして美貌の英雄。人類と魔族の行く末を決める英雄戦争、その火蓋を切って落とすことになる第一の英雄。麗しき魂の支配者。


 既に消え去った残滓である。

ご拝読いただきありがとうございました。

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